映れ、心まで

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
微妙に本編ネタバレあり。

最近エルガドで別の女性をよく見ているウ教と、不満なハ♀。



それからというもの、正確にはその次の日から、二週間。

ウツシにとって、地獄よりも辛く苦しい二週間となった。
二週間の中で、娘はウツシに見つかるより先に動き、彼以外のエルガドの騎士たちと狩猟に出るようになった。
そもそも、娘はウツシと顔を合わせなくなった。

何とかウツシが謝ろうとしても、彼女は逃げるようにエルガドの人と会話を始めてしまう。
それもとても楽しそうに、将来を誓った相手などいなくとも、陽射しのような笑顔を浮かべて。

フィオレーネと、ジェイと、ルーチカと、アルローと、時にはエルガド指揮官ガレアスとまで狩猟に出かけることが増えた。

任務の合間に必死に里からやって来たウツシが、何とか娘を見つけて声をかけても、まともに取り合ってもらえない。

『すみません、後で』

ただただ、この繰り返し。声は淡々として、他人行儀のようで、その目はとても悲しげで。
最終的に、結局は一等船室にこもられてしまう。あの時のように。

(……分かってる。俺……俺が悪いんだけど……)

エルガドの茶屋で一人、地獄を彷徨い続ける罪人の如き表情で座っているウツシのため息は深く澱み、まさに地の底まで届きそうなほど。

広々とした茶屋の円卓に乗せていた両手を握り締め「はあ……」と再びウツシが息を吐く。

胸が、きりきりと痛む。
心が引き裂かれ、ばらばらになりそうだった。
そして、いつもより呼吸が難しいような気がして、息苦しかった。何かが気道に詰まって、微動だにしないような感覚。

自分は大切な人を痛ませ苦しませたのだから当然の報いであり、これは罰だと考えずにいられない。

(……何とか愛弟子に謝るチャンスを見つけたくて、まあ、今も待ってるわけだけど……)

狩猟に出ている英雄『猛き炎』、ウツシの可愛い愛弟子、最愛の女性。
なのに、自分はそんな彼女を傷つけてしまった。消えてしまいたい気持ちだがそうもいかない。とにかく会って、きちんと謝らなければと機会を窺い、何回目になることか。

許されたくて謝るわけではない。

ただただ、傷つけてしまったことを詫びたかった。許す許さないは娘の決めることで、どう転んでも現実を受け入れる覚悟を決めている。

(そろそろ帰ってくるはず……だけどな……)

今日は、曇天。
晴れ間の多いエルガドにはとても珍しい。

今、待っているのは愛する人。けれどウツシの中にあるのは、冷静さが打ち砕かれそうなほどの緊張感。
気付けば片足を小刻みに踏み込み続けて貧乏ゆすりをしながら、彼はそわそわした様子で周囲を見回した。

「あ……!」

思わず声が出て、ウツシは席から立ち上がる。
彼の視界に、狩猟から帰還したばかりの『猛き炎』たる娘の姿が捉えられた。
まずは彼女が無事で良かったと、ほっと胸を撫でおろす。
そして今日の彼女は一人で狩猟に行っていたようなので、心の中でガッツポーズを取りそうになった。
エルガドの盟友たちがいないのは、ウツシにとって非常に都合が良い。

「ま……愛弟子! おかえり、愛弟子!」

声を上げながら、ウツシが娘に駆け寄ると、彼女は無言で眉を顰め、視線を下に逸らしながら一応は立ち止まる。
その目は変わらず影を宿し、とても悲しげだ。

妙に緊張したぎこちない様子で、ウツシが脳内からすっかり吹き飛んでしまった言葉を「えっと……!」と必死に思案する。

「ま、愛弟子! 愛弟子、俺、どうしてもキミに謝りたくて……!」
……すみません。ちょっと、疲れてて」
「ごめんよ、愛弟子! キミの心を傷つけてしまって、本当にすまなかったと思ってる!」
………
「本当にごめん! で、でもね愛弟子、俺……!」
…………。すみません、失礼します」
「あ……!」

でも、などという言葉を口にすべきではなかったと、ウツシは密かに深く後悔した。

足早に、静かに通り過ぎようとする娘の対応に、彼の心臓がドクンと一度、大きく、冷たく震えた。
エルガドの盟友たちとは笑顔で話していた彼女を知っていたからか、余計に心臓が、心が、軋むように強く痛む。

(……俺の、せい。分かってる……俺のせい……だけど……!)

理由があるんだ、という言の葉は声に乗らず、呑み込んでしまった。

自分のせいだ。
頭では、そう分かっている。

分かっているのだが、重なり続けた心の痛みの傷口から次第に溢れ出てきたのは、どろりと熱く煮えたぎる感情。

俺を、見てもくれない。
キミの目に、今、俺はいない。
俺はいつだってキミの隣に居たいのに。

(俺のせいだ。分かってる、分かってる……分かってる、のに!)

