いまち
2024-02-21 21:01:09
12748文字
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右大将殿とおんなのこと時々ワニちゃん

モブ隊員(インプっぽいやつ)の右大将と不審者の観察記録(途中)。サブタイはそのうちちゃんとつけます。たぶん。

#1 右大将殿! 草むらに(人間の)女の子が!

 いつものように鉄の者どもを追い払い、梟の者が捕らえてきたまだ食えるネズミの皮を剥ぎ、トカゲの毒を抜いて火にかける。
 動ける程度に腹が膨れればそれでいい。そんな食事にもすっかり慣れてしまった今日時分、ふいに、我ら以外の者の気配がした。
 いくら食事支度の合間とて気を抜く我々ではい。鉄の者であれば近付いてきた時点で匂いで分かる。けれど、その気配は物音も魔法の痕跡もなく、言葉の通り突如として現れた。
 それまでの和らいでいた空気は一変し、緊張が走る。皆一斉に気配のする藪へ目を向けた。明らかに妖精族のもと異なるそれは人間の気配だった。わずかながらに甘ったるい匂いをさせている。
「俺が行く、お前たちは待機だ!」
「はッ!」
 間の悪いことに今ここに隊長たるリリア様は不在。どう動くかあぐねる間もなく、バウルが藪の中へ分け入り、それを引きずり出した。
「は?」
「人間の、女……?」
 バウルが掴んでいるのは人間の女、その細腕だった。土色の髪を結い、この場にそぐわぬ小洒落た服装の年若い、ともすれば幼い顔をしている。気絶しているのか、引きずられてきたにも関わらず、弱々しい寝息をたてていた。
 人間にも関わらず、この女からは鉄の臭いも、汚らしい油の臭いもしない。その代わり、果実のような甘ったるい匂いと少しばかりの薬臭さを纏っていた。
……
……
……
 人間を前に私含め、誰も何も言えなかった。いつでも魔石器を抜けるよう添えていた手は行き所をなくし、場の空気は凍り付いている。人間を拾ってきたバウルですら何を言うでもなく眉間に皺を寄せている。
 街の近くであればいざ知らず、戦場近くにこんな軽装のどう見ても民間人がいるわけがい。だから、怪しいことこの上ない、はずだ。怪しむべきなのに、この人間に対し、いやに愛らしさを覚えてしまう。
 これはまずい。非常にまずい。これは敵とも味方とも分からぬ者だ。人間であるならばきっと味方ということはあるまい。ならばすぐにでも捕縛し、叩き起こし、何者か問い正さねばならない。
 なのに、どういうことか手を出す気になれず、皆が皆すやすや眠る人間を見ていることしかできなかった。
「おい、なんだそのガキは」
「右大将殿!」
 誰も口も手も出せぬままどれほど経ったか。近隣の村に顔を出していたリリア様が戻ってきた。そして、バウルが掴んだままの人間を見て、不快さを隠す様子もなく顔をしかめた。
 当然だ、敵とも知れぬ怪しげな人間を見つけて、ぼけっと突っ立ったままの近衛兵がどこにいる。……そうは思えども、この人間に対し手を上げようという気にはなれなかった。
 敵であろう人間を手にながらも我々が何もしていないせいか、こちらに歩み寄ってくるリリア様の顔は険しい。
「むにゃ……?」
 リリア様近付くと、、ちょうど人間が目を覚ましたらしい。ぼうっとした顔で辺りを見回し、自身の腕が掴まれているのを見留め、ついで我らを見上げてきた。
「え? うえぇ!?」
「黙れ人間!」
「ぴっ!?」
 リリア様の声にバウルは人間を後ろ手に組み伏せた。地に押し付けられたためか、真白い上衣が泥に汚れる。
「むぐ……うえぇ……
 人間は狼狽えているようだった。スミレ色の瞳は揺れて、幼気な顔が不安げに歪んだ。見た目通りの幼子のようで、雛鳥のような声に、梟の者が気遣かわしげな目を向けた。けれど、リリア様に睨まれてしまい目を伏せてしまったのだけど。
「大人しくしろ。そして答えろ」
 じぃっと人間を睨めつけながらリリア様は魔石器を取り出し、人間の眼前に突き出した。
 魔石器を前に人間は驚いたように目を丸くし、ついで、リリア様を見上げた。
 すると、それまで怯んでいた人間は、それまでとは打って変わって、嬉しそうに口元をほころばせた。春の心地よい日差しを思わせる、心が解けるような愛らしい笑顔なものだから、つい我らの気持ちも緩みそうになる。
「リリアさん!」
「はァ?」
 この戦渦の中だ、いくら人間とて「翠が原の走る城壁」の二つ名を持つリリア様のことは知っていよう。
 しかし、人間の態度はまるで友人にでも接するような親しいもので、この場にそぐわない。人間は人懐こい幼子のような笑顔をリリア様に向けている。拘束されながらこんな態度をとるなぞ、とても真面とは思えない。気でも触れているのだろうか。だとすれば、愛らしいゆえに不憫に思えてしまいそうだ。
「えと、なんですか、これ? イタズラにしてはやりすぎじゃないですか? ぴっ!?」
 まるで友人かのようにふにゃふにゃ笑いながら語りかける人間の眼前に、リリア様は勢いよく魔石器を突き立てた。
「テメェなんざ知らねェ」
「えっ?」
 真っ当な神経を持つ者であれば、リリア様に睨まれれば慄くものだ。だのに、人間は困ったような、不思議そうな顔をするばかり。
 どことなく気が抜けたような顔をする人間に、リリア様は苛ついた様子で余計な事を口にするなと命じた。その上で、この人間に何者なのかと問うた。その迫力たるや、聞かれているのでない我らですら背筋が凍る思いがするほどだ。
 なのに、当の本人はどことなく暢気な顔でリリア様の問いに答えた。

