ちょち
2024-03-16 14:40:30
1832文字
Public 狂聡
 

狂聡連載19(完)


 朝食を食べそびれたまま出て来た聡実が教室でいつものようにメロンパンを齧っていると、背中をぽんと叩かれた。
「岡おはよー」
「岡ピ早いね!」
「おはよう」
 授業が再開し、聡実たちの大学生活が再び始まった。
 あの日以来、成田狂児には会っていない。
 会ってはいない……が、返事がちょっとダルくなるくらいの頻度でLINEは送られてくるし、毎日のように電話がかかってくる。今だって、もう授業始まるからと返信したのに、ちょっと目を離した隙にさらに返事が返って来ているし。
 っていうか、いつも目の下に隈作って忙しそうなこと言ってる癖にヤクザってヒマなん!? と聡実はため息をついた。まあいわゆる自由業だから、忙しいといえば忙しいだろうが細々とした合間の時間は暇といえば暇なのかも知れんな……と、いつもバイト先に来る自由業仲間(?)の漫画家の先生のことをちょっと思い出したりする。
『つぎ、なんの授業?☺️』
『言うてもわからへんでしょ』
『🥺』
 いや、ほんまにめんどくさいな!
 長々と音信不通だったりもしたくせに、1回セックスしただけで急にめちゃくちゃ面倒くさくなる女か。
 もうほんまブロックしたろかと思いながらも律儀に返信していると、そんな聡実の様子を牛乳を飲みながら見ていた友人が話しかけて来た。
「LINE、彼氏さん?」
「え、なんで?」
「嬉しそうだから」
 ええ……と聡実は心底嫌そうに唸った。そんな嬉しそうな顔してたのか、僕。表情筋を調整するように自らの頬を引っ張ったりしてみる。
 本当にまだ自分の感情がうまく掴みきれていなくて、そんなつもりは毛頭なかったが。でも、友人から見て嬉しそうだったのならきっと僕は嬉しいんやろうな、と思って聡実は苦笑いを浮かべた。



 返事が返ってこなくなったので、授業が始まったのかなと察して狂児は緩む口元を隠しながらスマホを胸ポケットに仕舞った。真面目な聡実なので本当にきっかり90分返事が途絶えるのも、明らかに面倒くさがられているのに90分後にはちゃんと「終わったけど」と返事があるのも、全部が全部かわいい。
 本当に一分一秒も離れたくないという気持ちを今更うまいこと伝える術がわからないおじさんなので、ウザがられるほどしつこく連絡するくらいしか出来ることがない。
 そのくせ、次いつ会える?という一言は毎日何度も何度もメッセージ欄に打ち込んではいつも送信前に削除している。
 聡実の生活を縛りたいわけではない。しつこい男と思われるのは良いが、重い男とは思われたくない、複雑なおじさん心なのだ。
「アニキ、これなんすけど」
「おう、どうなっとる」
 歳下の恋人への気持ちを持て余す中年からきりりと職業ヤクザの顔になって、狂児は顔を上げた。
 その瞬間、胸のスマホがブルッと震えた。
 ん?と取り出すと、聡実からのLINEの通知。
『今日と土日はバイトないけど、次いつ会える?』
 だらしなく頬が緩みそうになって、思わず腕で口元を隠す。
『今すぐでも行くよ』
 ヤックルのスタンプを送ったら、『うそつけ』という返事が返って来た。
『授業中に返事くるの珍しくてビックリした😂』
『今の授業ひまやし』
 らしくないやんと思いつつ、それでもこうして返してくれることが嬉しい。
 本当に可能なら、いつでも、今すぐでも会いたいよ。授業中でもお構いなしに大学の教室に乗り込んでって掻っ攫いたい。
 その気持ちはとりあえず、小ネタで誤魔化すこととする。
『やはり早急に転送機の開発が必要』
 ハア?といううさぎのスタンプが送られて来て、思わずフフッと声が出た。
『会いたい言うてくれるんやったら、ほんまにいつでも』
 どうしても年齢や経験が邪魔して、いつも最後は聡実に委ねるような言い方をしてしまうのが悪癖だなとは思うが。
「アニキ?」
「すまん、なんでもない」
 今度こそスマホをしっかり仕舞って、仕事の顔にもどった。



 やがて、ほぼ90分後に来たメッセージに狂児は崩れ落ち、その足で新大阪に向かうこととなる。
『今会いたい。今すぐ来て。2時間半以内』
 今すぐ来いと言いつつ新幹線の時間はちゃんと譲歩してくれるあたり、リアルに優しいやん……と一瞬惚れ直すが、普通に新大阪駅までと東京駅からの移動時間は1分たりとも許されていないのだった。

『転送機もヤックルもないから3時間で許して❗️😂』



【おしまい】