らい
2016-03-30 23:27:39
4493文字
Public レオいず
 

エヴリデイドリーム

Knights×瀬名版ワンドロ・ワンライ様/テーマ「ほっぺにキス」で投稿するつもりでした(過去形)/レオいず



『曲が感性したぞ!』
『↑ 誤字!完成!』
『仕事が終わったら、おれの曲きいてほしい!』
『できればはやく帰ってきて!』
『待ってるから!』
『王さま命令!』

 スマートフォンに届いた五連続のメッセージに、すべての予定を切り上げた。仕事を終えたあとは、行きつけの靴屋にでも寄ろうと考えていたのに。まぶたの裏に映し出されるのは、贔屓のブランドでもなく、流行りのシューズでもなく、顔なじみの店長でもない。履きなれた革靴が、自然と歩き出す。彼が待っている、帰り慣れた家の方角へ。



 玄関の扉を開けると、ほのかな橙の電灯が泉を招いた。脱いだ靴を棚にしまい込み、リビングに繋がる通路をまっすぐ進む。『はやく帰ってきて』と指示するぐらいだから、てっきりリビングで待っているものと踏んでいたのに。メッセージの送り主であるレオの空気を、肌にいっさい感じられない。アイツ、さては寝ているな。泉は短い息を吐いて、鞄をテーブルの椅子に置く。恐らくは自室に籠っているのだろう。新曲の締切が迫ってくると、特にその傾向は顕著である。

 手を入念に洗い、うがいを済ませると、泉はドアノブをおもむろに開けた。無音の張りつめる四角い空間のなか、レオは案の定、ベッドの上で大の字になっていた。片手にスマートフォンを握りしめながら、すやすやと寝息を立てている。彼の周囲には数枚の楽譜とペンが散らばっていて、部屋全体が音符の茂みに覆われていた。作曲に集中したあとは大抵この有様である。泉はそれらを一瞥し、夢の世界に囚われたままのレオに歩み寄った。


「王さま。俺はあんたの命令どおり、早めに帰ってきてあげたんだけど」


 一人でさっさと寝てるとか、一体なに考えてるわけ?―――ベッドの端にゆっくりと腰を下ろして、泉が語りかける。んん、と眉を顰めたものの、レオに起きる気配は見られない。唇をはんぶん開いたまま、海の底に沈んでいくように呼吸している。
 最近、レオの作曲活動は軌道に乗っていて、常に仕事が絶えない状態である。時にはAM3時過ぎまで粘っていることもあるようで、今回の新曲制作も部屋に籠りきりだった。自他ともに認める天才といえども、指先ひとつで曲を生み出せるほど音楽は甘くない。近くで見ているから、知っている。さすがに叩き起こす気にはなれなかった。


まぁ、今日だけは許してあげるけど」


 お疲れさま。泉は細い指を伸ばして、レオの輪郭に触れる。柔らかな頬から顎の膨らみまで順番になぞったあとで、上半身を乗り出した。どうせ、寝ているし。だれも、見ていないし。今日は機嫌がいいから、とくべつに。レオの頬に、渇いた唇をくっつけた。


んあ?」


 レオがパッと目を開く。一瞬のあいだに視線がかち合って、泉はとっさに身を避けた。とろんと色褪せた翠の瞳が、徐々にその色を取り戻していく。
 さっきまで、死んだように眠っていたくせに。このタイミングで起きるとか、マジでサイアクなんだけど。
 ―――冷静を装うために、無の表情を形成する。顔全体の筋肉を強張らせている泉をよそに、レオは両腕を伸ばしながら欠伸をこぼした。


「んぁぁ、よく寝たぁ。……よっ、セナ!寝込みを襲うなんて大胆極まりない犯行だなあ。でもバレちゃったから完全犯罪にはならないなっ、わははっ!」
「チョ~うるさい。やかましい。マジで黙って」
「眉間にシワが寄ってるぞ~。現役アイドルのくせにそういう顔は、良くないぞ~?」
「誰のせいだと思ってんの。俺がどうしてこんな顔になってるのか、少しくらいは想像できないわけ?」
「わかった、想像すればいいんだな!妄想はおれの得意分野だから、ちょっと待ってて!今から考えるから!一休さんのポーズ~っ」
「考えなくていいっての!」


 左右のこめかみに指を突き刺すレオに一喝すると、レオは顔を顰めて「脳内のアルゴニズムを活性化させたかったのに!」と唇を尖らせる。まぁた、訳の分からないことを。泉は親指と人差し指で輪っかを作り、レオの額をピンと弾いた。「痛ってぇ!今の衝撃でいろいろ吹っ飛んじゃったじゃん!」と悶えるレオに、泉はフンと鼻を鳴らす。


「あのさあ。はやく帰ってこいって言ったのは、王さまだよねえ?それなのに、一人でさっさと爆睡キメるとかさあ。チョ~有り得ないんだけど?」
う~、ごめんごめん!襲い来る睡魔の軍勢に、おれの前頭葉連合軍は成す術もなく敗北して―――~~~ってあれっ、いま何時だ!?おはよう、こんにちは、こんばんは!この中に正解ある!?」
「『おはよう』」
「は!?」


 レオは無意味な時間の経過を良しとしない。意地の悪い嘘とともに微笑むと、レオは泉の両肩をぶんぶん揺さぶった。後輩いびりも愉快だが、王さまいびりも中々の暇つぶしになる。その事実に気が付いたのは、一緒の部屋に住み始めてからのこと。


