はるの
2022-08-08 23:19:10
43853文字
Public スタートレック
 

朝だけがあればいい

全年齢|AOS マッコイ・スポック|2022.3.17|STIDコアルームのあと、ジムが起きるまでのマッコイとスポックの話。



Side.M


 エアカー複数台による衝突墜落事故に、マッコイは医師として派遣されたことがある。
 現場は始終、緊迫と混乱に包まれていた。完全にシステム制御されているはずのエアカーが衝突する、というのは、当時でも異例の事態である。情報は錯綜し、管理体制は非常にアナログなものになっていた。
 マッコイが勤めていた病院の医療班は、ほぼ真っ先にたどり着くことができた。応援が間に合っていないのか、見るからに足りない数の警官が規制線を張っており、頭上ではアンドロイドがなんとか制空権を握っている。空飛ぶ車は地に落ちて破損し、一部はビルに突っ込んでいた。地上では落下物――車を含む――で負傷したと思われる人々と、落下物自体になった人々が、うめき、転がり、叫び声を上げている。
 見るからに死傷者多数の状況に、ひるむ気持ちを押し止め、マッコイはリーダーの指示どおりトリアージを始めた。患者の運搬体制が整うまでは、優先順位が必要だった。
 片っ端から倒れた人に駆け寄り、声をかけ、状態を確認してタグをつけていく。受け答え正常、軽度外傷、緑。ろっ骨と骨盤の骨折、意識混濁、赤。頭部損壊、心肺停止、黒。
「先生! 先生、この子から先に診てください」
「痛い……、助けてくれ、先生」
「行かないで! 見捨てないで先生……!」
「落ち着いてください。大丈夫です、順番に。どうか指示に従って」
 すがりつく手や声をやんわりと振り払いながら、マッコイはただひたすらに命を評価し続けた。脳みその8割はキンキンに冷えたような状態で、ほとんどアドレナリンだけで動いていたように思う。無線を聞く限り、仲間たちはあらゆる場所に散っていて、頼れるベテランは重傷者にかかりきりになっていた。経験したことがない事態を前に、マッコイの精神ががどれだけ追い詰められていたとしても、助けて、などと言える状況ではなかった。
 そのうち、別の病院の医療班とレスキューがつめかけてくる。近辺の見える範囲で診ていない負傷者がいなくなったマッコイは、見知らぬ看護師に連れられて保全エリアへ向かった。無線で人員を采配する隊員や、受け入れ先の病院を確認している医師の声を漏れ聞いていると、どうもエアカーは使えず、ランドカーのみでやりくりしているようである。警官もうろうろしており、相応の事情があると思われた。実際、このときはネットワーク上でも規制線が張られていて、たとえ艦隊が乗り出してきたとしても、転送は使えなかったらしい。
 近くに敷かれたシートの上では、毛布に包まったり、横たわったりしている負傷者が、一定間隔を空けて待機していた。
 ふと、マッコイは奥を見やる。目隠しで覆われたひと区画に、担架が運び込まれていた。はずみでこぼれ出た腕には、自分がつけた黒タグがぶら下がっている。
「先生! こちらお願いします!」
 そう呼ばれた途端、ぞわっと肌を撫でるような冷や汗を感じた。
 慌てて振り返り、プライバシースクリーンを迂回する。ストレッチャーが並ぶ区画で、看護師が少女を診ていた。駆け寄って、タグを手に取る。アイダ、という走り書きは、間違いなく自分の文字だった。マッコイが彼女を発見したときには、自分で名乗れていたことを思い出す。
「先生、うわごとを、うわごとを言うようになって」
 彼女の傍らには、額を切っている女性の姿があった。取りすがるようにベッドに身を寄せ、祈るように手を握っている。どなたかお願いします、という他の声に呼ばれて、看護師はそちらへ駆けていった。
「アイダ! アイダ、分かるか?」
 マッコイの呼びかけに、少女はうっすら反応する。自分の頭は勝手に意識レベルを計算して、体は勝手に彼女の状態を測定した。どうして自分はこの子を発見したときに、よく調べなかったのだろう。
 奥歯を噛みながら、赤タグに切り替える。
「お母さんですか?」
 少女の名前を呼びながら泣く女性に声をかければ、濡れた顔で頷かれた。
「最優先で搬送します。お待ちください」
「ああ、ありがとうございます……
 ほっとしたような様子の母親に少しだけ笑みを見せて、マッコイは周囲を見回す。近くのレスキューに駆け寄って優先度を告げれば、次の便で搬送するとの確約が取れた。
「先生! 意識落ちました!」
 戻るさなかに、またそんなふうに呼ばれる。マッコイは駆け寄って、決まった形で患者に声をかけた。腹を触って中身をスキャンし、症状の進度を測る。彼も赤だ。
「搬送準備は?!」
