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らい
2015-12-27 22:20:19
9570文字
Public
レオいず
アモローソ・クレッシェンド
レオいず♀/瀬名女体化
1
2
15インチのノートパソコン、その液晶画面に表示された大手検索エンジンの結果一覧。青文字のタイトルと緑色のURLが入り乱れるページのなか、上から数えて六番目に表示された文字列。泉のくちびるから「は?」と怒気がこぼれ落ちたのは、日曜日の昼下がりのことだった。
“瀬名泉 超絶劣化!”
はあ?どういう意味?何なのこれ?はっ倒されたいわけ?
―――
悪意に満ちたタイトルに、マウスに触れる人差し指が硬直してしまう。仕事柄、憎まれ口を叩かれることには慣れているはずだった。しかしながらインターネット上に浮かぶ文字は想像以上の重みを持っていた。対面で浴びせられる罵詈雑言以上の現実感を伴って、肺の底に沈殿していくのが分かった。
芸能界に身を置いている以上、誹謗中傷を目的とするアンチの存在はつきものである。一人ひとりの発言を真に受けていてはキリがない。だからこそ泉は、「瀬名泉」の名前で
―――
まぁ、たまに「遊木真」とand検索を実施することもあるけれど。「遊木真 瀬名泉 交際」の予測候補が表示されたときには、底知れぬ喜びに飛び跳ねたくなったこともあるけれど。それはそれとして、基本的には
―――
エゴサーチを行うことを避けていた。要するにインターネットの大海原でそれを見つけてしまったのは偶然の出来事であり、「瀬名泉」のワード検索で生じた"自業自得"の末路ではない。普段はネットサーフィンなんてやらないくせに、休日の暇つぶしにパソコンを立ち上げたことがそもそもの間違いだった。お気に入りのコスメブランドの新作情報を検索しようとして、不運にも”それ”が引っ掛かってしまったのだ。
泉の選択ミスはその後の行動にあった。一体どのクチがほざいているのだと、”超絶劣化”の真相を解明したい好奇心が勝ってしまったのである。悪魔のささやきに導かれるように見出しをクリックすると、匿名掲示板の書き込みを引用した記事が現れた。緑の読み込みゲージは瞬時に満タンになり、”超絶劣化”と評される泉の画像がすぐさま表示される。その写真は、泉がイメージキャラクターを務めている結婚情報誌のCM発表会で撮影されたものだった。純白のドレスに身を包み、よそ行きの笑みを向けている泉の姿が、Knightsで活動していた十代のころと比較されるかたちで掲載されていた。
(はあ!?十代の過去と二十代の現在で比べられても、チョ~~~メイワクなんですけど~!?)
泉は威嚇に走る猫のように眉を吊り上げる。怒りの眼差しの向こうには、匿名の文章が連なっていた。瀬名泉は17歳が至高だの、若手モデルにポジションを奪われているだの、見事に処女性が失われているだの
―――
見ず知らずのモザイク集団によって、泉の存在が散々こき下ろされている。泉はマウスを放り出したくなる衝動をこらえて、ゴクリと唾を呑んだ。一人ひとりにビンタして全国行脚したいほど腹が立つが、芸能人として活動している以上は否が応にも割り切らなければならない。十代の少女に対する崇拝心が強いこの国においては、ストライクゾーン”圏外”の烙印に従うしかないのだ。とりわけ女性の消費サイクルが目まぐるしい芸能界においては、”超絶劣化”と評価されてしまうのも致し方ないことだった。
言いたいやつには言わせておけばいい。それが泉のスタンスである。しかしながら外見をとやかく突っ込まれるのは久しぶりのことで、不本意ながらこころの平穏が掻き乱されてしまった。
