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夜明 奈央
2024-05-06 08:27:30
8100文字
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DR2023新刊サンプル Re:Start
※頒布終了済み
本編再会後も本編以上の繋がりが何もない中太が事件をきっかけにやり直す話(全編書き下ろし)
A6文庫/¥400(会場)/P.86
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2
一日目
かもめが空を優雅に飛び回るのを、中也はのんびりと煙草を吹かしながら眺めていた。天気が良い。多数の船が行き来している様が遠くまで見渡せる。視界に入る船のほとんどは真っ当な貿易船のはずだ。こんな真っ昼間から、非合法組織が堂々と非合法な武器の取引をしているなんて、あの船の者たちは考えもしていないだろう。
中也は武器取引のためにここへ来ていた。交渉や契約は全て終了していて、今日行われるのは積荷の引き渡しのみ。しかも中也の役目はその監督なので、ただここで積荷が正しく受け渡されるのを確認するだけで良かった。
だから取引先の下っ端がせっせと積荷を運んでいるのを、中也はただぼんやりと眺めている。
取引相手は、最近ポートマフィアと新しく契約したばかりのアンソニー貿易という組織だ。今日が初めての取引であるから、少なくとも今日は順当に終わらせるだろう。仮にポートマフィアを裏切るつもりであったとしても、ある程度懐に入らないと意味はない。とはいえ、ヨコハマに進出してきたばかりのこの組織が、ポートマフィアに楯突く動機もメリットもないことは事前調査で承知の上だ。
だから、ここに中也がいるのは相手への礼儀と、万に一つの可能性のため。今日は何事もなく終わるはずだった。
そこへ白色のセダンがやってきて、近くへ横付けした。特にすることもなく暇だったので、ぼんやりとその様子を眺めていた。非合法取引の真っ最中ではあるが、一般人も出入りする港なので、そういった車が来ること自体は珍しくもない。なんとなく見覚えのある車だとは思ったが、誰の車か思い出せる程ではなかった。
運転席から部下の一人である野村が降りてきて、あいつの車であったかと納得した。しかし、野村はここへ来る予定ではなかったし、呼び寄せた覚えもない。
「中也さん、お疲れ様です」
「おう、どうした? 今日手前休みだろ」
「えっ緊急招集と伺って急ぎ参上したのですが」
特に覚えはない。不穏な気配を感じるが、それが何か確証を得る前に腹部への痛みを感じた。
「中也さんが刺された!」
野村の叫び声が聞こえた。刺されたのか。言われるままに痛みの発生源を確認すると、腹の辺りのシャツにじわりと血が滲んでいる。獲物は既に抜かれたのか、感覚はない。
駆け寄ってきた野村に身体を支えられた。他の部下たちも野村の叫び声によってすぐに銃を構え、臨戦体勢で周囲への警戒に当たっている。刺される前も今も、犯人の気配は全く感じられない。
すぐに異能力だ、と気づいた。でなければ、いくら気を抜いていたとはいえ刺されるまで気づけない程落ちぶれたつもりはない。
痛みがガンガンと響き、思考を阻害する。くらりと目眩がして、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた。思っていたよりずっと深く刃が刺さっていたらしい。
「中也さん! しっかりしてください!」
霞んでいく意識の中で、呼びかける声が聞こえた。刺された部位の服を脱がされる。おそらく応急処置をするつもりだろう。不本意ながらこういったことには慣れた職場なので、必要以上に慌てる者はいないようであった。
こんな風に怪我をするのは久しぶりだった。幹部になってからは前線に立つことはめっきり減ったし、仮に前線へ向かったとしても、中也が怪我をする程の相手はほとんどいなかったから。抱えられ、車の後部座席へ乗せられながら、別の部下がアンソニー貿易の奴らを拘束しているのを気配で感じた。
優秀な部下を持っていて助かった。これならわざわざ指示を出すまでもないだろう。中也が意識を保っていられたのは、そこまでだった。