 思わず、苛立ち気味に叫んでしまった。近くにいたレスキューは慌てて立ち止まり、インカムで状況をヒアリングしてくれる。その焦った様子に自分の興奮を自覚して、努めて冷静さを意識した。パニックになるな、感情的になるな、助かるものを助けたければ、すべてを効率的に進めるべきだ。うわさに聞くヴァルカン星人みたいに、あらゆることを論理的に。
「あと5分で着きます!」
 その返答に、マッコイは静かに頷いた。
 途端、エマージェンシー音が鳴り響く。同時に、アイダの母親が悲鳴を上げた。
 駆けつければ、アイダにつないだバイタルチェックが明滅している。その数値を見なくても、彼女が絶望的であることは見てとれた。異常肢位が出ている腕を触り、対光反射を確認する。
「先生! 先生、何の音? アイダは大丈夫なの?!」
 あらゆることを論理的に。
 そう考えた、さっきの自分が馬鹿みたいだった。
 こちらの腕に掴みかかって、アイダの母親は恐慌状態になった。それを見つめて言葉を失っていると、看護師が駆け寄ってきて彼女をなだめ、やや強引に引き離す。
 マッコイは数秒、動けなかった。けれど、逡巡したのはその数秒だった。たった数秒。
 たった数秒で命を選択すると、マッコイはプライバシースクリーンを出て、再びレスキューを呼んだ。
……最優先を、あちらの彼に変更してくれ」
「子供が先だと聞いていますが」
「意識レベル4まで落ちた。もう10分も持たない」
 そう告げれば、レスキューは理解と無念の溜息をつく。そしてすぐに切り替えると、了解と言ってインカムに手を当てた。
 腹に血を溜め込んでいる彼はすぐさまストレッチャーが引かれ、複数のレスキューによって連れていかれる。ちょうど車が到着したのだろう。
 マッコイはそれを見送ってから、ひとつ慎重に息をして、ゆっくりと振り返った。
 アイダの母親は自分を追いかけて出てきたのか、プライベートスクリーンの前で呆然とこちらを見つめている。
「お母さん、アイダの容体は」
「助からないってことですか?」
 冷静に、話さなければならない。そう自分を律しながら口を開くと、すぐさま遮られた。彼女は泣きはらした双眸で、ただただ信じられないものを見るように、限界まで目を見開いている。
「アイダは」
「だって最優先だって! 真っ先に助けてくれるって言ったでしょう! なんであんなおじさんが先で、うちのアイダは見捨てられるんですか?!」
「落ち着いてください」
「どうせ死ぬから?! だから見殺しにするの?! 何もせず?! 助かるかもしれないじゃない……!!」
「お母さん」
「あなたに何の権利があって、あの子の命を捨てるようなことをするの?! あの子があなたの娘だったら、こんなことはしないでしょう!!」
 おそらく、彼女は事態を正しく理解はしているのだろうと思う。ただ、理解したくないだけだ。
 取り乱す言葉を聞きながら、マッコイは重苦しい塊を喉の奥に詰まらせたような感覚に襲われる。
 けれど、それは当たり前のことだ。自分の娘が、そのうち死ぬ。落ち着けるわけがないし、冷静になれるはずもない。
「先生! こっち診れますか!」
「診ない!! 先生、アイダを助けて、先生!!」
 再び詰め寄って腕を掴んできた母親に揺さぶられながら、マッコイは聞こえてきた声に顔を上げた。けれどそれを許さないように、彼女は強引に腕を引いて絶叫する。
 びしょ濡れの頬を、至近距離で見つめた。憎悪と絶望と軽蔑と悲嘆。
「娘さんのそばにいてあげてください、お母さん」
 マッコイは、彼女の手を強引に振り払った。こっち、と指差す看護師を視界に捉え、駆け足でその場を立ち去る。
――人殺し」
 そんな呪いの言葉が、向けた背中に投げられた。



 もし、あの場にいたのが妻で、見切りをつけたのが娘だったとしたら、自分は助けようとあがいただろうか。
 今でもときどき、考えることだ。
 あがいたかもしれないが、実際のところは分からない。もし自分があがける人間であったなら、妻を追い詰めるようなことはなかったかもしれない。
 そんなふうに、考える。
 けれど今となってはもう、どちらであっても意味のないことだ。
 結局のところ、自分は家族に〝見切り〟をつけたのだから。それがすべてだった。
 マッコイは離婚裁判において、一切の抵抗をしていない。家財も権利もすべて明け渡すことになったが、そうされるだけの正当な理由があったし、少なくとも、自分はそのようにして断罪されるべきだと思っていた。
 手元に残ったのは、医師免許だけだ。きっと皮肉か何かだろう。
 勤め先の病院を辞めてから、新しい病院をいくつか紹介もされた。けれど、その頃のマッコイはほとんど無気力になっていて、誘いはすべて断り続けていた。そのうち断りの返答すらしなくなり、髪も髭も伸びるに任せているうちに、紹介を受けることもなくなってしまったくらいだ。
 しばらくの間、マッコイは本当に何もしなかった。
 1日をぼんやりと過ごし、たまに酒を飲み、ふいに過去に囚われて過ごす。自分のことはタフだと自負していたが、折れてしまえばもろいものだった。この程度か、と思う日もあれば、自分はまだこういうことで傷つくことができる、と安堵するような日もあった。
