柩木
2024-02-11 18:36:02
2923文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|君が見た夢は

ピノコニー出立前の丹穹。ストーリーのネタバレを色々含みます。



跳躍が終わり、いよいよ次の目的地であるピノコニーに停車した星穹列車はどこか忙しない。今回は下車しないと決めた丹恒からすれば、荷作りにせいを出す面々を他人事のように見ていられるから尚更そう感じるのだろう。
列車の中はあと少しすれば静かになる。喧騒よりも静寂を好ましく思う丹恒ではあったが、それはつまり、穹ともしばらくは会えなくなるという事でもあった。ピノコニーを満喫してきてくれと言った以上、引き留めたりはしないが、胸の内側に僅かな、しかし確かな隙間が出来たような心地がする。丹恒の隣に穹がいる。星穹列車のナナシビトの中では知り合って一番日が浅い彼の存在が、離れがたく思う程にどんどん大きくなっていく。
穹が資料室を訪ねてからまだそう時間は経っていないが、彼らはもうホテルへ向かっただろうか。見送りくらいすれば良かったかもしれない。そう後悔しかけたところで無遠慮に資料室のドアを開ける音がした。

「丹恒!」

たった今、会いたいと思っていた穹が、小さなトランクケースを持ってそこに立っていた。
列車に乗って間もない穹の荷物は、案の定というべきかとても少ない。旅行に持っていけそうなトランクやスーツケースも持っていないと言うので、丹恒が持っている中でも小さめのトランクを貸したのだ。荷作りも少しだけ手伝ったが、一時の別れを寂しく感じる程度にあっさりと終わってしまったのが、つい先程までの事である。

「どうした。忘れ物か?」
「うん。充電忘れた」
……スマホの充電器のことか?」
「いや、俺の充電」

言いながらつかつかと早足で近付いてくる穹は、歩く途中でトランクを床に置くと、そのまま丹恒に向かって両腕を広げ、背中側から抱き付いてきた。腰に抱き付くのではなく腕すらまとめて腕を回されて丹恒は身動きが取れなくなる。

「このままトランクに入れて持っていけたらいいのに」

ぼそっと呟かれた言葉だったが、抱き付いてきた穹は丹恒の肩に額を押し付けるような体勢で落ち着いた。そんな近距離なのだから聞き逃す訳がない。
彼らしい突拍子もない台詞に自然と口角が緩くなる。

「俺はぬいぐるみじゃないぞ」
「分かってる。分かってるけどさぁ……

比較的自由に動かせる肘から先を動かして穹の手を撫でた。すると撫でた手が丹恒の手を絡めとり、指を絡ませて、所謂恋人繋ぎの形に落ち着く。

「俺が先にピノコニーを体験してくるから、それで……。ごめんやっぱなし。苦手だって分かってるのに」

騒がしい場所はあまり得意ではないと穹に宿泊の権利を譲ったが、丹恒にはさらに別の理由もあった。勿論先に述べたことも事実だが、正直に言うと夢というものにあまり良い印象を抱いてはいない。丹恒にとって夢とは過去を映し出すものであり、一般的には悪夢と称されるだろうものであった。
眠れない夜もあった。眠るのが怖いとため息をつく夜もあった。眠らなくて済むようにアーカイブを読んで過ごした記憶もある。丹恒が見る夢には、幸福や希望といった前向きなものはいつだって含まれていなかった。
そんな経緯もあるので、ピノコニーに魅力を感じないのは必然といえる。だから穹は誘いの言葉を途中で切ったのだろう。

……夢見が悪いと苦労するな」
「だな。丹恒は、俺がいなくてもちゃんと寝られる?」

抱きしめる穹の腕がより一層強くしがみついてくる。言外に寂しいと訴えているようで、丹恒も繋いだ手にぐっと力を込めた。

「多分な」
「そっか」
「お前はどうだ。俺がいなくても寝られるか?」
「俺は、覚えてない時の方が多いから、多分平気」

そのやり取りを最後に沈黙が続き、抱きしめあうだけの時間が流れた。

「よし、充電終わり。行ってきます!」
「ちょっと待て」

あっさり離れていこうとする穹を、繋いだ手を離さない事で引き留めた。そのまま手を引いて向かい合うよう体勢を整え、丹恒は穹の唇に自分のそれを重ねる。
触れるだけ。たった一瞬のことだ。小さく音を立ててすぐに体を引いた丹恒は、不意打ちのキスを受けて顔を真っ赤に染めている穹を見て、心の隙間が埋まっていくのを感じていた。

「な、なんでこのタイミングで? 今の俺絶対顔赤い……
「気を付けて行くんだぞ」
「これじゃ行こうにも行けないって!」

穹は顔を両手で扇いだり、包み込むようにして冷ましながら資料室を出ていった。まるで嵐が過ぎ去った後のようで、部屋に残った丹恒は一人息を付く。丹恒に抱きついていた時は気落ちしていたようだったが、去る直前の穹は晴れやかな笑みを浮かべていた。
改めて穹を送り出した丹恒は、作業を再開させる前に一度小休憩を取ることに決めた。今ならラウンジの車窓からホテルに向かう彼らを見送れるかもしれない。
そうしてたどり着いたラウンジにはパムの姿しかなかった。列車組は勿論、来客も時折やって来るするラウンジは静まり返っている。
丹恒はパムに近付き、出立した彼らについて二、三話をした。招待された身なのだから、相手に失礼のないよう振る舞ってくれたらと心配する一方で、姫子とヴェルトが一緒なのだから滅多なことは起きないだろうと結論付ける。
ただ一つだけ、とパムが懸念を口にした。

「穹は憶域への耐性が低いようじゃ。そこは心配だな」
「耐性が低い……?」
「ん? その様子だと、穹はおぬしに何も聞かなかったのか」

穹は気になることがあれば丹恒を頼るのに、と疑問に思いつつパムが教えてくれたのは、跳躍後のラウンジで穹の身に起きた事だった。
跳躍を終えてもなお眠っていた穹が文字通り飛び起きると同時にボロボロと涙を流して、訳が分からないと戸惑っていたことを知った。それに関してパムは憶域の影響だろうと説明し、詳しく知りたければアーカイブを調べるよう勧めたらしい。
結果として穹は口を噤むことを選んだようだが。

「あいつ、また……

そんな素振り一切見せなかった。いや、出立直前にも関わらず丹恒の元へ訪ねた行動が、ある種の主張だったのかもしれない。

――俺は、覚えてない時の方が多いから、多分平気。

あの台詞は、丹恒との会話の裏で、穹自身に言い聞かせる為に発せられたものだった。そう考えると納得がいく。先程の行動は普段の彼からすればあまりにも弱気だ。新しい星の開拓には乗り気なのが穹であるというのに。
以前ヤリーロⅥの式典への出席を辞退した時は穹の反応も今回よりあっさりとしていたように思う。あの時よりも親密度が上がったと言えば聞こえは良いが、仮に今回の旅路に不安を感じていたとしたら、あの行動の意味は――
そこまで考えて丹恒は考えるのをやめる。でないと、列車を降りたばかりの穹を追って、行くなと引き留めてしまいそうだった。
これから何か起こると決まったわけではないのだから、今は自分のやるべきことをこなさなければ。