薙屋のと
2024-05-02 11:11:29
5124文字
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鳥籠は開け放たれた。

エンディング後のカナリア隊メンバーと巻き込まれトールマン2人

 その日、その扉の前を通ったのは偶然だった。
 幾つかの書籍を抱えながら、カブルーは王であり友であるライオスの隣を歩いていた。ゆっくりとお茶でも飲みながら、雑談がてら今後出版予定である王の自伝の話でもしようかと連れ立って食堂に向かう途中の出来事。
 その扉は小規模の会議室として利用するつもりの部屋で、まだ改装の途中だったはずだ。かつて迷宮として冒険者達が暴れ回った――にしては、何故か不思議と綺麗な形で現存している部分が多いが――千年前の古城を再利用している為に、修理も整備も追いついていない。この部屋は比較的保存状態が良かった為、机などの大まかな家具はもう搬入されていたように記憶している。
 それなりに分厚いはずの扉の向こう側で、何やら数人が大騒ぎをしているようだ。カブルーとライオスは顔を見合わせると、コンコンと扉をノックした。できるなら関わり合いになりたくはないが、城内でのトラブルであれば早めに対処をしておきたい。この間も元金剥ぎのトールマンとオークが殴り合いの大喧嘩をしていた。世界でも随一の多人種と民族の入り混じる国家となるメリニでは、そのような面倒ごとも日常茶飯事だった。
「あ。王様とカブルーだ。どうしたの?」
 ノックに応じて扉を開けたのはエルフのリシオンだった。
「いえ、廊下にまで声が響いていたので何か問題でもあったのかと思って」
「あ〜、ごめん。フレキとパッタドルの声が大きくてさ」
「わ、私はお前達を叱責していただけだ! 大体お前達が碌でも無い案しか出さないから……!」
「はいはい、落ち着きなさいな。ちょうど良かったわ。二人の意見も参考にさせてちょうだい」
 慣れた手つきでパッタドルの口を塞いだシスヒスが、カブルーとライオスを呼んだ。二人は顔を見合わせた後、一つ頷いて部屋に足を踏み入れる。別にこちらは急ぎの用事では無かったし、エルフから意見を求められる等稀なことだ。知らぬ仲でもない事だし。

 部屋をくるりと見渡すと、机に行儀悪く座っているフレキと、呆れ顔のオッタと目が合った。どうやらこの五人だけで、彼らの隊長であるミスルンは不在のようだ。
 空いた椅子に適当に座り「で、」とライオスは切り出した。
「俺たちの意見が聞きたいとは?」
「隊長のことなんだけどさ」
「ミスルンさんの?」
「そう。これから隊長のお世話をどうするかって話をしていたのよ」
「ああ、なるほど……
 カナリア隊隊長ミスルンとその補佐だったパッタドルは、西方の地に戻らずこのままメリニに残ると聞いている。
 女王からの命で改めて外交官として派遣されるとのことだが、ミスルンの場合は本人も残る意思を示したらしい。メリニ国としても西方からの後ろ盾は現状実に心強く、このまま友好な関係を築きたいところである。
「この辺はエルフも居ないし、トールマンの使用人でも雇えば? って言ってるんだけど、パッタドルがうるさくてさ」
「なッ!? 隊長は高貴な身分の方なんだ、何処の馬の骨ともしれない奴に任せられるわけがないだろう!」
「囚人が面倒みてたのはいいのかよ」
「えー、短命種はダメとか差別発言じゃね? これだからお貴族様は」
「ち、違う! そういう意味では……!!」
 ライオスとカブルーの顔色を伺いながら慌てるパッタドルに苦笑する。生粋の貴族である彼女の根っこにエルフ純血主義の思想があるかもしれないことは否定できないが、そういう意味ではないだろう。
 この辺りはドワーフ文化の濃い土地で、雇った者がエルフの文化に馴染みがあるとは限らない。彼女の言葉を好意的に解釈するならばこんな未曾有の土地で、慣れない生活をする事になる上司の世話をする人間ならば、それなりの相手を用意したいという事だろう。その気持ちはわかる。彼は快も不快も伝えない、伝えられない人だから。彼女なりに真剣に考えての事だろう、あの人は本当に部下に慕われているなぁとカブルーはあたたかな気持ちになった。生来のお節介が顔を出して、手助けをしたいと思う程には。