泉はチョーうざい、と重苦しい息を吐く。負のオーラとともに、ノートパソコンの稼働音が静寂のしたたるリビングに溶けていく。眼下に広がる液晶画面を見つめたあとで、泉は真っ白な天井を仰いだ。椅子の背もたれに体重の半分を預けながら、顔も名前も知らない匿名の住人たちの書き込みを反芻する。
「
…
ちょうぜつれっか。
……
ねえ」
小さなくちびるから紡いだ言葉が矢となって、脳髄にぱらぱらと降り注ぐ。せっかくの休日であるというのに、降りしきる雨のなかで歩かされている気分だった。なにを言われたって平気だけれど、これ以上の暴言を吐かれたことも過去にはもっとあるけれど。自身の”現在”を否定されたあとで、清らかな一日を過ごせるわけがない。即座に気分を切り替えられるほど、泉の感情制御装置は優秀ではないようだった。モデルに心なんか要らない。常にそれを念頭に置いているはずであるのに、肝心の場面で過敏に反応してしまうこころが恨めしい。
泉はパソコンの蓋を閉じて、まるで重力に屈するかのようにテーブルに突っ伏した。テーブル越しに見えるキッチンに、使用済みのグラスが見える。ああ、洗うの忘れてる。とっとと洗わなくちゃ。でも、チョーだるい。洗い物とか、そういう気分じゃない。ああ、久しぶりの休日だっていうのに、いったい何をやってるんだろう。せっかくの休日なのに。ダラダラ過ごしてるとか、本当にありえない
―――
「できたーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
リビングの空気を揺るがす大声に、泉はおもわず飛び起きた。とっさに気だるい身体を持ち上げて、頑なに閉じられた寝室へと歩み寄る。鼓膜を突き破る人工ノイズの犯人は、この家にたった一人だけ。泉はドアノブにそっと手を掛け、扉をゆっくりと開ける。楽譜とマジックペンが散らかった一室に、王さまの影がひとつ。
「苦節ピーーーーヶ月!声に出すことも憚られるほどのおれの力作たちは、うら若き天才作曲家・月永レオの歴史に刻まれるに違いないっ!ああ~っ、おれの音楽が地球のマントルを貫いて、最深部の内核まで光速レーザーのごとく浸透していく~っ!すなわち地球せ~ふくだ!オブラートに包み隠さず、謙虚のけの字も用いずに表現すると宇宙せ~ふくだ!おれの妄想から紡がれる音楽に満ち溢れた、麗しき銀河が爆誕するぞ~っ!わははははは~~~~~!!!!!!」
翻訳不能の言語には慣れたものである。”王さま”こと月永レオは、キャスター付きの椅子に乗りながら、365度のパノラマ撮影のごとく回転している。受験戦争を勝ち抜いた学生さながらに両手を広げながら、宇宙人と交信するように翠の瞳を輝かせていた。
毎度のことながら、キメちゃってる。
―――
泉は脱ぎっぱなしのパーカーを床から拾い上げ、ハンガーに掛ける。そこでレオはようやく泉の気配に気が付いた。
「おおっ、セナじゃん!うっちゅ~!」
「はいはい。宇宙宇宙」
「むむ!?久しぶりだってのに、つれないな~?」
「当たり前でしょ」
「ツンデレのデレが全選択→切り取りで左クリック状態だぞ~?なんならゴミ箱にドラッグアンドドロップアンド、豪快なるジャンプさばきでダンクシュートだな!まぁそういうとこもおれはだいすきだけど!」
「
……
あんたのテンションには、マジでついていけなさすぎるんだけど。っていうか何この部屋。いくらなんでも散らかりすぎだから!」
「んあ?作曲にむっちゅーで気が付かなかった!」
こっちに謝らないで、あんたの部屋に謝ってくれる?
