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薙屋のと
2024-05-02 10:52:11
2864文字
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シチューの話①
×より+な飯食ってるだけのカブミスSS①
スジ肉のシチューと船乗り猫
その話をはじめた切っ掛けは何だっただろう。
城下町のとある酒場。他所と比べて少し値は張るが、出てくる料理は絶品で客の質も良く、賑やかではあるが喧しくはない。
カブルーの向かいではミスルンが黙々と名物であるスジ肉のシチューを口に運んでいる。
本来西方から正式に派遣され駐在しているエルフの貴族を連れてくるような店ではないが、今は公ではなくあくまで私の時間である。そもそも食に対する欲求がない彼は、当然店の好みもないらしい。ここ最近会食続きで高価な料理に飽きていたのでたまには城下町の美味い飯屋でのんびりと食事をしたい、久しぶりに会ったし付き合ってもらえませんか。そう言ったカブルーの願いにも、いつも通り「うん」と短い返事ひとつで着いてきてくれた。
未だ交渉が苦手な王のフォローも他国と腹の探り合いも不要の食事は気楽で、久しぶりに飲む道具としてではない酒も美味いと感じる。
笑い声混じりの穏やかな喧騒はどこか懐かしく、故郷の、母が勤めていた飲食店を思い出す。母が働いている間、よく木箱の上に座って足をぷらぷらさせながら店の客を眺めていた。子ども好きな冒険者達は時々ジュースを奢ってくれて、迷宮での冒険譚を面白おかしく話してくれた。
そんなことを思い出したからだろうか。
ここの店の雰囲気は母が働いていた店に良く似ています、そう切り出したような記憶はある。前後が曖昧なのは酒が入っていたせいか、気が緩んでいたからかーーはたまた、相手が他でもないミスルンだったからか。
母の働く飲食店でよく冒険者の話を聞いた事、迷宮での冒険には憧れていたけど自分が冒険者になるとは思っていなかった事、奢ってもらったジュースの味、母の思い出、自分の出自。
親族に青い瞳の者がおらず、不義の子を疑われた母は家を出て、養母に教えてもらうまで自分は魔物の子かもしれないと思っていたこと。
気付けばそこまで話してしまっていて、カブルーはしまったと思った。どう考えても話しすぎた。酒を一口飲み、話を区切る。ミスルンは途中でどうやら固いスジに当たったようで、ずっとこちらを見ながらもぐもぐと口を動かし続けている。
気まずい。
ミスルンは基本的に多弁な方ではない。聞いた事には答えてくれるし、職務上必要な事であれば詳しく語ってくれるのだが普段の会話となると黙って聞いていて時々相槌を打つくらいだ。話の腰を折ったり、道筋を変えるような事はほぼない。
だからだろう、横槍が入らないせいでついずるずると自分の話を続けてしまった。
別に彼にならば自分の過去など話してしまってもどうということはないのだが、こちらを見つめたままの彼の視線が刺さるような感覚に襲われて妙に気まずい。いっそライオスのように寄生蜂の一種とでも言ってくれた方がマシかもしれない。
「船乗り猫」
「えっ」
口の中のスジ肉をようやく飲み込んだらしいミスルンが、ぽつりとそれだけを呟いた。黒く光を通さない瞳はこちらを見つめたままだ。
「長命種、短命種に拘らず猫を乗せる船は多い。エルフの俗信では、特に青い目の黒猫が良いとされている」
猫、何の話だろう。彼は職務に関する話はまるで辞書を暗記しているかのようにすらすらと答えてくれるが、己の話となると途端に難解になる。端折りすぎるか、全てを話しすぎるか。先程の自分の話とは全く関係がない話のような気がするが、これは後者のパターンでそのうち帰結するのだろうか。
「鼠を狩り、猫の生態からくる活動は海路の指標になる。短命種の中には、猫には神秘的な力が宿っていて天候を操る能力があると信じられている地域もあると聞く」
酒場の喧騒の中にあるのに、彼の静かな声はよく聞こえた。内容は相変わらず頓珍漢だったが。
「ミルシリルは剣の腕は確かで優秀な人材だが人見知りな上に内向的な性格で、本来副長を務めるような人物ではない」
そんな中突然出てきた養母の名前に、カブルーは目を見開いた。
以前に聞いた彼の過去の話の中に名前が出てきたのは覚えている。しかしここで出てくるとは思わなかった。
「だが、中央監視塔
……
私が迷宮の主だった際に多くの隊員を失い、彼女にその番が回ってきた」
悪魔に欲求を喰われ、瀕死だった彼を見つけたのは彼女の部隊だったらしい。話を聞いた時はそれ以上の親交は無いように思えたが、違うのだろうか。
「我々エルフにとって女王からの任命は絶対だ。彼女は必死に応えただろうが、副長の肩書きは相当の負担と苦痛だったに違いない」
ミスルンの言葉に、カブルーはゆっくりと瞬きをした。瞼の裏に、養母の白くて柔らかな手足に刻まれたたくさんの古傷が浮かぶ。子供の時はそこまで考えもしなかった、彼女の傷の理由。
「迷宮調査隊はそもそも人員の入れ替わりの激しい部隊だ。カナリアという俗称もそれを揶揄したもので、迷宮で危険が起これば己の命と引き換えにしても世界の為にそれを止めなくてはならない。実際ウタヤではほとんどの隊員が犠牲になった」
自分たちが悪魔と対峙した時の事を思い出す。実際にはたった一年程度前の話であるのに、もう随分と遠い昔のような気も、つい先日のような気もする。
今目の前にいる人物は、悪魔の進行を食い止めるため魔物の群れとそれを操る迷宮主と対峙していた。大量の魔物と死なない悪魔を連れた相手に、たった数人で。それがどんなに無謀な事で、本隊が来るまでの時間稼ぎにしかならないとしても、命を賭けて悪魔を止めようとしていた。実際に目の前の彼は頭を半分吹き飛ばされて、一度死んでいる。よくあの状態から無事に生き返ったものだ。そうか、もしあの時蘇生が失敗していれば、こうやって向かい合わせで食事をすることはもうなかったのか。もしかしたらあったかもしれない未来にぞっとした。
「カナリアは基本船で移動する」
「疲弊していたミルシリルにとって、お前は幸運の象徴だったのだろう」
これで話は終わりだ、とばかりに彼は少し冷めたシチューの人参を掬い小さな口でもぐもぐと咀嚼をはじめた。
カブルーはその様子を呆然と眺めながら、先程のミスルンの話を頭の中でもう一度反芻して自分の中で整理しようとした。
僕は魔物の子かも。そう言った自分にそんなわけがないと断言してくれたのは養母だった。あの日街を滅茶苦茶にして人々を喰い、母を殺した魔物なんかと同じであるはずがないと、納得がいくまで学ばせてくれた、付き合ってくれた。
そして今、目の前にいる彼はこの青い目は幸運の象徴なのだと言う。
長命種とはわかり合うのは無理だと、今でも思っている。彼等から見れば、自分達の成人の年にも満たずに死んでいく短命種など、それこそ愛玩動物か永遠の子どもにしか見えないだろう。今だってよくよく考えれば子猫呼ばわりだ。それでも、
「ミスルンさん。今日ご一緒できて、良かったです」
「うん」
明日になったら、久しぶりに養母に手紙でも書いてみようか。
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