薔薇を贈る日

前半はジール&ファル、後半はジルフリの話。



 ひらひら花束を振る後ろ姿を見送ったあと、フリアレーナに入室を促す。彼女はジルヴェンドを見上げ眉根を寄せた。

「お邪魔をして申し訳ありません。少し時間をずらせばよかったですね」
「いきなり来て、好き勝手していたのはあいつだ」

 だから気にかける必要はない。そう言って応接椅子に身を預ければ、困ったような微笑みが返ってきた。

 彼女が生家から連れてきた気に入りの使用人メイドエルタナがてきぱきとお茶の支度を整えていく。
 数ヶ月後に挙式を控え、ともに多忙の身であるジルヴェンドとフリアレーナ。ふたりにとって定期的に開いているこの〝お茶会〟は情報交換を最大の目的としたものだ。幼少の頃より文のやりとりはしていたがこうして顔を合わせ言葉を交わしてみるとお互いの考えや趣味嗜好についても知らないことが多く、毎度小さな発見の連続だった。
 ふわりと鼻腔をくすぐった甘く華やかな香り。卓上に飾られた一輪の白薔薇にジルヴェンドは目をすがめた。
 よくある白一色のものではない。ほんのりと淡い薄紅色に染まった中心を、純白の花びらが外からやわらかく包みこむように咲く品種だった。つい最近見た覚えがある。
 対面に腰を下ろしたフリアレーナはああと口を開いた。

「せっかくですので持って参りました」
返品か」
「いえ。とても綺麗でしたのでわたしひとりで愛でるよりも、と。過分な贈り物をありがとうございました」

 フリアレーナは小さく頭を下げ、すっと居住まいを正した。

「ひとつお願いがあるのですが、今日はわたしから先にお話ししてもよろしいでしょうか」

 臆することなくまっすぐに射抜いてくる青灰色の瞳をジルヴェンドは存外気に入っていた。だが顔には出さずに頬杖をつくと、目で話の先を促した。
 フリアレーナの視線はしばらく薔薇に留まった。やがて話し始めたのはフリアレーナに仕える使用人ミオラについてだった。エルタナとともに遠路はるばる付き従ってきた年若い侍女で、くるくるとよく働くことはジルヴェンドも知っている。

「ミオラは、いつもは快活で気のいい子なのです。ですが今朝の彼女は顔色が悪く、違和感を覚えました。病を疑いましたが本人は頑として認めません。そのうちに泣き出して、」

 ジルヴェンドは黙ったままカップを口に運んだ。話の全容が見えてこない。
 フリアレーナの手もゆっくりとカップに伸びた。

「数が合わないと言うのです。ジルヴェンドさまからの薔薇を預かって、通った場所はくまなく探したけれど見つからなかったと。……お願いですジルヴェンドさま。ミオラを咎めないでやっていただけませんか」
「咎める? 私がか」
「花をなくしたことは問題ではありません。わたしの手元に届いたのが十一本である点に意味がある。ジルヴェンドさまに相応しい妻となるのにあと一歩が足りないと、それが薔薇に現れたのでしょう」

 フリアレーナは目を落としていたカップに静かに口をつけた。
 沈黙の落ちた室内にジルヴェンドのカップを置く音が響く。背もたれに背を預けると、おもむろに両腕を組んだ。

「問題ない。薔薇は始めから十一本だ」
「え……ですが今日は十二本の薔薇を贈る日では」
「夫婦間では十一本と思ったが?」

 青灰色の双眸が丸く見開かれる。知らなかったのかと問えばほんのりと頬が薄紅色に染まった。
 フリアレーナは俯き気味に、両手でカップを口許に寄せた。

「わたしたちはまだ、正式な夫婦では……
……確かにそうだな」

 視線を外し、ジルヴェンドは思案げに口許に手をやった。夫婦になることが決まっているとはいえ今の関係性はあくまで〝婚約者〟。折々の贈り物は無下にしない方がいいだろうと、その点にのみ気を取られ深く考えることをしなかったのはジルヴェンドの落ち度だ。

「お許しくださいませ。思い至らず、もしや試されているのかとも思っておりました……やはり未熟でございます」

 恥じらいの籠もった囁きがぽつりと落ちた。ジルヴェンドは足を組み替え、小さく息をついた。

「私も似たようなものだ。この際に聞いておきたい。何を贈れば喜ぶか。困らせる物を贈りたくはない」
「ジルヴェンドさまから頂けるならばなんでも嬉しく思います。……ああ、でも」

 フリアレーナもカップを戻す。そうしてジルヴェンドを真正面に見つめた。

「もともと白い薔薇は好きなので……これは本当に嬉しく思いました」
……そうか」
「次はわたしからも十一本贈らせてくださいませ」
「いや、薔薇はいい。あいつの顔が浮かぶ」

 思わず口許を歪める。まあと丸く見開かれたフリアレーナの双眸は、やがてやわらかく綻んだ。



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