 この人間、名をティナ・キースリンクといい、ここ茨の国に住んでいる。らしい。そうは言うが、隊の誰もこの人間のことなぞ知らなかった。そもそも、我らが国に人間が住んでいるなぞ聞いたこともない。どう考えても嘘を吐いてるとしか思えない。
 けれど、困ったような色を浮かべながらも、愛らしい笑みを浮かべる人間からは、嘘をついているような色は見られなかった。
 それどころか勤めとはいえ、邪気のない相手に尋問するリリア様の方に引っ掛かりすら覚え始めた。こう感じてしまうのは近衛隊としてあるまじき事態である。けれど、この人間からは抗いがたい何かを感じてしまうのだ。
 リリア様も我らの揺らぎに気付いたのかもしれない。こちらを一瞥すると、「こんな赤ン坊みてぇなガキにビビッてんじゃねぇ」と短く吐き、バウルを睨め付けた。
「バウル! このガキ縛っとけ!」
「はッ!」
「うえっ!? ちょ」
 応えるが早いか、バウルはミスティウムを編み込んだ拘束用の縄で人間を縛り上げた。
 バウルに容赦はなかった。人間の女らしい細腕に縄が食い込む。擦れた腕が赤く腫れ、見ていて悲しくなるほど痛々しい。怪しむべき人間なのに、ついそう思ってしまい頭を抱えたくなった。
 動揺する我らにリリア様は呆れ交じりのじとっとした目を向けてきた。
「こっちは俺らでやる。お前らは飯の支度に戻れ」
「はっ!」
「テメェはこっちだ、モタモタすんな」
「えうぅ……
 そうしてリリア様とバウルは娘の縄を引き、その場を離れた。
『これが抵抗の意思を見せればすぐ応戦せよ』
 魔力を乗せた、人の耳に届かぬ言葉で我らにそう言い残して。

