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薙屋のと
2024-05-05 22:17:42
4280文字
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寓話◆おいしいおかゆ
カブルーくんが風邪をひいた話。
「何か美味いものを食べさせてやりたいが」は愛じゃんね。
風邪をひいた。しかも、かなりしっかり重めの。
幸い今日のカブルーの予定は都合のつくものばかりだったので、周りにうつしては申し訳ない(特に彼の師事する宰相はご高齢でもあるので)と今日は休みをもらうことにした。
最初は王城に用意されている居室で休もうと思ったのだが、今日は偶々センシが来ており
――
しかも土産が人喰い植物の実とコカトリスの卵だったこともあり
――
滋養に良いと魔物食を食べさせられそうだったので、丁重かつ慎重に辞退した。センシの料理がとてつもなく美味しいことも、本当に栄養満点で風邪にも良く効きそうであるということも分かってはいる。しかしそれとこれとは話が別だ。できれば魔物は食べたくない。この王国で、王であるライオスの傍にいる以上それが不可避な望みである事は百も承知だが、その運命に抗う権利はある。一生のうちで一回でも遭遇する機会を減らす、それくらいの抵抗は許されるはずだ。
そんなわけでカブルーは、重たい頭とふらつく足取りでなんとか城下へ向かった。酒場の地下、冒険者時代に間借りしていたその場所は、王宮勤めになった今もカブルーの秘密基地として利用している。主に気分転換をしたい時や、何処に目や耳があるかわからない王宮ではし難い企みをする時なんかに。
カウンターにいた店主に軽く声をかけ、部屋に着くなり適当に身に付けていた鞄や靴を放り投げてベッドに潜った。頭まで毛布を被り、くるりと丸くなる。地下はこの季節でもひやりと冷たく、熱が出てきているのだろう火照った身体に心地が良い。本当は病人には良くない環境なんだろうな、などと気付いていながら、枕元にあった空き瓶を取って頬に当てた。冷たくて気持ちが良い。
窓
――
正確には空気を取り込む為の格子穴
――
から差し込む光だけでは部屋全体を照らすことが出来ず、この部屋は昼間でも常に薄暗い。ガタゴトと表通りを馬車が横切る音や往来の音が絶え間なく、夜になるとそれに加えて上階の酒場の喧騒が聞こえる。とても住み家にするには良い環境と言えない部屋だ。
だがカブルーはこの部屋を気に入っている。すぐそこに人間の生活の気配があるのに床一つ隔てて隔離された、自分一人しか居ない場所。カブルーは人間という生き物にこの上なく興味を持っており、人々に囲まれている空間を楽しく好ましいと感じているが、それはそれとして一人になりたい時もある。此処ならなりたいだけ一人で居た後に、階段を上がるだけで自分も喧騒の一員になれる
――
それにこの部屋は遠い昔、幼い頃に母と住んでいた場所によく似ていた。ぼんやりとした頭で、その頃のことを思い出す。幼い頃風邪を引いたら、母親が仕事の合間を縫っては様子を見にきて、頭を撫でてくれた。卵の入った温かい粥とトマトを食べさせてくれたっけ、嗚呼そういえば、食事を摂るのをすっかり忘れていた。一眠りして目が覚めたら、店主に言って何か消化に良いものを作ってもらおう
――
うつらうつらと眠りに引き込まれていく。真っ黒に落ちる意識の中、母の冷たい手に頭を撫でられる夢を見た気がした。
目を開けると、世界が暗くて明るかった。
「起きたか」
外を子ども達が走り回る音と笑い声。四角く切り取られた光が白く机の上を照らしていて、まだ陽が高い事が分かった。随分深く眠っていた気がする。いつの間にか額に置かれていたぬるい温度の布を退けて声のした方を見ると、黒い瞳と目が合った。
「
……
ミスルンさん?」
「うん」
カブルーの眠るベッドに、酒場の地下には随分と場違いなエルフがちょこんと腰掛けていた。大して広くないどころかややコンパクトなくらいの寝床だが、小柄な彼が座る分のスペースくらいはあったようだ。カブルーの手から無言で布を奪うとぼそぼそと呪文を唱え、また額に乗せる。ひんやりとして心地が良い、氷術の一種だろうか。
「
……
あー
……
ありがとう、ございます
……
?」
「うん」
起きた時にぺろりと捲れた布団を掛け直される。よく見ると眠りに落ちる前より毛布が一枚増えていた。ふかふかで、地下には似合わないお日様の匂いがする。
「どうしてこんなところに
……
?」
「城に行ったら、お前が体調不良で帰ったと聞いた。あと、リンシャから薬を預かっている」
から、来た。なんとも簡潔に答えてくれたが、それにしても彼ほどの人物がわざわざ来るような場所では無い。ならば夢だろうかとも思ったが、それを口にした瞬間に多分このエルフは目覚ましに一発引っ叩いてくるだろう。風邪で調子の悪いところにそれは勘弁して欲しい。丸まってぐずぐずと鼻を鳴らしていると「食欲はどうだ」という声が掛かった。
「あー
……
うん、空いてるような、気がします」
「そうか」
少し待っていろ、そう言ってミスルンは立ち上がり部屋を出て行った。コツコツと靴底が階段を叩く音が遠ざかる。どうやら話の流れ的に食事を持ってきてくれるらしい。
