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薙屋のと
2024-05-02 10:58:38
4017文字
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シチューの話③
×より+な飯食ってるだけのカブミスSS③
羊肉のシチューとあの時食べさせたかったもの
「今度一緒に食事に行かないか」
カブルーは一度大きく瞬きをしてから、いつも通りの人好きのする笑顔を浮かべた。
「いいですね! いつですか、いつでも合わせますよ」
人に好かれる方だと自覚している。昔からーー冒険者だった頃から、この古くて若い国で王の側近となった今に至るまでーー老若男女問わず食事に誘われることはしょっちゅうだったが、この誘いは多少無理やりであっても、いや、絶対に何がなんでも乗るつもりだ。例え狼狽える王をヤアドと一緒に会食の席に放置しようとも、当日突然の大雪になろうとも。
「私はいつでも構わない。お前の都合に合わせる」
見下ろした先の黒い瞳は相変わらず表情が読み辛い。片目を失い、右半分の筋肉が硬いせいもあるのだろう。
誘ってきたのはミスルンだった。
珍しい事もあるものだ。というより彼が職務以外の事で明確に何かに誘ってくることなど初めてだ。もし待ち合わせの日に異常気象が起こった場合、原因はこれかもしれない。
それくらい珍しい事だけに、カブルーは誘われたのが自分であることが嬉しかった。それこそ王の放置を確定事項としてしまうくらいには。
「そうですね、じゃあ
……
そうだな、明々後日の夜はどうですか?」
「構わない」
「何か食べたいものはありますか?探しておきますよ」
「店はもう決めてある」
カブルーは驚いた。多分顔に出ていたと思う。
あのミスルンが?
珍しい事ばかりだ、もしかして少しは新しい欲求が芽生えつつあるのだろうか。
「じゃあ楽しみにしていますね」
「うん」
これは社交辞令ではなく本心だ。あのミスルンが行きたい店とは一体どんな店なんだろう、好奇心のままに深く聞きたい気持ちはあったが、当日まで楽しみにしておくのも良い。ああなんて愉快な気分だろう。
高揚した気持ちそのままに仕事に戻ろうと思ったのだが、ふと思い当たることがあり慌てて別れたばかりのミスルンの後ろ姿を追いかけた。
店の名前だけは聞いて位置を把握しておかないと、彼の案内では辿り着けないかもしれない。
その店は城下町でも下町側の、比較的新しい建物が多い通りにあった。
元々メリニは国の成り立ちと国王の方針から多民族の入り混じる国だが、この辺りの地域は特に、この国の噂を聞いて海の向こうからやってきた新規入国者が多いと記憶している。
それだけにトラブルも多いが国の中でも一等賑やかで、様々な文化が入り混じり混沌とした、そこから新しい何かが生まれそうな活気に満ちている。
自警団をしているオーク達の中に何人か顔見知りを見つけ、目線と手振りだけで挨拶を交わす。カブルーは基本的に亜人とは相容れないという考えを持っているが、それでも人の国で暮らす彼らとは話し合いをいくつも重ねる事で、お互い折り合いをつけられている。少なくともこの国にいるオーク達はクロのように話せば分かる連中であったし、酒を飲み交わせば気の良い者達ばかりだった。まあそれもライオスのおかげで成立した関係なのだろうけれど、何にせよ腕っ節の強いオーク達が味方で、自警団を担ってくれるというのは大変に心強い。このまま良好な関係を続けていきたいものだ。
「ここだ」
特に迷う事なく辿り着いた目的の店は、外装からかなり庶民向けの店だと察せられた。雰囲気的には冒険者時代によく通った酒場に似ている。
意外だな、というのがカブルーの初見の感想だった。ミスルンは食に拘りが無いので出されれば何でも食べるが、彼自身はエルフの中でも特権階級の出身だ。このような食事処に縁があるとは思えないし、カブルーも彼と食事に行く時は店のグレードを落としすぎないように気を付けていた。
ミスルンの後ろについて店内に入るとまだ少し夕食には早い時間だったのもあってか、席は半分ほどしか埋まっていなかった。厨房では褐色の肌に黒い髪の店主と思しき年配の男性が鍋をかき混ぜている。配膳をしているのは年齢差がある女性が二人、顔立ちに似た雰囲気があるので家族でやっている店なのだろう。少々手狭ではあるが、何処か懐かしさを感じさせる雰囲気の良い店だ。
案内された席につき、若い方の女性にミスルンが何かを伝えていた。うんうん、と嬉しそうに頷いた女性からメニュー表を受け取ると「好きなものを頼むと良い」とカブルーに寄越す。
「ミスルンさんが食べたいものは?」
「もう頼んだ」
誘ってきたのは彼なのだから当然意図があるのだろうが、ここまで食に積極的な彼を見るのは初めてだった。今回はこの人に驚いてばかりだな、そんなことを思いながら手元を見る。
渡されたメニュー表には思った通り彼が来るにしては些か庶民的な料理が並んでいる。香辛料を使ったものが多いようだが、そこまで好きだったのだろうか。
