夜明 奈央
2024-05-06 08:27:30
8100文字
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※頒布終了済み
本編再会後も本編以上の繋がりが何もない中太が事件をきっかけにやり直す話(全編書き下ろし)
A6文庫/¥400(会場)/P.86

太宰十六歳

「ねぇ、僕のこと、ほしいんでしょ」
 中也の家で二人きりで夕食を摂った後、僕はそう言って中也を誘った。その日は二人して翌日が休みだったから、葡萄酒を数本開けていた。ほとんどは太宰の胃袋へと消えていったが、二人ともそれなりに酔っていた。
 限界だった。中也がほしくてほしくて堪らなかった。相変わらず喧嘩は絶えなかったけれど、この頃には二人でどこかに出かけたり、僕が中也の家に押しかけたりといったことが珍しくなくなっていた。けれど、それだけではとうに我慢できなくなっていた。中也の全部がほしい。その欲求は日増しに大きくなって、その日ついに一歩踏み出すことを決めた。
 酔って判断力を失った今なら、了承してもらえると思った。勝算はあった。時折中也から熱い視線を感じていたのは勘違いではないはずだ。もしかしたら明日には覚えていないかもしれないが、それでも良かった。中也は情に厚いから、一度寝た相手を簡単に捨てることはないだろう。ましてや毎日顔を合わせる相棒で、少なからず好意を抱いている相手だ。
 けれど中也はぼんやりと僕のことを見つめるばかりで、返事がない。
「ねえ、聞いてる? それともそんなに酔ってる?」
 いざり寄って、膝に手を這わせた。ゆっくりと太腿を辿り、それから中也の股間へと向かわせる。なるべく性感を煽るように意識した。僕が僅かに膨らんだ股間に触れた途端、中也は突然僕の手を振り払った。
「嫌だった?」
 まさか拒否されるとは思っていなかったから、正直なところ驚いた。なるべく憐れに見えるように中也の顔を覗き込む。中也の罪悪感を刺激するように意識した。中也は分かりやすく視線を泳がせ、振り払った手を握り直した。
「嫌なわけないだろ」
 内心ガッツポーズを決めたくなる気持ちを抑えて、儚げな笑顔を作った。中也が恐る恐る後頭部に手を伸ばすので、それに応えて中也の肩に額を擦り付ける。中也の手が温かくて、心地良かった。中也がわかりやすく緊張しているのがおかしくて、もっと意識すれば良いと思って中也の背に腕を回した。これぐらい、初めてでもないのに。
「好きだ」
 中也が掠れた声で告げた。期待以上の成果が嬉しくて、つい笑ってしまった。
「臆病者」
 素直に返事をするのが悔しくて、いつもの憎まれ口に紛れさせた。中也も満足そうにしていたから、きっと本心は伝わってしまった。それで良かった。じっと見つめられて、キスがしたいのだろうと思って瞳を閉じた。僕もしてほしかった。なのにちっともキスは降ってこなかった。恥ずかしくなって目を開けると、中也は僕の顔を惚けた顔で見つめていた。僕の背を抱く腕は離す気がなさそうなのに、キスなんて考えつきもしていないような顔をしていた。
 こんなところで終わりにする気はなかった。僕は中也がほしいのだ。全部、全部だ。だから自分から中也の唇に口付けた。触れると一瞬身体が強張ったが、一瞬だった。離れようとすると追ってくる。それから、何度か角度を変えて唇を合わせた。ようやく離れると、お互いほう、と小さく吐息が漏れた。中也が僕の唇に釘付けになっているのがわかって嬉しくなる。このままキスを続けても良かったけれど、僕はそれだけでは満足できそうになかった。
「続きはしてくれないの?」
 再度股間に手を這わせると、中也のそれは先程とは比べものにならないぐらいに硬くなっていた。ごくり、と生唾を飲み込んだのは、どちらか。
「寝台、行こうぜ」
 促されて、こくりと頷いた。中也の身体が離れていって少し寂しい気持ちになったけれど、代わりに手を握られた。
 寝台の真ん中に座って中也を迎え入れると、今度はちゃんと中也からキスが降ってきた。誘うつもりで唇を開くと、意図を汲み取った中也が舌先を差し込む。それに自分の舌を絡める。熱い口内を夢中で貪った。甘美な毒のようだった。もっとほしい。もっと。
 脇腹に手を這わせられて、びくりと身体が跳ねた。自分が溺れそうになっていたことに気づいて、驚いて手で制した。唇を離し、乱れた呼吸で見つめあう。全身、沸騰しそうな程熱かった。頭に酸素を供給しているはずの血液が、素通りして通過していくように感じた。
 中也が不安そうにしているが、表情を作る余裕はない。拒否するつもりはないという意思表示のために自ら服を脱いだ。伝わったようで、中也も自分の服を脱ぎ始めた。脱ぎ終わると、素肌に手が触れる。動く度、言いしれぬ感覚が走って身体が小さく震える。中也が心配するように離れていこうとするので、慌ててその手を掴んで引き戻した。抱きしめられて、触れたところから溶けていくような心地がした。それからは、無我夢中だった。


