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望月 鏡翠
2024-02-04 22:40:07
7602文字
Public
世界観共有
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13、狐疑逡巡
ブツメツフツマ/平 均
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永遠に思われる、長い一日が終わった。
本当は休んでいる暇などないのかもしれないが、そうは言っても人間は二十四時間動き続けられるようにはできていない。風呂に入り食事をし睡眠を取らなければ、明日は戦えない。
ドッ祓いが続いて、日月に疲労が溜まってきたあたりで、二人は寮に引き上げた。学生寮内部が安全と決まったわけではないが、生活の拠点だ。優先的に敵に排除は済んでいる。
それに心労標識は群体で出現するから厄介だが、数はともかく残留祈念のように動き回って攻撃してくることはない。一度安全圏を確保したら、その中では安全に生活することができる。体の一部や全体が標識化した人たちのことはひとまず今は考えないようにする。
解呪はその道の専門家に任せるしかない。もっとも手っ取り早いのは、呪いの元である七億不思議を完全に滅してしまうことだ。七億年スイッチと違って、被害者に影響を与えた個体を払っただけでは、影響から脱することはできないらしい。
即座に判断しなければならないという緊張が常にあったから、安全な場所に来たと思った瞬間に体から力が抜けてへたり込んでしまった。
もしかしたら自分の体の一部も、標識化していたかもしれない。
今更ながらに冷や汗がどっと噴き出してくる。
「お疲れヘーキン」
「お疲れ。あー、疲れた。早く帰って、寝て、休もう!」
学食は生きている。というよりも、職員の人たちは一般人だろうから、校舎の方で何かが起こっていることは知っていても、具体的にどんな非常事態に見舞われているのかは、知らないままなのかもしれなかった。
部屋に戻ったら明日のために、カラーボールの補充を忘れない。
一日ボールを投げ続けていた日月は、やることが多い。肩を冷やし、ストレッチで体を解す。平はそれを手伝い、場合によっては一緒に付き合う。ベッドの上でストレッチをしていた日月は、ふと何かを思い出したように、顔を上げた。
「そういえば、ヘーキンて胸派なのな」
ペットボトルの中身を勢いよく噴き出し、平は慌ててタオルを取りにクローゼットをひっくり返した。
咳き込みながら、日月を睨むと真顔でじっと見つめている。
「そこ掘り返すとこなの!?」
「いや、そういうの全然話さなくねと思って」
確かに改めて話すようなことでもないし、きっかけもなかった。
二人が主に話すのはドッ祓いについてのこと。命に関わることでそれが最優先だったのだから、仕方がない。相罠関係になる前は話す機会も薄かったから、情報共有はしたものの、そういう他愛のない話が欠けているのかもしれない。
「いや、強いていえばだよ。見ちゃうのはまぁ、
……
そう。日月は尻はなんだね」
問い返されても恥じらう様子はない。
「やっぱ、動けた方がいいし」
「そ、そうなんだ
……
。日月って大人だね」
「ちが、そういう意味じゃないからな!?」
流石に顔を赤くして日月が否定する。
どういう意味なのかという追求までは流石にしなかったが、単に目が惹きつけられるというよりも、一歩踏み込んだ興味であるのは間違いない。
「あ~、でもチームの奴も胸派多かったよ」
チームという言葉に、聞かないでいた質問の答えを得る。日月の投球は、単に祓うために練習したという風ではない。グローブの手入れに対するこだわり、ストレッチやテーピングの知識。アイシングの道具を持っていることも含めて、どこかで野球をやっていたんだろうとは想像できていた。
ただ、今はやっていないのも確かなのだ。
日月本人が語らないことを、平は今まで聞くことをしていなかった。
「どっかでやってたの?」
野球を、と言わなくても日月には伝わった。
「小中、九年間。プロも目指してたんだけど
……
」
そこで日月は言葉を切った。
心の重石を除けるのに必要な時間は、九年間が彼の人生にどれほど長い時間だったのかを示していた。
「騙してたわけじゃない。だけど理由がダサいから今まで流してた」
「騙されてはなくない?」
平は首を傾げた。
「そうか? そうかも」
野球をしていなかったとも、していたとも言われていない。聞いていないから、誤魔化されてもいない。ただ想像はしていた。その想像を元にして何かを期待していたわけでもない。
「野球の方が大事だったからドッ祓いの練習真剣にやってこなくて今こんなに差付けられてて、ヘーキンに申し訳ないよ」
日月が頭に思い浮かべているのは、今までその実力を目の当たりにしてきた名だたる霊能者たちのことだろうか。非常勤講師たち、あるいは学生であっても、日月よりもずっと強い力を持って、堂々と戦っているものたちはいる。
「あー、でもなんかああいう人たちって家がそうじゃん」
例えば追食 ひもす。家に伝わった技を受け継いでいて、きっと卒業したあともそれを続けていく。霊能者として生きることが、決まっている人たちだ。
「別に一生祓魔師なわけじゃないでしょ。
……
ないよね?」
なんとなくそう思っていたが、直接聞いたわけではなかった。
「卒業したらどうするの?」
「進学するつもり。うち親が視えないし何も知らない人だからさ」
「じゃあ別にいいじゃん。仕方ないよ」
そんな風に思えてしまうのは、平が心の底から打ち込むものがないからなのかもしれない。だが一生の仕事にするだけの覚悟と期待を背負っている人と、そうでない人との間にはどうしたって溝が生まれるのは当然だと思ってしまうのだ。
たとえそれがスポーツでも音楽でも、趣味であればどんな実力でも本人が望む限りは続けていける。だが、仕事にしようと思ったら別だ。そこには相応の実力が求められる。及ばなければ線を引かれ、切り捨てられることもあるだろう。
だからこそ、全力で食らいつくのだ。
だが将来に他の選択肢がある人間は、そうではない。他の道に進むための余力を残しておかなければいけない。日月も、平もあくまで学生だ。特に平は、卒業をしたら霊能者とは縁がなくなり、完全に日常に戻る。特待生のような生活や成績に関する優遇もない。
だから、勉学のことが頭を掠めるのは当然だ。
人の命のために戦っている。それがどうでもいいこととは思わないが、それはそれとして自分の人生がある。
「弱いせいで危険な目に遭うことだってあったのに、そんな風に言われると思わなかった」
日月は驚いた顔をしたあと、表情を崩した。
「そんなこと気にしてたんだ。できる範囲でやるしかないじゃん。天才にはなれないんだしさ」
中庸。平凡。平均値。
そんな己を憎いと思っても、それ以上のものにはなれない。
「こんなに気が楽になるならもっと早く言えば良かったじゃんな! サンキューな」
「俺ももっと聞けばよかった。まだちょっと、遠慮してるのかも」
人に話したら、案外大したことはなかったりするのだ。
進路に悩んでいたという描上は、こんな風に話す相手はいなかったんだろうか。
標識に変わってしまったという先輩のことを、思い出し胸が苦しくなった。
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