 そんな折、失業補償の一環で紹介された職業訓練プログラムの中に、たまたま宇宙艦隊アカデミーがリストアップされていた。
 これを見たマッコイは、ふと、研究者にでもなろうかと思った。医者をやる気はなくなっていたが、今からまったく畑違いの新たな職を開拓するような元気もない。医学的な研究であれば、なんとかやっていけるのではないか。直接研究所に応募しても、経験がない自分は蹴られるだけだろう。けれど、アカデミーなら。
 調べてみると、まずは適正テストからだということが分かった。メンタル面も試されるだろうと考え、マッコイは健康的な生活を取り戻すことにする。そうしていると、少しは気分も上向くようになり、人間の単純さにはあきれるような気持ちだった。けれどこういう愚鈍さが、きっと人間というものの一部を支えているのだろう。
 なんとかテストをパスして入学を決めれば、アイオワはリバーサイドまで来いとの無茶なお達しを受けた。
 さすが軍隊だな、なんてのんきなことを、当時の自分は思っていたはずだ。






 ウフーラと転送で戻ってきたスポックは、完全に瞳孔が開いていた。
 それも気になったが、今のマッコイにはすべきことが山ほどある。彼らが戻るまでにあらゆる機材は用意しておいたが、すべてを同時進行しなければならなかった。シミュレーションも終わっていなかったが、何はともあれ、まずはカーンの血を抜いてからだ。
 どさ、と診察台に投げ出された優性人類は、見るからにあごの骨が砕かれていた。
 手を動かしながら、マッコイはスポックを窺う。らしくなく髪を乱したまま、顔のあちこちに傷を作っていた。けれど彼はその一切に構わず、ただ一点をじっと見つめている。マッコイの背後にある、冷却ポッドだ。
「生体スキャン、負傷個所の経過を記録してくれ」
「やります」
 指示を出したそばからテキパキと対応を始める看護師に感謝しながら、マッコイは抜いた血を分離器にかけた。シミュレーションを覗いて、まだ完了していないことを確認すると、続けざまに予備の血液を3本採取する。
 ばたばたとあわただしい音はするものの、全員が無言だった。
……キャプテンは生きている」
 そんな中、少し離れてカークを見つめていたスポックが、突然そんなことを言う。
 マッコイはぎょっとした心境で顔を上げ、傍らにいたウフーラは心配そうに彼を見上げた。
「スポック、あなた……
「事実を誤認しているわけではない。キャプテンは〝生きている〟状態で、本部へ搬送される必要がある」
 じっと自分の船長を見つめながら、副長は静かにそう告げる。マッコイはその言葉に、ガツンと殴られたような心境になった。
 そうだ、そのとおり。死体のままここから出してしまえば、その記録を覆すことは難しいだろう。ジム・カークは〝生きて〟エンタープライズを下船する必要がある。
『ブリッジから医療ベイ。ドクター、本部から状況報告の要請です』
 張り詰めたような空気の中、内線が入った。マッコイは舌打ちをして、コムに手を伸ばす。
「すぐには無理だ。負傷者も多くあらゆることが混乱している。時間がほしい。頼む、スールー。時間を」
――了解。用意します』
 あらゆることが、時間との勝負だった。
 ブリッジからの通話を切って、マッコイは分離器へ向かう。あと5秒。表示されている数字を心の中でカウントダウンして、アラームが鳴ると同時に取り出した。代わりに予備の1本を差し込んで回せば、すぐさまほかの医師が続きを代わってくれる。
「副長、俺はコアルームを見てくるよ」
……スコット少佐」
「除染作業には時間がかかる。そうでしょ?」
 スコットはそう言い残して、医療ベイをあとにした。それに反応する余裕もなく、マッコイは試験管に向き直る。血清部分を慎重に切り離し、そのまま分析器に突っ込んだ。
 途端に、エマージェンシーが鳴り響く。キャロルは小さく悲鳴を上げてよろめき、まるであえぐように胸元を押さえた。マッコイは入り口付近のベッドに向かって声を張り上げる。
「どうした!」
「大腿部再生で異常が――、血管裂けてます!」
 担当医は慌てて輸血を手配しながら、血管の縫合にシフトしたようだった。鳴り続けるエマージェンシーを聞きながら、マッコイはモニタを睨む。じりじりと進む処理バーに、叫び出したくなるような衝動に駆られた。
「ドクター」
 間近にいる看護師にそっと呼ばれる。刹那、マッコイは「あとにしろ」と絶叫しそうになった。
 あとにしろ? できるわけがない。片足を落としかけた状態からの再生で、不具合はまれにあることだ。手早く正しい対処をすれば、命を落とすことなどない。確実に助かるのは彼女のほうだ。
 彼女こそ、「助かるもの」だ。
 助かるものを助けないのか? ジムを選んでそれ以外を見捨てる?
