ちょち
2024-03-28 07:20:07
1842文字
Public 狂聡
 

安普請セカンドバージン 2


「きょーじさん、寝たん?」
 眠そうに目を擦りながら、風呂上がりの聡実がゴソゴソと布団に潜り込んでくる。
 いや、寝れるわけなくない!?と、狂児は聡実に背を向けたままで頬を引き攣らせていた。そもそも夕飯の後、さっきまでぐっすり寝たのでまださほど眠くないのだ。
 実際シャワーを借りている間も狂児はめちゃくちゃ葛藤していた。

 ーーうち泊まってったらええんちゃうと思って。

 聡実の口から飛び出した一言に狂児が一瞬フリーズしてしまったのは、もちろん、えっこれもしかして誘われてる……?と思ったからだ。しかも、布団ひと組しかないって、それは、もう、完全に。
 ……いやいや、この部屋では嫌やって言うてたし。聡実くんのことや、妙なとこで天然やし言葉以上の意味は本当にないんやろ。そう自分自身に言い聞かせる。どうせお互いに朝早いので、このあとシャワー借りてなんかオヤツ食べたり駄弁ったりしていたら寝る時間もそんなにないだろうし……と思ったのだが。
 狂児が風呂場から出てきたら、きちんと布団が敷かれていた。
 えっグダグダとかもせん感じ? このまますぐ寝る感じ? そう思うと、急に「同衾」というワードが頭の中を埋めてしまって大変だった。
 先に入った布団は当たり前だがちゃんと聡実の匂いがして、胸いっぱいに吸い込むと良い歳のオッサンがなんだか思春期みたいな気分になる。下半身に血が集まりそうで、思わず般若心経を心の中で唱えていた。しょうもないことに仏さんを頼るな。

 布団に潜り込んできた聡実は、疲れていたのかそのまますぐにすうすう寝息を立て始めてしまった。
 これ、据え膳というかマジの拷問やろ。
 そう思いながらも、聡実が本当に寝ている気配を確認して、起こしてしまわないようにゆっくりと寝返りを打つ。目の前に聡実のうなじがあって、一瞬ギョッとした。
 狂児は先ほどからなんとなく感じていた違和感というか、居心地の悪さの正体に気付いた。
 ……自分から、聡実と同じ匂いがする。
 そりゃあボディソープやシャンプートリートメントを借りたのだから当然なのだが。同じ匂いと言っても2人ともがイレギュラー品を使ったホテルと違い、この部屋にあるものは全て聡実のもので、いつもの聡実の匂いだ。それと同じものが自分に香っている。なんだか不思議な感じだった。隣に眠る誰かと同じ匂いになるのなんて、女の家を渡り歩いていた若い頃以来な気がする。そういえばあの頃は毎日違う自分の匂いが気になって香水をつけ始めたのだったなと思い出した。その香水も整髪料の匂いも全部、シャワーで洗い流されてしまった。今の狂児がまとっているのは、聡実の匂いだけだ。
 まだ若いからなのか、単に体質差か、狂児よりいくぶん体温の高い聡実の温もりが布団の中の密な空気を伝わってくる。初夏の夜に男2人でひとつの布団は、Tシャツでも少し汗ばむくらい暑くて、だがそれが嫌ではなかった。
 一度きり、本当にセックスしたあの夜を除けば今までで一番距離が近い。数センチの距離を保ったまま、でもこれ以上近付けない薄い壁があるみたいで変な感じだ。どうしても息が荒くなる。起こすかな、明日早いのに、と緊張して息を呑んだ。狂児みたいに仮眠を取ったわけでもないから、起こしたら可哀想だとは思っている。本当にちゃんと。
 でも、こんなに近いんやからちょっと触るくらいは許されるのでは……
 そっ、と手のひらで背中に触れる。
 規則正しい寝息の、肺の動きが手から伝わってくる。微かに、心臓の鼓動も。
 ああ、生きてるな、と当たり前のことを愛おしく思った。生き死にの話で言うなら自分の方がよっぽど色んな意味でギリギリなのだが。それはそれとして「恋人のいのち」というモノの実感は尊い。
 そのままそうっと前に回した手で、手探りで聡実の手を見つけた。顔の横あたりにきちんと置かれたその手をきゅっと握る。意図せず抱き込むみたいな体制になった。
「もうちょっと……くっついてもええか?」
 一応とばかりに囁くような声で尋ねてはみるが、答えは特に聞いていない。
 狂児は、そうっと近付いて自身の胸と聡実の背中をくっつけた。聡実を近くに感じるほど呼吸が荒ぶって、心臓の音がうるさい。
 聡実がモゾモゾと動いて、あっ起こしたかもと狂児が身を強張らせるのと、腕の中の恋人から苦情が発せられるのがほぼ同時だった。
「狂児さん……
「はい」
……当たってんねんけど……