そういえば、今日もライオスがヤアドに怒られていたんです。いい加減懲りてくれればいいのに、どうしても生きた魔物が見たいって聞かなくて。
それでライオスが、ライオスと、ライオスは、
じ、と無言で見つめてくる黒い瞳にはたりと気付いたカブルーは口を閉じた。
「……っと、すみません」
「?」
慌てて謝ると、ミスルンが不思議そうに瞬きをする。「何が?」と首を傾げた彼に、バツが悪そうに頬を掻いた。
「恋人に、ベッドでする話ではなかったですね」
「構わない」
いつもの淡々とした口調に、こちらの方がいやいやと声をあげる。彼は本当に気にしていないのだろう――先程人の顔を真顔で見ていたのだって、彼は人の話を聞くとき大体そうであるので――にしても、どう考えてもマナー違反だ。
「面白くないでしょう」
「お前は内側に溜め込みすぎるきらいがある。適度に吐き出しておいた方がいい」
事も無げに言って見せる。小さな頭と薄い体は殆ど枕と布団に埋もれていて、その黒い左目だけが此方を見つめていた。なんだかウサギっぽいな。随分歳上の恋人に対して失礼な、しかしそれも惚れた欲目なので許して欲しい。
そんな身勝手な事を思いながらカブルーは手を伸ばして、ミスルンの柔らかな髪や白い頬をゆっくりと撫でる。されるがままの彼の表情は相変わらずスンとしていて、とても数刻前まで蕩けた表情と切ない声で愛を強請っていた人間と同一人物とは思えない。切り替えが早いというか、何というか。カブルーはそういった行為の後のムードも大事にしたいタイプだったが、今回に限って言えばそれを壊してしまったのは自分の方だ。彼の言うように、相変わらずな王兼友人の扱いに多少疲れているらしい。あるいはこの恋人はご覧の通り大変に聞き上手であるので、うっかり口を滑らせてしまったか。他所ではしないようなヘマも、王とこの人の前では晒してしまう事が多い。
まあ怒っていないのは本当だろう、この恋人は恐ろしいほど強い上に行動派かつ脳筋であるので、もし怒っていたら今頃撫でている手首を捻りあげられてベッドの外に投げ飛ばされている。
「でも、恋人が他の人間の話ばかりしていたら嫌でしょう」
「別に。お前の日常が知れる」
それとも、王との関係にやましい事でもあるのか?
真っ直ぐな目でそう問われ、思わずぶんぶんと首を横に振った。あのライオスと? とんでもない!
「そんなわけないでしょ!」
「だろう? なら問題ない」
思わず大きな声が出たが、本人はちょっと言ってみただけで本当に最初から何も疑っていないのだろう。ふ、と少し口元が緩んで、カブルーの手に白い指を絡め頬を擦り寄せてくる。彼が時々示してくれる甘えた仕草に愛おしさを覚えるが、それと同時にもう少しくらい、という感情が芽生える。信頼の証かもしれないが、もう少しこう、してくれても良いのではないだろうか、ヤキモチとか。嫉妬とか。
彼にとってそれがとうの昔に食われ、一度喪われた感情であることは知っている。以前よりは欲求に関する事柄を口にするようになった彼だが、未だに食欲すら訴えてくる事がない。それでも、人を愛したいとか愛されたいとか、そういった欲が新しく生まれているのならば、大なり小なりそれに付随する負の感情も芽生えるものではないのだろうか。それとも、あくまで彼は自分の恋心に向き合って応えてくれているだけで、本当はこんな愛の行為もしたいわけではないのかもしれない――そう思うと少し悲しくなる。この人に笑っていて欲しい、幸せでいて欲しい、幸せにしたい、自分を好きでいて欲しい。そんな感情が自分の一方通行なのだとしたら。敢えて嫉妬して欲しいなんてそんな、子どもじみた我が儘だ。幸せにしたいと思いながら、苦しい感情を強請るなんて矛盾している。酷い話だ、この人はかつてその抱え込んでいた激情から悪魔に目を付けられて、結果として身を滅ぼしたというのに。
そんな想いはもう二度とさせたくない。この人が何かを欲して手を伸ばすのなら、全部掴み取って望みのところに連れて行く。それがカブルーが密かに身の内に立てた誓いで、これからの人生全てをかけたこの人への愛の形だった。
だからこれはカブルーのただの我が儘で、スンとすましたウサギみたいな顔をしているこの人の心になんて何も響かないと分かっていて、それでもひとこと、言いたかっただけの、何とも情けなくて子どもじみた言葉だ。
「あはは。少しくらい嫉妬してくれてもいいじゃないですか」
「している」
「えっ」
思いもよらない返しに、思わずミスルンの顔を凝視した。黒い瞳はこちらをじ、と見つめたままだ。
「嫉妬はしている。が、」
長いまつ毛に縁取られた黒が、ゆっくりと細められる。ゆるやかに弧を描く薄い唇、その様子から目が離せなかった。
「仲間の話をしているお前が可愛いから、いい。」
そう言ってふわりと笑って見せるミスルンに、ぶわりと体温が上がった心地がした。カブルーは堪らない気持ちになって隣にある温もりを掻き抱く。抱え込んだ旋毛にキスを落とすと、背中に回された手があやすように撫でてくる。見せ付けられる余裕の仕草に、胸の奥がきゅうと鳴いた。苦しい。言葉にならない感情のままに、腕に力を込める。早鐘を打つ鼓動も、上がる体温も、なんなら真っ赤になってしまったこの顔だって、全て伝わってしまえば良い。どうせ自分は二十とそこそこのトールマンで、この人は遥かに歳上のエルフなのだから。半ばヤケクソの思考で、カブルーはそう思った。
「ミスルンさん、好きです」
「知っている」
腕の中でくすくすと笑う恋人に、この人はこんな時ばかり大人で狡い、と思った。
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