takisaka
2022-02-12 20:30:55
2397文字
Public 一次創作
 

高無山考

一次創作ホラー。後味悪い民話ふうのやつ

『高無山考・説Ⅰ』

 長者の庭には小鳥の遊ぶ木がひとつ。

 しかし或る年、小鳥をかわいがっていた長者の娘が泣くことには、この庭にはいつからか山から蛇がこっそり這いよってきて、小鳥を一羽ずつ一羽ずつ喰うてしまうのだという。
 長者の庭に出る蛇はやがてまるまる太り、山の境をその体で塞ぐようになった。これには山持ちの長者も山を行き来する村人も大弱り。
 村の長老が言うことには、この蛇を退治するには七つの山七つの谷を越えたところに住んでいる黒太郎という名前の犬を借りねばならぬ。
 長者の娘が旅に出て、七つの山七つの谷を越えたところの黒太郎という犬を借りてきた。
 村までつれてこられた黒太郎が言うことには、この蛇を退治するには三つの大きな沢のむこう、高無山に住んでいる大鳶の力を借りねばならぬ。
 蛇はいよいよ肥え太り、長者の木には小鳥もいよいよ少ない。
 長者の娘と黒太郎は、三つの沢のむこうの大鳶を頼みにして旅に出た。だが三つの大きな沢のむこうで、大鳶は影も形もない。長者の娘は高無山の天辺まで案内してきた犬を抱え、しきたりどおり大鳶を呼んだ。

「ここがさいの河でしでの山。高無し山の果無し坂に、大鳶どんはおられりょうか」
「ここにいるぞ」

 ごう、と風が吹いて、空がいきなり暗くなった。それは影が地上に雲の通るように落ちる大鳶なのだった。

「大鳶どん大鳶どん。長者の庭に蛇が出て、小鳥をみんな喰うてしまいよる」
「しきたりに願われたからには、わしが行って蛇を喰うてやろう」

 そう言うがはやいが大鳶はあっという間に三つの沢を飛び越えて、木に巻き付いていた大蛇を空へと引きさらった。蛇の体は三つに裂けて地上に落ちた。高無山中腹に点々とある、尾の口、尾の身、尾の先という石はこれである。
 そうして蛇は退治されたが、長者の庭の木からは鳥の子を散らすように残った小鳥たちもみんな逃げてしまった。

『高無山考・説Ⅱ』

 高無山がなぜ高無かというと、むかし、だれもその高いところ――天辺に辿り着いたものがいなかったからだ。いくら登っても登っても同じところをぐるぐる回って、道自体もぐねぐねくねって、ちょうどそこにあるかのように見える頂上にまで歩き着いた村人は滅多にいなかった。山越えも難しく、誰も登りたがらないので、いつからかそこの木に手をつける樵もいなかった。
 しかし或る年、お上から寺の門をつくる材木を出せとのお触れが出て、怖いもの知らずの若い樵が幾人か入っていった。高無山の奥も奥、沢のたもとには古い大きな柳があって、それがちょうどよかろうということになったのだ。
 だがいくら登ってもいくら登っても息が切れるばかりで、沢の柳にはすこしも近づいた気がしない。道のなかばで腰をおろした樵たちに、山むこうの道を越えてきたらしい坊主が通りかかってこう聞いた。

「ハテ樵とはこの道に珍しい。なにを切りにゆかれるのじゃ」
「沢のたもとの古柳よ。ずんと大きな寺の門を建てるのじゃて、ずんと大きな柳を挽いていかねばならぬが、辿りも着けずにこの有様じゃ」
「ほうほう。ならばさぞ功徳もあろう。わしが念仏してせんじよう」

 そうして坊主は念仏を唱えながら樵たちを沢のたもとに導いていった。ぐねぐねとくねった道がふしぎとまっすぐになって、やがて大きな古い柳のところに着いた。
 樵たちが斧を入れると、柳はみずから倒れるようにすっと倒れた。そのときいままで続いていた念仏がふいにやんで、振り返ってみると、あの坊主はどこにもいなかった。
 街の者には、あの坊主はきっと柳の精だったのだという噂が流れた。
 この寺はやがて藩校となり、明治になってからは公立の学校となった。
 寺の門は空襲で焼けたが、学校はまだ残っている。

『高無山考・説Ⅲ』

 高無山山麓の重道村では八十八夜の晩、村の辻という辻に注連縄を渡しておくならわしがある。
 これは縄占をするためである。
 この山のちまたでは八十八夜に強い風がどんどこ吹くので、あらゆる縄が切れていなかったとき、村の年寄りたちは手を叩いて喜ぶのだ。

 切れていたときには、そこから魔が入ったしるしであるから、村に必ず災いがあるという。

『高無山考・説Ⅳ』

 とある猟師は、黒太夫というたいそうりっぱな猟犬をもっていた。この黒太夫はただ一匹でも野山をかけまわり、小さい獣ならば噛みたおし、大きい獣であれば主人の待ち伏せるところまで追い立てて撃たせるというたいそうな働きぶりであり、長年かず多くの獲物を主人にもたらした。
 しかしある日猟師が河辺に水を飲みにくる獲物を待ち伏せていたところ、獲物を追い立ててくるはずの黒太夫が木の間から足音をしのばせ、鳴き声もたてずに近づいてくる。木の葉のすれる音とずるずるとひきずるような音がして、どうもなにか大きな獣を案内しているようなのだ――
 さては魔の者を牽いてきたな、と猟師は思った。
 黒太夫は近隣の森に並ぶものなき猟犬であったのだが、じつは犬と山犬との間の子であった。智恵をつけた犬と山犬の子は、九百九十九の獲物をとったあとに千番目の獲物として猟師を襲うて喰うてしまうので、高無山の崖から突き落として殺してしまう掟だ。情がうつって掟をやぶった罰があたったと、猟師は歯噛みした。
 鉄砲で犬の頭に狙いをつけて、ずどん! と撃ち放とうとしたとき。
 急に黒太夫が吠え声をあげてとびだしてきて、長くのたうつものと戦いはじめた。それは猟師の頭上の木のうろから忍びよっていた毒蛇なのだった。

 黒太夫は蛇の毒で死んだが、猟師はこの長らく慕ってくれていた犬を悼んで小さな社を建てた。黒太夫が高無山山頂をにらみすえるために山道に背をむけて建っているこの社に参ったあとには、けっして振り返ってはならぬという。