ひやめし
2024-02-03 14:36:36
3454文字
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イルカ先生と三人の元彼氏



 カカシさんが消えた。里抜けしたわけじゃないし、相変わらず忙しくしているけれど、俺の前に姿を現さなくなって三か月だ。
 俺とカカシさんが付き合っていることは公言していないものの、ことさら隠してもいないので知っている者は多い。当然別れたらしいという噂もあっという間に広まった。若い女たちからのあたりがキツい。今日だって受付で「あんたみたいな中忍遊びだったに決まってる」とか「まさか恋人にしてもらえたなんて勘違いしてないわよね?」とか言われたりしたが、残念ながらカカシさんはいつだって俺のことが大好きだ。別れた(ように見えているだけだ)からって自分にチャンスがあると思ったら大間違いなんだよ。バーカバーカ。
 どうせカカシさんのことだから、一人で思い悩んで自分は俺にふさわしくないとか考えて姿を消したに決まっている。あの人はいつもそう。
 教え子を里抜けさせてしまった不甲斐なさは俺だって同じなのだから、一緒に悩んで一緒に泣き言を言ってほしかったのに。
 一人暮らしの家に帰るのは寂しい。ドアを開けても真っ暗だし、野菜炒めが焦げたといって笑ってくれる人もいない。
「んもー。帰ってきたらただいまでしょ」
 はいはい、ただいまただいま。どうせそんなこと言ったところで返ってくる声なんてないんだから……
「えっ⁈」
 待って待って、今の誰?家には一人で帰ってきたんですけど。
 暗がりの中壁を探って玄関の明かりをつける。背後から腹に回された両手には見覚えのある手甲。温もりも耳障りのいい声もカカシさんで間違いない。
 今回は案外早くケリがついたのかな。それでも黙っていなくなったことは許せないので謝ってもらわなければ。
 回された腕を振り解いて俺はくるりと振り向いた。
「えっ⁈」
「ん?」
「カカシさん……?」
「はぁい。あなたのカカシですよぉ」
「め、め、め!」
「め?」
「目が!ない!」
 背後にいたのは確かにカカシさん、のような気がする。よく見たらベストお額当ての形状が違う。サンダルじゃなくてブーツだし。でもチャクラはカカシさんのものと同じだ。
 でも、目がない。今や里で唯一になってしまったはずの写輪眼。
 アパートの三和土でのんびりと微笑んでいるカカシさんは、いつものように左目を隠していないし、右目と同じ色で穏やかに澄んでいる。
「まさか懲罰で……?」
 写輪眼奪うとか里の上層部は何考えてるんだろうか?あんなものカカシさんだからチャクラの消費量が激しい程度で済んでいたのに。他の人間にやったのかどうか知らんが、この危急存亡の時に写輪眼を扱える忍をなくすとかアホなんじゃなかろうか。
「めめめって、もしかして写輪眼のこと?それなら円満に解決したことだから心配しなーいの」
「円満て?解決って?なんなんですか」
「まあまあ、それはおいおい、ね。玄関で話すことでもないからお部屋に入りましょ」
 背中を押されて二、三歩よろめいたらそこはもう居間だ。狭い一人暮らし用のアパートなんてそんなもの。
 部屋の明かりをつけようとさらに一歩踏み出したところで足の裏に何か温かくて程よく弾力のあるものが触れた。
「えっ⁈ 何?人?誰⁈」
 足の裏で触ったものは居間にうつ伏せに倒れている人間の足だった。
「これは……俺、だね」 
「え?カカシさん⁈」
 確かに暗部装束を着ているが、銀色の髪と瞼を走る縦の傷。口元のホクロも間違いない。じゃあ、やっぱりあっちのカカシさんは偽物?