ぐっすり寝ていたのと頭を冷やしていた為か、まだ多少ぼんやりとするものの体調はいくらかマシになっていた。咳は元からほとんど無かったが、鼻詰まりが酷い。起き上がって、いつの間にかベッドサイドに置かれていたちり紙で鼻をかみ、水差しから水を注いで口にする。冷たい水が喉を通る感覚が心地よくて、ひと息に飲み干してふぅと息を吐いた。毛布といい、ちり紙といい、水といい、誰が用意してくれたものだろう。まさか彼が? 自分の世話もできない人なのに、他人の世話は見れるとしたら結構面白い話だな。カブルーは今まさに世話をされている本人だが、どこか他人事のように思った。ぼーっとしているとまた靴音が近付いてくる。エルフはサンダルのような通気性の高い履き物を好む事が多いけれど、そういえば彼は公私に関わらずブーツの事が多いな、なんてどうでも良い事を思った。
「リンシャが、薬を飲む前に何か食べさせろと言っていた」
食べさせた方が良いか? 無表情に首を傾げる彼に丁重にお断りをして、ほこほこと湯気をたてるそれをトレーごと受け取る。何となく良い匂いがする気がするが、何せ鼻が詰まっているのでよく分からない。
深皿の中身はスープ粥だった。家主が作ってくれたのだろうか、トマトベースのスープに半熟の卵とチーズがのっていて、忘れていた食欲を思い起こさせる。大きめの匙で卵を崩して掬って、ふぅふぅと息を吹きかけてから口に入れる。味覚が鈍っているせいで味はあまりよく分らないが、卵とチーズのとろりとした食感と、皮を剥いて角切りで煮込まれたトマトが舌の上で潰れる感触、ほんのりと野菜と鶏の風味がして美味しい気がする。温かいものが空っぽの胃に落ちていく感覚にほぅ、と息を吐いた。
「味はどうだ」
「おいしいです」
世話焼きでお人好しな店主の顔を頭に思い浮かべる。この時間は普段ならまだ寝ているだろうに、わざわざ温かいものを作ってくれるなんて申し訳ないことをした。風邪が治ったら何かお返しをしないといけないな。
「そうか。久しぶりだったが問題ないようだな」
「
…………
んん?」
思わず匙を咥えたまま唸ってしまったカブルーに、ミスルンが不思議そうに首を傾げた。どうした、煮込みが足りなかったかと言うのでいや大丈夫ですと返す。普段より幾分動きの悪い頭がそれでもぐるぐると回って、有り得ない回答に眩暈がしそうだ。
そんなまさか。でもこの言い方じゃあまるで、
「あの、」
「どうした」
「え、と。これ、を、作ってくれたのは、誰ですか?」
「私だが」
まじか。
この人は嘘を吐かない。いや吐くことはあるが、己の見栄の為の嘘は吐けない。つまり本当にこの人が。
熱と驚嘆で上手い言葉が見当たらず、結果口から出たのは「料理、できたんですか」というストレートな疑問だった。頭の中でそうじゃないだろ、という突っ込みが聞こえた気がした。いやでも、この人が出来ると思わないだろう。迷宮でサバイバル生活をした時だって料理中は見ているだけだったし、そもそもお貴族様だぞ。カブルーの脳内会議など知るわけもないミスルンが、けろりと答えた。
「昔に、野営の実地訓練で覚えた」
「そんなのあるんですか」
「うん」
とは言え看守連中は元が貴族の出だから、やりたがる者は少ない。過去の私は優等生を気取っていたので一通りの訓練を全て受けた。なるほど、なるほど。カブルーは作ってもらったスープ粥を食べながらその話を聞いていた。普通の粥よりさらさらとしていて食べやすく、鶏肉はきちんとほぐしてあって卵の黄身もちょうど良い半熟加減だ。もしかして、未だに卵を割ったら殻が入る自分より上手いのではないだろうか。
「こんなにお上手なら、あの時俺なんかの下手な料理よりご自分で作った方が良かったのでは?」
別に拗ねているわけではないが、なんだか嫌味な言い方になってしまった。どうせこの人は気にしないだろうけれど。
「食欲が無いから作る気が起こらない」
それはそうだ。カブルーだって、自分一人の為に何かを作るなんてする気になれない。あの時だって必要に駆られてやっただけで、あれ以来特に料理に目覚めたりもせず城内の食堂や外食で済ませている。
「今でも、もし自分の為ならば食事を作る気なんて起こらなかったと思う」
「だが、風邪を引いたお前に何か温かいものを食わせなければと思うと、作れた」
ごくん。
思わず口の中にあったものを殆どそのまま丸飲みしてしまったが、そんな事は気にしていられなかった。淡々とした声で、なんだかとんでもない事を言われた気がする。熱による幻聴だろうか。
この人が、自分の為に?
それはなんだかとても嬉しいことのような気がして、折角の機会なのに味がよくわからなくて残念だな、と思った。出来ればもっと健康な時に、ちゃんと味わいたい。身の内に湧いた欲求に従って、カブルーはミスルンに一つ強請ってみることにした。
「そういえば、蕎麦打ちはするんですか?」
「うん。この国ではまだ蕎麦粉が手に入らないが、兄に言ったら今度送ってくれるそうだ」
「お兄さん随分協力的なんですね」
「趣味を見つけるのは良い事だと言っていた」
「できたら今度食べさせてくださいよ」
「わかった」
だから、早く治すように。
そう言って頭をぽんぽんと撫でてくる指先が冷たくて心地が良くて、なんだか母の手のようだと思った。
「あ。リンの薬を飲まないと」
「うん」
「ぅゎにっが!!!!!!!!!!!!」
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