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takisaka
2017-05-15 21:17:14
3491文字
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企画文
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喜びの玄義のために
ぱらお断片
木漏れ日まぶしい、五月の第一週。
先月の騒動に巻き込まれたベアートはしかし、(主観的には)ことに悩み苦しむこともなく、むしろ月の大方を心楽しくほがらかに過ごし(周囲の動揺の程は彼は知らない)、あとに残されたのは使いなれない顔面の筋肉痛くらいなものである。ほかのセクションの面々にはさまざまの労苦もあろうがヴィオレントに属する彼にとって任務は恙無く、日めくりのカレンダーを一枚いちまい繰るように日々は過ぎゆく。
一通の指示書が閑散としたヴィオレント執務室のデスクに届いたのはそんなときだ
――
なにせ荒事がお家芸であるこの部署は月末締めあたりでもないとデスク周りが賑わうことはそうはない。
5月6日18時まで、セントラルエンドタウン某ホテルへの出向を求む。指示は現地で伝える。
――
ベアートは首をひとつかしげ、骨ばった指で折り目をつけながらその紙片を丁寧に畳んでポケットにしまった。
◇◇◇
街路樹のプラタナスはさらさらと葉を鳴らし、街の空はすみれ色に沈む。五月特有の、ふとした瞬間に泣きたくなるような黄昏
――
改装されたばかりだという煉瓦を積んだ外観のホテルはこぢんまりとした佇まいとは裏腹、足を踏み入れると思った以上の奥行きと天井の高さだった。
品のよい木目のついたフロントには仕切り。ついで出てきたスタッフの顔には、つるりとした陶器でできた仮面。彼にあてがわれたスタッフはまだ低い背丈と、声変わり前の少年の声の高さをしていた。或いは少女であるのかもしれないが。
その声とやんわりとした仕草でお召し替えをと促され、ベアートが自らを囲む状況に疑問を抱いたのは、ようやくそのあたりだ
――
フードに隠した半面ながら彼が出した声には、困惑した雰囲気が滲み出ていた。
「ひょっとして、ドレスコードがあるのか?」
「ええ、でもご心配なさらず! グリモワールの上のかたからきちんと伺っております、とびきり似合う御衣装を見繕って差し上げますね
――
」
備え付けの家具が備えたアールデコの優雅な曲線、瀟洒な内装を施された着替室は、或いは結婚式を控えた式場の付属のようにも見えた。少年の手元でシャッと小気味よい音ともに巻き尺が鳴るたび、椅子にすわらされたベアートは動きとともについつい息も止めた。なんとなく。「生地はジョーゼット地がよろしいですよ、もう初夏ですから。汗をかいても着心地が保たれます。ああ、こちらのロザリオ、すばらしいアンティークですね。これはよくお似合いの帯を選ばないと!
……
」
くるくると動き回り、間断なく降り注ぐ言葉は枝の青葉にひそむ小鳥のさえずりのよう。布地に触れ、ベルトを締め、その合間になぞられる肌と肌の境目。仮面の下からもうっとりとしたため息をつくのはつまり、この一連が少年の性癖を刺激することだからでもあるのだろう
――
ダストボックスには己の嗜好のために職務を果たすものも珍しくない。
最後につけられた黒い陶器の仮面は古色を帯びた金泥でまなじりを縁取られ、片側には道化のように涙のしずくが描かれていた。それでも、花祭りめいたその壮麗な仮面よりも彼のケロイドはなお大きい。ひっそりと首をかしげ、
「
――
その、おかしくはないだろうか?」
「僭越ながら、よくお似合いだと思います! ストイックで、とてもセクシャルだ」
部屋の一面を使った大きな鏡の中で、少年の腕はしなやかな蛇のたわむれのように椅子に腰掛ける彼の体がまとった衣装を丹念になぞりあげ、這い回る。仕上げとばかりに彼の焼けて縮まった耳殻にキスをし、恍惚としたため息を吐いた。「チップを頂きました」
◇◇◇
夕暮れをすぎて、階段の傾斜の下やランプのあかりの届かぬ片隅で、ホテルの闇は不可思議な香りにみちている。クシャン、とくしゃみをひとつ。開いたドアの向こうには新郎新婦を迎える寝室さながらの花と花籠、これみよがしな紅のカーテンに波打つドレープとその奥のシーツの光沢、そして芳醇な葡萄酒の香気が空気中にたっぷりと振り撒かれていた。「Bonsoir,」波打つ赤色の液体が果実の発酵したアルコールをくゆらせる、洗練されたしぐさで掲げられたグラス。レースの仮面越しに色違いの光の強い瞳、それだけで互いの仮装は意味をなくして、ただこの空間を祭りめいた浮ついた空気にした。扇のようにふっさりとした長い睫がぱちりと瞬きし、
「
――
なんだい、それ、神父のまね?」
「ドレスコードだそうだ、ジョゼット。あなたも呼ばれたのか」
「残念ながらここに花嫁はいないようだ
――
不在の彼女と結婚式ごっこでもするかい?」
それこそ婚礼の場に赴く花婿にでもふさわしい瀟洒なタキシードのよそおいで、血のように赤い葡萄酒を啜りながら彼女
――
ジョゼットはそう彼を揶揄する。黒一色のゆったりとした僧衣に壮麗なロザリオを提げたベアートはだまって首をすくめた。家具の陰のスピーカーが、ドン・グリモワール、我らがボスたる陽気な放蕩男の声で喋り出すのは、このあとすぐのこと。
◇◇◇
「
…
――
あー、あー、テステステス、聞こえるぅ? 聞こえてるかな?
