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つきのせ さぶろく
2024-04-07 01:45:03
1372文字
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夏めく夢と、そのうつつ
【自探SS】片鱗HO1のその後の話
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波が砂浜を舐める音がする。太陽がいない間に冷えた外の空気を肺いっぱいに吸い込むと、微かに潮の味がする。縁側から見える海岸、その奥の水平線から、赤い太陽が顔を出し始めているのが見える。空が燃えているみたいで綺麗だと、ぼうっと眺めていた。ゆるゆると昇る炎は、黒かった空を白く変えていく。
波はどこからくるのだろうか。記憶がなく、どこからきたのかすら答えられない自分をそれに重ねて膝を抱えた。右手につけた黒い石のブレスレット。これだけが、自分の手がかりであるというのは間違いない。しかし、これがブレスレットである以上の情報はなにも覚えていなかった。どこかで購入したのか、それとも、誰かからもらったものなのか。思い出そうにも、脳内は何かを探すのも無意味だと思えるほどの空白が広がっているだけだった。
「黒烏ちゃん、起きてたの?」
「はるかちゃん」
はるか、と呼んだその少女は、この世界で初めて黒烏を認識した人間だ。昼間の海のような、キラキラと光る瞳が、心配そうに顔を覗き込んでいたことを覚えている。
「海、気になる?」
「あー
……
うん。なんとなくだけど、あたしに
……
私に、似てるなって」
「似てる?」
「うん、どこから来てるんだろうって思ったらね」
「そっか
……
確かに似てるかも」
はるかは黒烏のとなりに座り、小さな手で自身の頬を包んで口を尖らせる。暫くの間むむと唸っていたかと思うと、「あ!」と声を上げて彼女は黒烏の顔を見上げた。
「あのね! お父さんが言ってたんだけど、波って風が起こすんだって! だから、お船を出すときは波よりも風が大事なんだって。波は、風が起こすからって」
それでそれで、と、少女は拙いながらも口を動かす。
「黒烏ちゃんがこの町に来たのは、風が優しかったからじゃないかなあ。あの日は風がゆっくりで、波も穏やかだったもん」
「風が、優しかった
……
」
「うん! 黒烏ちゃんを見つけたときはびっくりしたし、今もわかんないことばっかりだけど
……
優しい風が連れてきてくれたっていうのはほんとだと思うの!」
はるかが、膝上の手を取った。その拍子にブレスレットが揺れ、朝の陽光を反射する。チカリと目に飛び込んだ光に誘発されて、潤んだ瞳から涙が滲み出る。記憶がないのは確かで、覚えているのは名前と遠いところから来たということ。他に追加するなら、何か大きなことを忘れているということ。それらだけだ。
「優しい誰かが、いた気がするんだ」
小さな手を握り返して、ポツリと言葉を吐き出す。水平線の炎は、いつの間にか全て白に変わっていた。
「ブレスレットの石みたいな、綺麗な黒い瞳。誰のかなんてわかんないけど、その人は優しかった」
伏した赤い瞳に影が差す。そこに、丸くなった太陽が光を滑らせて、瞬きのたびに煌めく。例え暗く見えようとも、確かにその煌めきは、夏の木陰の木漏れ日のように、一筋の光として存在していた。
「じゃあ、その人が黒烏ちゃんの風なんだよ、きっと!」
少女は突然立ち上がり、裸足のままアスファルトに降りた。手を引かれるままに、同じように黒烏も縁側から降りて、そのまま2人は、煌めく海へ駆け出して行った。
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