氷紀
2024-04-10 02:53:12
4700文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の独白

ゲ謎派生パラレルワールドの〓×6期の👹 『とある~』シリーズの続き。過去への未練と面影。



 すずめの声で目が覚めた。
 腕の中のそいつはまだ眠ったままだと、絡めた髪が教えてくれる。僕の胸に額を押しつける姿勢で、寝息がほんのり暖かい。
 雨が去ったことに、改めてほっとした気分が湧いてくる。まだ離れたくない、放したくない――せめてもう少しだけ抱きしめさせて欲しいと、どうしても思ってしまう。離れがたい気持ちは、多分、僕の未練が反応してるからだろう。もうやり直せない昔の記憶に、そいつの姿が突き刺さって、それで気持ちが揺れているだけ。あまり明るいとは言えない感情の動きだ。

 そいつの茶色い髪は、今は背中全部を包むくらいの長さになっている。当初は腰を覆うくらいだったから、そいつが力を取り戻しつつあるのは一目で分かった。でも、髪が戻りきったそのときが別れだと思うと、――ずっとここにいたらいいのに、とつい考えてしまうけど、それは妖力を枯らしたままでいてくれ、なんて酷い願いと表裏一体。叶うわけがないだろう。
 何しろこいつは、力が戻ったら『帰らなきゃ』と言い出すに違いないからだ。魂の一番深いところが一緒なので、それは確信がある。僕がこの世界のこの場所から動けないのと同じくらいに、そいつは帰らなきゃいけないと思うはず、なんだ。僕が押しとどめることはできない。向こうの世界を捨てちまえなんて、それこそ『死んでしまえ』と同じだ。言えるわけがない。
 第一、縋り付いて困らせるなんて、みっともないじゃないか。
 金糸の混ざった茶色い髪を梳いて、今だけだから、と胸の内で繰り返す。
 きっと、こいつが元の世界に帰ったとしても、僕は絶対にこいつのことを忘れない。僕のところに転がり込んできたことも、触れたの熱と快楽も、何もかも全部、覚えていようと思う。父さんの森にいられなくなって、自棄みたいな気持ちで人間の街に紛れて、無為に時間を過ごしていた僕のところに転がり込んできた、ちいさな『鬼太郎』。体に痕は残らなくても、記憶なら僕の望む限り留めておけるから。

 腕の中から、ん、と小さな声がした。少し眠りが浅くなってきたらしい。
 かすかな寝息ひとつで、こんな気持ちになるなんて思わなかった。

 ほどけてしまった心は嘘がつけない。
 今、僕の腕の中にいるのは、家族より兄弟より恋人より親子より近い、もしかしたらあり得たかも知れない僕自身。あまりにも近すぎて、分かりすぎて、体の形は違うのに心が同じすぎる。だから少し力加減を間違えれば、ろくでもない形で魂がくっついてしまいそうで、それだけはダメだと必死に言い聞かせてる。そういう気持ちを何というのか、僕は知らない。輪郭を示す言葉を持たないままだと、この強い感情がこんなにも心許ないのか。

 繋いだ髪の先、力が揺れる。目を覚ましたなと把握するのとほぼ同時に、そいつがもぞりと動くのを感じた。少し身を離して僕を見上げて、おはようございます、と寝ぼけた声で呟いてくる。
……おはよ」
 まばたきが、三つか、四つ。そいつは再び僕の胸の上に戻ってきた。髪は繋いだまま――流れ込んでくるのは、凪いだ心と柔らかな安堵感と、ほんの少し、空腹に似た感覚と。本当に空腹なのか、それとも妖力の方か。きっと両方だろう。
「何か食う?」
「んー……
 今は眠い方が優っているらしく、問いかけても、そいつは僕の胸から動こうとしない。一応僕も空腹感がなくはないけど、そいつを振り払ってまで、というほどではなかった。抱きしめていたい気持ちの方が、ずっと強い。
……前に買ってきた、レトルトのカレー……
「あのカレーか、パンのが合うんだよな確か。残ってたかナ」
 確かパンの買い置きはなかった気がする、改めて買ってくるかと頭の中で算段を立ててみた。でもそいつは動かない。半分眠っているような声が、ぼんやり呟いた。
……ねむ……こんなにダラダラしてたら、……お義父さんに叱られちゃいますね。あんまりグズグズしてると、……布団、引っぺがされたりして」
「ああ、あったあった。よく言われたっけ、コラ鬼太郎さっさと起きろ、遅刻しちまうぞ! ってサ」
 あまり似せる気のない声真似をしてみたら、そいつが小さく笑った。
 鈴を転がすような、というちょっと古い表現を使いたくなるような声で。
……叱りに来てくれたらいいのに」
「そうだナ」
 何気ない呟きとその返事、でも、そこに込められたものの重さと深さは、きっと僕とそいつにしか分からない。そいつの方がまだ少し、お義父さんの記憶には近いだろうか? あの煙草を必死に握りしめてる僕よりは。
 叱られるのでもいいから会いたい、なんて、今まで何度となく考えてきたことだ。今の状況をアレコレ考えてみると、そいつはともかく僕の方は、もう叱られるどころじゃ済まないのは確実なんだけど、それでもあの声を聞きたいと思ってしまうくらいには――やっぱり、いちばん恋しいのは、お義父さんなんだ。
 まだうとうとしているそいつを改めて抱きしめ直して、僕は小さく呟く。
……あとでパン、買いに行こう。もうちょっとしたら」
「んー、……
 そいつはまだ眠そうな声をしている。眠いならまだ寝てていいぞ、という気持ちを込めて、背中をとんとんと叩いてやるうちに、浅めの寝息が聞こえてきた。食べる話だけして二度寝なんて、本当に怠惰極まりない話だけど、そいつの体が辛いのは事実だろうからと言い訳して、僕も一緒に目を閉じる。
 どうしようもない過去の、愛しい面影を抱きしめながら。


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