takisaka
2021-07-13 23:34:45
1266文字
Public ネハムゲ
 

言語辞典

ネハムゲがおはなしする話の前段としてルリぴとムゲンさんがおしゃべりしている話(解説)

世界〔せ-かい〕

人それぞれが見るモノ、コト、ヒト。
五感に認識される事象と現象によってそれぞれの脳内につくりだされる認識、及びそれらを総称する心象を指す。通常、それぞれの世界はまったく違い、また他者がその世界を垣間見ることはできない。

◇◇◇

 夜の航路である。
 翅翼めいた幾対もの補助翼をはためかせ、騎空挺はすべるように優雅に、夜の底の雲をすり抜けてゆく。月光に雲の端は真珠母めいてなまめかしく縁取られていた。その鉛色の雲をまひるの空色の瞳に映し、蒼い髪した少女は、ほ、とため息をつく――こわいくらいにきれいだ。
 暖かなマントを着せてもらい、いいにおいとほのかな湯気のたつ差し入れを大事そうに抱えて、皆を起こさないように夜の甲板をそっとしのび歩く。見張り台への差し入れは彼女の好きな仕事のひとつだ、ついでにそのときどきの団員といっしょにあたたかいものを飲んだり、内緒のおしゃべりができたりもする。今日は、えっと――
 輪番を思い出すより先に、弧を描いて大きく張り出す角の影が甲板に落ちていて、ルリアはぱっと顔をあげる。
「ムゲンさん!」
……? おお、ルリア!」
 互いにちょっと声が大きくなってしまい、高いところと低いところでふたりしてしーっとしては、互いに照れくさくしのび笑う。夜はおしずかに、なのだ。
「ルリア、くる、どうして? 夜、ねるじかん。ラカム、おこるない?」
「夜食――えーっと、おべんとうのさしれなんですよ。きょうはローアインさんたちのサンドイッチ。わたしもお手伝いしました」
 はしっこをつまませてもらったが、肉厚なハムとジャンクなお味のあるソースが大変美味だった。食べ盛りのものやからだを使う仕事のもの向けの味付けで、ローアイン印の夜食はその筋には人気である。閑話休題。
……! さんど、いち!」
 ムゲンがその大きなてのひらをぐっとのばし、ルリアが登っていた縄ばしごの先端をつかんでしまうと、それだけでまだ十数段くらいの残りの距離がゼロになった。とても大きなひとなのだ――それなりの余裕のある筈の見張り台が手狭に見えるくらい。きゅうに揺れて高くなった視界にひゃあ、と声がて、それからすとんと確かな足場に下ろされる。すごくていねいに、そっとした感じ――それはかれがその人並み外れた大力で人や馬や馬車をもちあげることが多かったせいかもしれないし、ちがうかもしれない。張った角と、ふとい腕と、人よりずっと大きい手を、かれが気にしたふうにした場面を彼女は見たことがない。まだ。
 だから、その都度、ルリアはなんだか勝手にほっとする。――しらず手を添えた自身の蒼い髪のひとすじを、くすんだ掌が小鳥でも撫でるかのような力加減で落ち着かせてくれた。
「こんばんは、ルリア。えーと、……そう、イラッシャイ?」
「はい! お邪魔します、ムゲンさん」
 覚えたてのつたない言葉をとまどいがちにつかう、その姿がいつだってうれしいので、ルリアはだいじに抱えたままだった紙袋をかれに差し出して、いつだって笑う。