takisaka
2017-03-17 21:08:36
3558文字
Public コンレボ
 

ねこのめ

コンレボ習作・もと猫の日ネタ(エア三期注意)

 幾つかの時代が過ぎれば、また幾つかの時代が来るのだった。

 その流れにつれて、時代がかったワンオフパーツ揃いの重い兵器の体も幾度かの換装や乗り換えを経てきたものなのだけれど、いま都合のいいやつが生憎見当たらない。ちょうどそういう時期なのだった。
 神化の時代に飛躍的な発展を遂げた義肢技術は年号がもう一度変わろうかというこの時代にあっては目を見張るほどのものがあり――しかしそれは驚嘆ばかりではない。呆れまじりだったりするときも、まあ、たまにある。

「だいたい、あんたが戦闘のたびに外装を捨てていくスタイルなのもいけない。いちいちパーツの傷みがひどいんだ、手間がかかるったら」

 ――仕方がないだろう。そもそも旧丁號準拠の男性型は速度重視の機体設計なんだ。

「そういうこと言うからすぐ爆発とかするはめになる……ちょうどいいから、この機会にまるっとオーバーホールするってさ。時間がかかるけど仕方ないよなあ。あとそれまでこの義体だけど、それも仕方ないよなあ」

 いやみか。

 わざとらしく語尾を伸ばした口調にぱたっ、と不穏に長い尾が揺れる――そう、尾だ。ふっさりとしたそれは羽箒のよう、大柄な体躯、たてがみのようにふわりとした首まわり。金色の根元をした毛並みはことにゆうぐれの日差しに透けるとき、その毛先が赤みがかって映えた。猫の品種でいえばソマリにごく近い。これが今現在、柴来人が仮のからだとして運用している義体である。

◇◇◇

 人であるか人でないかの境目がアミノ酸やメタルパーツに由来しているのか否かというテーマの論議は近頃、さっぱり流行らなくなった。
 生身のからだから意識を移し変えられた最初の義体の爆散から三年ばかりの時間が経ったころ、電子演算装置の修理とデータの吸い出しに成功して、柴来人の自意識は柴来人として復帰した――そうして事の次第を知ったあと抱いた感情は、殆ど義憤である。一足先に戦線を脱落した自分のことはひとまず棚に置き、それはだいたい、あの人には語られない戦いのすえに自分勝手に人間としての肉体を脱ぎ捨てていってしまった、ひとりの男についての憤りだった――
 まあその男がつまり目の前のこいつ、人吉爾朗であるのだが。
 更に紆余曲折の果てに彼がひとの姿を取り戻した顛末についても到底一筋縄ではいかないすったもんだがあり、皆それぞれが泣いたり、笑ったり、怒ったり。これまた行った誰かが戻ってきたり、かつての見知った人や超人たちと共闘したり、それはもうせわしなく、しかしとりあえずこのおひとよし野郎絶対許さん。柴来人は再会してまず、この男のピンク頭を出会い頭に一発ぶん殴ったことを付記しておく。
 思い出し怒りにかられ、てしてしと舌を出して前足の毛並みを整える――意識のありようが体に引きずられることを、柴来人はその経験として知っている。義体のモーションにインプリントされているままの動作をストレス軽減プログラムとして許容できる程度には、我ながら随分ゆるくなった。時を経れば機械の思考様式も丸くなるものである、自分でも思いもよらない事ながら。
 くつくつと喉の奥で笑う爾朗の姿もまた、かつての記憶よりは年輪を重ねた。こなれたレザージャケットの光沢、頬骨のあたりの鋭い稜線、落ち着きのあるまなざし、そうして、目尻の笑い皺――綺能もちの超人の加齢はふつうの人間と違った曲線を描くケースが数多い。彼の外見もまた、一度死して還ってきたその時点で歩みを止めていた。
 考えごとのさなかに耳のあたりをくすぐられ、かれはぱたっとまた尻尾を揺らす。

 ――やめろ、くすぐったい。

 通信にしぜんと連動して動く人工の声帯は抗議まじりの声音で、にゃあ、と鳴く。まったく技術は日進月歩なのだ、なにもこんな方向にまで進歩せんでも……と神化の時代からその恩恵を受ける一介の機械ですら思わないでもない。なにせ、自由思考体なもので。

「けち。……なんだ、なわばりの散歩か? 車には気をつけろよ、あんた、こっちのなりでも足は速いけどよくぶつかるだろ」

 ――見回りと呼べ、見回りと。あと、仕事が入ったら呼べよ。

 するりと腕を抜け出し、猫の足らしく音もなく地に降り立つ。尻尾は旗のようにぴんと立ち、いまは猫の身であれど超人のはしくれ、日課としてパトロールくらいはしたいのだった。

