奴田原 ミズキ
2024-03-30 23:53:14
2607文字
Public
 

ねえ、おねえちゃん。

ビマヨダ前提のヨダナ♀とシャラーちゃんのおはなし。ビは1ミリも出ません。痛々しい表現があります。





姉が胸を焼いたと聞いた。
これからの戦いにおいて「女」の部分はいらないから、だと聞いた。
姉の寝室へ歩む足取りは重い。どんな気持ちで会えばいいのだろう。
傷が落ち着くまでは誰にも会いたくないと聞いていた。それでも会いたいと思った。だから今廊下を歩いている。多くの兄達は決死の覚悟で己の身体を傷付けた姉に何も言えず、歯痒い顔をして俯くばかりだ。私だってそうだ。正直、今だってどんな声をかければいいのかわからない。けれど、でも。会いたいと思った。唯一の同性である私だけは、どうしても姉に会わなければいけないと思ったから。
扉の前で数回ノックをする。返事はない。気にせず扉を開いた。
天蓋付きのベッドの下。姉はそこにいた。
傷口が痛むのだろう。私が部屋に入ったことも気付かず、額に頬に脂汗を浮かせ、目を閉じ苦しそうに呻くばかりだ。なるべく音を立てないようにベッドへ近付き、持ってきた手拭いで汗ばんだ額を拭うとうっすらと涙を滲ませた瞳がこちらを捉えた。
ドゥフ、シャラー
痛みに歪んだ顔を少しだけ和らげて、姉は私の名を呼んだ。うん。とだけ短く答えて固くシーツを握り締める手に自分の手を添える。そんなもので痛みが和らぐ筈もない。わかってはいるけど少しでも和らげてあげたくて、ぎゅうと握った。
部屋に来るなと、言付けたはずだぞ」
「ごめんなさい。でも、姉さんに会いたかったの」
仕方のない、奴だな
握ってない方の手で、ぽんぽんと私の頭を撫でる。何故だか泣きそうになった。袖口でごしごしと目元を拭う。
ベッドに横たえた姉の胸元は、ただ平坦で、なにもなかった。結ばれた布はうっすらと血が滲んでいて、それだけで、もう、胸が苦しくて仕方がなかった。私と同じものを持っていた姉は、自分の意志で削ぎ落としたのだ。女を。女としての人生を。
「そんな顔、するな。この選択を、私は後悔していない。それと、私はもう、姉ではない。これからは、兄と呼べ。ドゥフシャラー」
「おねえちゃん……おねえちゃん
兄と呼べと、言っているだろうが
困ったように眉を下げて、姉は笑う。私を慰めるように。ぽろぽろと涙が溢れる。苦しくて涙が溢れる。本当に痛いのは、苦しいのは、泣きたいのは、姉の方なのに。
ドゥフシャラー」
……なぁに?」
「おまえは、幸せに生きろ」
澄んだ瞳で小さく告げられたその言葉は、心の深くへ突き刺さる。やはり痛むのだろう、時々声を引き攣らせながらぽつりぽつりと言の葉を紡いでいく。
「お前は嫁いで、戦のない世界で生きろ。女として、幸せを手にするんだ。どうか、私の分まで。それが、姉であった私の最期の願いだ」
私とあいつは、そうはなれなかったから。
それは祈りのよう。手を優しく握り返され、約束だ、と微笑むおねえちゃん。いつも私を守ってくれたおねえちゃん。稽古の合間にひっそりと来てくれて、お揃いの髪飾りを着けて、髪を編んでくれたおねえちゃん。一緒に遊んでくれたおねえちゃん。
あの大好きなおねえちゃんは、もう、いないのだ。
「おねえちゃん、だいすき」
涙と嗚咽でくしゃくしゃになりながらそう告げる。姉はまた困ったように笑って、頭を撫でてくれた。
「だから兄と呼べと、言っているだろう……私も、お前が好きだよ。ドゥフシャラー」



***



「ドゥフシャラー!」
自室の扉が開く音と、のっしのっしと足音を響かせながら近付いてくる気配に小さく溜息をつく。優雅で華麗で最優のサーヴァントと豪語したのは何処の誰だったか。飲みかけのチャイを机に置いてくるりと振り返ると、満面の笑みを讃えた兄が予想通りこちらへ向かってきていた。
「何よ馬鹿兄貴。足音すごいわよ」
「煩い馬鹿妹。それよりほれ、頭を貸せ」
相変わらず話の聞かない兄だ。反論する間もなくちょちょいと髪に何かを着けられる。ふっふーん、さすがわし様!完璧だな!と一人で満足げに笑う兄にじとりと眼差しを向けると、ほれ、と手鏡を渡された。受け取り鏡を覗き込むと、華やかな髪飾りが左耳の上に差し込まれている。ピンクの花の形をした髪飾りは硝子で出来ているようで、きらきらと輝いて見えた。
「素敵
「ふふん、そうだろう?久しぶりの現界だろうしな。わし様がお前の為直々に選んだのだぞ?たっくさん感謝するがいい!」
うん。ありがとう、姉さん」
全く。兄だと言っているだろう。馬鹿妹め」
言葉ではそう言っていたが、姉は困ったように笑い私の頭を撫でた。暖かく優しい手のひらに目を細めていると、ふと先ほどから耳元で揺れるものに視線が向いた。
それ、いつもしてる耳飾りじゃないのね。きれい」
「っ、ま、まあな」
露骨に言葉を詰まらせながら視線を泳がせる姿に、なんとなく想像がつく。蓮の花を模した硝子の耳飾りがゆらりと揺れて、とても似合ってる、と思った。
「まあ、そのなんだ。アイツが、どーしても、どーしてもと言うから、着けてやったのだ!まあわし様超美人だし?何着ても着けても似合っちゃうし?仕方なく、仕方なーく奴からの贈り物を着けてやってるだけだ!この耳飾りに罪はないからな!」
ふふ、顔が真っ赤だ。本当はすっごく嬉しいくせに。そういう所、全然変わらない。
「それよりわし様、喉渇いた!食堂に行くぞ。お前も来い、ドゥフシャラー」
「はいはい、嫌って言っても連れてくんでしょ」
もちろんだが?と悪びれもなく言う姿にもう一度溜息をついて、カップに残っていたチャイを飲み干し席を立つ。先をずんずんと進む姉を追って自室を出た。
廊下を歩む、幾分か柔らかさを持ったその広い背中に、声をかける。

「ねえ、姉さん。今、幸せ?」

ぴたりと歩みを止めた姉は振り返って、とびきりの笑顔でこう答えるのだ。

「当たり前だ。幸せに決まっているだろう!」