 ――アイダを見殺しにしたのは、確かに俺なのに。
 かっと目の奥が熱くなって、マッコイは震える指を握り込んだ。
「スポック!」
 思わず、そう叫ぶ。激情に浸された体全身が震えていて、自分が何故そう叫んだのか、一瞬分からなかった。
 けれど、スポックは瞬時に反応した。音もなく隣にやってきた彼は、相変わらず瞳孔が開いたままの暗い双眸だった。
 助けてくれ、と言いかけて、唇が震える。
 いや、違う。分析結果とシミュレーションとの突合が必要なのだ。だから、科学主任たる聡明なヴァルカン人を呼んだ。それだけだ。
「助けます」
 言葉に詰まるこちらを静かに見つめて、ヴァルカン人はそう言った。
 その確かな言葉に、マッコイは虚を突かれる。すぐさまモニタに目を向けたスポックは、慣れたようにコンソールを取り扱い始めた。
 ぎゅっと目を閉じて、慎重に息を吐く。
 そうしてから、マッコイは部下のヘルプに駆け寄った。ともすれば、泣いてしまいそうだった。カークの入った死体袋を見てから、自分の感情ががたがたに壊れていることを感じている。
「縫合は」
「7割。すみません、こんなときに」
「君のせいじゃない」
 すでにヘルプに入っていた医師と3人がかりで、止血と縫合を進めた。すぐにアラート音は途切れて、危機を脱する。このままつなぎ合わせを進めれば、元どおりの足が戻るだろう。
 横たわる士官の顔は、血の気が失せているものの、きちんと呼吸をしていた。マッコイはそれを確認して、冷却ポッドに目を向ける。
 助かるものを、助けること。それは、自分の仕事だ。
 けれど。
 けれど。
 いつだって、助からないものも助けたかった。
 助けたくなかったことなんて、一度だってありはしなかった!
「ドクター、問題だらけです」
「そんなことは分かってんだよこのばか!」
 思いきりアクセルを踏み込んだような心境で、マッコイは血まみれになった手袋を脱ぎ捨てる。力いっぱい廃棄ケースに投げ込みながら、大股で再び持ち場へ戻った。
「ですが、すべてを解決できる可能性はあります」
「お得意のパーセンテージはどこいった!」
 ポッドに表示されているカークの体温と心拍を確認して、そのパネルのそばに置かれた指が震えていることに気づく。キャロルはよくできた士官らしく、骨を接合したばかりの足でも毅然として立っていたが、常に何か強いものを抑え込むように緊張していた。
 他人を慮る余裕ができている、とマッコイは自覚する。父親の死とその所業によるショックを、彼女は今すべて無言で受け止めているのだ。泣き言は許されず、ここでカークの死が確定してしまったら、それを一生背負うことになるだろう。
 マッコイは、キャロルの肩をぐっと掴んだ。合わせたまなざしは、極度の緊張で深みを帯びた青色だ。カークの青を思い出して、マッコイは唇を引き結ぶ。軽く頷いてから、分析コンソールを振り仰いだ。
「可能性があります、ドクター」
 計算ができなくなってしまったヴァルカン人は、そう繰り返して試験管を抜き取る。鉄面皮のような無表情、硬質で揺るぎない声音。その中で一向に明るさを取り戻さない、深淵のような黒の双眸。
 彼はまっすぐやってきて、〝可能性がある〟血清を差し出した。
 スポックにもひとつ頷いて、マッコイはそれを受け取る。
 すぐさま、看護師がシリンダーを差し出してくれた。彼女のまなざしも真剣だった。誰もが息をのんでカークと自分を見守り、決意を込めた表情をしている。
 マッコイは、カークに向き直った。
 曇ったガラスの中で眠り続けている――いや、もはや〝眠って〟すらいない――みんなのキャプテン。
 自分にとっては、いつだってただのジムだった。ほとんど弟のように思っている、ただのクソガキだ。
 こういうクソガキは、元気に飲んで食べて働いて、笑って騒いでいるべきなんだ。だって、ただのクソガキなんだから。
「テストしている時間がない」
 マッコイはシリンダーを充満させながら、目を閉じた親友を見つめ続けた。
「私がやります」
「は?」
「私でテストを」
 す、と視界に青白い腕が登場したことに驚いて、マッコイは振り向く。いつの間にか隣にいたスポックが、珍しく袖をめくり上げて素肌を見せていた。表情は真剣で、まるで正しいことを説いているように見える。
 計算ができなくなってしまったヴァルカン人だった。マッコイはめくられた袖を引っ張って、彼の着衣を正す。
「お前はハーフヴァルカン人だ。検体にはなれない。お前が無事でもジムが無事という保証はないし、この血清は強化されていてももとは地球人のものだ。お前にこそ拒絶反応が出る可能性は高い」
「私が、ヴァルカン人であるから」
「キャロル、解凍してくれ。15℃でキープできるか?」
 ぽんぽんとスポックの戻した腕を叩いて、マッコイは彼を押しのけた。おとなしく身を引いた彼の向こうで、キャロルは緊迫した表情を作る。
