つきのせ さぶろく
2024-02-25 01:22:25
1925文字
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死線の蛇

【自探SS】サイレン清掃会社HO1とリーダーの話


死線の蛇

 微かな硝煙の匂いに男は立ち止まる。少し先に人間だったものが伏していた。頭蓋に撃ち込まれたのであろう弾が一つと、散った脳漿と血液。近づくほどに嫌な臭いが立ち込めていて、常人でなければ胃がひっくり返りそうな光景だ。しかし彼は、動揺することもなく膝をついて死体の検分を始めた。銃創から推測できる獲物は3点、一つに絞り込むことは難しいが、結論として狙撃手は今もなおその視線をこちらに向けている可能性が高いことは容易に想像できた。ただ、本当にそうであれば今の時点でもう、この死体同様に撃ち抜かれているだろうが。
「あんた、どこの人?」
 男が声に振り返り距離を取ろうと後退りをしたところで、もうその目からは逃げられない。紫煙を燻らせながら、その青年は男に銃口を向けていた。狙撃銃ではなく、ありふれた拳銃を。
……同業者だ。けど、邪魔をしに来たわけじゃあない。信じてもらえるかな」
「それは今後の動き次第だね」
 青年はタバコの吸い口を噛み締める。藍色の目は翳っており歓迎の色は見当たらない。男はその場から動かず、口だけ開く。
「それじゃあ、自己紹介をしよう。どうかな?」
……聞いてあげなくもないよ」
「僕は、洒掃讙。君と同業で、人を探してる」
「誰? 探してんの」
「これから一緒に働いてくれる人、だね」
 青年が素っ頓狂な声を上げ、そのせいで吸い口が潰れたタバコは地に落ちた。細い煙は2人の足元を漂い始める。
「それって、何、スカウト? わざわざ現場まで来て? すっごいねえきみ」
 青年はけたけたと笑いつつ足元の煙を踏み潰した。ざりざりと靴底の擦れる音。それでも銃口は下を向かない。
「わざわざ現場まで来てさあ……ほんとすごいよ。場合によっちゃあ死ぬのにさ」
 タバコは完全に沈黙した。
「死ぬリスクは重々承知してる。でも、この目で見ないと信じられないだろう?」
 また青年が笑った。反動で銃口が震えている。
「本気で言ってんの、それ。……ぼくらの世界で信じる信じないの話しちゃうんだ」
 青年の後ろ、暗い路地の向こうで音がした。足音、誰かが来たのだろうか。人影が見えて、その顔が見えて、その口が何かを言おうとした。すると笑っていた青年が振り向いて、影の額を撃ち抜いてしまった。どさりと人が倒れる生々しい音がする。消えた銃声は鼓膜の奥で何度も反響していた。
「信じるって難しいんだよ」
 影は青年の方に声をかけようとしていた。仲間か依頼主だろうか。しかしそれを、目の前の彼は、タバコの火を消すように、躊躇うことなく撃ち殺したのだ。
 しかし、男はやはり動揺など見せず、いたずらっ子を宥めるような顔をする。
「難しくても、できなくはないよ」
 青年は眉をぴくりと上げた。
「本気?」
「本気だとも。少なくとも、僕は本当のことは正しく伝えるつもりでいる」
「ふうん」
 青年の目が細められ、何かの吟味が始まる。それはまるで、叢に潜む蛇のようだ。



「そう言えば、なんで方波見さんはここに就職したんですか?」
「一刀くん知らないのー? まもりは路地裏にポイ捨てされてたんだよ!」
 麗らかな室内で、どうにも場違いな言葉が飛び交っている。椅子に思い切りすがって伸びをするオレンジの怪獣が方波見衛の横顔に視線を送る。
「ポイ捨てってどういう……
「そのまんまの意味だよ、ぼく前職でミスって路地裏に捨てられたんだよね」
 なんともないように言われた身の上のあまりの血生臭さに、常人なら顔を顰めるだろう。ただしここはサイレン清掃会社、清掃会社の皮を被った殺し屋の組織だ。
「ミスとは言うけれど、それがないと衛はうちに来てくれなかったじゃないか」
 部屋の奥、いわゆる誕生日石と呼ばれる配置のデスクに向かっていた洒掃讙が顔を上げる。長い前髪が揺れた。
「まあでもやっちゃったのはぼくだし? そんでボコられたのもぼくだしさ」
「そんな、サラッと言うことでは、ないと思いますけど……
「あはは、殺し屋ってそんなもんだよ」
 ポケットの中の箱に手が触れたがすぐに離した。ふと影を感じて後ろに目をやると、いつの間にか洒掃讙がこちらまでやってきていた。
「なに、さいそーくん」
「いや、もう喫煙所でしか吸わなくなったなあと思ってね」
「そりゃあまあ、子供が二人もいるんだからさ」
「それもそうか」
 やめないの? という言葉には首を振った。人を殺した煙の香りは、紫煙で上書きするぐらいがちょうど良いのだ。