涼華
2024-03-20 17:12:00
5560文字
Public 支部掲載済み
 

パブロフの虫

ダングレ、甘やかし上手の管理人といつまで経っても素直に甘えられない囚人のはなし、ネタをお借りして書きました



 大きな音を立てないようそっと自室の扉を開けて廊下に出る。日付も変わり普段あれだけ喧しい囚人達も寝静まったであろう時間。物音ひとつしない廊下に俺の足音と呼吸音が響く。
 奇妙なバスの後方に広がるこれまた奇妙な居住区域。俺達囚人の自室は外見以上に広いバス後方の廊下に並ぶ扉の向こうにある。バスの外観以上に広く長い廊下を進みとある扉の前で立ち止まる。それからこつ、こつ、と小さくノックを2回。
「なあ、管理人の旦那起きてるか?」
 声をひそめてそっと呼びかけた。



■□■



〈起きてるから入っておいで、グレゴール〉
ああ」
 大きな音を立てないようそっと扉を開いて、同じように閉じる。時計頭の管理人はいつもよりゆったりとしたデザインのシャツとズボンに着替えてベッドに腰掛けていた。
「もう寝るところだったのか。こんな時間に悪かったな。また明日出直して─────」
〈いいからいいから、ほら、こっちに来て〉
 君も褒められに来たんでしょう?と言って管理人はカチコチと笑いながら手招きする。褒められに来た、なんて。いざ言葉にされるとやはり照れ臭くて。けれどここで引き返してしまうのは勿体無い気もして。結局誘惑に負けた俺はそっと後ろ手で部屋の鍵を閉め、前に歩み出た。

 過去の記憶を頭と一緒に失くした、正体不明の時計頭の管理人の部屋を訪れる客人は以外と多い。頑張った子は褒めてあげる、なんて冗談めかして言った言葉を間に受けた者、わかっていて悪ノリする者、それからなんとなくでやってくる者などなど。様々な理由でバスに乗る12人の囚人達はこの男に構われに来る。
 その日の戦闘や、他業務で活躍した者だけではなくこじつけみたいな理由をつけてまで皆こぞって管理人の元を訪れては撫でられたり、賞賛の言葉をかけられたり、時には嗜好品を融通してもらったり。死んでは時計で巻き戻るのを繰り返す荒んだ生活の数少ない娯楽、あるいはE.G.Oの使用で荒みがちな精神の安定要素。実際後者の面を含んでやっているとか、いないとか。都市での常識を頭ごと落っことしてきたお人よしで構いたがりの管理人はそんなこと無しでもやっていそうだけど。

「今日も大盛況だったらしいな?」
〈そうだね。終業後すぐにドンキホーテとロージャにシンクレアが連れてこられて、それから夕飯の後に良秀がタバコを集りに来て今日は君含めてこれで5人かな〉
「あれ、ウーティスのかみさんは?」
〈不寝番明けにしてくれって〉
 そう、不寝番を務めることが多い管理人がこうやって自室で休めているのも今日は待機時間が長かったから疲れてないとか言って不寝番を替わったおかげだ。あの人は管理人の役に立つのを生き甲斐みたいにしている所があるから一番の常連と言ってもいいだろう。
 そんなことをだらだらと喋りながらもベッドからわざわざ立ち上がって椅子に腰掛けた管理人の足元にぺたりと座り込む。いつだったか酒に酔ったままこの部屋を訪れ、しこたま褒められ甘やかされて以来ここが定位置となってしまった。時計頭の男の足元に犬みたいに座る虫ケラもどきの男、絵面は最悪だ。そもそもこんな草臥れた中年男の頭なんざ撫でても面白くも何もないだろうに管理人はカチカチ上機嫌に時を刻みながら頭を撫でている。

〈今日もお疲れ様。君の活躍で鏡ダンジョンの攻略が捗ったよ〉
「ああ、沢山ムカデのE.G.Oを撃たされた甲斐があるってもんだ。最後の方は本当にムカデになっちまうんじゃないかと思ったよ」
〈うぐぐだってあのE.G.O破裂の維持がしやすいし、単純に威力も高くて便利だから
「冗談。あんたの役に立てたんならいいよ。これからも頑張らせてもらうさ」
うん、本当にありがとう、グレゴール〉
 こうやって頭を差し出し撫でられているとペットにでもなったような気分になる。簡単な芸をするだけでこの世で一番優れたいきものであるみたいに褒められ愛される、生まれてから死ぬまで管理され続ける愛玩動物。それはあの人に、ヘルマンに管理されていた頃と変わらない。
 変わらないはずなのに、どうしてこんなにも心が満たされるのだろう。

