Pixiv、pictMelFemで「鬼と悪魔の事情」シリーズとして公開している話の一応最終話です。今後この系統の話を書くとしたら「カーネリアンの夜」からこれの間のどこかに挟む形になると思います。
2/11「ゆる〜イベント」様にて展示させていただきました。
正月気分も抜けた一月の末、ブラックとアタシは優中部町にある遊園地へ来ていた。去年の年始にした約束を、一年以上越しでやっと果たせたことになる。
本当はもっと早くに借りを返すつもりだったんだ。でも色々あって──たとえば二人で遊園地に着いた途端、たまたま学校の友達と遊びに来ていたさとし達と鉢合わせして、何だか楽しくなってそのまま一緒に遊んでるうちにブラックと別行動になってたり、着いてすぐに迷惑な撮影してるYouTuberが居てそいつをアタシがぶっ飛ばしてそれどころじゃなくなったり、着いた途端にタチの悪いナンパ野郎が声をかけてきてそいつをアタシが──なんか、大体アタシのせいか……?でも、今日は一日中ブラックと居られてよかった。
町の中に建っている遊園地だから、海辺の埋立地や山の奥にあるような大きいテーマパークとは違う。でも、メリーゴーランドとかコーヒーカップとか、人間達の言葉で〝レトロ〟って言うのかな……スリルは無いけど可愛らしい乗り物に乗れるし、お祭りの屋台を思い出すゲームのお店もあるし、子ども達に風船を配る着ぐるみのキャラクター達はすごく愉快だった。
ブラックも、人間界の遊園地は刺激が物足りないとか言ってたわりに、来てみれば楽しそうにしている。ジェットコースターに乗るアタシを撮影していたかと思ったら次の瞬間には隣に乗っててで驚かされたり、ゴーカートでわりと本気の勝負をして二台廃車にしかけたり(ブラックがこっそり魔力で直してた)、アタシが怖がるお化け屋敷ではしっかり手を繋いでくれたり……。
フードコートでお昼を奢ったら、遊ぶ合間に屋台やワゴンで食べ歩き用のスナックやドリンクを色々買ってくれた。慌ててこれじゃチャラにならないと言っても「じゃあまた二人で来ますか?」と意味ありげに尋ねられてしまう。揶揄われていると分かっているのにアタシはどぎまぎしてしまって、持っていた甘いポップコーンを落とすところだった。
遊園地のニューイヤーイベントは終わっていて、来月に迫ったバレンタインデー用のハートの飾り付けがあちこちに見える。ますます恥ずかしくなってきて、正面から見られないブラックの顔をこっそり伺うと、さっきまでのニヤニヤ笑いとは違う、自然な笑顔がこっちを見ていて、余計にブラックの方を向けなくなってしまった。
夕暮れになると辺りはイルミネーションのキラキラした光に包まれた。アタシは胸がいっぱいでとても夕ご飯を食べられなかったから、お腹が空いていないと言うと、ブラックは疲れていないかと心配してくれた。気づけばさり気なく肩を抱き寄せられて、真面目な顔で覗き込まれる。
「だっ、だだだ……大丈夫!」
「ならいいんですが。レストランで食事しながら夜景を見ようと思ってましたけど、あっちの方が眺めが良いかもですね…まだ疲れてなければ、どうです?」
内心、このまま二人きりになりたい……なんて思ってしまったのを見透かすように観覧車へ誘われた。スムーズなエスコートをどう受けたのか、我に返るとアタシはブラックと向かい合って、個室の中から優中部町の明かりを見下ろしていた。
観覧車の個室の中は暖房が効いていて、揺れながら上がっていく感覚が気持ちいい。足元の遊園地の電飾は光の花壇みたいで、それが緩やかに点滅しながら住宅街やビル群の灯りに繋がっているのが見える。
窓の外から微かに流れ込む明るいBGMを聴きながら、アタシはうっかり涙ぐんでいた。夢みたいに幸せで、どうしたらいいか分からなくて。
ブラックは魔界最強の悪魔でトップYouTuberだ。動画作りの実力も人気も、悔しいけど今のアタシの手の届く相手じゃない。そうでなくても何を考えてるか分からない奴だし、アタシはアタシで女子力なんか少しも無くて、こんな風にまるで普通のカップルのデートみたいに過ごせる日が来るなんて思ってもみなかった。
アタシに恋愛は向いてない。ブラックも、アタシにそういう意味で興味なんか少しも無いだろう。きっとただの気まぐれか、お返しのための趣向として雰囲気を作ってくれてるだけ。
でも、今だけは……この時間だけは、ブラックの特別な相手として過ごしてるような気分になってもいいのかな。今が終わったら、もう望まない。思い出としていつまでも大事にするから……。
滲む夜景を憶えておこうと一生懸命に目を開いていると、ブラックが珍しく遠慮がちに聞こえる声で話しかけてきた。
「あの、アカネさん…アナタに伝えたいことがあるんです」
意外な口調に思わず向き直る。涙はさりげなく指の先で払った。