「俺もカカシですからね?うーん、気を失ってるだけみたいだね」
 疑ったのなんでバレたんだろ?と思いながら、倒れていた方のカカシさんを抱き起こす。顔色はよくないが、呼吸も脈もしっかりしている。力なく床に下ろされた手を握ると、わずかに握り返す感触がした。
「カカシさん、カカシさん!わかりますか?」
 閉じられていた瞼がピクリと動いて、カカシさんは微かにうめく。
……ルカ…………?」
「よかった、気がついた」
「どう?イルカに会えるだなんて……俺は地獄行きのはずなのに」
 この夢想的な物言い。間違いなくカカシさんだ。
「なにバカなこと言ってんの。未来に飛んできたんでしょ、お前」
 
 状況を整理すると、若いカカシさんは(二十一歳だって!)任務後里へ帰る途中に抜け忍の集団に急襲され、逃げようと印を切ったところ時空を超えて俺のところに来てしまったらしい。
「任務後だからってそのくらいなんとかできるだろ。お子ちゃまはまだまだたね」
「命の危機の前にどうしてもイルカに会いたくなったの!わかるでしょ!」
 写輪眼がない方のカカシさんは今より少し未来から俺に会いたくて過去にやってきたらしい。見慣れた支給服と違うのはそのせいだった。
「イルカにフラれたってなによ。あんたバカなの?存在する意義あるの?」
「そうですよ、いつもフラれるのは俺の方だったじゃないですか」
 カカシさんその一とは十六の頃出会ってまさに熱愛といった感じだったのにある日突然「俺はイルカにふさわしくないから」と悲壮な顔をしたカカシさんにフラれた。
 当時暗部に所属していたカカシさんは表にいる俺がまぶしかったらしい。俺も忍なんだからきれいなことばかりやっていられるわけがないのに、乙女座の考えることはよくわからない。
 その後上忍師となって表舞台に帰ってきたカカシさんとよりを戻して今に至るわけだが、俺がカカシさんその二をフったということはこの後カカシさんは俺のところにちゃんと帰ってきた、ということなんだろうか。
「俺も若かったからさ、いろんなことが先生に申し訳なくて。もっとちゃんとした人と幸せになってとか考えたのよ。でもやっぱり俺には先生だけが特別だって」
 戻ってきたカカシさんを俺は当たり前のように受け入れたらしい。そりゃそうだ、俺は今でも別れただなんて思っていない。ちょっとだけ時間が必要なだけだしお互いに笑えるくらい好きで仕方ないのだ。
 だからこうして(未来のとはいえ)カカシさんに肩を抱かれて優しく見つめられたらうっとり目をつぶってしまいそうになる。
「ちょっと!俺もいるんだけど!」
 横からグイっと引かれて気がつけばカカシ君さんに後ろから抱きしめられている。カカシさんとカカシさんが俺を恋しがって奪い合っている。なんだこれ天国?いいぞ、もっとやれ!
「俺だって……俺だって本当はイルカとずっと一緒にいたい」
「そんなの、俺だってそうですよ。会えなくてずっと寂しかったし心配だったんです」
「イルカ……俺イルカのところに帰ってもいいの?」
「もちろん!いつもカカシさんのことだけ思ってますよ」 
 優しく抱きしめられて、カカシさんの背中に腕を回すと幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。もうずっとこのまま、カカシさんとカカシさんと俺で幸せに暮らしていけばいいんじゃないの?全部俺のカカシさんなんだし。
「そんなのダメなんだから!」
「あ、この時代の俺が来た」
「いいとこなんだからジャマしないでくれる⁈」
「カカシさん、いつから見てたんですか!」
 突然窓が開いて外から顔を真っ赤にしたカカシさんその三が転がり込んできた。
「ずっといたよ。先生がアパートに着いた時にはもう向かいの木にいた」
「俺のことだもん、どうせ里にいる時はずっと先生につきっきりなんでしょ。いい歳して恥ずかしいったらないよ」
「お前だってずっと影から見てたじゃないのよ」
「どうせ未来の俺もそうなんでしょ」
「はっ!弱虫のお前たちと一緒にするなよ?影からなんて見るわけないでしょ、そばにいるの!いつも!」
「フラれたくせにつきまとってるの⁈ 先生になにやってるの⁈」
 カカシさんたちが俺をそっちのけで言い合いが始まった。三人とも俺の元彼で俺のことが大好きで俺から愛されていることを微塵も疑っていない。
 もしこれが寂しくてたまらない俺が見た夢だとしても、もう少し覚めないでいてほしいと願いながら、三人の元彼の輪の中に飛び込んでやった。