「体温を? 調節機能は体温を基準にはしていなくて」
「血液が解凍され次第、人工心肺噛ませて血清を全身に流す。それで、解凍ショックも持ち直させる。低体温のほうがリスクは低いんだ、そのほうが死なない」
――やります」
「すまないが、君たちはオペの準備を。これはチーフ命令だ。君たちに拒否権はなかった」
「ええ、分かっています」
「ありがとう」
 この行為は、どうあがいても、何らかの違反に問われるだろう。そもそも、死んだ人間を生き返らせる、という冒涜極まりない行為は、せめて言葉の上だけでも、自分だけの罪にしておきたかった。部下たちを守りたいわけじゃない、ただ、それで少しは楽になるだろう、少し先の自分を守りたいだけだ。
 けれど彼らは一様に、心得たような表情で、望む環境を整えてくれた。本当に、自分にはもったいない部下たちだと思う。
「ドクター、すでにあごの修復が見られます。血小板と言わず、細胞全体で活性化しているようです」
「その効果が血清で出ればいいんだがな。回復傾向が出た時点で、一気に体温を上げる」
 すでに機材の準備は終わっている室内で、テキパキと物が配置されていく。キャロルはモニタと解析器を見比べながらポッドを操作し、少しずつ温度を上げることに成功しているようだった。
「スポック」
 直立不動の副長に、マッコイは呼びかける。少し離れた場所で、視線は変わらず、自分の船長を捉えたままだった。
「心臓に管を入れるオペだ。出ろ」
……はい」
 退室を促したところで、スポックはゆっくりとこちらを向く。何を考えているのか分からない無表情は、それでも小さく返事をした。
 様子はいつもと変わらない。声だってしっかりしている。けれど彼は今、計算もできない状態なのだ。そのことを思い出して、マッコイは胸が詰まった。誰の視線も集めないように、静かに彼の前に立つ。
「血清を一度打てば、きっと二度はできない。これでだめだったら、だめだ」
「ドクター」
 たぶん、自分と同じくらい打ちのめされているのは、こいつをおいてほかにいないだろう。
 なんとなく、そう思った。自分の感情は、きっとそれが正しいと確信している。
……たすけてください」
「わかった」
 揺れもかすれもしない、けれど小さな彼の言葉は、まるで彼自身が助けを求めているようだった。ジム・カークのいない世界から、自分を助けてほしい。そんな願いだ。同じことを願っているから、よく分かる。
 いつもどおりの声音で請け負って、マッコイは踵を返した。
 助けてやりたいと思った。なにもかも。






 カークへの処置は、計画どおりにうまくいった。
 血清さえ体に回してしまえば、あとは勝手に持ち直したのだ。医療というものの存在意義を見失いそうな効果である。
 けれど、カークを生かしてくれた。
 マッコイにとっては、それで十分だった。
 冷却ポッドを使用するために取り出していた優性人類のひとりも、問題なく生きたまま、ポッドへ再収容することに成功する。満を持して、カークは無事、〝生きた〟状態で運び出されることになった。
 マッコイは所定の入院手続きを行い、彼は高官用の個室に割り当てられる。本部の医局からは順当に、循環器科の専門医が派遣されてきた。
 地上勤務での助け合いが功を奏するのはこんなときだ。やってきたのは、知り合いだった。
「お前が来てくれてよかったよ」
「社交辞令じゃないことを期待するぞ」
 そんな軽い挨拶を交わして握手する。本心だよ、と言って笑えば、彼も同じように笑って椅子を引いた。
 カークの個室は、とても明るい。曲線を描く窓は広く、外には青い空と、木々の緑が広がっていた。白いロールカーテン越しの、柔らかい光に満ちている。そんな優しい穏やかさの中、眠っている親友を一瞥して、マッコイも椅子を引いた。ベッドから離れた壁際で、向かい合った担当医はパッドを見下ろしている。
 彼の表情は決して明るくはなく、眉間はひっそりと寄せられていた。
 自分のパッドは伏せたまま、マッコイは彼が持っているものを見つめる。ブラインドされた電子板の向こうには、自分が提出したカルテが表示されていることだろう。
 カークの記録は、こうだ。コアルームからの救出時には『まだ息があり』、細胞レベルでのあらゆる再生医療を投入して持ち直しに成功した。再生時に多少の無茶はしたが、もともと健康で体力もあり、彼は処置内容への適性が高かった。もちろん、およそ嘘の記述である。
 このカルテは、エンタープライズ所属の医療士官であれば、誰でも閲覧することができた。あの場にいた部下たちには、自分の所業が筒抜けになったことだろう。けれど、マッコイは構わなかった。長時間の心肺停止を伏せたうえ、カーンの血液についても報告を控えたのは、結局、そのことでカークの生殺与奪が本部の管理になってしまうことを避けるためだ。いずれこの虚構が破綻して、軍法会議にかけられることになったとしても、その時点でカークが目覚めていれば自分の勝ちである。マッコイとしては、少なくとも一定期間、ここにいることさえできればいい。