「まあまあ、それなら俺の方で誰か探してみましょうか。そういった人物斡旋をしている人にも心当たりがあります」
「あら、それなら助かるわ」
「さすが〜。パッタドルもそれなら文句ないだろ」
「ぅ、ま、まぁ……それならば……
――いや、それはやめた方が良いと思う」
「えっ」
 上手く話がまとまりそうだった所に、口を開いたのはライオスだった。何やら真剣な顔をして口元を覆い何か考える仕草をしている彼に、カブルーは首を傾げながら問うた。
「何か問題が?」
「カブルー、その心当たりはどれくらい信用できる? そうだな……例えば、俺から見たセンシやチルチャックとか。君からみたリンシャくらいだとか」
「いや、いくらなんでもそこまでは」
 そこまで信じられる相手となると、カブルーにだって両の手指で数えられる程度しかいない。何なら片手に収まるかもしれない。ライオスより人付き合いに自信はあるし知り合いも多いと自認しているが、友人が多いと信頼できる人間が多いはイコールではない。そういう意味では、ライオスの方が凄いのかもしれない。彼は交友関係こそ広くないが、狭く深く、彼にとっての友人は命を預けるに値すると信じられる仲間ばかりなのだから。
「例えばチルチャックが斡旋する相手なら俺は信用できるけれど、彼が紹介できるのは同族だけだ。ただの使用人ならそれでも良いかもしれないが、彼の場合もう少し体格の良い人間も必要だろう。それこそトールマンとか、ドワーフとか」
 うん。まあそうだね。それはそう。とカナリアの面々が頷く。それに関してはカブルーも概ね同意だったので頷いた。チルチャックはハーフフットの組合の顔役だ。彼の紹介であれば身柄のある程度保証された、信用に足る真っ当な人物だろう。ハーフフットは総じて器用で感覚も優れているしよく働くが、だがしかし、相手がミスルンとなると彼より小柄で非力な種族では少し心許ない。
「トールマンやドワーフでは問題が?」
「うん。まず、エルフという種族は俺たちからみて男女問わず人気がある……特に、官能小説とか春画とか。」
「おい」
 何をいうんだお前は!
 飛びかかって口を鼻ごと塞いでやろうかと思ったが、今回は本人も話の導入を間違えた自覚があったらしく「いや、違うんだ。まずは聞いて欲しい」と焦りながら言うので、頭の中で彼の顔の形が変わるほど殴りながら話の続きを待つ。彼が空気を読めないのはいつものことだ。それに彼は学があるわけでも空気が読めるわけでもないが、基本的には善良で、そして頭は悪くない。処すのは話を聞いた後でも良いだろう。
「カブルーはエルフの元で育ったそうだから、あまりぴんと来ないかもしれないけど。実際多いんだよ。トールマンから見てエルフは男女に関わらず、華奢で美人が多くて魅力的なんだ。例えば俺から見たあの人も、小柄で女性的に見える。魔術ならば敵わないが、単なる腕力なら大抵のエルフよりこちらが強い」
 まああの人や君は単純に俺より強いかもしれないが、とライオスはリシオンを見る。確かに狼男の彼は肉弾戦の専門で、今話に上がっているあの人の実力はさらに折り紙つきだ。
「高慢で不遜なエルフを寝台の上で……というシチュエーションは官能小説の鉄板だ。彼は欲求の大半を悪魔に食われていると聞いた。つまりは抵抗欲もないだろう? そんな人の元に、信用できない人間を送ることは避けたい……万が一でも魔が差すような事があれば、紹介したカブルーと、この国の責任になる。君たちには恩を感じているし、あの人にも妹のことで世話になった。個人的にも協力をしたいと思う。だからこそ信頼できない者を用意する事はできない」
 すまない、と簡単に頭を下げるライオスは王としては0点かもしれないが、人柄は誠実そのものだ。彼はミスルンのことも、カブルーのことも心配しているのだろう。確かに美しいエルフを下卑た目で見る人間は多い。特にエルフが珍しいこの大陸ではそれは顕著だ。
 エルフ達もライオスの話で納得したようで、そうだよなぁ、確かに。などと銘々が頷いている。下手をすれば国際問題だ。見落としていた観点にはっとする。だが、彼の話にはまだ続きがあったらしい。