―――
腰に手を当てながらレオを見やると、レオは「怒ると、キレーな顔が台無しだぞ!」と上機嫌に微笑んだ。相変わらず空気というものを読まない男である。泉は呆れ返った表情で右手を振った。
「
……
まぁ、ちゃんと仕事してたみたいだし。許してあげないこともないけどねえ。
…
でも、これだけは言わせてくれる?急に叫ばないでよね。チョ~驚いたんですけどぉ」
「わりっ!驚かせた!?」
「飛び起きたって感じ」
「ごめん、ごめんっ!それはそうと、おれのはなし聞いて!」
ぐるぐる回り続けるキャスターに急ブレーキを掛けると、レオは大げさに跳躍して椅子を飛び降りた。
「あのな、セナ!」
「はいはい、なぁに?」
成人済みの男性とは思えないほど無垢な笑みが駆け寄ってくる。泉が腕を組みながら相槌を打つと、レオは泉の両肩をぐらぐらと揺さぶった。
「とうとう完成したんだよ、おれの愛しの音楽たち!」
「見ればわかる」
正確には「聞けばわかる」である。あれだけの声量で「できた」と叫ばれたのだ。嫌でも状況を把握してしまうに決まっている。泉のそっけない対応に、レオは「むむ」と眉を歪めた。
「
……
セーーーナーーー。おれいっつも口を酸っぱくして、梅ぼしLv.99のステータスMAX状態で教えてるだろ~?淡泊な表現方法で完結しようとするのはよくないぞ、脳の退化に繋がりかねない愚行だっ!こういう時はだなあ、頭の中の図書館にある辞書を全巻いっぺんに引きずりだして、独創性に溢れる言葉たちをインスピレーションで呼び覚まして
―――
」
「
…
あのねえ。あんた、ここ一ヶ月くらいずっと缶ヅメ状態でしょうが。ちょっとは休憩でも挟んだらどうなの、せっかく新曲が完成したことなんだしさぁ?」
「あーっ、そうそう!完成したんだよ、ほら!」
レオは机上に積み重ねられた十五枚の紙をかき集め、憮然と立ち尽くしている泉に差し出した。隠居生活の末に完成させた、”新曲”の楽譜たちである。
夢ノ咲学院卒業とともにアイドル活動を引退したレオは、プロの作曲家として活動している。レオの作曲は音楽業界でもすこぶる好評で、書き下ろしアルバムのリリースも決定していた。今回も新曲を書き上げるため、部屋のなかで黙々と創作活動に明け暮れていたのだ。
子どもの落書きのように連なった音符のメロディーは、泉にはさっぱり読めないけれど
―――
苦闘の果てに生み出された楽譜であることは、素人目にも理解できる。レオも無邪気に笑い呆けているが、顎のラインがいささか細くなっているように見えた。そういえば作曲活動が佳境に入ってから、食事を幾度も抜いていたような気がする。
今日はちょっと奮発して、美味しい料理でも作ってあげようか。ご飯も多めに炊いてあげたほうがいいかもねえ。ふだんは胃が細いくせに、作曲後のこいつはわりと食べるほうだから。おかわり!って言われたら、困るしねえ。
―――
夕飯の光景を想像しながら、泉はレオの輪郭に細長い指をそえる。
「
…
王さま。
……
お疲れ様」
労いの一言に、レオが茶目っ気たっぷりに瞳を細める。「なにか食べたいもの、ある?」と続けようとして、泉のからだが突然ふわりと持ち上がった。いわゆる”お姫様だっこ”で抱えられていることに気が付いたのは、三秒後のことだった。
「
…
は?」
泉はくちびるを半開きにしながら、レオを見上げる。にしし、とイタズラめいた笑みが咲き誇り、泉の頭上に疑問符のかたまりが飛び交った。コイツはいったい何をやらかすつもりなわけ!?
―――
いやな予感が文句の一声にすり替わる直前に、レオはわはは、と笑い声を響かせる。
「セナ!おれはおまえがだいすきだ!」
「は?いきなり、なに?っていうか、降ろしてほしいんだけど」
「むりむり、だって急行列車だから。各駅停車じゃないから。終点まで暴走機関車だからっ!いい加減、発車していい?というか発車するわ!」
「発車って何。ねえ、何なの。ちゃんと日本語使ってくんないと困るんだけど!」
「無限の彼方へ さあ行くぞーっ!宇宙防衛隊のスペースレンジャー・月永レオ、ただいま参上~!」
「ひとの話を聞けこの社会不適合者、ちょっ、待っ、チョーうざい、待っ待っ、ちょっと
…
!」
「わはは、宇宙の車窓からーっ!ナレーションは月永レオがお送りします、うっちゅ~~~!」
生きてるって楽しいなあ~!そうだろセナ~!わはははははは~~~!
