2023-07-08 07:41:29
4707文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

どちらかが嘘

つきあってる了モモ。百がシャワーを浴びる&了さんがシャツを脱ぐだけ。終盤はほぼポエム。
『夜伽話の向こう側』(https://privatter.net/p/10140226)の前日譚ならぬ前時譚です。
あちらは事後のお話、こちらは事前のお話。いちおう単体でも読めると思います。
1ページ目が百視点、2ページ目が了さん視点ですが、2ページ目はごく短い&まじポエムです。

直接の描写はありませんが、性行為を前提とした言及や言動が多く含まれます。
苦手な方はご注意ください。

 Side:Grape

 了さんのセーフハウスには、いわゆる「お風呂場」がない。
 間取りスペースの節約とかそういうわけではなくて、物件のライフスタイルコンセプトとして、あえてバスタブを備えていないらしい。
 かわりに設置されているのが、スタイリッシュで、やたら多機能なシャワールームだ。
 シックなブラックマーブルのブース。頭上から雨のように降り注ぐオーバーヘッドシャワーに加えて、壁にもシャワーパネルが取り付けられている。コーナーには作りつけのベンチカウンターがあり、ゆっくり座って頭や身体を洗ったり、取り外したシャワーヘッドでお好みの場所にお湯をあてたりして、湯舟に浸かるのに勝るとも劣らないリラクゼーションが得られる。
 オレはこのシャワールームがかなり気に入ってて、部屋に来ると毎回必ず借りている。パネルからのボディシャワーで勢いよく身体にお湯をあてると、細胞が活性化するような爽快感があるし、ベンチに座ってフットシャワーの湯しぶきと蒸気を肌から滲みこませるのも、簡易サウナみたいで極上に気持ちが良い。

 あと、うん、本来の用途ではないと思うけど、洗ったりひろげたりの準備とか、終わってから綺麗にする時にも、普通のお風呂に比べるとだいぶ快適で楽ちんだったりする。

 ――ただひとつだけ、問題があるとすれば。
 このシャワールーム、脱衣所兼洗面所とはひとつながりのユニットになっていて、その仕切りは全面が透明なガラス張りなのだった。

 ◆     ◆     ◆

「着替え、ここに置いとくよ」
 前触れなく脱衣所に現れた人影。この真夜中過ぎに、シャツのボタンをきっちりと喉まで留めている。さっきまで時差のある相手とオンライン会議をしていたらしい。
 ベンチに座り、足もとから身体の中心に向けてお湯を当てていたオレは、反射的にガラスの仕切りにシャワーを浴びせた。飛沫が透明なガラスに飛び散り、お湯の筋に遮られて、向こう側の了さんの顔がふにゃふにゃと歪む。
「モーモー?」
「ノック! ノックしてって言ってるだろいつも!」
「嫌だね。僕の部屋を僕が移動するのに、なぜノックしなくちゃならない?」
「いやいやいや嫌じゃなくて、親しき仲にも礼儀がどうとかマナーってもんがあるでしょ!」
「へえ。親しき仲、ね」
 揶揄するような調子で返される。思いきり睨みつけてやったけれど、どこ吹く風だ。深夜でもビジネススタイルのままの了さんと、ガラス一枚を隔てて向き合う素っ裸のオレ。情けないというか、怒ってもぜんぜん迫力が出せなくて悔しい。
 オレ用のスウェットと、買い置きの下着と。着替え一式を脱衣所のバスケットに入れた了さんは、それで立ち去るかと思いきや、おもむろにシャツのいちばん上のボタンを外して、喉もとをくつろがせた。ついでのように袖のボタンも外して軽く折り返し、そのまま腕組みをして壁にもたれかかり、オレに視線を据える。夜を感じさせる所作と、シャツの合い間に覗く手首や喉といった肌の白さにうっかり見惚れかけて、はっと我に返る。
「了さん、ちょっと。あのさ。着替えはありがとうだけど、そこに居られると……見ていられるとさ……
「なにか困ることでも?」
 濁した語尾をざくりと切られて、ぐっと言葉に詰まる。
 仕事後の深夜、誘われるがままに夜食のご相伴にあずかりに来た。けれど、この時間、この部屋に呼ばれることの意味は、当然それだけじゃないはずで。わりと期待しているところは、ある。
 だから、部屋に入ってすぐにシャワーを借りたのは、純粋に今日の仕事の疲れを癒したかったのが半分で、残り半分は準備のためだ。外からも内からもお湯で洗い清め、温まり弛緩した身体をさらに柔らかく、ひろくする。
 知ってるくせに。
 ベンチから立ち上がり、オーバーヘッドシャワーのバルブを全開にして、熱いお湯を頭からかぶった。ユニット内にもうもうと湯気が満ちていく。
 シャワーブースに入って最初に、洗うほうは済ませてある。準備は途中だったから、ちょっと手間取るか、痛い思いをするかもしれないけど、まあなんとかなる。ならなかったら、熱を持ったところでおあずけを食らって、少しでも居心地の悪さを味わえばいい。いっそ思いっきり痛がってやろうか。半ば捨て鉢にそう考えつつ、脱衣所に声をかける。
「もう出るから。部屋に戻っててよ」
 照れと苛立ちが混ざりあい、めちゃくちゃぶっきらぼうな声が出た。
「ふうん。続きはしないの。せっかく見守っていてあげようと思ったのに」
 湯気に曇ったガラス越しにそんなことを言われ、わりとまじでムカつく。人の神経を逆撫でする技術は、もはや名人芸と呼べるんじゃなかろうか。
 ただ。もとからそういった振る舞いが常套な人ではあったけれど、つきあいはじめてからのオレに対するそれは、以前とは何だか性質が変わっている。