◇◇◇

 このところめっきり春めいて、空の青さは冬の高さよりも春の茫洋としたあたたかさで温むようになった。あの高度成長期の建設予定地もそこここの土管もいまではすっかり姿を消し、それでも、春のあたたかさはかわらない。知らずしらず、きゅっと喉の奥がせばまるような成分がこの季節の空気には含まれているに違いない――
 たっぷりとした被毛をそよぐ風に目を細め、ダブルコートの毛並みは複雑に色味を変えて映る。塀の細い幅を歩くうちに、すっかり女らしくなった声が。

「あら。刑事さん?」

 その声の向きにつられてひょいと尻尾が曲がるのはわざとではない、これも義体に初期インストールされているままの動作であり、つまり実際の猫の習性をほぼ忠実に再現しているのだった。

 ――星野。

 はじめて会った頃には浮き世離れした子どもの風情のほうが色濃かった魔女っ子は、今やともすると顔見知りの誰よりも大人びたおとなだ。風にゆるやかになびく黒髪とリボン、円満に成熟をみせる肢体、くちびるを彩る艶やかな色合い。それでも出会いと別れの季節がよく似合う少女めいたひとみと、その奥にきらめくひかりは、むかしとそう変わらない――

「今日はそっちの体なんですか? 大丈夫なんですか、刑事さんの体のほう」

 ――ちょっとオーバーホール中だ。とは言え、馴れればこっちの義体もそんなに悪くない。小回りがきくしな。

 世間話のついでに足を止め、星野輝子にのどを撫でられるのもやぶさかではない。かつて持っていた魔界の女王の資質なのか何なのか、彼女の猫を扱う指づかいはたいそう巧みであるので。

「あっ。おーい、輝子さーん!」
 
 通りがかったコンビニエンスストアの店先、携帯ゲーム機を手に額をつきあわせていた子どもたちの輪のあいだから、くるくるした明るい髪をゆらし、ひとりの少年が駆けてくる。はずむような足取りはともすれば、ほんとうに地についていない一瞬がある――いわゆるひとつの「おばけ」であるところの風郎太を機械のからだの自分が認識できること自体、柴来人はむかしから不思議だ。「おいらも不思議だけどさ――へっへん。さては柴刑事も、けっこうコドモだな?」と、なぜかにんまりしながらこの少年が顔をのぞき込んできたのは、あれは確か大阪で万博があった神化45年か、そのくらい。古い記憶だ。大袈裟なそぶりでいまのはやりのゲーム機を持ち上げてみせる風郎太はくるくると輝子のまわりを回ったかと思えば来人の前にちょこんと座り込み、いっときもじっとしていない。

「ねえ見て見て、SSRだぜSSR! ……と、ねこの方の柴刑事かあ、こっちもレアじゃん」

 ――レアってなんだレアって。最近のゲームはよくわからんな。

「めずらしいってこと! なーに、また爆発したの?」

 ――してない! ちょっと両足を関節ごと爆破したくらいだ。

……いえ、その、それって結局爆発してるんじゃないでしょうか……?」

 程度の問題だ! と口を挟んだ輝子にむかって毛を逆立てる柴来人の背中を風郎太はうりうりと撫でている。

「まったくしょーがねーよなー、どいつもこいつも心配ばっかりさせやがって」

 そう言われると立つ瀬がない。
 しょんと垂れた首周りの毛並みを丁寧に撫でつけるおばけの指にはいつでも、どんなに時代が変わっても、ひなたのにおいがする。

……ほんとにそうね。刑事さんも、爾朗さんも」

 肉体を一度捨てたあのとき以来、彼が彼女の前に直接にはすがたを見せることはないのだった。苦難と危難のときには風のようにあらわれ去るその影に気配を感じて耳を澄まし、繰り返し繰り返し、あこがれは少女の時代のまま、いっそう大人びた。
 人間の義体であればぐっと奥歯をかみしているところだ――沈黙する柴来人を、風郎太がぱっと抱えあげた。「へへっ。輝子さんも! 柴刑事のおすそわけ!」

 ――は!?

 さっきまでのいたわりに満ちた指遣いはどこへやら、ぐいぐいとからだじゅうをこねくり回された果てに両頬をむにんと引っ張られる。「ほらほら、変顔変顔」
 あっけにとられていた輝子がやがてぷっと吹き出し、「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。――

 ――やめろおおお。

(続)