+++++

 梟の者が追加で採ってきたネズミを捌いていると、リリア様の魔法石が煌めいたのが見えた。
 恐らく、人間に尋問用の魔法を放ったのだろう。偽りを口にすればたちまち身が引き裂かれてしまう、腹に一物を抱えた者にとっては恐ろしいまじないだ。
 あの人間が何を考えているのかは知らないが、痛い思いはしないでもらいたい。そう思って、ついで、また人間の肩を持とうとする己に気が付いた。王宮近衛隊に身を置く者として人間の肩を持つなど、あってはならないことだ。我ながらわけが分からず、それゆえ気も滅入ってくる。
 食事支度が整うと、リリア様は我らに先に食事を摂るよう言いつけられた。腹も減っているのだからとっとと食し、万一に備えているべきである。けれど、あの人間がいやに気になり、どうにも食が進まない。猪の者が焼いた半生半炭の魚を出された時だってこうはならなかった。けれど、食べなければ動けない、動けなければ仕事にならない。
 なので、どうにか腹に流し込んでリリア様と人間とのやり取りを遠目に眺めた。そうしているうちに斥候に出ていた者も戻って来た。
 報告によれば辺りに銀の梟はおろか、人間は一人もおらず彼奴等の集落すらないのだそう。
「ならあの人間は彼奴等とは関係ないのか?」
「わけが分からぬ」
 食事を済ませ、天幕を立てていると果たして二人と人間が戻ってきた。一体どんな話し合いがあったのか、人間は縄を解かれ、バウルは顔をしかめていた。リリア様はしかめた面で我らをぐるりと見回すと、表情通りの声色で語り掛けた。
「野郎共、ちっと耳を貸しやがれ」

 リリア様曰く、この人間を同行させるのだそう。

 どうしてこうなったのか、困惑する我らにリリア様は邪魔なら捨て置くだけだ、などと付け加えた。
「ガキでも女なら飯くらい炊けんだろ。それに――
 下手に野放しにするよりは手元に置いておいた方がマシ、らしい。たしかに、この人間はリリア様のことを知っているようであった。ならば、向こう方の間者であるやもしれぬのだ。放っておくのは得策ではないのかもしれない。
そういった事情でこの娘を連れ、いざとなったら捨て置けなどとは理屈では分かる。が、どうにも飲み込み難い。邪魔になろうが、この幼子を見捨てるのはどうにも躊躇われる。
 そうもやつくのと同時に娘が害されず、娘が大人しくしている限りは我らが害する必要もないと知りほっとしてしまった。途端に、また娘に対し気が緩んでしまったと気付いてしまう。どうにもこの娘には弱い。改めて感じ、ため息が漏れそうになる。そんな私の気持ちなぞ知るわけもなく、娘は朗らかな笑顔で我々を見回した。
「えと、ティナ・キースリンクです。ご迷惑にならないようがんばります!」
 笑顔で名乗った人間は、肩を出したえらく露出の多いふわっとした白い上衣に濃い草色のスカート、そこに白い前掛けを着けている。恰好だけ見ればどこにでもいそうな町娘だ。
 人間と我ら妖精族は時の流れが違う、ゆえにこの人間の歳の頃は分からなかった。身体の大きさはそこそこあるものの、赤子のような愛らしさから察するに、まだまだ年端もいかない幼子なのだろう。リリア様がガキ呼ばわりしたのも頷ける。
『同行はさせるが、このガキに手を貸すんじゃねぇ』
 幼子の隣でリリア様は静かに囁いた。たしかにこんな幼子であれば、すぐ我らの足に追い付けず、捨て置かれ、魔獣の餌になってしまうだろう。そうなれば、我らが手を下さずともこの怪しい人間を処分できてしまうのだ。
 そんなことを考えてしまい、胸が締め上げられる思いがした。事情もなにも分からないけれど、きっとこの子は何も悪くない。そんな気がした。
 しかし我らが何を思おうと右大将たるリリア様の決定は絶対だ。任務に支障をきたす存在は邪魔なだけ。だから、どう思おうがこの幼子に肩入れをするな。リリア様はそう暗に仰っている。
「そういうこった、分かったな?」
「承知いたしましたッ!!」
 けれど、支障のない程度であれば、手を引くくらいはしてやってもいいだろうか。リリア様に気取られぬよう、両隣の二人と仮面越しに頷き合った。

+++++

 我らの懸念とは裏腹に、幼子は想像以上に働いた。
 町娘のような風体ながら、意外にも野外活動に慣れていたようで、山道だろうが悪路だろうが我等と変わらぬ歩調で着いてきた。そのあまりに慣れた足取りにバウルは何かしらの訓練を受けた人間ではと怪しむ目を向けていた。