「これが本当なら、彼はいい研究材料になるな」
 担当医はそっと顔を上げると、やや皮肉っぽく頬筋を動かして笑みのようなものを作った。マッコイは余裕に見えるよう気を遣いながら、肩をすくめて軽く笑う。
「そうか? ベッドに縛りつけておけば、ものの5分で縄抜けする男だぞ。研究には向かない」
「うわさには聞いてるよ。アカデミー卒業と同時に大佐になったジェームズ・カーク。親の七光りで上層部にちやほやされてるだけの、女好きで素行の悪い不届きもの」
「はは。まあ、最後のは合ってる」
「カルテの改ざんは処罰対象だぞ、マッコイ」
 ぱたん、とパッドを自分の腿に倒して、彼はまっすぐこちらを見た。ごく真剣な、真摯なまなざし。純粋に心配されていることが分かって、マッコイは少しだけひるむ。
 目を逸らして背もたれに体重を預けても、視線は突き刺さったままだった。ふう、と小さく息を吐いて、ぽりぽりと頭を掻く。
「そうだな」
「ケルヴィン記念記録保管庫の爆心地にいたと思われる士官だが」
……ああ」
「彼の娘は完治の難しい病を患っていて、あの事件の日に原因不明の快癒をした。聞いているだろう?」
「聞いてる」
「状況から、ハリソンが何かをしたことは確かだ。けれど、本人からの供述はなし、現在は聞き取り不可。唯一事情を知っているだろう父親は、すでにこの世にいない。残されたのは、自分の家族が〝何か〟と引き換えに事件を起こした〝かもしれない〟という、永遠にはっきりしない理由を抱えて生きるしかない母子だけだ」
……そうだな」
「お前はいったい〝何を〟したんだ」
 マッコイは手を下ろして、静かにその詰問を受けとめた。
 ヘアウッド母子の話は、もちろん聞き及んでいたし、可能な範囲で調べもした。そしてもしかしたら、彼らの求める答えを自分は持っているかもしれないと思った。所詮は憶測にすぎないが、信憑性は高いだろう。おそらく、カーンは〝万能薬〟をエサに、可哀想な士官をそそのかしたのだ。
 けれど、マッコイは口をつぐんだ。それを言い出すことによって、カークの治療に影響が出るかもしれなかったからだ。
「書いてあるとおりだよ」
 きっぱりと言い放って、マッコイはベッドを見つめた。
 今のカークは、身じろぎもせず眠っている。定期的に体を動かしてやる作業を、マッコイは看護師からほとんど奪ってしまっていた。傍らの生体モニタは常に波を打ち続け、彼が生きていることを証明している。
「マッコイ」
 まるですがるような担当医の呼びかけに、マッコイは姿勢を正した。
 彼に負けないくらいの真剣さで、じっとその切迫した顔を見据える。
「書いてあることが、事実だ。それが事実になってくれたら、俺はもう医者を辞めたっていい」
 助からないはずのものを、助けられたのだ。それ以上のことは望まないし、許されたいとも思わない。
 眉間を刻む担当医は、しばらく言葉を失っていた。こちらの真意を探るような表情に、負けじと真顔で対峙する。
……わかった」
 やがて、彼はあきらめたように、口惜しげにそう言った。
 ほっとしたマッコイが微笑むと、彼はあからさまに顔をしかめた。



 カルテに書いたことが事実になってくれたとしても、いくつかの処置には指導が入る内容である。その不自然さに疑問を持ったのであれば、いったいどんな重篤な違反をしでかしたのだ、と考えるのは道理だろう。
 再生医療には、あらゆる制約がついている。人類が転送装置なんて馬鹿げたものを作り出した結果だ。
 いくらでも人間のコピーが作れるようになった瞬間から、同一性の保護は優先度がトップレベルに引き上げられた。当時は、複製による人体の売買といった、かなりあくどい違法行為も蔓延したと聞いている。そのことを思えば、もちろん、厳しい制限はあってしかるべきだろう。道徳教育でも、同一性の侵犯は殊更強く取り扱っている。勝手に他人を複製するなど、相手の人権と尊厳を踏みにじる、卑劣極まりない悪行である。
 それでも、死にゆくものを複製してでも生かそうとするような事件は、なくなることがないのだそうだ。
 死にゆくものを生かそうとすること。
 マッコイは、ジム・カークを複製したわけではない。
 けれど、不法に入手した生体の血液で、彼の細胞のひとつひとつを蘇らせた。そのことは、彼の体を本当に作り変えていないと、言いきれることだろうか。カークの細胞を作り整えた血清が、カーンの遺伝子情報を残さないと、誰が断言できるだろう。
 彼がテセウスの船にはなりえないと、いったい誰が保証する?
