>けいじさんがポイピクに投稿されていた小説を読んでの感想を書いてお送りしたところ、公開してほしいとのお言葉を頂いたのでこちらにアップしました。
>2024/03/12 けいじさん・背骨のイフ『宿木と感光』への感想
https://privatter.net/p/10817816
けいじさんに喜んで頂けて、またこの文章を評価頂けてありがたいことだなと思いますが、私が書いた感想は、けいじさんと、この作品に関してのやり取りが事前に何度かあったという前提があるものです。
これだけを読むと私がものすごい読解パワーを持っている人間のように見えちゃいますが、そうではなく、けいじさんとお話をさせて頂く中で、「このお話はティアキンの構造を反転させたものです」ということを直接教えていただいて、その上で読み解きをしたものでした。
ですから私は他の読者の方よりも、補助線がいくらか多い状態から読むことができたという感じです。私が書いた感想がある程度的を外さずにいられているとすれば、それは、作者さん御本人からその作品の意図を聞いていたからですので、この点はちゃんと明言しておかないとフェアではないと思いまして。
もし全員が私と同じ補助線を持って『宿木と感光』を読むとしたら、ある程度私と同じような読解を展開できるのではないかと思います。補助線を持ってその意図を探るように読めばその物語が示したいことはある程度見えるのではないかと。そういう風に書かれている物語なので。
そうして『宿木と感光』を読んだ上で、けいじさんのこちらの解説を読むと、けいじさんがあの物語を書く中で何をどう考えてあの様に形作り展開させたのか、あの物語を書いた上で更にどのように考えを積み上げていっているのかが分かって面白いです。
⇒【解説?】宿木と感光
https://privatter.net/p/10818482
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私は初読の読解はだいたい外しますね
…『首』もそうなんですが。人の心情を読み取る機微にだいぶ欠けるので。
『宿木と感光』についても、「差し込む陽光がうらうらとして」から始まるシーンのリンクの心情については全然読めてなくって、けいじさんとお会いした際に
「あのシーン、リンクはもしかして内心喜んでいるんじゃないですかね、私はそう思うんですけれどもね。どうなんでしょう。最後まで書かれたら判明しますかね」などと語ったりしていて、けいじさんはニコニコしながら正解は答えずに聞いていてくださっていたんですが、
今回けいじさんからの解説が出て、あのシーンのリンクは「悲しい」という気持ちなんだなということが分かって、そうなんだーなるほど!!ととても納得しました。私は『背骨とエメラルド』のリンクくんを、ちょっと悪い男として捉えすぎていたようだな
…と思いました。
これ、私の誤読の一例です。
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まあつまり私が言いたいのは、私が特別読解に長けるというわけではなく、今回は作者さんから直接ヒントをいくつかもらっていたので、だからある程度的を外さないように読めていただけです、ということです。
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私は光秀と信長の機微を理解できなかった女
…(『首』の話)
マジでこの二人仲悪いんだな
…くらいにしか思ってなくて、けいじさんが書かれた首感想を読んで、そうだったのか
…!!たしかに!!って納得しましたからね。
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私が思っているのは、けいじさんの作品を読む時も、これは他の方の作品を読むときもですが、あまり「正解」を求めることにこだわらなくてもいいんじゃないかということです。
作品は作者さんの「これを伝えたい」「こういうイメージを形にしたい」という意図があって書かれ/描かれるものなので、作品を読む/鑑賞する時には「この作者さんはなにを伝えたくてこの作品を作ったんだろう?どうしてこの作品はこの形になっているのだろう?」というような頭の使い方をすると、
その作品がどうしてその形になったのか、という必然性が見えてきたりすることがあって、そうなると読解というものはけっこう豊かになるなと思うのですが、
今回けいじさんが書かれた『宿木と感光』はそういう方面の読解に馴染むタイプの小説ですよね。明確な意図があって書かれているものなので。
でも、じゃあ絶対にそういう風に意図を拾い上げるように読まなければいけないのかというとそういうわけでもないというか。
私も『宿木と感光』を最初に読んでけいじさんに感想をお伝えさせていただいていた段階では、その物語の構造面の意図に全く気がつくことなく読んで、けいじさんご本人から教えていただいてはじめて「あっほんとだ」という具合でしたので。
でもじゃあそれで私の読解は正しくなかったね、不正解だね、終わりだね。という話でもないんですよね。
作者の意図通りの読み方ができなかったとしても、作者から投げかけられたボールを誠実に打ち返すという動作に価値があると私は思っているので。
作品って作者が書いた段階では本当の意味では完成していなくて、それは他者によって鑑賞されることによってはじめて地に足がつくところがあると思うんですよ。作品というものは問いかけであり投げかけなので。
それが作者以外の誰かの目と頭を通した時に、どのように見えるか、という返答があってはじめて完成する。
だから誰かの作品を読んだ時にまず「読みました」「観ました」という応答すると作者さんは安心するんじゃないかな。更にはその作品を読んで「私はこう思い・感じました」という、その作品から自身の中に発生した何かを真面目に伝えることができれば、
それは正解かどうかを超えた、正しいコミュニケーションだと思うんですよ。