 女なら飯くらい炊けんだろ――そんな右大将殿の一声で我々の食事係になった人間であるが、これもまた随分と働いてくれた。
 人間は嫌な顔ひとつせず、毎度どこからともなく食料を調達してきては酒場や定食屋で出されるような料理を拵えていた。そして量も多い。健啖家であるバウルの腹を満足させられるだけの料理を作ってみせた。
 それだけの料理の材料はどこから調達しているのだろう。リリア様が問うと人間は何食わぬ顔で獣や魔獣を狩り、その肉を調理しているのだと答えた。
「あと、近くの畑とかから分けてもらってます」
「へぇ? ぶん盗ったの間違いじゃねぇのか?」
「そんなことしませんよぅ。ちゃんとお願いしていただきました。……まぁ、お肉とかと物々交換はしますけど」
 食材の調達について訝しんだリリア様の問いに対し、人間はそう答えたらしい。たしかに、我々近衛隊であれば近隣住民から支援を受けることはある。しかし、この人間は我々に同行しているとはいえ隊外の者であり、なにより人間だ。この戦況下に於いて、敵である人間の話を聞く者なぞいるのだろうか?
 人間の答えにリリア様は納得しなかったらしい。
 そこでリリア様は人間が食材を調達するところを猪の者に探らせた。人間が民に仇なす真似をするようであれば力ずくでも止めるよう言い含めて。

 果たしてリリア様の懸念は取り越し苦労であった。食材の調達に行くと出歩いた娘は普段の通り、新鮮な肉と野菜を手に戻ってきた。
 遅れて猪の者も戻ってきたが少々顔色を悪くしており、娘の食材調達方法に問題はなかった、と、言葉少なに語るのみだった。
 食材の調達方法としては焙烙玉のような魔法道具で獲物を仕留め、いやに手慣れた様子でそれを処理し、近隣の住民にその肉と野菜とを交換してもらっていたらしい。民たちもにこやかにそれに応じており、娘の言葉に偽りはなかったそうだ。
 なら、なぜあいつはあれ程怯えていたのだろうか。あいつは何を見たんだろう? わずかに疑問を抱いたものの、それはすぐに解された。
 その日の夕食は猪肉をふんだんに使った鍋だったのだ。そりゃあ猪を祖にするあいつならいい顔はしないだろう。それはそれとして、娘の作った鍋はそれは美味い物だった。それこそ、あいつ自身も美味そうに食ったくらいだ。問題ない。
 問題があるとすれば、ただの民間人であろう娘がどこでそんな狩りを覚えたのかという疑問だけだ。

+++++

 どうやらこの人間は料理だけではなく、戦闘もこなせるらしい。
 同族を害するのには抵抗があるのか、鉄の者相手には躊躇は見られるものの、魔獣や野獣には恐ろしいほど容赦がなかった。いつ用意したのか知らぬ焙烙玉と魔法で殲滅し、どんな魔法を使っているのか、その屍を跡形もなく消し去ってしまうのだ。
 恐ろしい魔法であるが、バウルもいい顔はしないものの「人間のくせにやるではないか」その実力を認めるような色を見せた。
 それだけではない。人間は魔法薬の調合も得意らしく、気付けば薬瓶を持ち、ケガをした者を癒していた。
 よく効く薬で副作用らしきものもない。だから助かりはする。けれど、その薬の出所がいまいち分からず、それが少々不気味ではあった。
……ふぅん、ただのガキじゃねぇってことか」
 料理のため、ネズミの下処理をする人間の後ろ姿を眺めながら、リリア様が呟くのが聞こえた。

+++++

 迎え入れて何日経ったのか。人間は変わらず、弱音の一つも漏らさず我らの後を付いてきては料理を作り続けていた。
「ガキにしちゃあ使えるじゃねぇか」
「えへへ、ありがとうございます。バウルさん、おかわりよそいますね」
「む。あぁ……
 人間はもっぱら右大将殿とバウル殿と言葉を交わしていた。というのも我々は共通語を解さない。聞き取りはできるものの、喋ろうとすると舌がうまく回らない。ゆえに、彼女と会話はできないでいた。
「お嬢さん、馳走様」
「えと、お粗末様です」
「この鍋は洗っておくよ」
「え、洗ってくれるんですか? ありがとうございます!」
 それでもと労いの言葉をかけてみれば、人間はにこにこ笑って返事をしていた。それが適当なものであれば不快にもなったのだろうが、人間の返答は的を射ていているものだから、実に心地いい。
 そんなものだから、より愛らしく思えてしまうんだろう。右大将殿はそんな我々を呆れたような目で見やってはため息をついていた。
「お前ぇら、いつからガキ好みになったんだよ」
 もし彼女が成熟した妖精族であればきっと求婚していた。それほど、この人間は魅力的だったのだ。