この刺すような悲しみは、痛みは、この手で愛する人を掴みたい衝動は、独占欲なのだろうか、それとも嫉妬なのだろうか。

一瞥いちべつもすることなく「失礼します」と静かな声で告げて離れていく、愛しい人の背中。
船着場に向かって小さくなっていくその背中を、ウツシは弾けるように駆け出して追いかけた。

彼がその気になれば、全て容易い。

追いつくことも、掴むことも。
逃がさないことも、捕らえてしまうことも。

(──けれど、それをしてしまえば……!)

風のように音もなく、ウツシが駆ける。

俺は、キミをこんなにも愛してる。
だから、だからなのに。

数秒程で追いついたウツシは、無言で手を伸ばして娘の腕を掴んだ。
振り返った彼女の目は驚きに小さく見開かれ、ウツシがどんな表情をしていたのか想像に難くない。

「来て」
「あっ……!? ウツシ、教官……!?」

ウツシは短く告げると、娘を船着場近くの傀異研究所の階下、建物裏まで連れて行った。

エルガドの中でも人目のない場所。ここなら邪魔は入るまい。

そのまま壁際に娘を押し付けるように追いつめ、ウツシが真っ直ぐ彼女を見つめる。

「教、官……?」

小さく呼んだ娘の瞳は、怯えとも違う輝きを宿して、ようやく愛する男を映した。
ようやく、お互いがお互いを真っ直ぐ見つめ合い、想いと視線を絡ませる。

ウツシは金色の瞳を細めながら、娘の頭の真横に手をつき、彼女の足の間に右膝を入れて壁に縫い止めるようにして迫った。

斜陽のように哀切が揺れる表情。
愛する人の眼前まで顔を近づけたウツシの満月のような目は、想いに溢れて滲み揺れている。

「俺……おかしくなっちゃいそうだよ……!」

低く囁きながら告げたウツシの、今までに見たこともないような表情が、娘にはたまらなく愛おしく見えた。

悲しそうで、申し訳なさそうで、後悔の念が大きい中、必死に自分自身の中の雄の本能を押しとどめているような。

「愛弟子、俺…………お、れ……!」

ごめん。
愛してる。

そんな陳腐な言葉では足りない気がして、ウツシは必死に思案した。
それでも結局、言葉は飲み下されて胃の中に滑り落ち、消えていく。恋人にも雄にもなりきれない自分の愚かさも苦しくて。

吐息さえ感じるほど目の前で、必死に言葉を紡ごうとする愛する彼を見た娘は「ふふっ」と声を漏らして、小さく笑った。
そのまま彼女の両手は、目の前にいるウツシの頬を包み込む。

呆然としたように、滲む水面の月の双眸をぱちりと大きく瞬かせた彼を真っ直ぐ見つめながら、娘は幸せそうに微笑んでいる。

「──やっと……また、わたしを見てくれた」
……愛、弟子……?」
「教官の目……わたしが、映ってる」

まるで、鏡のような明澄な瞳。

口元を綻ばせて「うれしい」と呟いた娘の唇に、目を開けたままのウツシが流れるような動作で帷子かたびらを下ろし、喰らいつくように口付けた。

反射的に、彼女は目を閉じる。
ただひたすら、刺激的な彼の味と、百雷の如き激しい情熱を感じながら。

……んう……!」

目を閉じ、嬉しそうに吐息を漏らしながら受け入れてくれる愛する人を見つめていたウツシは、満足そうにふわりと双眸で曲線を描き、やがてゆらりと顔を離す。

「ぷは………………教、官……!」

小さく「はあっ」と整えるように息を吐いてから、娘はウツシを真っ直ぐ見つめて静かに微笑んだ。

「──愛して、います…………ごめんなさい、子どもみたいに素っ気ないことして……
「キミは何も悪くない……! 本当に、ごめん」

壁に追い詰めていた愛する人は、もう、今までのように離れて行かないだろう。
頭ではそう理解しているのに、言葉にし難い不安感からウツシは両腕で、包み込むように娘を少し強く抱きしめた。

…………! 愛、してるよ……!」
「はい……わたしも……!」
……ごめん。もっと……もっと、キミを好きなことを伝えたいのに、言葉が……

掠れた声で、ウツシは思わず目を閉じる。呼吸と同じように紡げたはずの言葉が、今は不思議なほど全く出てこない。けれどもっと伝えたい。

だが、それは娘も同じ。
絶対安全圏と確信できるウツシの腕の中で、その熱を、命を、その心の叫びを深く感じていた。

……教官、今なら教えて欲しいです」
「え……? 何を?」
「理由です。……あの時、どうしてあんなに真剣に他の女の人を見てたのか」

娘の呼び声が届かないほど、ウツシは隣にいる将来を誓った彼女ではなく、他のエルガドの美女たちを一生懸命見ていた。

そのことを思い出した途端、つん、と針で心をつつかれたような感覚を覚えながら、娘は真っ直ぐウツシの顔を見つめる。

彼は少しばつが悪そうにしながらも、両手を彼女の腰に回しながら「ああ……」と金色の瞳を右往左往させた。
愛する人に必死に謝罪しようとした時につい口から飛び出していた『だけど』という言葉。
謝る気があるのか、と思われても仕方のないその言葉の続きこそが、まさに、ウツシの当時の行動の理由。