「あー、そこでどうだろう? これは提案なんだが……
 君たちが残るというのは。
 ライオスの言葉に、全員が目を瞬いた。
「俺の目から見ても、君たちは彼を慕っているように見える。世話の事も今までしてきただろうから慣れているし、彼だって見知らぬ土地で生活するのに、親しい者がそばにいる方がいいだろう。
彼に恩賞として君達の身柄を求めてもらい、俺が国王としてそちらの女王に後押しをしよう。できたばかりの何の力も無い国とはいえ、協力国の王の嘆願なら多少効力はあると思う。どうだろうか?」
 驚いた、本当にしっかり考えていたらしい。カブルーはライオスが想像よりずっとちゃんと周りを見ていた事に感心して、ついでに脳内でタコ殴りにしたことを心の中で謝った。何より、それは全員にとって名案のような気がした。
 だが当のエルフ達はその話を聞いて、顔を見合わせて苦笑するばかりだ。
「あ〜、ありがたい申し出なんだけどねぇ」
「そうそう、実はそれも考えたんだよね」
「まあ貴方が協力するつもりがなくても、幻覚術をつかえば、ねぇ。ふふっ」
「こら、シスヒス!」
「王様がそう言ってくれるのはありがたいんだけどさ、私たちは一度帰るよ」
 そう言って笑ったのはオッタだ。どこか清々しい顔をしていて、それは何かをすでに決めてある顔だった。
「あら、フレキは残っても良いんじゃない?」
「そうそう。隊長の靴まで舐めてたくせに〜」
「言うなって!」
「でも、あなたがたは戻れば投獄されるのでは?」
 恩赦が出たとは聞いているが、古代魔術に関する事案は大罪だ。悪魔が居なくなった今、もはや形だけのそれとはいえ、全部チャラになったとは思えない。
「それはそうなんだけどな」
「まあ、だいぶ短くなったしこれで模範囚にでもなれば数年でシャバに出れる可能性もあるし?」
「隊長もさ、全員の釈放を嘆願しようって言ってくれたんだよね」
 リシオンの言葉に驚く。ミスルンにとって、長年一緒であっただろう部下にはやはり特別な思いがあるのだろうか。
「でもさ、それだと結局私達は隊長の部下から隊長の使用人もしくは奴隷に立場が変わるだけなんだよね」
「だから、決めたんだ。とりあえず国に戻って、ちゃんと刑を受けて――マッサラになった状態で隊長に、今度はダチにしてくれって言いに来ようってさ」
 そう言ったフレキの笑顔はからりと晴れやかで、皮肉屋の彼女らしくない程に健やかだった。それほどに、カブルーの目から見ても眩しかった。
「あら、フレキはこんな未開の地は嫌だって言ってたわよね」
「そーそー、牢屋に戻してくれー! って、あの顔は見モノだったよね」
「それなー、まあ短命種の発展速度って目まぐるしいからよ、私が釈放される頃にはそこそこマシになってんじゃないかってな!」
「シンプルに失礼だなこの人」
 心に秘めるつもりだったツッコミが思わず口から出た。フレキは気にしてなさそうにカラカラと笑う。
 でもそうか、彼女らは戻ってくるつもりなのか。無事に釈放されれば一般人で、そうなれば此処より豊かで発展した北中央の大陸で暮らす方がよっぽど良いだろうに。カブルーは彼が少し羨ましいと思った。自分の仲間達も、此処より遥かに豊かな故郷があったとして、それを捨てて自分の為だけに戻ってきてくれるだろうか。別にそんなことを望みはしないし、戻ってきて欲しいとは思わないが、彼が間違いなく慕われているという証左に思えて嬉しくなる。復讐以外の人生をようやく歩みはじめる彼に、彼を想う友がいる、それはとても素晴らしいことだ。
 エルフ達の返事を聞いて、いつもの人の良さそうな顔をしたライオスがそうか、と笑った。
「はは、その時には見違えるくらい良い国になっているように頑張らないとな」
「そうですね。お待ちしてますよ」
「おー、お前らもせいぜい長生きしろよ」
 エルフの時間の感覚は自分達と違ってゆっくりだ。短くなったという刑期も五十年か、百年か、自分たちの思っているより遥かに長い可能性がある。
 でももし、叶うならば。
 自由になった彼女達が再び彼の元に集うのを、それを穏やかな笑みで迎える彼をこの目で見てみたい。そう思った。