takisaka
2017-05-02 18:52:31
2161文字
Public 企画文
 

花折のわれ

FGO風F/Pキャス朧さんによるこねた

花折のわれは旅人
頂のかなたはつねに奈落なりにし

◇◇◇

 この体に意味はなくこの名前に意味はなくこの思いに意味はない。この意識は無数の僕であり私であり我であり儂であり吾であり、そして『俺』だ。

 呼ぶ声がした。

 呼ぶ声は、いつであれするものだ――この無数の分岐の果てにこの自意識が柵のように掛かった場所では、いつでも、呼ぶ声がする。或いはそれがなければ『俺』がこうして存在を顕すこともない。呪詛を怨恨を憤怒を因果を応報を求める声はどの地方どの時代でも途絶えることはなく、ゆえにこの『俺』も、まがりなりにもこうして人のなりに霊基を納めて息をしていられるという訳だ。

 何の――話をしていたのだったか。

 そう、そうそう、呼ぶ声の話だ。
 事象の地平の果てから、無数の苦痛の集積である俺、形ある呪詛である俺、意志という指向性をもつ地獄である俺を呼ぶ、あの声だ。呼ばれるのは、そう、いつであれ『俺』にはうれしい。まだこの現代という世界が、古代から連綿と続くまじないを覚えているのだと実感することができるからだ。形を変え名前を変え、それでもこの世界は闇と死と沈黙を恐怖するのを覚えているのだとこの身を以て思い知り、また思い知らせることができるからだ。『俺』という総体はその為の機構であり再生と記録を繰り返す血肉と苦痛渦巻く坩堝でありこの存在だけで事象の因と果のつなぎ目を歪めるもの――つまり地獄だ。

(朧。朧。風雅な名だ)

 奇妙なことだな。
 俺が、なにかを、ことに誰かの言葉を思い出すとは。そもそもこの『俺』にとってはこの霊基を織り成す一本一本の因果の線から、たったひとつを選り分けることが困難なのだ。『俺』はあまりに多くの呪詛と悲鳴、恐怖と憤怒、生と死を繰り返し繰り返す集積のための機構であるのでそこから俺じしんを選り分けてこうして自意識を保っていられるということは、まあ――奇蹟のようなものだよ。

 手を。

 手を、出してもらえるか。てのひらを、こう向けてな。いましも、俺はお前に触れているように見えるだろう――だが、そう、ほんとうはちっとも触れてはいない。この霊基の総量を以て傾けお前に真実触れ得るにはいまだ現実の、物理の因果が重すぎるのだ。手もそうだが、俺の足はいつからか地表に拒まれて、地面に触れる感触を忘れてしまって久しい。

 いつか。

 いつだったか。――

 誰かにこの手を握られていたような気がするが、それも夢だったかもしれない。あわい、うすい日差しをした、冬のさなかの日向の微睡みのような夢だったかもしれない。……

 今日はいつになくよく喋る、と? そういうときもある。だが、そうさな、お前が俺を呼んだからだろう。サーヴァントの『俺』ではなく俺の名前を呼ぶお前が。どんな因果か、ひとときなりと、このひとのなりをした地獄のかたわらにいるからだろう。

 ……悪運だな、ああ、まったくの悪運だ。

 俺の秘密をひとつ、教えておこう――俺を呼んだからには遠く近く、お前は死ぬぞ。これはもう賽の目が出たことだ。むごたらしく絶命する友や恋人や家族や仲間を見て悲憤に臓腑の裂け破れる想いをしながらかもしれない。或いは避けようのない巨大な力の前になすすべもなく、みじめに逃げ回りながらなのかもしれない。それは俺にもわからない。だが俺にわかっていることもあり、それは天の杯を巡るいくさに『俺』を呼んだマスターが、必ずと言っていいほど辿るさだめであり天命の傾きなのだ。そうさ、このキャスターが予言しよう――きっとお前もまた、この戦いでいつかそのような目に合うと。お前はこの先幾つかの局面で幾つかの偶然の選択ゆえに命を拾うことになり、だがその幸運こそがいつの日にか牙を剥いてお前を喰い殺すだろう。因果には応報あり、運命は螺旋を描き巡るものだが、『俺』という重力はことに、そういう風にできている。なにか大きな幸運があったときほど気をつけるがいい。息をひそめて運命をやり過ごし、別のいくつかの不運と悲運で帳尻をつけながら――それがうまく出来たなら、或いは、お前は、生きていくこともできるのかもしれないが。

 なぜ?

 なぜ秘密にしておかなかった、と?

 ……ああ、ああ、恐ろしいか。無理をするな。いやさこの身になってからにはどうにも、恐怖というものが新鮮でなくなって困る。人の機微に疎くなる。まあ、もはや人ではないのだがね。

 特別サービスだ、耳を貸すがいい。こう、屈んで、もそっと顔を近づけてな。……



――お前を、連れていきたくなったからだよ」



 どうだ、単純な話だろう?

 運命ではなく因果ではなく螺旋ではなく、またこの俺の腹のうち、この地獄である呪詛の機構の中にでもない。いやはや、まったく、お前は運が悪かった――悪運というのは、見ろ、こういう顔をしているのだよ。

◇◇◇

 そう言って浄衣のキャスターはその顔を覆う仮面をずらして見せたのだが、顔貌は角度のせいでほとんど影に埋没してしまっている。まだ若い男であるらしきその輪郭と、笑みのかたちをしてのぞく白い歯、そして暗がりで光るけものめいた朽葉色のひとみのきらめきがほんの一瞬、ちらりと覗いたきりなのだった。