……
おぉ、大丈夫っぽい。さて、指示書のとおりホテルに集まってくれたお前ら、今日は俺のためにあんがとなぁ! 長ったらしい前置きは好きじゃないからさっさ始めちゃおっかな、うん。と言うわけで、ただいまより乱交パーティの開催を宣言しまっす! 詳しいことは机の裏っかわに貼っておいたからよーく読んでおくように! もちろん俺も参加するからよろしくな?」
◇◇◇
「なるほどね、趣旨はわかった。
――
さて、それでは手っ取り早く始めようか。相手が身内で良かったよ。解りやすいのは助かる」
たぷん、と床に落ちる前に浚ったボトルの中の葡萄酒がゆれる。蜘蛛の巣のように繊細な線をもつ金髪がさっと宙に複雑な軌跡を描いて、片膝を乗り上げてくる姿勢は猫科の猛獣さながらにしなやかで、音ひとつなく、そして獰猛だ。仮面越しで触れあわせられるくちびるとくちびる、吐息と吐息、舌と舌。後ろ手にボトルをテーブルに置いて、焼け爛れた片頬を撫でる手に手を置くべきかどうかに気を揉んだ。
骨をもたない生き物のように動き回る濡れた桃いろの舌にはさっきまで嗜んでいた葡萄酒の味が色濃く、ベアートは淡泊に主張する。
「
……
俺は、あなたの愛する人たちとは違う」
日頃の振る舞いから窺い知るそれは彼にとって、それはそれなりに重要な事実である
――
なにせ驚異の部屋たるこの島でも、一瞬で何十年かを肉体年齢に加齢できる技術は確立されているわけではないからして。知っている、と嘯いて光沢のある男物のシャツのボタンをひとつ弾いた指の骨格は女性らしいしなやかさ。よく手入れされた爪は黒檀のようにきらめき、色違いのひとみの含む投げ遣りな放埒さと相俟って、ひどく挑発的な光景だ。
「見ていて貰うのでもかまわないが、それもそれで味気ないだろう? 時に大胆に罪を犯せ。だよ。やるからには楽しもうじゃないか」
キャロルの一節を囁きかけるハスキーヴォイスに、彼はうつむいてため息を吐いた
――
「大胆に罪を犯せ、という言説は、より大胆に悔いあらためるためにだ、ジョゼット。逆説的には、改悛のために罪が必要とされるということだ
――
」
「おやおや。身持ちが堅いほう?」
「いや別段。幼少の頃はともかく、むしろこの島に来てからは乱脈なほうだと自負している、」
淫蕩がもたらす忘我の恍惚が好きだ、そこでは誰であれ、一瞬でも彼の神になってくれる。だからこそ何であれ、相手に施せるものは施したい。
肋骨のひそむ筋肉の陰翳をしなやかな指が辿り、しかし肉体の正中線でその動きは止まった。彼は彼自身の肉体の異様さを自覚している
――
ざらざらといびつな火傷が指に触れ、性癖にそぐわなければだいたいこの外見だけで興が削げるというものだ。
「だからあなたが楽しめるかどうかのほうが心配なんだ」
ソファの上で組んでいた足を持ち上げ、その右の靴底から仕込みナイフを取り出す手品めいたしぐさ。それは彼の骨張った指先でくるりと回転し、ルームランプの灯りに滑らかな銀光を弾いた。するりと撫でるように彼女のてのひらに刃物をすべりこませ、
「おすすめは肋骨の三番と四番の間。成人男性の血液量だから余程の無茶でない限り朝まで十分に意識は持つ、他の道具は好きに使ってくれ
――
」
殺人性愛を併せ持つ女のひとみをのぞき込み、彼の火傷もたぬ半面はうっそりと微笑む。
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