―――
穢れを知らない眩しげな笑みが解き放たれる。レオは泉のからだを抱えながら、メリーゴーランドのようにくるくると踊り始めた。物置きと化した机、色ペンで綴られた楽譜、皺だらけのベッド、食べかけのカップラーメン
―――
レオの部屋を彩る一つひとつの景色が、泉の視界に飛び込んでくる。酔狂な振る舞いにも程がありすぎるのではなかろうか。ふと逸らした視線の先で、煌めく宝石を彷彿とさせる翠の眼とぶつかった。泉はくちびるを噛みしめて、頬に浮き上がる熱を押し殺す。姫抱き状態でぐるぐる回るだなんて、こんなの、昔の洋画に登場する仲睦まじいカップルみたいに。
「
…
ねえ、バカじゃないの!?」
「おれはバカじゃないぞ、だって天才だから!もしかしたらミューズの女神に加入する、十人目の新メンバーになれるかも!?」
「これ以上アホなこと言うの止めてくんない!?というかあんた、知ってんの!?バカと天才は紙一重って言葉をさぁ!いいかげん降ろして、というか降ろせ、このバカ殿!」
「わははははは、セナのせいだぞーっ!セナという存在が、おれの心をわし掴みにして離さない~っ!」
「ひとのせいにしないでくれる!?ばか!ばか!ばか!」
「おれはだいすきだ!あいしてるよ!うっちゅ~爆発~!ドーン!!」
「わっ」
ぽふ、と柔らかなシーツの着地音が響き渡り、ふたりの身体が同時にベッドの上へと倒れ込む。レオはあはははは、と笑い飛ばすと、雲一つない快晴の空に寄り添うように天井を仰いだ。
「ちょっと!急に放り投げないでよねえ!」
「だってフツーだと、つまんないじゃん~!」
レオは身体ごと泉に向き直って、愛嬌たっぷりに頬を緩ませた。歳を重ねて成人男性の顔つきに変化しつつあるけれど、出会った頃の少年らしさはちっとも失われていない。レオはいつだってそうだった。昔も、今も、そしてこれからの未来も。ひだまりのような光とともに歩んでいくのだろう。
(コイツは超絶劣化、なんて、きっと言われないんだろうね。この先、ずっと)
脳裏に焼きついた液晶画面がフラッシュバックする。忘れようとしていたはずの記憶がふいに呼び覚まされて、泉は眉間にしわを寄せた。見ず知らずの人間から貶されることには、キッズモデルの頃から慣れているはずなのに。胸に引っ掛かりを覚えてしまうのはきっと、今がしあわせすぎるから。二十代と十代を比較されたあの写真のように。目の前の今は、いつかは過去の産物になってしまうから。
「
…
ん?
……
なんだなんだ、急にどうした?」
特徴的な高笑いをぴたっと止めて、レオが顔をぐっと近づけてくる。別の世界に飛び去っていったかと思えば、超特急で踵を返して戻ってくる。月永レオはそういう男なのだ。いっそ突き放してくれたら、きっと楽に割り切れるのに。
―――
いつだって自己中心的に考えてしまう自分がいやになる。まったく厄介な女であると自嘲気味に思った。真の社会不適合者は存外、レオ以上に自分なのかもしれない。泉は寝返りを打って、レオに背中を向けた。
「
………
何でもない」
「何かあるから、そっぽ向くんだろ。妄想のしがいがないぞ、セナ」
「
………
何でもないってば」
「ほんとうに何でもないヤツは、何でもないなんてわざわざ言わない」
背中越しにレオが語りかけてくる。表情はいっさい見えないが、声色はあからさまにやきもきしていた。
予測不可能の王様のくせに。破天荒なパフォーマンスが得意なくせに。こういう時だけ。
―――
泉は身体を丸めてシーツを握り締めた。
「
……
それに、おれのインスピレーションが”なんかある!”って告げてるんだから、なんかあったに決まってる。なあ、なんかイヤなことあったのか?それは、おれの妄想を超越するぐらいイヤなこと?考えさせてもくれないの?