年配の方の女性を呼び止め、串焼きや香草サラダ、酒などを注文する。ぱっちりとした目に分厚い唇、若い頃はさぞ肉感的な美女だったのだろうと窺わせる。やや西方訛りの話し方に親近感を覚えた。
先に飲み物が届くとミスルンと軽く乾杯する。カブルーの杯はエールだが、ミスルンは果実水を頼んだようだ。ふわりと鼻腔を擽った甘い香りに、とても懐かしい気持ちがになった。子どもの頃、母の働く飲食店で飲んだものと同じだ。時々子ども好きの冒険者が奢ってくれたりしたっけ。
果実の匂いと香辛料の匂いが混ざり、懐かしい故郷の記憶が蘇ってくる。素焼きの煉瓦の壁に、カチャカチャと鳴る食器の音、西方訛りの声、店の隅に積まれた木箱、心地よい喧騒。
「ここは西方料理の店なんですね、とても懐かしいです。雰囲気が故郷そっくりだ」
カブルーの言葉に果実水を飲んでいたミスルンがうん、といつもの返事をした。なるほど、西方料理の店だから自分を連れてきてくれたのか、なるほど。カブルーはふと、かつて迷宮でシェイプシフターに遭遇した時にミスルンの記憶から作り出された自分の分身を思い出した。ほぼ初対面だったとはいえ随分と酷い出来に当時は怒りも沸いたものだが、きっと今なら、もう少し似ているだろう。少なくとも西方料理から自分を連想して連れてきてくれるくらいには関心を持ってくれているのだから。
「お待たせしました〜」
若い女性の方が、両腕いっぱいに皿を乗せてやってきて、テーブルに並べはじめる。肘に手首に、飲食店ではよく見る光景だが本当に器用なものだと思う。自分がやったら落としそうだ。
一気に賑やかになった食卓は、やはりカブルーが幼い頃目にした光景にそっくりだった。懐かしい料理たちと、懐かしい香り。
入れ替わりでやってきた年配の方の店員が、カブルーとミスルンそれぞれの目の前に深皿を置く。中身はよく煮込まれたシチューだった。湯気と一緒に立ち上る香りに、ますます懐かしい気持ちになった。カブルーは頼んだ覚えがないので、これはミスルンが頼んだのだろう。二人分、これが食べたかったのか。彼がここまで意欲的になるほどとは、よっぽど美味しいのだろうか。
せっかくだから温かいうちに、と大きめのスプーンで掬い口元に運んだ。この辺りで出てくるシチューとは違い、食欲を増進させるスパイスの香りを堪能する。口に入れると、ほろりと崩れた羊肉の味と一緒に、懐かしい声が聞こえた気がした。
"トマトを入れて、弱火でじっくりじっくり煮込むとコクが出るのよ"
"おいしい? よかった、たくさん食べて、大きくなりなさい"
ああ、これは母が昔よく作ってくれた。
「前に、」
シチューを食べながらミスルンがぽつりと話しだす。抑揚のない静かな声なのに、まるで周りの喧騒から切り離されて彼の声しか聞こえないような、不思議な感覚に陥った。
「迷宮でバロメッツのスープを食べただろう」
ああ、あのカニ味の。
植物から収穫した羊を捌いて料理したら、羊とは似ても似つかない味だったことを思い出す。
「あの時、お前が本当は何を私に食べさせようとしていたのか気になっていた」
合っているか?
そう言ってまっすぐこちらを見つめる黒い瞳にカブルーは返す言葉を探すが、思考は記憶を遡ってあの時のことを思い出そうとしていた。
あの時、バロメッツを収穫する際に狼の魔物に囲まれて彼の転移術で何とか難を逃れた。魔力を使い切って倒れた彼を寝袋に包みながら、何か温かくて美味いものを食わせてやりたいなと思ったことを覚えている。ほとんどの欲求を失っている彼に、少しでも何かしてやれたら。とはいえカブルーは料理なんてほとんどした事がなく、レパートリーは限られていた。さらに言えば食材も。その中で唯一、自分がぼんやりとながらレシピを覚えていたのが、昔母と一緒に作った羊のシチューだった。結局あの時は所詮羊の紛い物で、うまく捌くことも出来なければ全く違う味のものができたが。
あの時彼とどんな会話をしたのだったか。鍋の中身を見て「羊のシチューか」と言った彼に、こう返した気がする。「母がよく作ってくれました」と。
ああ、そうだあの時自分は「自分も久々なので楽しみです」と言った気がする。今の今まで忘れていた、そんな話をこの人は覚えていて、だから。
「久しぶりに食べました」
頭と胸の内をぐるぐると巡った感情はうまくまとめきれずに、ようやく口から出たのは最圧縮された短い言葉だけだった。上手く笑えているだろうか、嬉しそうな顔に、ちゃんとなっているだろうか。
自分をよく見せる事は得意だったはずなのに、どうもこの人の前では上手くいかない事が多い。
うん、と頷いたその人は「そうか」とだけ言って目の前のシチューをぱくぱくと食べはじめる。あの時自分が食べさせたかった味を。
カブルーは生まれて初めて、母と同じ肌の色に感謝をした。おかげできっとこの心の色は、彼にバレないだろうと願いながら。
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