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薙屋のと
2024-05-02 11:30:18
3846文字
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寓話◆大きな古時計
3:7で付き合ってないらしいカブミス
「なんでもいい」が一番困るよねという話。
形見にするなら柱時計より身に付けられる懐中時計が良い。
「何か欲しいものはあるか」
向かいで食事をしていたミスルンからの唐突な言葉に、カブルーは口の中に入っていたトマトをこくりと飲み込んだ。
「欲しいもの、ですか」
「うん」
「なんでまた急に?」
「金が余っている。兄が使えと」
曰く、新たな欲求を獲得する為のあれやこれやの一環として彼の持っている資産を一部運用してみたらしい。彼の生家であるケレンシル家は投資家としても有名で、元々基礎知識は幼い頃から叩き込まれていたそうだ。西方エルフの中でも有数の名家の次男である上に女王直属部隊の元隊長、現在は勅命により他国へ派遣された駐在員。そして本人には凡そ欲望というものが欠如している。ほとんど使われることなく貯まり続けていくそれを、試しに運用してみてはどうかと薦めたのは彼の兄だそうだ。
「やってみたら想定の三倍に増えた」
「さん
……
!?」
「兄も驚いていた」
どうやら欲がない事による思い切りの良さが効いたらしい、運が良かったな。事もなげにそう言いながら蒸したそら豆を口に運ぶ彼を、カブルーは茫然と眺めることしかできなかった。どうにかこうにか工面しても頭を捻っても常に足りない国庫の中身と睨めっこしている身からすれば、なんとも景気の良い話である。
「それで、増やしたものをどうしようかと兄に相談したら『世話になった者達にプレゼントを買うのはどうか』と勧められた。相手への贈り物を選ぶのも、きっと欲求を取り戻す良い練習になると」
「なるほど」
以前に仲間内でプレゼント交換会を催した時に、品物が選べなかった彼は最終的に現金を用意してリンシャから激怒されていた。彼女にはこの人は特殊な事情があるからと何とか宥めて納得させたのだが、彼の兄はどうやらその事を言っているのだろう。そんな日常の事まで連絡しているのかとカブルーは何やらほわりとした良い感情を抱いた。現在の兄弟仲が良好というのは本当らしい。
「なのでとりあえず兄には郊外に家を買った」
「いや、規模!」
「近くの温泉から湯を引いて、庭のテラスで足湯ができる。兄は足が悪いから」
なるほど、それは具合が良さそうだ。初っ端から飛ばし過ぎて心配になったが、まあ資産額と相手と内容を考えれば外してはいない。ちなみに他の人には? と促すとパンをちぎりながら答えてくれた。
「パッタドルにはドワーフ製の銀の万年筆を贈った。先日昇進した祝いも兼ねて」
「それは上等で良いですね」
「うん」
彼女も貴族階級の出身で、外交官として働く身だ。質の良い万年筆というのは中々良いチョイスだろう。特にドワーフ製のものは頑丈で長持ちすると言うから、物を大切にするパッタドルに相応しいと思う。
「センシには中央から取り寄せた調味料の詰め合わせを。ハーブ塩が特に気に入ったらしい」
「センシさんと仲良かったんですか?」
「自然迷宮の探索中に時々会う。温かい食事を提供してくれるので助かっている」
この人魔物食に抵抗ないからなぁ。しかも食べ出すと見た目の割にもりもりとよく食べるので、センシが喜ぶ様が目に浮かぶ気がした。
「ファリンとマルシルには揃いの夢魔真珠のブローチにした」
「夢魔真珠?」
「光に当てるとオーロラのように輝いて美しいとエルフの貴族の間では人気がある。大きいほど魔力を溜め込んでいるので魔術の媒体にも使える」
「へぇ」
王妹であるファリンとは一緒に自然迷宮に潜ることもあると言うし、元迷宮主同士だからかマルシルの事は度々気に掛けているようだ。仲良しの二人にお揃いのアクセサリー、良いじゃないか。はしゃぐ二人が目に浮かんだ。
「王へは竜骨のチェス盤を用意した」
「わ、それは喜びそうだ」
「新種の魔物肉でも獲ってきた方が喜ぶのだろうが、お前やマルシルが嫌がると思ったから」
「
……
お気遣い傷み入ります」
思わず深々と頭を下げた。それを持ってこられた場合、まず間違いなく試食をさせられるのは自分である。読める時はちゃんと空気の読めるミスルンに感謝した。王兼友人にも見習って欲しいところである。
「そういえば、元カナリア隊のメンバーには贈り物しないんですか? 服役中でも差し入れは認められていますよね」
「シスヒスやリシオンは読書家だから、本をまとめて贈っておいた。オッタも暇つぶしに良いと言っていたが、フレキはクスリの方が良いと言っていたな」
あの人は。ぱさぱさの金の髪を思い出して思わず苦笑する。シスヒスはともかくリシオンが読書家なのは意外だったが、それよりもミスルンがそれを知っていた事に驚いた。最近になって教えてもらったのだろうか。
「あとはリンシャにドライアドの櫛と花の石鹸」
「リンに?」
「うん」
突然出てきた身内の名前に、カブルーは目を瞬かせた。彼女はエルフが大の苦手な筈なのに、目の前の人と親交があるとは思えない。一体どういう状況で?