「オレちゃん、アカネさんのことが好きです。オレちゃんの唯一の女性になってくれませんか」
「は?」
アタシは驚くのを通り越して、思わず間の抜けた声を漏らしていた。何だこの展開。まるで……。
呆気に取られるアタシを前に、ブラックは恥ずかしそうに笑った。アタシよりも年下の男の子みたいな、見たことのない表情で。
「急に言われても驚いてしまいますよね。オレちゃんも初めてのことなので上手く言葉にしにくいんですが、アカネさんのこと、恋愛として好きだと思うんです。今の関係を変えるのが怖くて揶揄ってばかりきましたけど、もう自分の気持ちに嘘をつけません。……悪魔は元来、我儘なものですから」
最後に悪戯っぽく付け加えるから、勇気を出して本音を明かしてくれているんだということが真実味をもって感じられる。アタシはすっかり固まってブラックの言葉の続きを待った。
「オレちゃん強くて、何でも一人で出来るように見えるでしょう?褒めて下さる方は多いですしそれは有難いことですが、友達として親身になってくれたり、個人として尊重してくれる人はとても少ないんです。弱いところや欠けている部分をちゃんと認めてもらったことが無い……といいますか。カメラちゃんが居てくれても、本当はいつも寂しい思いをしていました」
ブラックにそんな悩みが……だからさとしやその友達と居るときあんなに楽しそうなのか、とつい微笑んでしまいそうになったとき、強い視線に射すくめられる。
「初めてお会いしたときから、アカネさんは単なる追っかけとは違うと感じていました。魔界から追って来るほど熱狂的なのにオレちゃんの話を聞き入れて帰ろうとしてくれたり、混浴温泉のときのようにオレちゃんが撮影のために間違ったことをしていると思ったら止めてくれたり、危ない目に遭いそうになったら何度も助けてくれたり……本当に、初めてなんです。こんなことは」
心から嬉しそうに、目元を緩めて言うのを見ていると、アタシの胸は潰れるみたいに苦しくなる。それを悟られないように俯いた。
「気付いたら、これからずっと、誰よりも傍に居て欲しいと思うようになっていました。それにオレちゃんの勘違いでなければ、アカネさんも同じ意味でオレちゃんのことを想って下さっていますよね?」
子どもっぽいブラックの喋り方は新鮮だ。柔らかい表情の瞳に色とりどりの町の光が映り込んで、黒ってこんなに沢山の色を映すことができるんだと初めて知った。とても綺麗だった。
いつも余裕そうで憎たらしい顔ばかり向けてくるブラックの、きっと他の誰も知らない本音を今はアタシだけが独占している。アタシ一人だけが、ブラックの特別になれている。
「契約、してくれますか?」
疑問形で言いながら、ブラックはアタシの返事をほとんど確信しているみたいだった。しなやかな指を差し伸べられて、確かにこれを拒める奴は世界のどこにも居ないんじゃないかとさえ思う。
でもアタシは首を横に振った。
「ごめん。ブラックのこと好きだけど……アンタがそんなことを思ってるなら契約はできない」
ブラックは純粋に意外そうな顔をした。不思議なものを見るような目つきだった。
「親身になってくれる人が少ないとか、尊重されてないとか、そんな風に考えるのはやめなよ。アタシもアンタのファンだから、自分の他にも本気でブラックをリスペクトして、応援してる人が沢山いることをよく知ってる。アタシだけが特別だなんて他のファンや友達に失礼だ。もしもそう思えるとしたら、それはたまたまアタシが鬼で、他の皆より頑丈で力が強いせいだよ」
胸の痛みを堪えながら、精一杯アタシの正直な気持ちを言葉にする。いつの間にか個室は観覧車の頂点を過ぎて、景色は地上へ近づき始めていた。
「……オレちゃん、何か気に障ることを言いましたか?」
「そうじゃない」
じわじわと、ブラックが感じているだろうショックが伝わってきていたたまれない。手を振り払われた小さな子みたいな、不安そうな声は聞いたことがないものだった。
「アンタの動画だけじゃなくアンタ自身を好きな人も、アンタのために一生懸命になってくれる人も、絶対にもっと沢山いるって!アタシ一人に縛られることない。アンタは皆から愛されてるんだから、自信持てよ!!」
大きくなってくる遊園地の乗り物の音やBGMに負けないように、お腹に力を入れて明るく言う。場違いに元気な声が密室に響いた。ブラックはそんなアタシから視線を外して、降り場へ続く鉄柱が見え始めた窓の外へやっている。
「アカネさんは誰にでも優しい方ですが……本当に、単なる親切だったんですか。オレちゃんに少しの特別な感情もない、ただの……」
耳に届いた言葉が聞こえなかったフリをして、アタシは降りる準備をした。
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