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夜明 奈央
2024-05-05 10:34:42
9787文字
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中太小説
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7年越しの想いを添えて/想いのその先
7年越しの想いを添えて:バレンタインに贈り物をし続ける太宰さんの話(2022年2月15日初出)
想いのその先:続きのホワイトデーの話 うっすらモブ太要素あり(2022年3月13日初出)
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2
15歳の冬
仕事先でたまたまできた空き時間。その日は天気が悪くて、なんとなくいつものように自殺に励む気にはなれなかった。
気の向くままに歩いていた街でたまたま見つけたお菓子屋さんになんとなく入ったら美味しそうなチョコレートを見つけて、なんとなく買ってみた。
もうすぐバレンタインだし、せっかくだから渡してみても良いかもしれない。
なんて甘いことを考えていたのは1週間前の話。
「こんなもの、なんて言って渡すのさ」
あの時気まぐれで買ったチョコレートを目の前にして、太宰は盛大なため息と共に自室の机に突っ伏した。
上質な光沢紙は蛍光灯を反射して黒光りしている。どこからどう見ても本気だ。パートナー宛か自分用か。少なくとも義理ではないし、なんなら告白に付随させるのにも重いのではないだろうか。こういった物の相場なんて知らないけれど、一般的なお菓子として高価だということぐらいはわかる。
あの時の自分は脳味噌がお花畑だったとしか思えない。こんなものを軽い気持ちで買うなんて、自分は一体何を考えていたのだろうか。
例えばこれが部下の誰かからであれば、中也は多少訝しむかもしれないが最終的には受け取るだろうし、きっと食べるだろう。
だが、それが太宰からであればどうだ。あの失礼な駄犬はおそらく食べるどころか受け取りさえしないだろう。
完全に自業自得ではあるのだが、自分と中也はそういう関係であって、決して記念日に贈り物をし合うような仲ではないのだ。
誕生日だってクリスマスだって、大したことはしなかったというのに、バレンタイン。どう考えてもおかしいだろう。
自分で食べるべきか、と包みをじっと見つめるが、どうにも惜しい気がして包みを開く気にはなれない。
どうしたものか、と考え込んでいた所為で、聞き慣れた足音が近付いていたことに気づかなかった。
「入るぞー」
ノックもなしにガチャリと扉が開き、元凶がずかずかと入ってきた。
ノックをしないのは太宰が中也のノックにまともに返事をしないからだが、びくりと珍しく過剰に反応してしまい内心冷や汗が流れる。
太宰の珍しい反応に目敏く気付いた中也は、すぐに太宰の目の前にある物にも気が付いた。
「なんだよそれ」
「あぁ、うん、ちょっと処理に困っててね」
「処理って他にもっと言い方あんだろうが」
どうせこのちびっ子のことだ、お情けの義理チョコしか貰っていないのだろう。
ポートマフィアに女性は少ない。もちろん子供も。同年代の子にはそれなりにモテるだろうし、可愛がってくれる歳上女性もいるだろうが、恋愛対象として見る者は皆無と言っていい。
「処理は処理でしょ」
「こんなクズの一体どこが良いんだ」
心底馬鹿にしたような視線を送ってくる中也の中では、太宰が本命チョコをくれた相手を邪険に扱っているという認識らしい。
あえて訂正する必要もないのでそのままにしておく。
「で、誰に貰ったんだよ」
「君に関係ないでしょ」
「あっそ」
いつも通りの応酬に内心頭を抱えるが、ノープランでブツを見られた時点で渡す望みは低い。
これは本当にどうにか処理するしかない。
と、と諦めの境地だったのだが、話は思ってもみない方向に転がった。
「それ、捨てるのかよ」
「まあ」
「ならくれよ」
「え」
「もったいねぇだろ」
他人の物に集る程チョコレートが欲しかったのだろうか。それとも太宰が知らないだけで好物がチョコレートだったりするのだろうか。