「迷宮探索に行く際に薬の調合を頼んでいる。マルシルの紹介だが、彼女の薬は出来が良い」
「ああ、なるほど」
カブルーの様子を察したらしいミスルンが問うより先に答えてくれた。二人の会話は想像できなかったが、マルシルが間に入ってくれているのなら大丈夫だろう。何にせよ、身内の腕が認められるというのは嬉しい話だ。エルフの貴族御用達ともなれば彼女の店にも箔がつく。
「彼女、喜んでましたか?」
「眉間に皺が寄っていたが、礼を言われた。あと現金よりは断然良いとも言われた」
「はは。それは喜んでるんですよ」
「そうか」
ぎゅっと眉根を寄せた彼女の顔が目に浮かぶ。彼女は素直に感情を出すことが苦手で誤解されやすいが、この人ならそんな事は気にしないだろう。最初は想像が付かなかったが、考えてみれば案外相性が良さそうだな、と思った。
「で、お前は何が欲しい」
「え? うーん、そう
…………
いやいや。」
黒い瞳にそう問われて、カブルーは答えようとしてはたと気付いた。待て待て、おかしくないか。
「そうじゃなくないですか?」
「?」
いや何でだよ。不思議そうに首を傾げるミスルンに思わず突っ込みそうになったが、ぐっと堪えて言葉を紡ぐ。
「他の人にはミスルンさんが選んだんですよね」
「うん」
「俺のは選んでくれないんですか?」
「選ぼうと思ったが、思い浮かばなかった」
「いや、なんでですか」
二度目の突っ込みは堪え切れず口から出た。
こう言っちゃなんだが、今上がった人物達の中でも自分はかなり関係性が深い方じゃないかと思う。そりゃあ長年彼を支えてきた家族や部下には敵わないが、少なくともライオスよりは上だろう。ライオスよりは。
「俺はあなたがくれるものなら何でも嬉しいですよ」
「では土地か家でいいか?」
「良くないです」
それなら貴方の手打ち蕎麦とかの方が嬉しいです。そう言うと彼の左の表情がむすりと歪んだ。皿の端でフォークがかちゃりと音を立てる。
「
……
やっぱり、わからない」
ぽつりとこう溢した彼の目線は少し下を向いていて、あ、やばい、と咄嗟に思った。髪に隠れて見えない耳がへたりと下がり切っている幻覚が脳裏を過ぎる。違う、そうじゃない。そんな顔をさせたいわけじゃない。
「な、何でも良いんですよ。高価じゃなくたって、何でも」
「
……
思い浮かばない」
色々考えはした、とミスルンは言葉を続けた。
「お前に似合う服や、お前の瞳の色の宝石
……
装飾品や、色々。でも、お前はそれらを欲さないだろう」
確かに。カブルーは服やアクセサリーには無頓着な方だ。ミスルンがそれらを贈ってくれるならば嬉しいし、大切にするつもりはあるが、欲しいものかと言われると確かに違うかもしれない。他人から可愛がられる方であると自負している。養母をはじめ、知り合った人間から何かを貰うことが多かった。食べ物や服、住む場所やちょっとした必需品に至るまで。
そこで気付いた、なるほど。どうやら自分は物欲に薄い方らしい。自分が今まで欲してきたものは、大体環境や人にまつわる、目に見えないものばかりだ。
「お前に渡すものを考えるのが、一等難しい」
そしてこの人は不思議な事に、そんな自分の事を察しているらしいのだ。カブルー本人ですら今更自覚したような事を、無意識に感じ取ってこんなに悩ませている。その事に気付いて、カブルーは思わず目の前を覆いたくなった。ああ、これは。
「ミスルンさん」
「なんだ」
「俺の欲しいもの、ねだってもいいですか?」
「うん」
権利書でも金塊でも構わない。そう言う彼にいや、それは要らないですと苦笑する。金にものを言わせないで欲しい。
「懐中時計が欲しいです。他国との会合なんかでも身に着けていて構わないような、ちょっと上等で、長持ちするやつがいいです。色は銀がいいな」
「うん」
「選んでもらって良いですか?」
「わかった」
彼のセンスは悪くないから、恐らくドワーフ製の、質の良い懐中時計を貰えるだろう。トールマンの自分の心臓より遥かに長く動き続けるような。
「絶対大事にしますね」
「そうか」
少しだけ綻ぶ口元を見て、カブルーはほっと胸を撫でおろした。
後日、銀の鎖と青い宝石の嵌った銀製の、それはそれは素晴らしい懐中時計が贈られた。
さらに後々、文字盤に刻まれた美しい透かし細工がケレンシル家の紋章であることが判明し、ちょっとした騒動になるのだが
――
それはまた、別の話。
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