+++++

「お食事ができましたよー」
 朝昼晩のこの一声はすっかり日々の愉しみになっていた。
 人間は手を変え品を変え様々な料理を作り出していた。どれもこれも美味いものだから、今後、ネズミを焼いただけの生活に戻れるのかいささか不安になる。
 今日の夕食は小麦粉とミルクで作ったという、とろみのある具沢山の白いスープと、焼いたサーモンだった。
「バウルさんもどうぞ。サーモンの蒸し焼きもいっぱい作ったので!」
「あ、あぁ、いただこう」
 人間は愛らしい笑みを見せながら、香草に包んだ大量のサーモンをバウルの皿に盛りつけた。
 最初こそ人間の料理に抵抗を見せていたバウルであるが、口を付けるまで大して時間はかからなかった。というのも、この人間の作る料理はバウル殿の好みに合うものが非常に多い。
 それについてもバウルは人間に間者なのではと疑いの目を向けていた。当の本人は「料理を教わった祖父の得意料理が川魚を使ったものだから」と言っていて、あまり気にしている様子はなかったが。
「ふふ」
「何が面白ぇんだ?」
「へ? えぇと、バウルさん、いっぱい食べるから作り甲斐があるなーって思っちゃって」
「違いねぇ」
 右大将殿はくつくつ笑って、バウル殿に、人間を嫁にしたらどうだとからかい口調で言い出した。
「なッ!? ……んんっ、どうしてそうなるのですか」
「コイツならお前の腹を満足させられんだろ。ちょうどいいじゃねェか」
「ダメです!」
「あ?」
 あからさまにからかう様子のリリア様の隣で、人間が大きくかぶりを振った。普段の大人しい様子からは想像もできないはっきりとした拒絶に我らも、二方も目を丸くした。
 突然のことにそれまでの和やかな空気が凍り付いてしまった。それに気付いてか、人間は途端にオロオロしだした。
「えと! その、バウルさんにはちゃんとした妖精族の女の人じゃなきゃダメです!」
「はァ?」
 いやに焦った様子の人間にリリア様は顔をしかめた。突然何を言い出すのか、バウル殿も眉間に皺を寄せている。
 妙な空気の中、リリア様は大きくため息をつき、人間の額を小突いた。
「冗談に決まってんだろ、何マジになってやがる」
「えぅ……
「にしても、随分なフりっぷりじゃねェか。なぁバウル?」
「はぁ……
 楽しそうに笑うリリア様に対し、バウル殿は鋭い目を大きく開き、困惑の色を浮かべながら眉間に皺を寄せていた。
 人間の拒絶のしようは異常だった。
 人間は人間ゆえに、普段からバウル殿から邪険にされていた。それなのになぜかバウル殿に懐いている様子を見せていた。だから、人間はバウルに対し、好意のようなものがあったのではないかと思っていた。
 それなのに、あまりに強く否定する姿に少しばかり驚いた。一体何を考えているのだろうか、人間の女の考えることは分からない。