……
なあ、なんか言ってよ。
………
なあ、セナ」
おまえにそんなふうにそっぽ向かれると、さすがのおれも寂しいぞ。
―――
子犬のような情けないトーンが聞こえて、泉はゆっくりと目を見開いた。
「
…
王さま」
もぞもぞと身体をよじって、もう一度レオを振り返る。レオは眉をひそめて、へそを曲げていた。先程までの笑顔はどこにも見当たらない。すべて自分が奪ってしまった。
泉はおもむろに腕を伸ばして、レオのつむじを静かに撫でた。
「
……
そんな顔しないでよ。あんたに暗い顔は似合わないでしょ。
……
マジで重罪を犯した気分になっちゃう」
「だってさあ。
……
おまえが不安そうにしてると、頭の中に思い描いたメロディーがぜんぶ消えていくんだもん。なぁんにも面白くない。どんな妄想を繰り広げたって、全然つまんない世界になる。
……
こんなふうに、陳腐な表現しかできなくなっちゃう。
……
歴史的遺産の、損失だ」
「
……
ごめんね」
不貞腐れるレオの頭を、腕のなかに抱え込む。「むぐぐ」と呻くレオに、泉はふふ、と笑った。
「
……
あのね。
……
ネットで、”瀬名泉 超絶劣化”とかいうアホみたいな記事を見ちゃっただけだから」
「れっか?
……
おまえが?」
「そう。
……
ほんっと頭くるわけ。17歳のKnights時代が一番よかったとか、あの頃の透明感が処女と一緒に喪失してるとか。匿名の外野がチョ~ウザイ!」
レオが「そうか」と一言だけ呟く。こういう時に限って、冗談は飛んでこない。
「
……
ちょっと不安定な気持ちになっただけ。
……
ああ、でも、誤解しないでよね。
……
女って、基本的にめんどくさい生き物だからさあ。生理前後って、浮き沈みが激しいんだよねえ。マジでしょーもないことで苛々するわけ」
「
……
ふーん」
「
……
別にあんなこと書かれたって、平気だし。ちっとも傷ついてなんかないし、それに」
「セナは、いつだってキレイだぞ」
レオの手のひらが泉の頬に触れる。指先の温かさが肌を飛び越えて、血流の隅々に滲んでいくようだった。
いつだって、キレイだぞ。
―――
レオはそう言ってくれるけれど。でも、きっと。そのうち、いつか。レオの背中に回した五本指が固くなる。
「
……
嬉しいけどさあ。
……
”キレイだぞ”って、そう言ってもらえるのは。
……
きっと今だけなんだよねえ」
「セナ?」
「だからさあ、王さま。
……
”キレイだぞ”から、”あのころのおまえはよかった”に変わる前に
―――
」
私のこと、たっぷり褒めてよねえ?
―――
泉は何万人ものファンを虜にしてきた角度で首を傾げてみせた。それは十数年のモデル経験から生み出した特技でもあった。ところが甘やかな笑みに対するレオの反応はない。
「
…
王さま?」
「セナ!」
泉が呼びかけると、レオは突然からだを起こして、その場にあぐらを掻いた。
は?急にどうしたの?