――俺だ」
 マッコイはぎゅっと両目を閉じて、自分に言い聞かせた。俺しかいない。俺以外にできるやつはいない。誰にも譲る気はない。
 そっと目を開けて、カークの様子を窺う。
 先ほどまでばたばたと腕を動かしていたせいか、額には汗がにじんでいた。痙攣に似た動作が出て駆けつけたわけだが、原因は今のところ不明である。とりあえず、嘔吐がなくてよかった。はあ、と重い溜息をついて、マッコイは背筋を伸ばす。医療ケースからガーゼを取って、そっと彼の額をぬぐってやった。
 代謝があり、体温がある。
 マッコイはもう一度溜息をついて、自分の目頭を指でつまんだ。
 カークの容体が落ち着いたら、彼が目覚める前に、あるいは眠りに落とした状態で、全身の細胞をくまなく精査するべきだ。そんなことを、冷静に考える。循環の担当医が何か言ってくるかもしれないが、詳細は伏せて、あらゆることを入念に調べ上げる必要があった。もちろん、低酸素状態になっていた脳みそが、無事かどうかのチェックも必要だ。けれど、一番の問題は〝同一性〟である。
 問題がなければ、それでいいだろう。問題が出ない確率のほうが高いはずだった。
 けれどもし、何かあれば――
 マッコイは、手のひらでカークの額を覆った。微熱を持つ肌は、やはり少し湿っぽい。代謝があり、体温がある。助けられたもの。
 けれど、何かあれば。
 カークが起きる前に、すべてを終わらせるべきだろう。誰にも――、彼自身にこそ、気づかれないうちに。
 しばらくそうしてから、マッコイは手を引いてベッドを離れた。ガーゼをダストボックスに投げ入れて、部屋をあとにする。






 夕方、もしくは夜になると、いつもスポックが訪ねてきた。彼はカークの個室への入室が許可されているので、逐一訪問時のエスカレーションを受けることはない。けれど、マッコイの知る限り、彼の訪問が途切れたことはなかった。
「スポック」
 個室のドアをくぐると、強い既視感を覚える光景が出迎える。カークのベッドの傍らで、ヴァルカン人は静かに直立していた。何度座れと言いつけても、スポックはこの部屋で椅子を使おうとはしない。きっと、主人がよしと声をかけるまで、彼はそうし続けるのだろう。忠実な猟犬のポインターが、いつまでも足を上げ続けるように。
 隣に並べば、スポックは一時こちらを見やり、すぐにカークへ目を戻した。
「試算では10日です」
 彼の静謐な横顔を観察していると、ぽつりとそんな声が落ちる。マッコイはその意味を汲んで、カークの生体モニタを見た。弱ってはいるが、安定している。朝とそう変わらない数値。
「ああ。でも、地球人の体は、トリブルよりずっと複雑だ。もう少しかかるだろう」
「そうですね」
 スポックは、静かな小声で同意した。彼の顔色や瞳孔には目立った異常もなく、見た目だけならいつもどおりのとんがり耳である。嫌味なほど完璧に冷静で、取り乱す情動など見下しているような、ごくいつもの様相だ。
 けれど、自分で推察できていることを、わざわざ確認してくるのには違和感があった。そういった不合理さを、彼の言動の端々に感じるたび、マッコイは別の頭痛を覚えるはめになっている。患者の保護者や介護者がまいってしまうケースは、ままあることだった。
「スコット少佐から、事故報告書を受け取りました」
 お前ちゃんと休んでるのか、と問いかけようとしたタイミングで、まるで計ったかのようにスポックは口を開いた。
 言葉を遮られた形のマッコイは、遠慮なく顔をしかめ、彼の話を聞くことにする。
「それで?」
「除染作業に関わる時間を、大幅に削減した虚偽の内容でした」
……そうか。まあ、でないとつじつまが合わないからな」
「彼は取り乱し、精神的に破綻したため、完璧な作業ができなかったと書いています。スコット少佐はそのことで、処分を受けることになるでしょう」
 淡々と続けられる発言を聞きながら、マッコイはカークを見下ろした。こぼれ落ちそうな溜息を飲み込んで、眠り続けている安らかな顔を眺める。彼が起きたあと、否応なく背負わされる、さまざまな責任のことを思った。その中のいくつかは、自分たちが勝手にしでかした所業になるだろう。申し訳ない、とは思う。可能ならその荷物は、すべて自分が引き取ってしまいたい。
 けれど、何度同じ状況になったって、自分は同じことをするのだ。結局は、そういうことだった。