+++++

「ひとつ、言っておく」
 人間の用意した食事を摂り、人間と共に戦う中、右大将殿が我らの言葉で発した。つまりはこの幼子に聞かれるわけにはいかない事柄なのだろう。いっとう鋭い眼差しに思わず背筋に力がこもる。
「このガキは使える。飯も上手けりゃ戦力になる。だがな、絆されるな」
……
「ガキではあるが何処の何某かも分かってねェんだ。お前等はこいつを気に入ってるみてぇだが、心まで預けるんじゃねぇ」
「えと……
 当然、妖精の言葉を聞き取れない人間は困ったような顔を見せる。それがまた痛々しく見えてしまう。そう思っているのが知れてしまったのか、右大将殿の眉間に皺が寄った。
「愛想は色仕掛けと思って警戒しろ。まァ、こんなガキに惚れ込むような変態はいねェだろうがよ」
「ふん。王室近衛兵とあろうものが嘆かわしい」
……
 リリア様に同調し、バウルが我らをじっと睨めつけた。その目にはあからさまに侮蔑の色が浮かんでいる。
 ……言い返せなかった。弱い人間だからいいだろう、幼子なのだか問題ないだろう。
 そう思い込み、警戒を緩めていたのは事実だ。左隣にいる奴にいたっては、ぴぇぴぇ言うこの娘を実の娘かなにかと思っているかの如く愛でていた。食事支度を手伝ったり、見つけた花や果物を与えて喜ばせていたり。
 そしてそれを微笑ましく思って見過ごしていたのも事実。指摘され、いたたまれない気持ちになった。
「あのぅ……
 重たい沈黙を破ったのは幼子だった。右大将殿は面倒くさそうな目を人間に向ける。
「私一応大人、なんですけど」
……は?」
「今20歳です。人間は18歳で成人ってことになってるので」
 おずおずと言葉を続ける人間にさらに空気が重たくなるのを感じた。
 まさか、この人間は我等の言葉を解しているのか? いやしかし、翻訳機を持っていないのは確認済みだ。
 動揺する我らと違い、リリア様は動じるでもなく大きなため息をつきながら頭を掻いた。まるでしらばっくれているような態度だ。
「おいおい、いきなり何の話だ?」
「えっ? 私が子供とかって言ってたじゃないですか」
「はァ?」
「えと、それに私、色仕掛け? なんてする気はないです。皆さんのお役に立ちたいだけなので」
 眉尻を下げ、困惑したような顔で幼子はリリア様を見上げた。対して、リリア様の顔は強張っている。滅多に見ることのない表情だ。隣にいるバウルの表情も険しい。
 そんな状況の中、人間だけが困ったような顔で呻いているものだから、それが実にこの場にそぐわない。
「え、えと、あの……?」
「バウル、このガキ縛っとけ!」
「はッ!」
「ぴえっ!?」

 そうして、右大将殿とバウル殿による人間のつるし上げ大会が始まってしまった。とはいえ幼気な少女を物理的に吊るすのではない。いつぞやのように人間にまじないを施し、偽りを吐いていないか読みながら話を聞いたのだ。
 人間の談によれば、この人間は妖精と意思疎通をはかることができ、妖精族の力を身に付ける魔法を持っているのだという。けれど、流れる血は純然たる人間のものなのだそうだ。
 そして人間に我ら妖精族、そして茨の国に害なすつもりは一切ないと断言した。嘘偽りのない人間の証言に右大将殿は大きくため息を吐いた。
「あンだよ、そのワケの分かんねぇ体質は」
「遺伝、としか言いようがないです。パパがそうだったので」
「ま、嘘は吐いてねぇようだし、信じてやらァ」
「えへへ、ありがとうございます」
 どことなく蟠りが解けた空気の中、人間は笑いながら我らの方を向いて来た。
「その、これからもよろしくお願いします!」
 愛らしく笑いながら頭を下げる人間。けれど、我らとしては気が気ではなかった。
 この人間が妖精の言葉を解しているとなると、我らが言ってたこともまるまる伝わっていたということになる。梟の者に至っては、本人には分からないのをいいことに娘扱いなんてしていたのだ。それに気付いてか、当の本人は力なく項垂れている。
「お嬢さん、まさかとは思うが我々の言葉も?」
「えと、聞こえてました。そのぅ、かわいいとか、うちの娘とか……
 人間は言いながら恥ずかしそうに頬を赤らめた。
 そんな姿も実に愛らしいが、我らの肝はきんと冷えていた。梟の者に至ってはこの世の終わりのような顔をしている。知らないと思って言いたい放題していたからだ、バカめ。
「アッ、それ以上は言わなくていい。すまない、ありがとう」
「ケッ」
 今まで褒めちぎっていたのはすべて伝わっていたのが照れ臭くて、他の者たちと顔を見合わせていると、右大将殿がいやに不機嫌そうに顔をしかめた。
 この人間のことを気に入っているように見えてはいたが、そんなことはなかったのだろうか。