――――
困惑する泉をよそに、レオは手の甲で唇を隠しながら、「こほん」と咳払いをする。泉もつられて起き上がり、あひる座りの状態で正面のレオを見つめる。英国紳士のように背筋を伸ばしたレオが、思いきり息を吸った。
「
…
『瀬名先輩は、うっちゅ~いちmarverousなprincessです!』」
「
……
はあ?」
心臓の位置に片手を沿えながら、品のある振る舞いをこなす”誰か”のモノマネ。その姿は、かつての後輩に似ていた。不登校に陥ったレオを学院に呼び戻し、Knightsに革命をもたらした”あの子”の姿が、泉に視界いっぱいを埋め尽くす。
「
…
かさくんのマネ?」
泉が疑問形を投げると、レオはあどけない顔つきで八重歯を覗かせる。
「おおっ、さすがおれのセナ!ファイナルアンサー大せ~かい!」
「
…
かさくん、『うっちゅ~いち』とか、言わなくない?」
「
…
『あらやだ、泉ちゃん!いちいち細かいことを気にしちゃダメよぉ~♡でもアタシは、そんな泉ちゃんがだぁ~いすき♡』」
今度は唇を尖らせて、甲高い声を響かせる。恋愛相談ならいつでも受け付けるわよ、お姉ちゃんになんでも言ってね。そう笑って、しょっちゅうウインクを飛ばしてきた変わり者の後輩。
「
…
なるくん?」
「おおっ、二連続でせ~かいだっ!」
「本家よりオカマっぽいとか、マジで無理なんだけどぉ~?」
「『セッちゃん』」
モノマネ大会は延々と続く。レオは目の端に指を沿えて、めいっぱい斜め下に引き延ばした。吊り上がった翠の瞳が、気怠げな垂れ目に変化する。同い年であるのに一個下の学年にいて、事あるごとにちょっかいを出してきた生意気な男の子。
「
…
『セッちゃん、合否判定が厳しすぎじゃない?王さまのモノマネショーを見られるなんて、宇宙一の幸せ者じゃん。睡眠時間を引き換えにしてでも見ていたいねえ、ふあぁふ
…
♪』
「何それ、くまくんのつもりなの?ねえ、くまくん、絶対にそんなこと言わないよ。似てない。だってあいつ、三度の飯より睡眠タイムじゃん」
「『俺はくまくんだよ。本物だよ。いないいないばぁ~』
「はあ?似てないっての」
「『ほぉらセッちゃん、見て見て~~~♪』」
「似てない。マジで似てなぁい、ふふ、似てないってば。似てな
―――
」
僅かな笑みが零れた瞬間、泉の頬がレオの両手に覆われる。やわらかい唇の感触が伝ったのは、その直後のことだった。優しい熱が薄い皮膚を伝って、頭の奥になだれ込んでくる。ほんの数秒間のくちづけであるはずなのに、永遠のひとときを感じさせるには充分の長さだった。
「ようやく笑ってくれた!」
レオは人懐こい笑みを咲かせながら、泉のくちびるを親指でなぞった。
「おれは、セナのことが宇宙でいちばん大好きだ」
レオは泉を包み込んで、自身の鎖骨に押しつける。泉がおそるおそるレオの背中に手を回すと、ぎゅう、と強引に抱きしめ返された。
「周りの奴らがおまえのことをどんなに小馬鹿にしたって、おれはおまえのことがいちばん大好きだよ」
「
…
なに、急に。
…
急に、なに言って」
「世間はすぐに甲乙の二択で評価したがるけど。
……
でも、キレイとか、キレイじゃなくなったとか、そんなのおれにはどうだっていいんだ。だって、セナはセナだから。
……
おれはおまえのキレイな顔が大好きだけど、そんなもん付加価値でしかない。きちんと芯を持っていて、おれのことをいつだって待っててくれて。そんなセナだから、おれはセナのことが大好きなんだ。おまえがいると、谷底に落っこちたメロディーも、春風に乗って蝶のように浮上する。おれの音楽のなかには、いつだって、セナがいるよ」
「
……
王さま」
「だから。おまえがおばさんになっても、おばあさんになったとしても。どんなに姿が変わったとしたって、おれはおまえの姿をいつだって見つけるよ」
いちどは逃げ出したこともあったけど、今度はもう逃げないからさ。だからおまえも、おれのことをずっと大好きでいて。おまえのこと、ずっとずーっと笑わせてあげるから。
―――
レオが屈託のない笑みを向けるので、泉はふいに泣きたくなった。しかしながら"瀬名泉"のプライドでぐっと堪えて、目尻に溜まった熱をくちづけで無理矢理ごまかすことにした。ふたりの身体がもういちどベッドに沈んでゆく。「いいの?」とレオが尋ねるので、泉はおもわず笑ってしまった。そんなもの、いいに決まっている。だって王さまと一緒だから。ふたりだけの世界にどうか私を連れていって。そう願うこころはたぶん温かな幸せに満ちている。
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