「ジムが助かれば、アクシデントじゃなくインシデントになる。少しは処罰も軽くなるんじゃないか?」
「そんな簡単な話にはなりません」
……そうだな」
 あまり頭を使わずに発言したせいで、スポックには即座に否定されてしまう。自分の疲労度合いを認識して、マッコイは鼻から軽く息を吐いた。栄養剤で健康を前借りするのも、そろそろ限界かもしれない。
「ですが、簡単な話にすることは可能と判断します」
 ちゃんと思考を回さないと、と額を片手で揉んでいると、そんな言葉が落とされた。
 一瞬、強烈な違和感を覚え、マッコイはぴたと手を止める。それからゆっくりと隣を見れば、スポックは落ち着き払った良い姿勢で、こちらに首を傾けていた。まるでいつもと変わらない、いつもどおりの――
「スポック」
「あなたの事故報告書でも、おそらく無茶な再生手術の強行が、本人もしくは家族の同意なしに行われる。けれどそれも、簡単な話です」
「スポック、お前」
 いつもどおりの――、彼を、きっと、自分はしばらく見ていない。
 マッコイはそう認めて、目の前の双眸を見返した。やや愕然とした心境で、その暗いまなざしをじっと見つめる。すべてを飲み込むブラックホールのようでいて、その実ただのひとつもエネルギー量のない絶対零度の真空のような。
「私はあのとき、何もできませんでした。怒りに任せて誰かを殴ることしかできなかった。けれど、おふたりの仕事は、必要な仕事でした。あらゆる規則や倫理には反していたが、彼の、チーフとして。必要なことを」
 彼の、とわずかに強調して、スポックは目を逸らす。カークを見つめるまなざしにも、底知れない静寂が満ちていた。
 つられて、マッコイも親友を見下ろす。そもそもお前が怒りに任せなきゃ何もできなかったのはこちらだ、とは思ったが、きっとそんな言葉はスポックをかけらも救わないだろう。黙してただ、彼の言葉に耳を傾ける。
「だから私も、私の仕事をします、ドクター。彼のファーストオフィサーとして、必要なことを」
 マッコイは少しだけ考えて、ふっと笑みを浮かべた。ぽん、と軽く肩を叩けば、彼はゆらりと首を持ち上げる。
「悪いことをするようになったな、お前も」
「あるいは――、そうですね。私が今信じているのは、勝ち目のない状況などないということだ」
「わかったよ」
 ぽんぽん、と追加で叩けば、彼はそんな励ましなどまるでなかったかのように、再び静かにカークを見つめ続けた。



「あれは無理をするな。ずいぶんと地球人らしいじゃないか、なあジム」
 ふたりきりになった個室で、マッコイは自分も立ったままだったことに気づき、椅子を引っ張り出してきた。眠っているカークに話しかけながら、ゆっくりと腰を下ろして、先ほどのスポックを思い出す。彼はきっちりと決められた時間、直立不動で滞在し、帰りますという小さな申告を置いて去っていった。
「わかった、なんて言って、お前は怒るかな。スポックに優しくしろって。でもこういうときは、忙しくしてたほうが楽になることもあるんだ。それに、スポックに優しい俺とか気持ち悪いだろ。なあジム」
 頬をゆるめて軽い口調で笑いかけながら、マッコイは腿の上で指を組んだ。小さな背もたれは居心地が悪いが、これまでもこの体を支え続けてくれた代物だ。そんなふうに気楽な体勢で、動かないシーツの山をぼんやりと見つめる。
 トリブルよりもずっと複雑な人間の体は、このまま穏やかに死を迎える可能性もあった。優性人類とはいっても、いずれ死ぬようにはプログラムされているだろう。
 カーンの体は本部に回収されてしまった。手元に残した血液でさまざまな分析を行っているが、分かったのは、15日もあれば目覚めるだろうという推測と、30日経っても目覚めなければこの状態が続き、おそらく120日で死に至るということだ。それ以上のことは分からなかったし、それで十分だと思う。どんなにあの魔法の血を解析できたとしても、もうカークに打つことはできないし、カークが目覚めなければ意味はない。
「あの血を大々的に売り込んでやれば、あの野郎もただの血液パックになるだろうにな」
 自分ができる最大の報復はこれだろう。けれど、それをしてしまったら、きっとカークは嫌がるだろうから。
 ただ、お前が目覚めてくれればいいんだ。マッコイはそう思って、祈るように自分の手を握った。
 そっと目を閉じて、早く夜明けが来ることを願う。
「俺はそれだけでいいんだ、ジム」