〈気持ちいい?〉
「ん……、きもち、いぃ
 傷んだ茶色の髪を戦場慣れしていない細い指が梳いていく。男にしては華奢な作りをしたてのひらは常とは違って手袋に包まれていない。頬をそっと擦り寄せれば髭が当たってくすぐったいのか管理人はチクタクと笑った。
〈今日はいつもより甘えただね〉
「今日はずっとバラのスパナ工場の人格を被ってたせいじゃないかな。あの“俺”は寂しがりらしいし」
〈そうだね。“彼”は寂しがりだし、ついでに他の“君”達より甘えたがりだ〉
 後遺症なら仕方がないね、なんて言って時計頭は先ほどまで梳き整えていた俺の髪をくしゃくしゃと掻き回した。
 そう、これは人格を使った後遺症。甘えたで寂しがりな“俺”の残り香に振り回されているだけ。別に俺が望んでいたとかではない。最近忙しくて“そういうこと”どころか勤務時間外でまともな触れ合いが出来ていなかったのが不満だったとかそういうのでもない。ないったらない。
〈もっと近くにおいで。沢山褒めて、沢山甘やかしてあげる〉
うん」
 両手を広げて待つ男の膝の上に乗り、左腕を首に回す。大の大人2人分の体重をかけられた椅子がぎい、と悲鳴を上げた。俺のわがままに付き合わせて悪いがどうか今日も壊れず耐えきってくれよ。

 きっと終業後すぐに訪れた3人にもやったのだろう、幼い子供を相手にするような手つきで撫でられた後抱きしめられ、とん、とん、とあやすように背を叩かれる。肌触りのよいシャツ越しに感じる暖かな温度が心地よくて安堵の息をほう、とひとつ吐く。そうやってぼんやりと与えられる刺激に微睡んでいるとくちづけの代わりにかさついた唇を指先で撫でられた。異形の右腕まで労わるように撫でられるがこのひとに対してだけは従順な腕は暴れ出すようなこともなくぎちち、と心地良さそうに小さく震えるだけだった。
 昔、血と煙で赤く染められた戦場の記憶の遥か前には誰かにこうやって抱きしめられて、愛されたことがあったのかもしれないけれど、もう鮮明には思い出せない。そもそも、いたとしてもきっと虫ケラに成り下がった俺のことを変わらず愛してくれることはないだろう。だからこうやって俺を撫でるのは、褒めてくれるのはこのひとだけ。このひとしか、残っていない。
「ん、旦那かんりにんの、だんな
〈ふふ猫みたい〉
 褒められたい。甘えたい。そんなふうに膨れ上がる欲望に促されいつもと違い見下ろす形になった時計頭にそっとくちづける。温度は冷たい金属のそれなのに無味無臭な文字盤にぺとりと舌を這わせたり、ちゅうちゅうと吸い付いたりと小動物のようにじゃれつく。背に回した左腕はこのひとを逃したくないと勝手に力が入った。今の俺はこのひとのペット。なんの取り柄もない、虫ケラもどきの中年男だけれども、今だけは時計頭な管理人のペット。褒められて、甘やかされて、愛されて、管理される愛玩動物。だからきっとこれくらいは許される。きっと許してくれる。

「うぁっ!?♡、え?、んっ、ゃ、だんな………、ちょ、っあ♡」
〈ここを撫でられるのも好きでしょう?〉
「っふ、いや、これ撫でるってより揉んで……んぅ♡」
 暫しの間穏やかな快楽を楽しんでいたところでむに、と腹を柔く揉まれて上擦った悲鳴をあげた。英雄だなんだと担ぎ上げられ生暖かい林檎を刺し貫いて回っていたのは10年は前の話。その後の不摂生で薄く脂肪が乗り始めたそれをチクタク笑う男が撫でたり揉んだりと弄ぶ度にぴく、ぴくりと身体が震える。
「んぐ♡、おい……、っはあ♡、あんたいつもより、っしつこ……、っあ゛♡」
〈いつもより沢山甘やかしてあげるって言っちゃったからね〉
 はふ、と熱っぽい息を吐き出して時計頭を見る。勿論表情なんてものはないけれども俺に触れる手つきに出る感情は隠し切れてはいなかった。今日はそういう気分ではなかったけど、あんたがやりたいっていうのなら、まあ。意外とねちっこい恋人に今から付き合っていたら夜が明けちまうから最後まではしないけど。