◇
水平線の向こうに、火の玉のような太陽がゆっくりと沈み込んでいく。平時であればそれをじっくりと眺める程度の情緒は持ち合わせているつもりだったが、今は平時ではなかった。五大幹部の一人が刺されたのだ。早急に対処しなければポートマフィアの矜持に関わる。
昼間中也が刺された現場で、部下たちはどんなに小さな痕跡も逃すまいとせかせかと動き回っている。それを、現場監督兼護衛である広津は不安な気持ちで眺めていた。
敵はいきなり五大幹部を狙った。これが意味するものが何かわからない程の愚か者であれば、この世界でこんなにも長生きすることはできなかったはずだ。次に狙われるのは、紅葉か、森か、あるいは
――
この件で、ポートマフィアは緊張感に包まれていた。手練れである幹部たちにも護衛が付けられ、状況がわかるまで出歩くなとお達しがあった。こんなこと、前代未聞である。だが、マフィア内きっての武闘派である中也がやられたとなれば致し方ないだろう。それも、戦って負けたのではなく、存在に気づく間もなかったようだった。
相手は奇襲に特化した何らかの異能力者であろう。奇襲であれば、如何な強者と雖も一撃で殺られてしまう可能性がある。このまま続け様に幹部が殺られでもしようものなら、ポートマフィアの屋台骨が傾くのも時間の問題と言えた。
そこへ一瞬、刺すような殺気が走った。すぐに消え去ったが、方向ぐらいはわかる。南東の建物の影。今は完全に沈黙しているが、まだそこにいることだけは間違いない。こちらへ意識を向けるために、わざと一瞬殺気を覗かせた。それだけで、十分手練れだとわかる。
「ここはもういい。一旦本部に戻って報告を」
殺気の方向から視線を逸らさず、部下たちへ指示を出す。調査が主な仕事であるここのメンバーに戦闘に使えるような者はいない。ここにいても足手纏いになるだけであるし、悪戯に被害を増やすよりも少しでも多くの痕跡を持ち帰るのがここにいる者たちの使命だった。犯人への道筋を途絶えさせるわけにはいかない。この任を受けた時から、広津はそれを理解していた。
部下が撤収したのを確認してから、ゆっくりと殺気の主の元へと歩を進める。元より広津が目当てだったのか、はたまた違う目的かはわからないが、部下の撤収を悠長に待っていてくれた。
残り三メートル程の距離へと近づいたところで、銃の安全装置を外す音が海風に乗って届いた。相手の獲物が銃なら、広津の方が有利だろう。だがそれは、相手が異能力者でなかった場合に限る。
なるべく気配を消し、一歩一歩近づいていく。
あと一歩で姿が見える、というところで、先に動いたのは相手だった。飛び出してきた腕を落椿で銃ごと弾き飛ばそうとしたが、何故だか異能が発現しなかった。油断したつもりはないが、その一瞬の隙をついて頭部へ銃口が向いた。慌てて回避行動に移る。カチリと引き金を引かれた。
しかし、銃口の先から弾が放たれることはなかった。
「うーん、流石広津さんだねえ。たぶん今の弾は当たらなかったし、長引いたら私の負けだ」
「太宰くんか
……
」
相手の顔を見て安堵した。これが戯れでなければ怪しかった。確かに即死は避けられただろうが、どこかには当たっていただろう。
「悪いが今は悪ふざけに付き合っている余裕はないんだが」
「知っているよ。中也が刺されたんだろう?」
太宰の表情にスッと影が落ちる。その話をしにきたのだろう。相変わらず耳が早い。五大幹部が刺されたなんて話は当然最上級の箝口令が敷かれているはずだが、あれからまだ三時間程しか経っていない。
「詳しく話を聞かせてもらっても?」
「中也くんの命に別状はない。手術も成功したし、三十分程前に麻酔からも目覚めたと連絡があった」
「それはもう知っているよ。私が聞いているのは事件の状況だ」
最も知りたい情報だろうと思っていたのに否定されて面食らう。本当に、どこから情報を仕入れているのか。初めて出会った時から只者ではない雰囲気を感じ取ってはいたが、本当に末恐ろしいものである。気を取り直して事件の情報を掻い摘んで説明した。
「その野村って人の車、調べられる? あと、できれば本人にも話を聞きたい。それと、中也の着ていた服」
「それは
――
」
