無窓居室
2024-02-10 00:48:11
7922文字
Public 鬼と悪魔の事情
 

【悲報】悪魔の告白をキャンセルした結果…

Pixiv、pictMelFemで「鬼と悪魔の事情」シリーズとして公開している話の一応最終話です。今後この系統の話を書くとしたら「カーネリアンの夜」からこれの間のどこかに挟む形になると思います。

2/11「ゆる〜イベント」様にて展示させていただきました。



 帰り道は別々だった。観覧車の中での会話から先は一緒に居たと言っていいかどうか怪しい。
 無言のまま遊園地の入退場門まで歩いて、何とか「またな」と絞り出したアタシに、ブラックは曖昧に会釈してくれたように思う。
 ──また、会えるんだろうか?もうアタシのことを嫌いになっただろうな。きっと、すごく決意の要る告白をしてくれたのに、あんな可愛げのない断り方して。

 見ている余裕なんか無かったはずなのに、園内のイルミネーションに目が慣れてしまっているせいか帰り道はやけに暗い。駅へ続く道を逸れて住宅街に迷い込んでしまったんじゃないかと心配になって振り返ると、遠くにはまだ遊園地の明かりが見えて、虹色に光る観覧車の輪が端の方だけ建物の影にならず瞬いていた。
 急に息が苦しくなって視界がぼやけていく。あのとき、自分からも指を差し出していれば、アタシはなれたんだろうか。ずっと心のどこかで願っていた、ブラックのたった一人の特別な存在に。
 ──いいや、それじゃ駄目だった。ブラックがアタシに感じているのは恋や愛じゃない。対等とは言えないまでも、ある程度は頼ることができる、背中を預けられる相手に初めて巡り会ってホッとしてるだけ。
 今のブラックに必要なのはアタシと恋人になることじゃなくて、心を開ける友達をもっと沢山作ることだ。アタシはブラックの動画がきっかけで人間界に出てきて、何人もそういう友達にめぐり会えた。なのにブラックがアタシ一人だけを頼りに、勘違いの恋愛ごっこに閉じこもらなきゃいけないなんて。そんなの絶対に駄目。
 じきにブラックも気付くだろう。アタシに恋なんてするわけなかったことに。それでいい。それでいいのに、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。

……何度も助けてくれた、か」

 親身になってくれるとか、優しいとか、そしてきっと、決め手は強いこと。ブラックを庇ったり守ったりしても、死んでしまわない頑丈さがあること。

「あはは、そうだよな……でなきゃ安心できないし」

 どれもアタシが望んだ在り方なのに、耐えきれない涙が目の端から溢れてしまう。
 期待してた。ほんの少しでも、女の子として見てもらえてないかって。ギャルの服装をしたときも、姉っぽい姿になったときも、昔みたいに馬鹿にしたようなことを言われなかったし、料理の腕も最近かなりマトモになったつもりでいたから、もしかしたらそういう所を好きになってくれたんじゃないかって。

「ははぁ、……うっ……ぅう……

 だけどブラックが求めていたのはどこまでも強くて頼もしい鬼のアタシなんだ。望むことろじゃん、何が不満なの?と言い聞かせる自分を裏切って涙は後から後から流れていく。
 一度でいいからブラックに、女の子として見られたかった。一言だけでも可愛いと言って欲しかった。実際にそんなことされたらきっと暴れて逃げ出してしまうくせに、あの黒い腕に抱きしめられて甘い言葉を囁かれる日を、いつの間にか夢見ていた。
 アタシの夢に最初から望みは無かった。分かっていたことだけど、それがブラックからの告白という形で確定するなんて、こんな皮肉な結末は想像もしなかった。

「うぅ、うっ……あは、は……う、ぅぅ……!」

 観覧車に乗ったとき、この一瞬だけでアタシは満足なんだとあれほど思ったのに。欲深くて嫌になる。
 自分を笑い飛ばしたいのに涙交じりになってしまって、こんな声が夜道に響いているのはさぞかし不気味だろう。人間が聞いたら腰を抜かしてしまうかもしれない。迷惑になっちゃいけないよな……早く帰らなきゃ。
 
 好きだったよ、ブラック。今も好きだ。これからも、ずっとずっと好きだろう。
 でも、諦めないと。


「アカネさん」


 ふらふらと駅の方角を探し始めたところで、背後から名前を呼ばれた。涙が引いていく。
 声はまさに想っていた相手のものだったけど、嬉しいからじゃない。アタシの泣き声なんて物の数にも入らない、地獄でも聞いたことのないような恐ろしい声色に全身が総毛立った。

「オレちゃんを置いて帰ってしまったくせに、こんな所で何をしてるんです?それに、何が可笑しくて笑っているんですか」

 声の方を見てしまって後悔する。そこに居たブラックは、さっきまでとは全然違う意味でアタシの知らない顔をしていた。
 観覧車の中ではあどけない雰囲気さえ感じた表情を凶悪なけだもののように変えて、癖毛なのにいつも優雅に流れをつけてあった髪は掻き毟ったみたいに逆立っている。凄まじい迫力を湛えているのにとても静かで冷たい瞳は、手にある鎌と同じ色に光っていた。
 寒気がひどい。足の裏から頭のてっぺんまで震えが走り抜けていく。