だから私がこういう風にけいじさんの作品についてお話して、けいじさんがそれを聞いてくださるという状況があった時に、ここにはけいじさんの作品を通したコミュニケーションが成立していただろうと思うので、私の話が正解かどうかというのはあんまり関係がない。
>「あのシーン、リンクはもしかして内心喜んでいるんじゃないですかね、私はそう思うんですけれどもね。どうなんでしょう。最後まで書かれたら判明しますかね」などと語ったりしていて、けいじさんはニコニコしながら正解は答えずに聞いていてくださっていたんですが、
私も正解を当てに行ってはいないし、けいじさんから正解を聞き出そうともしていないし、ただその時点までで書かれた作品から私は何を受け取ったか、ということをお伝えしていただけで、そしてここでけいじさんが「正解」を言わずに黙って聞いていてくださったというのは、
けいじさんの側としてもその状況をコミュニケーションだと理解してくれていたからということで。作品を介した健康なやり取りがこの時に成立していたと私は思っています。
何が言いたいかというと。うーん。つまりですね。大事なのは、作品を読んだりする時に、最初に「この作者さんは何を伝えたいのかな?」という頭の働かせ方をすることなんですよ。そういうふうに、作家さんの側に寄り添って作品を観てみる。
で、そうすると、「あっ、このシーンは印象的だから、このシーンを映像的に書きたかったのかな」とか「このストーリー展開は原作のこの展開を再現したものなんじゃないか」とか「このキャラクターの言動、いいな。これがこの作者さんの好みなんだな」とかいうのが伝わってきます。
で、そういう風に受け取ったものを「私はあなたの作品をこういう風に受け取りました。あなたはこの作品を通してこういうことが言いたかったのではないかな、と感じました?どうでしょう?」と作者さんに丁寧に伝えることができれば、作者さんも喜んでくれると思うよ。
ということです。
ここで念を押して言っておきたいのが、別に正解を当てに行こうとしなくてもいいということです。正解を当てに行く意気込みとか姿勢はあると良いと思うけれども、読解は正解当てゲームではないので。
ただ誠実に、読んで・観て、何を思ったかということを素直に伝えることができれば、百点満点ですよ。
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感想に関しての話をしたのでもう少し突っ込んだこと言うと、例えば感想を伝えたのに作家さんに微妙な反応をされた、だとか、嫌がられた、という経験がある方はいらっしゃると思います。というか誰もが一度はそういう経験していると思うのですが。
わざわざ読んで感想を伝えたのに何でそんな微妙な反応なの?作家さんの思う正解じゃないことを言ったから、私の感想が間違いだったから嫌がられたの?じゃあ作家さんの思う正解ってなんなの?感想送るの怖い、何も言えない
…みたいに思われるかもしれないのですが。
①「あなたはこの作品でこういうことを言いたかったのではないですか。私はこう思いました」
②「私はこの作品を自分が読みたかったものかどうかを精査しながら読みました。私が読みたかった読み方に適合している作品なので私はあなたの作品を認めます」
みたいな違いですね。
①と②はかなり違いがあるし、②でも一見褒めているように見えるけれども、①は作家さんに寄り添う感想であるのに対して②は自分語りだし値踏みの姿勢で読んでいるというのが伝わるので、作家さんはこれをやられるとけっこうきついと思います。
なのでもし過去に嫌がられたとか微妙な反応をされた経験があるという方は、その感想が、それが自分の読みたい読み方で読んで、作者さんにそれを押し付ける内容になっていなかったかどうかを振り返ってみるといいかもと思います。
もし、自分語りやっちゃってたかも
…という心当たりがある方は、作品を読む時に、一旦自分の好みとか傾向を置いておいて、完全に作者さんに寄り添うという気持ちで読んでみるといいと思います。で、「あなたはこう思ったのではないですか」と問いかけてみる。その後に「私はこう思いました」を添える。
そういう風に相手に寄り添うというやり方で読んで感想を送るようにすると、嫌がられる確率は相当減るのではないかなと思います。
作家さんの「どんな感想でもいいのでください」は、
「どんな自分語りでもいいから反応が欲しい」
という意味ではなくて、
「作家の意図する読み方か、正解かどうかは気にしないで、あなたがこの作品から何を受け取ったのか、素直な気持ちを教えてください」
という意味ですね。このニュアンスの違い。
作者さんに寄り添う読み方をしていれば、その作品の温度感というものはある程度把握できると思うので、その温度感に合わせて考えをまとめることができればいい感じになると思います。細かくチューニングする感じとでもいいましょうか。
作家さんも人間ですから。相性とかその時の気分とか体調とか、作家の側がもらった感想を誤読する場合もありますのでね。そこはもう人と人なので行き違うこともある。相性とタイミングが良ければ付き合いは続くし、そこがうまくいかなければうまくいかない、という。それだけの話でもあります。
うまくいかなくてだめになった時はもうそういうものだと割り切って、他の誰か分かり会える人と仲良くするのが一番いいと私は思います。何が良い悪い、じゃなくて、ただただ相性とかタイミングの場合もあるので。
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私も自分語りやらかしていたことあるし今もたまにあっやっちゃったということはあるのでそれは都度反省で。同じ失敗をしないようにするといい。
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作品の意図とその手法について、また鑑賞については、私が以前書いたこちらの話を読んでいただくとなるほどなーと思って頂けることもあると思います。
⇒キュビズムの話
https://privatter.me/page/65745f4be478c