特に甘い物を好んで食べていたというような記憶はないのだが。
「欲しいならあげるけど」
そうして、それは中也の手に渡った。
実際のところ中也が自分で食べたのかどうかはわからないが、特に確かめようとも思わなかった。
バレンタインチョコなんて、渡したかどうかが最重要だろう。これが渡したと言えるのかはわからないが。
それでも、太宰にとってはこれが初めて自分からしたバレンタインの贈り物だった。
***
16歳の冬
味を占めた太宰はまたバレンタインの贈り物を用意した。
上手いこと言い包めて渡せば良い。前年のことがあるので、口実には困らないと思った。
だが、自体は思わぬ展開となった。
バレンタインの3日前、中也が怪我をして昏睡状態となったのだ。太宰は別件に拘っていて、陣頭指揮を取っていたのは別の人間だった。確か百人長だっただろうか。マフィアは人数が多いし一部を除いてしょっちゅう入れ替わるので、はっきりと覚えてはいない。
あの無能が、と内心毒付くが、それで結果が変わるわけではない。
中也はしばらくの間生死を彷徨った。その間にバレンタインは過ぎ、病室は見舞いの品で溢れ返った。
太宰が生死の淵を彷徨っていても、こんな風にはならない。日頃の行いだろうと思うが、特に羨ましいとも思わないので言動を改めるつもりはない。
時節柄その手の贈り物もたくさんあったので、太宰が用意したチョコレートもそこに混ぜることにした。もちろん差出人は書かない。それで良いと思った。
やがて峠は越えたと言われ、目を覚ましたのは怪我をしてから1週間が経った頃だった。
目を覚ますまでの間は人目を憚りながらも病室に足繁く通ったが、意識が戻ってからは1度も見舞いには行かなかった。
何故なら自分たちは甲斐甲斐しく看病をしたりされたりするような間柄ではないので。
自力で出歩けるようになってから、方々に見舞いの礼をして回っているという話は聞いたが、太宰のところには来なかった。
***
17歳の冬
その年は、数ヶ月前から北の組織との業務提携の話が出ていて、その頃には出向く必要があるだろうな、と思っていたら、案の定その通りになった。
人員は太宰に決定権があったので、その気になれば中也を連れて行くこともできたが、そうはしなかった。護衛は連れて行くが、中也を連れて行く必要がある程の危機はないだろうと予想されたし、こちらでやってもらいたいこともあった。
どうせそれとなく渡す口実を考えるぐらいなら、面と向かって渡す必要もない。
なので、郵送することにした。この頃には中也宛の貢物もそれなりにくるようになっていたので、バレンタインにはそれなりの量の贈り物がくることは予想できたし、その中に匿名の贈り物が1つや2つ混ざっていたところで、怪しまれはするまい。勿論危険物でないかのチェックぐらいはされるだろうが、それは差出人が明記されていても行われることなので気にはしない。
極力不審に思われないようポートマフィアの息のかかった店から直送した。もちろん誰に聞かれても差出人を教えはしないよう堅く口止めをして。
無事中也の手元に届いたのかどうかは確認しないままだ。
***
18歳の冬
流石にこの頃には自分の気持ちに気付いていた。どうしてこんなに、中也にバレンタインの贈り物をすることにこだわっていたのか。
マフィアを抜けた今、いい加減諦めるべきだろうこともわかっていた。
やめるなら、今が好機だろうこともわかっていた。
わかっていたけれど、すんなり諦められる程簡単な気持ちではなかった。
それでも、会わないまま時間が過ぎれば、そのうち思い出にできるだろうとも思った。
だから、いつか笑い話にできるそのときまでは、続けても良いだろうと、自分に言い聞かせた。
ポートマフィアとは無関係の遠い地から、差出人には偽名とでたらめな住所を書いて。
いつかやめようと思うそのときまでは、贈り続けようと。
***
19歳の冬も、20歳の冬も、21歳の冬も、贈り続けた。
そして、やめようとは思えないまま再会を果たした。再会しても、会えば憎まれ口を叩き合って「死ね」「殺す」と言い合う関係は変わらない。
4年の空白なんてなかったかのような応酬が楽しかった。嬉しかった。
でも、これでは余計に諦められないじゃないかと思った。