「『おはよう』!?イコール朝!?朝なのか!?おれ、朝まで各駅停車なしの快速列車に乗っちゃったのか!?ああっ、過ぎ去った時間は永遠に戻らない!ああ無情!レ・ミゼラブル!悠々と眠りに落ちているあいだに、一体どれほどの名曲が泡となって海に消えていったことかっ!うぐ、うぐぐ、こうしちゃいられない、今すぐに起きなきゃ!ラジオ体操第一~~~っいっちにっ!さんっし!そしてインスピレーションを空の彼方から呼び寄せて―――


 何の変哲もない天井を仰ぎ、正体不明の宇宙と交信を始めるレオに、泉はぎょっとした。暴走スイッチがオンになっている。制御不能になる前に、食い止めなければ。泉はベッドの中心に這い上がり、レオの頬をぐいと引っ張った。


「セナ、おれのことは放っておいてくれ!おれは失われた時空の鍵を探しに行くから!」
「なぁに訳のわからないこと言ってんの。っていうか、冗談だってば!」
「じょうだん!?」
「そう!『おはよう』は嘘だっつーの。今は、朝じゃないから。あのメッセージを貰ってから、まだ、ほんの少ししか時間が―――
「メッセージ!?メッセージ、ええとなんだっけ、メッセージ、メッセージ、メッセージメッセージメッセージ、うーんと、ああ、ああ、ああ!そうだ!」


 セナッ、おかえり~~~!!!―――レオは人懐こい犬さながらの動作で、泉の胸に飛びついた。急激な突風を彷彿とさせるアクションに対応できず、泉の身体はレオごとシーツの上に倒れ込む。大の男ふたりがベッドで折り重なっている絵面はさぞかし滑稽に違いない。泉は眼下に広がるレオの前髪を見つめながら、口角を引きつらせる。


「ちょっとぉ、急に飛びついてこないでよねえ。ガキじゃないんだからさぁ」
「わはは、ごめんごめんっ!そんなことより、セナ!おれはずっと待ってたんだぞ。首をながくなが~くして、キリンさんみたいに!」
「はあ?よく言うよねえ。がっつり寝てたうえに、一瞬すこんと忘れてたくせに」
「それは、本気で謝る。ごめんなさい!」
「謝れば済むと思って……まぁ、別にいいけど」


 レオが「拗ねないで!いい子だから!」と泉の両頬に手を這わせる。だから、ガキ扱いしないで。泉はシーツの上にぼそっと声を投げた。


「特別に許してあげるって言ってるだけ。王さま、最近ほとんど寝てなかったわけだし?」
「?……そりゃあ、夢の世界にトんでる時間が勿体ないからなあ。何てったって向こうの世界では、思い浮かんだメロディーを形として残せない!」
「あんた、夢の中でも作曲してるわけ?」
「もちろん!」


 ふにゃり、と目尻がとろけるレオに、泉は唇を綻ばせる。夢のなかでも五線譜を連れて歩いているだなんて。筋金入りの音楽バカではなかろうか。


「あんたって、ほんとアホ。チョ~ウケる」
「むむっ!アホとはなんだ、アホとは!おれにとっては、死活問題なんだぞ!」
「死活問題?」
「そう!夢のなかで曲を書いても、こっちの世界に持って来られない!」
「それが死活問題なの?」
「当たり前だろっ!夢の世界の出来事をぜんぶ書き留められたらいいのにって、常々思ってるくらいなのにっ!」
「いや無理でしょ」
「むりとか言うな!まぁたそうやって妄想の芽を潰して!」
「妄想とか、マジで意味わかんないんだけど?」


泉が首を傾げると、レオは瞳の色を輝かせながら返答する。


「例えばさあ。ぱぱぱぱん、ドリーム映写機ぃ~!みたいなさ、そういう道具が、将来的に発明される可能性もあるわけじゃん」
「ふぅん。俺は夢なんてほとんど見ないから、どこでもドアのほうがよっぽど欲しいけど」
「おお、意外だなあ。なんで?」
「なんでだと思う?」
「ちょっと待って考えさせて理由を当てさせて!」
「十秒で考えて。はい、10・9・8・7・654321」
「早いわ!……ええと、ユウくんにすぐに会えるから!」
「正解」
えっおまえそれ本気で言ってんのか!?」
「半分本気」
「それじゃあ残りの半分はどこに行ったんだ!?」
「あんたに全部持っていかれた」


 レオの手の甲に掌を重ねながら、泉は目の前できらめく翠の眼差しを見やる。この男と出会ってしまったばかりに、自分は随分と変わってしまった。こうして他愛のない妄想に、嬉々として付き合ってしまうぐらいには。


「残りの半分は、全部あんた。……俺のことをすこんと忘れてぐっすり眠られるのは、チョ~ムカつくから。だから、どこでもドアですぐにでも会いに行ってやる。のんびり夢を見る暇なんて、絶対に与えてやらない」


 語気を強めて言い切ると、レオは数秒の間を置いて、茶目っ気たっぷりに笑った。


「セナっておれのことあいしてるんだなあ」
「何それ。その表現、チョ~気持ち悪いからやめてくれる?」
「だって嬉しいんだもん。どっちが夢でどっちが現実なのか、分からなくなるよ」
「そんなもん、こっちが現実に決まってるでしょ」


 とっとと聞かせなよ、あんたの新曲をさあ。そのためにはやく帰ってきてあげたんだから。レオの首に両腕を回してグッと引き寄せる。レオは口角を上げて、にやりと笑った。


「セナ」
「なに」
「さっきの挨拶、やっぱり『おはよう』が正解だと思うよ」


 夢の話はもうおしまい。
 ただいま、セナ。
 レオは低い声で囁くと、泉の頬にくちびるを押し当てた。頬の中央からじわじわと広がる熱に、ぼんやりとした意識が冴えていく。この男が存在する世界は現実なのだということを、否が応にも思い知らされる。きっと夢の世界など、この世のどこにもありはしないのだ。