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りつか
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小説
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薔薇を贈る日
前半はジール&ファル、後半はジルフリの話。
1
2
コココン、とリズミカルなノック音が響いた。ジルヴェンドの耳がその音を拾ったとき、室内にはすでに来訪者の姿があった。
昔からそうだった。いや、それ以下か
――
。同じ部屋を共に使っていた幼少期、あいつは何の前触れもなくバンと扉を開けて飛びこんできていたから。
一人部屋を与えられてからは入室前にまずノックするのが礼儀だと教えこんだ。おかげで扉を叩くことだけは習慣づいた。だがそれだけだ。せめて一呼吸分の間を置いてから入ってこいと繰り返しているがどこ吹く風。現在に至るまで全く改善はされていない。おかげでもうすっかり諦めてしまっている。
のんびり近づいてくる気配に構うことなくジルヴェンドはペンを走らせる。
やがて隣にやってきた
弟
ファーライル
はジルヴェンドの手元を覗きこんだ。何を言うでもなくじっと見下ろしてくる気配はさすがに鬱陶しい。と思えばそのうち「あれっ」と怪訝な色の声が降ってきた。
「なんだよジール、恋文かと思ったのに」
「
……
なんの話だ」
「ほら、フリアちゃんに熱い想いを綴ってるのかなーって」
「おまえの頭には
そういうこと
しかないのか。帰れ」
「お兄ちゃん冷たぁい。せっかく愛する弟が訪ねてきてるんだぜ? もっともてなして。歓迎して」
猫なで声とともに背後に回ったファーライルの手がジルヴェンドの両肩を揉む。あからさまな〝ご機嫌取り〟にふーっと溜息をひとつ、ジルヴェンドはその手を剥がして部屋の一方向へ向けた。
「おまえの用はあれだろう。早く持っていけ」
部屋の片隅に設えられた応接テーブル。そこに花束が置いてあった。小一時間ほど前に
使用人
メイド
がおどおどと持ってきたものだ。真っ赤な薔薇ばかりが包まれてあれば誰が欲した物かは一目瞭然。
「ここは受け取り口じゃない。迷惑だ」
「あれ、ジールのだぜ」
「使用人はおまえに頼まれたと言っていたぞ」
「そう。だからジールの分」
ジルヴェンドの眉間に深いしわが刻まれる。何を言ってるんだこいつは。
当のファーライルは戒めが緩んだのをこれ幸いと抜け出した。件の花束を手に、その本数を確かめながら戻ってくる。
「今日は〝愛する人に薔薇を贈る日〟じゃん。十二本贈ると幸せになれるって言うだろ。愛を誓って幸せになってよお兄ちゃん」
花束を差し出し、ファーライルは爽やかに片目を瞑る。ジルヴェンドが用意したことにして渡せと言いたいらしい。既視感があるうえに大きなお世話である。
ジルヴェンドの双眸がすうっと半眼に閉じられた。氷を思わせる鋭さで
睨
ね
めつければ大抵の人間は青い顔をして謝るか、耐えきれずにそそくさと退室する。だが弟は口角を上げにこにこと朗らかなままだった。同じ遺伝子を持つ片割れだから効かないのではない。
睨まれ慣れてしまっている
。
ジルヴェンドは腰を上げると彼の身体を反転させ、扉の方へ押し出した。
「必要ない」
「おれが代わりに渡してきてやろうか」
「ファル。私を気にかける暇があるなら自らのために使え」
背を押す力に抗いながら歩いていたファーライルはきょとんと瞬く。足を止めたジルヴェンドが「やることは幾らでもあるだろう」と渋い顔を見せると途端に向こうも浮かない顔つきになった。
「
……
おれだって何も考えてないわけじゃない。せっかくのチャンスだしな。でも十二人に絞れって条件がさぁ、まず厳しいじゃん?」
「絞る?
……
おまえ、何を言ってる」
「おれ、みんなのファルくんだし。女の子に順番なんてつけられないだろ。みんなそれぞれに違う魅力があって、それぞれに可愛くてさ。なのに薔薇は十二本しかないんだ。渡せるのはたった十二人」
――
目眩がした。
押し黙ってしまった兄にファーライルは花束を押しつけた。わざとらしく泣き笑いの表情を作り「おれの分まで幸せになって」と畳みこまれるといよいよ何も言えなくなる。これが〝同じ血を分けた兄弟〟だと?
だがしかし。馬鹿馬鹿しいから放置するというわけにもいかない。ウィンザール家の未来のためにも色ボケした根性は叩き直さねばならない。それができる人間は限られていて、幸か不幸かジルヴェンドはそのひとりなのだ。
覚悟を決めるのに要したのはほんの数秒。ジルヴェンドは使命感のみを胸に弟を見据えた。
瞬間、ファーライルが
踵
きびす
を返した。苦言を察知したのかと勘繰りたくなる鮮やかなタイミングに、思わず「ファル」と制止の声を飛ばす。
彼がすたすた歩いていった先は部屋の出入口。そうしてなんの
躊躇
ためら
いもなく扉を開けた。
「いらっしゃい、フリアちゃん」
「あっ
……
」
弟の肩越しに黒髪の乙女が見えた。ジルヴェンドの婚約者フリアレーナだ。今まさにノックをしようとしていたらしく右腕を掲げ、青灰色の目は驚きに見開かれている。
「
――
ファーライルさま、いらしてたんですね」
「さっきね。お邪魔者はもう退散するから入っていいよ」
「よろしいのですか」
「まあ、だいたいの話はついたし。ちょうどよかったよ、フリアちゃんに見てほしいものがあってさぁ。今日は何の日か知ってる? フリアちゃんの住んでたところでも薔薇を贈る習慣は」
「退散するんだろうファル。
忘れ物のないようにな
」
言葉を交わすふたりに歩み寄りジルヴェンドはぽんと弟の肩を叩いた。振り向いた顔のど真ん中に花束を押しつける。すぐに不服の声があがったが、反論は「必要ない」の語で封じた。
「それはおまえが用意したものだ。
おまえがおまえのために使う
なら私は文句を言う立場にない」
――
できれば言わずにおきたい言葉だった。
案の定、顔を輝かせた弟にジルヴェンドの目は再び半眼に閉じられた。どうやら本気で
二十四人
の女性に渡すつもりのようだ。我が弟ながら本当にわかりやすい。そして情けない。
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