22歳の冬も、変わらず贈った。変わらないはずだった。
***
2月14日深夜
ピンポーン
社員寮の太宰の部屋に呼び出しチャイムの音が鳴り響いた。静かな夜だった。
薄い扉1枚隔てた廊下を歩く足音が、かつて聞き馴染んだそれだとわかるぐらいには。
感じられる気配で、彼だと確信できるぐらいには。
それでも、信じられない思いで静かに扉に近付き覗き穴から訪問者を確認すると、そこにいたのは思い描いた通りの人物だった。
「よお、いるんだろ。開けろよ」
こちらの動きを把握しているかのようなタイミング。いや、実際把握しているのだろう。
にやりと不敵に微笑んでいる。
太宰が躊躇っていると「開けねぇと扉蹴破るぞ」と言って足を振り上げるのが見えて渋々開けることにした。
そして扉を少しだけ開けるとすかさず隙間に手を掛けられ、慌てて扉を押さえ付けるが、中也の馬鹿力に勝てるわけもなく。広がった隙間に足を入れられた。
「こんな時間に何の用なの」
「話は後だ。中入れろよ」
足でさらに扉を広げられ、諦めて中に入れることにした。
さっさと奥に引っ込んでいく太宰に構わず、中也は先程の力技はなんだったのかという丁寧さで扉を閉め、ついでに鍵を掛けた。
これまたご丁寧に靴を揃えてから太宰の後を追う。
「おい、暖房ぐらい入れろよ。この部屋寒すぎるだろ」
「私の勝手でしょ。いいんだよ、こたつあるから」
ワンルームの社員寮は数歩で生活スペースだ。部屋の隅にあるこたつに入るよう促せば、警戒しつつも大人しく中に入った。
「あー、あったけぇー」
「何しに来たの。用があるならさっさと終わらせて帰ってほしいのだけど」
「冷たいな。こんなの贈ってきてるくせに」
ポケットから取り出したのは、見覚えのある包装紙だった。間違いない。今年私が贈った店の物だった。
「何の話?」
「しらばっくれんじゃねぇよ、これてめぇからだろ」
「なんでそう思うの」
「なんではねぇんじゃねぇの。わざわざ俺が辿れる偽名使っといて」
「それは
…
」
言葉に詰まる。
確かに、あの頃も使っていた、調べようと思えば私に辿り着ける名前だった。
でも、私が好んで使っていた、中也も知っている名前ではなかった。
つまり、調べなければわからないはずの名前だった。
何故そんな名前を使ったのか。自分でもはっきりとした理由はわからない。
完全に見知らぬ誰かになりたくなかっただけかもしれないし、あわよくば気付いてほしかったのかもしれない。
ただ、中也はきっと調べないだろうと思っていた。もしくは、調べても私だとわかった時点で気付かなかった振りをすると思っていた。まさか、こんな風に確かめられるなんて、思いもしなかった。
黙り込んでしまった時点で肯定したも同然だった。観念して、できるだけ気付かれないように深呼吸をひとつ。
「それで、それが私からだったらなんだっていうのさ」
「返しにきた」
息を呑んだ。驚きに目を見開いて、そのまま何も言えなくなった。しばらくお互い何も言わないままだった。
「そう
……
わかった」
漸くそれだけ言って包みに手を伸ばすと、中也はその手をそっと包み込んだ。
「こんな一方的なのは受け取らねぇ。受け取ってほしかったら、直接渡しに来い」
はっと顔を上げると、中也は見たことないような優しい顔で笑っていた。
何か言おうと口を開いて、何を言っていいかわからず閉じたところで、中也の手がさっと離れていった。
「んじゃ、俺の用は終わったからな。お望み通りさっさと退散するぜ」
中也はすっと身軽に立ち上がると、まだ動けずにいる太宰を置いてすたすたと玄関へ向かっていく。
太宰は追いかけようとしてこたつに足をぶつけたが、そんなことに構っていられない。
「ま、待ってよ」
既に靴を履いている中也を慌てて呼び止める。返されたばかりの包みを引っ掴んで数歩の距離を走る。
「なんだよ?」
こちらを振り返った中也はしてやったりと得意顔だ。
追いついたはいいが、二の句が告げずにいる太宰の手に、そっと中也の手が重なった。
良いの?
視線だけで聞くと、握った手にぎゅっと力を込められた。
「あのね、私、中也に渡したい物があるんだけど」
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