(中略)


 翌日、森さんに呼び出されて首領室へと行った。要件はいつも通り仕事の話だ。けれど全て終わった後に「ところで、」と別の話を切り出された。
「最近、夜は大人しくしているそうじゃないか。私がいくら言っても謹んでくれなかったのに、一体どういう風の吹き回しだい?」
 問われた意味が一瞬わからなかった。自覚がなかったからだ。確かに、ここ一ヶ月程中也以外の誰とも寝ていなかった。かつては最低でも週に三度は女の子と遊んでいて、「せめてもうちょっと落ち着いてくれないか」と何度も森さんに怒られていた。雷が落ちたような気分だった。
 そういえば一昨日も「今日は気分じゃない」などと言って女の子からの誘いを断った気がする。断ったことすら無意識だった。自分の行動が信じられなかった。
「別に、ただの気分ですよ」
「そう、まあいいけれど。中也くんとも最近仲良くしているようだし」
「冗談言わないでくださいよ。あんなチビの帽子置き場と仲良くだなんて、寒気がしちゃう」
「はいはい。君たちは相変わらずだね。もう下がっていいよ」
 咄嗟に誤魔化しの言葉を吐いたが、森さんに通用したとは到底思えなかった。きっと全てお見通しだ。
 けれど咎めるつもりはないようであったし、むしろ喜んでいるようだったから、大した問題ではないだろう。
 それよりも、問題は――

 その日は、久しぶりに中也の家に行かなかった。代わりに懇意にしている女の子の一人に声を掛けた。彼女はしばらく連れない態度を取っていた僕に少しばかり文句を言ったけれど、それだけだった。
 翌朝、顔を合わせた中也は、一目見て顔を顰めた。そのままいつもの言い争いが始まるかと思いきや、ぷいと顔を背けてどこかへ行ってしまった。心当たりがないとは言えないから、喉に小骨がつっかえたような気持になる。けれどその晩顔を合わせても、中也は何も言わなかった。

 それから、僕は意識して女の子と寝るようになった。森さんにはまたちくりと言われた。中也は何も言わない。それが腹立たしくて仕方がなかった。けれど、何か言われたならそれはそれで腹が立つことは明白だった。自分がどうしたいのかも、どうしてほしいのかも、わからなかった。
 女の子と寝るのを再開しても、中也との頻度は減らなかった。どころか、ますます増えた。どうにも物足りなくて、女の子と寝たその足で中也のところに行くこともあった。中也に抱いてもらった後だけは、よく眠れた。自分がどんどん依存していくのがわかって、怖かった。他の人との時間が増えれば増える程、中也が恋しくて仕方なくなった。こんなこと、中也にだけは絶対に言えなかった。


(後略)


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