「オレちゃんを笑っていたんですか?……それとも、他の誰かを待っているとでも」
 
 音も無く伸びてきた手を、ほとんど本能で飛びすさって避けた。一瞬でも遅れれば喉を掴まれていただろう。

「何するんだ!」
「悪魔の愛をはねつけた報復ですよ!!オレちゃんは本気だったのに!」
「ブラック……
「好きだったのに……こんな気持ちは、本当に初めてだったのに!この想いを愚弄した者を、生かしてはおけませんたとえアカネさん自身であっても

 愕然とその場に立ち尽くす。嫌われただろうとは思っていたけど、信じられない。こんなのってないよ……

「そっちから気のありそうな素振りで近づいて来たくせに、悪魔の心を弄んで!……魔王の寵を蔑ろにしたこと、後悔して下さいね。永遠に──!!」

 今度は振り上げられた鎌が、唸りを上げてアタシのすぐそばの空を切る。斬撃を外したブラックは怒りに震えた、と思いきや顔を両手で覆って肩をわななかせる。やがて細い指の間から、この世のものとは思えない悲痛な呻き声が漏れてきた。

「あ……あぁ……あ゛ぁ゛あ゛ぁぁぁッ!!」

 足が重い。ブラックの攻め手は大振りで、このまま避け続けることは難しくなさそうだったけど、こんなブラックを見ていられない。
 アタシは自分の身勝手さを噛み締めていた。自分ばかり辛い気になって、ブラックの気持ちを思いやる余裕がなかった。ファンや仲間達が大勢ついているんだから大丈夫だろうって、それ以上考えもしなくて、ブラックを勝手に持ち上げたり妬んだりする奴らと何が違うだろう。
 観覧車の中で言われたことをそのまま信じるなら、ブラックはアタシ以上に恋について無知だったのかもしれない。どうしたらいいのか分からないから、いつも揶揄うようなことしかできなかったのかもしれない。
 すぐに頭に血が上ってぶん殴ろうとするアタシと違って、ブラックは大人の男の人だから、アタシにキツく当たられても気にしてないフリして我慢してたのかもせっかく心を許した相手に怒鳴られたり追い回されたりしてばかりで、挙句に告白を無碍にされたんだ。傷ついてないはずない。
 もしもアタシが斬られてブラックの気が楽になるなら……いや、それはできないな。
 
 壊れた人形みたいな動きでブラックが向き直る。アタシはその真正面に立ちはだかり、大声で言った。

「ごめん、アンタには悪いことをしたかもしれない……でも、アタシも大人しくやられるほど甘い鬼じゃない。正々堂々、勝負を決めよう!」

 ブラックの気配が変わる。いつ暴発するか分からない爆薬のような危うさは落ち着いたけれど、その分冷酷な戦意が増したようにも感じる。

「残念だけどアンタの魔力が込もったその鎌で斬りつけられたらアタシの体がもたない。だから魔力は無しだ。両腕の力だけで思いっきり撃ち込んで来いよ!アタシは素手で、いくらでも相手になってやる。アンタの気が晴れるまでな!!」

 遠くまで届く声を出していると、アタシの心も少しずつ澄んでいくような気がする。あ、近所迷惑……ま、しょうがないか。

「それで水に流して、明日からまたライバルでいよう!!」

 受け技の構えを取りながら投げかけた言葉に反応するように、ブラックが鎌を持ち直す。その顔から感情は一切読めない。ある意味、一番ブラックらしい表情かもしれないな……と感慨深くなってしまって頭を振った。隙を見せたら死ぬ。
 ブラックの姿が陽炎みたいに揺らめいた、と思う間もなく距離を詰められる。刃が閃き、アタシの腕とぶつかる──のに備えた瞬間、鎌は別の何か嵩の大きなものに変わっていた。
 木の枝?……違う、花束。ずいぶん大きくて、巻かれたリボンには〝ドッキリ〟と書いてある。花弁らしいものがアタシとブラックの周りを紙吹雪みたいに舞い落ちるのが見えた。

「なっ……な、な!!」

 二の句が告げないアタシを見上げるように跪いたブラックの目には、いつもの愉しげな歪さが戻っている。

「続きがあるんですよ」

 花束を解くと赤いバラの花の中から同じ色のりんご飴が現れた。ブラックはそれを一輪の花みたいに、大事そうに差し出して見せる。

「アカネさん、さっきの告白のお返事、とっても魅力的でした!オレちゃんますます好きになっちゃいましたよ。これからも何回でも、アナタの心を掴めるまで趣向を凝らして想いを伝えます。アカネさんにOKをいただけるまで!!」

 ブラックの瞳は、観覧車の中での無邪気さも、さっきまでの路上での狂気も、溶け合うように混じった多彩な黒をしていた。その目が不意に、大人の男のものになって優しさを漂わせる。

「大好きです、付き合って下さい」

 ようやく状況を理解し始めたアタシはまず精神を統一して、次に息を吸う。
 そして、今日一番の声量と心からの思いを込めた声で答えた。

「ふざけんなーーっ!!ぶっ飛ばしてやる!この!!悪魔ーーーっ!!!」


 2024/02/11