……ほら、愛弟子。前に言ってたじゃないか。エルガドの綺麗なお洋服が欲しいって」
「え? ……聞いて、くれて……覚えて、くれてたん、ですか?」
「当たり前だよ! ……だから、さ」
「え?」

顔を赤くしながら、ウツシが更に目を泳がせる。

娘は彼を、更に、まさに穴が空くほど見つめていた。彼が自分の言葉をちゃんと聞いてくれていたことに、こんなに喜びを感じるのは久しぶりかもしれない。

すると、彼は観念したように娘の方に改めて顔を向け、微笑んだ。

「だから……だからだよ。俺キミに贈り物をしたくて。どんな服なら、キミが喜んでくれるかなと思って、その……! 俺、洋服とか全然、分かんないから。参考になりそうな綺麗な服を着た人が通ると、つい……見ちゃって」
……まさか」

──わたしの、ために?

小さく目を見開きながら娘は言葉を続けようとしたが、できなかった。
胸が苦しく、呼吸がし辛くなった。まさに炎に焼かれるように、目頭が熱くなって。

気付けば彼女は目を見開いていて、ウツシは申し訳なさそうに眉を八の字に下げた。

「キミと一緒にいない時にすべきだっていうのは、分かってたんだ。気を付けていたつもりだったんだけど……ごめんね。明らかに俺、上の空で別の……しかも女の人を見てたよね」
…………!」

何度も何度も、ひたすらに娘は首を横に振った。罪悪感と悔恨の念に、ちぎれそうなほど胸を痛めながら、首がもげてしまいそうなほど、何度も何度も力強く。

恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
情けない。なんて情けない。

(わたし、どうして、もっとちゃんと話を聞こうとしなかったの? わたし、わたし……!)

同じ言葉が、ぐるぐると娘の頭の中を巡る。

今までの自分の行動が、あまりに恥ずかしかった。
どうしてこの人に隣にいることが、辛くなってしまったのかと。

消えてしまいたいほど、自分が情けなかった。
単純に嫉妬心もあった。けれど情けない理由は大きくもう一つ。
ほんの少しでも、ウツシの心を疑ってしまったことが、彼にもひたすら申し訳なくて。

(ばかは、わたしだ!!)

内なる叫びをあげながら、娘はウツシの胸板に顔を伏せるようにして抱きついた。

心が痛い。
胸が苦しい。
息が苦しい。

全身が妙にそわそわと震えて、ますます気道が狭まって、冷静さが失われていく。

……ごめんなさい……!」

呼吸の乱れを察したウツシは、震える娘の背中を大きな温もりに溢れる手で、優しく撫でていく。

……愛弟子」
「ごめん、なさい ……ごめんなさい……! ごめんなさい、ごめんなさい!」
「愛弟子。俺を、見て」
「!」

あの時の自分と、同じ願い。娘ははっとしたように小さく目を見開き、ウツシの顔を見上げた。

彼の金色の瞳は『何も心配いらない』と言葉以上に告げていた。
慈愛に満ちた陽光のように、穏やかに、温かく、愛する人の姿を照らし映している。

彼女の背を撫でていたウツシの手は、するりと滑って、さらりと髪を愛で、頭全体を愛しげに撫でていく。
その感触があってもなお、今にも泣きそうな娘に向けて、彼は目を細めて微笑んだ。

……今から一緒に、買い物に行こっか?」
――え?」
「キミに似合う、綺麗で可愛い洋服。買いに行こうよ!」

ウツシが「ね?」と首を傾げながら微笑む。
彼の笑顔が、想いが、娘にはひたすら嬉しくて、ありがたくて、けれども申し訳なくて。
ごめんなさい、と、もう一度謝ろうとした時。
ウツシはそれを察していたかのように「シーッ」と、人差し指で愛する人の唇に触れた。

もう謝らないで、と彼は笑顔だけで告げる。

泣きそうで踏みとどまった、潤んだままの瞳を瞬かせる娘の手を取りながら、ウツシはゆっくりと歩き出した。

「行こう愛弟子! 久しぶりにエルガドデートだ!」
「あ……! ウツシ教官、わたし……!」
「贈り物してカッコつけようとなんかしないで、はじめからキミと一緒に買いに行けば良かった! ごめんね? 行こうよ! どういう洋服がいいかな? レース? フリフリ? それともキラキラしたやつ? キミの服に合うように、俺も何か合いそうな洋服を買おうかなあ! あってもいいよね!」
「きょう、かん………………

いつもの調子で、明るく、饒舌に。
娘に謝らせる暇を、喋らせる暇を与えることなく、ウツシが彼女の手を引いて歩いていく。
それはとてもゆったりとした、穏やかな足取り。

『ありがとう』

娘の言の葉が声に乗って彼に届くのは、もう少し後。

雲の狭間から、太陽が顔を覗かせる。
穏やかな笑顔が交わり、その間を、優しく潮風が吹き抜けていった。


@acadine