てきぱきと指示を出す太宰には、彼にしか見えていないものが見えているのだろう。懐かしい感覚だった。彼の異能力は予知か何かなのではないかと錯覚するような手腕は健在のようだ。敵にすれば恐ろしいが味方にすれば心強い。先程の調査は芳しくないようであったから、尚更。
しかし、太宰の要求したものは、広津の権限で許可して良いものだろうか。しばし逡巡するが、ここで断ったとして諦めるとは思えなかった。広津が断ったとしても、きっと別のルートがあるだろう。
「少々お待ちいただいても?」
「なるべく早めにね」
細められた両の目に見つめられる。いつだって片目が塞がれていたあの頃よりも、その視線は暗く、冷たく、闇の奥深くへと誘い込むようだった。
(中略)
静かな病室に、控えめなノックの音が響く。中也が声を掛けると、音も立てずにするりと一人の人物が滑り込んできた。広津だった。気配で察してはいたが、礼儀を重んじる彼がこんな時間に訪ねてくるのは少々予想外だった。
「どうした? 緊急事態か?」
「いえ、お休み中でしたか?」
「気にすんな。昼間散々寝たからな」
渇いた笑いを漏らすと、広津も釣られたように曖昧に笑った。中也はそれまでに見ていたアンソニー貿易に関しての調査報告書を閉じる。
それは、アンソニー貿易の構成員を拷問に掛けた調査報告書だった。あの場ですぐに疑われて捉えられたが、おそらくシロだった。まだ確定とは言えないが、報告書を読む限りでは有益な情報を持っているようには思えなかった。
「太宰くんに呼び出されましてな。犯人探しをするつもりのようだと耳に入れておいたほうが良いかと」
「は? もう関係ねぇだろあの莫迦」
「なくはないでしょう」
「ねぇだろ。もう別組織だし、碌に会ってもいねぇ」
「はて、この間双黒を復活させたはずでは?」
広津は惚けた振りをして面白がっているようであった。それに舌打ちを溢す。
広津の指摘はその通りではあったが、それだけだった。顔を合わせて、昔と同じように軽口を叩いて悪態を吐きあって、共闘した。けれどそれ以外のプライベートでは一切関わりがないまま、四年の空白の延長のような日々を過ごしていた。もう隠れる必要はないのだから、また昔のようにふらふらと飯でも集りにくるのではないかと期待していたのだが、それは叶わなかった。
そう、期待していた。間違いなく。また昔のような関係に戻れるのではないかと。けれど蓋を開けてみれば行方知れずだった四年間と同じような日々が続いている。異なるのは、相手がどこにいるのかわかっているという一点のみ。わかっているのに、会おうとしていない。それの意味するところは、お互い理解していると思っていた。
「うっせぇ。っつーかペラペラ喋ってんじゃねぇよ。一応箝口令出てんだぞ」
「はて、そうでしたかな。箝口令は君が大怪我をしたという点のみではなかったかな」
「手前はまた、あの糞鯖に似てイイ性格してんじゃねぇか」
「ははは、私なんて、彼の足元にも及ばんよ」
「どうだかな。大体、それ俺に言って良かったのかよ」
「口止めされた記憶はないのでね」
「あっそ」
ぽんぽんと飛び交っていた会話が、そこで途切れた。静かな病室に、部屋の外の風の音が耳障りな程大きく響く。
「彼は今でも、君のために無茶をするようですよ」
「みたいだな」
皆まで言わずとも、広津の言いたいことは十分に伝わった。
もう、中也と太宰の間に明確な繋がりなどない。それでも、太宰が踏み込んでくるというのなら、中也の方から踏み込んでもいいのだろうか。
「なあ、俺動けねぇからさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「はっはっは。皆年寄り遣いが荒くて困る」
そう言いながらも、広津は快く引き受けてくれた。
広津が去るのを見送ってから、病室の寝台にぼふりと横になる。眠くはなかったが、もう仕事をするような気分ではなくなっていた。痛み止めが切れてきたのか、腹の傷もずきずきと痛む。それを振り払うように目を閉じた。
考えるのは、太宰のことだ。
太宰のことは、とっくに諦めたつもりだった。太宰がそれを望んだ。なのに、どうして未だに特別な何かがあるんじゃないかと思わせるのだろう。中也と太宰の間には〝元〟のつかない関係など、存在しないはずではなかったのか。
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