 情けないこと。恥ずかしいこと。口に出すのが憚られること。
 ――あの事件のこと。記憶の海に溶けていた約束のこと。

 オレにとって、だけじゃない。オレと了さんのふたりにとってのそういうことを、全部全部、露悪的に突きつけてくる。
 いつだったか、わりと真面目に怒って抗議したら、やさぐれるモモを見るのが愉しくて、と悪びれもせずに言い放った。ある種の加虐趣味なんだろうか。
 逆に、自虐なのかもしれない。
 言葉にすることで、オレを怒らせることで、傷口に手を突っ込んで掻き混ぜ、かさぶたを剥がし、血を零している。
 過去に囚われているように見えるけれど、でも、違う。
 オレたちの間にあったことを、何ひとつ、なかったことにはしない。憎悪も嫌悪も、恋慕も思慕も、ひとつにまるめてぽんと口に放り込む。
 苦くても、甘くても。


 シャワーを止めて、お湯を浴びせていた顔を手のひらで雑に拭う。タオルは外だ。ガラスドアを開け放ち、なにも、どこも隠さず、いっそ堂々とブースを出た。大股でずかずかと進んで、了さんの正面に立つ。
「シャワーどうも。いいお湯でした!」
「いえいえ。お楽しみいただけたようで」
 愛想よく応えた澄まし顔を半眼で見上げ、ぐいっと胸ぐらを掴んだ。了さんは動じない。ただ少しだけ見開いた目でオレを見ている。
 水滴のしたたる手で、そのままぷちぷちとシャツのボタンを外していく。
「ちょっと、モモ。服が濡れるんだけど」
「会議、終わったんだろ。もうこんなの着てる必要ないじゃん」
 ビジネスタイムはとっくに過ぎて、夜は深い。オレだけ裸なのは理不尽だ。だったらここは一蓮托生、強制執行。さっさと脱がしてやる。どうにでもなれ。どうにでもしろ。
 ボタンを外し終えて、ベルトに手を伸ばす。と、不意に手首を掴まれた。
「こらこら。しょうがないな」
 そう言って了さんは、傍らにあったバスタオルを手に取り、ふわりとオレの身体を包んだ。肌の表面で弾けていた水滴が、やわらかな繊維に吸い込まれていく。
 そのまま、腕の中に抱きとられた。
「え、」
 浮遊感。ジャガード織のバスタオルにくるまれて、僅かに足が浮く。
 湯気の残る脱衣所を出て、灰色に沈む部屋へと運ばれる。混乱しつつも脱がせたい気持ちは続いていて、巻かれたタオルのあいだから腕を出し、シャツを引っ張ってはだけさせた。あらわになった肩にしがみつく。ふと衝動が湧きあがり、目の前の肌にがぶりと歯を立てた。
「っはは、がっつきすぎじゃない? そんなにお腹が空いてるの」
 了さんが低く笑う。嗤いじゃない。揶揄でもない。ふと心から忍び出たような、自然で穏やかな、――優しい笑い声だった。
 返事をするかわりに、なお強くしがみついた。


 ベッドに辿り着いて、バスタオルごと転がされた。濡れたままの髪から雫が飛び散る。
 了さんは背中に引っかかるようにとどまっていたシャツを脱ぎ、無造作に丸めて放り投げた。薄暗がりの部屋に、白い裸身が影になって落ちる。額に散った前髪のあいだ、転がされたままのオレを見下ろして細められた瞳が、金色に閃いた。
 ああ。なんか、もう。腹が立つ。
 なんでこの人は。了さんのくせに。
「なに」
 うっかり呟きが漏れてしまったらしい。不審そうな表情の了さんを見上げて、あんまり、っていうかぜんぜん認めたくないんだけど、と前置きをしてから言った。
「了さんのくせに、格好良くて腹が立つ」
「なにそれ」
「つまり、了さん、イケメン! ……ってこと」
 わかりやすいように、いつものバラエティ向けのイントネーションで言ってみる。見下ろす目が眇められ、瞳孔の光がすうと鋭くなった。
――モモ、わざと言ってる?」
 心外すぎる反応をされて、いっそ可笑しくなる。どれだけ棚に上がっているんだろう。墜ちてるのは、あんただけじゃないっていうのに。
 加虐も自虐もお互い様。傷を弄り弄られて。
 けれど。
 低いベッドから、いっぱいに手を伸ばす。
「あのさ。了さんがわざとだろうって思うときのオレは、だいたい、わざとじゃないよ」
 了さんが微かに目を見張る。
 それから、口の端だけで笑って、オレの手を取り、腕をからめた。そのままゆっくりと身体を倒し、オレの上に重なっていく。
 月白の色をして、冷笑と皮肉がいっぱいに詰まっているくせに、触れあえば肌はあたたかく、指先はどこまでもやさしかった。

 ◆     ◆     ◆

 オレの「わざと」を了さんは見抜けない。ラビチャのトラップも、揉み手も。
 わざとでも、わざとじゃなくても。
 どちらも本当で、どちらも嘘で。
 そういうのが、オレたちには似つかわしい。

 憎悪も嫌悪も。恋慕も思慕も。
 嘘も嘘も。
 ひとつにまとめて口に放り込んでしまえ。