〈好きだよ、グレゴール。愛してる〉
「ん、あ……♡、」
 優しい管理人の手に撫でられる囚人は数多くいるがこんな欲を孕んだ手つきで撫でられ、抱かれるのは俺だけだ。このバスに乗る性格に多少の難はあれど見目麗しい美男美女揃いの囚人たちでもなく、優秀な頭脳を持つ天才たちでもなく、そしてこの人を敬愛する俺よりずっと優秀で戦場慣れしたあの女軍人でもなく、俺が選ばれた。こんな草臥れた虫ケラもどきの俺だけが、このひとに愛されている。それだけで俺のちっぽけな自尊心が大きく満たされる。
「っふ、……ん♡ぁ、だん……っ、うあ♡」
 くちゃくちゃと口内を掻き回され、ぐにゅりと舌を摘まれる。くい、と舌を引かれて反射で込み上げる嘔吐感を堪えながらも精一杯舌を伸ばした。自分の意思なんて失くしてされるがままに弄ばれている。苦しい、けどきもちいい。恥ずかしい、けどしあわせ。頭がびりびりと痺れて、ぼんやりしてくる。みっともなく腰が揺れて、ぼたりと飲み込みきれなかったよだれが口の端から垂れ落ちた。
「だんな♡、ら、んな………ぁ♡」
〈気持ちいい?〉
「はあ♡、すご、きもちぃ、♡………でも……
〈でも?〉
……俺も、俺だって、管理人の旦那のことを気持ちよくしてやりたい」
〈私はこうやって君のことを可愛がってあげられるだけで充分だよ〉
俺だけ気持ちよくなるのは嫌なんだよ。……それに、あんたをヨくしてやるのも俺にはご褒美みたいなもん……し、」
 そうして訪れる一時の静寂。今、なんだかとてつもなく恥ずかしいことを言った気がする。火が出るように熱くなった顔を背けて言い訳を考えるが茹だった頭で妙案は浮かぶはずもなく。結局肩口に赤く染まり切った顔を埋め、隠すことしか出来なかった。

やっぱ今の無し、忘れてくれ」
〈駄目ですー。ほらー、君がかわいいこと言うせいでこんなになっちゃったよ〉
「っ!?っンなもん当てんな!ばか!」
〈仕方ないでしょ、当たるような位置に君が座ってるんだから〉
「それは、そうだけど!」
 内腿に当たる熱の塊に驚き身動ぎするが視線はそこから離せない。夜着の上からでもわかるくらいに膨らみ、鎌首をもたげ始めるこの熱に隘路を拓かれ、貫かれる息苦しくも心地よい圧迫感。丁寧に胎の内のしこりを刮いで甘やかされて、最奥を捏ねまわして攻められる快楽。想像するだけでもずくりと甘くて重たい快感が溜まっていく。は、は、と自然と呼吸が浅くなり、開いたままの口内はじゅわりと溢れた唾液でいっぱいになる。このひとに抱かれたくて、甘やかされたくて仕方がなくなる。
 ああもう降参だ。認めるよ。このひとには敵わない。ベルを鳴らされるだけでよだれを垂らす犬みたいに、撫でられ褒められるだけで俺は従順なペットになってしまう。甘えたで欲張りな虫ケラになってしまう。それでもいいと、ペットでも虫ケラでもなんでもいいからそばにいたいと、そう思うくらいにはこのひとを好いている、愛している。

……せめて、ベッドにしてくれよ、ダンテさん」
 ここじゃ後が辛いから、と戯れに際どいところを撫で焦らす手を押し除けて上機嫌な恋人の膝から降りる。それからふかふかのベッドに仰向けに転がって先程このひとがしたみたいに両腕を広げて待つ。ここまでして俺の意図に気がつかないほど俺の恋人は鈍くはないし、鈍いフリをするほど意地悪でもない。予想の通りカチリ、と秒針を鳴らして小さく笑った男は覆い被さるようにして俺を抱きしめた。
「ん……、っ♡」
〈それじゃあ、続けてもいいかい?グレゴール〉
うん、いいよ。早くくれ」
 これから与えられる“ご褒美”を想像してきゅう、とまた胎が疼く。ぐちゃぐちゃになるまで可愛がられて、甘やかされて、きっと朝になっても業務に支障が出るくらいに頭も身体が馬鹿になったままだろう。そうなったら責任をもって時計を回して治してもらおう。さっくりと首を落とすなりなんなりすれば苦痛も少ないだろうし。快楽で溶けかけた頭でそんなことをぼんやりと考えた。
「なあ、ダンテさん」
〈なあに?グレゴール〉
……俺も、あんたのことが好きだよ」
〈ッッッッッッ!!!!!!!!〉
 時計頭の恋人は鐘やらアラームやらありとあらゆるでかい音を混ぜこぜにしたみたいな叫び声をあげた。











ダンテ
囚人甘やかし検定1級
甘え下手な所もかわいいなあとか思いつつ今日もイチャラブする
攻め方がわりとねちっこい

グレゴール
甘やかされ検定5級
身も心も堕とされてるけど理由がないと甘えられないお年頃
たまに特大級のデレを投下してくる

自称寂しがりな某人格
カップルのイチャイチャのダシにされるのは誠に遺憾だが後日大量のジャンクパーツを貢がれ機嫌を直した
とてもチョロい

ダンテの自室の椅子
メフィストフェレスの謎の模様替え力によって今のところは壊れずに済んでいる
これからもイチャつくカップルを物理的に支え続ける