【SS】ハロウィン・フィーバー

去年、四宮椿の誕生日に出そうと思って放置してたSSを発掘したので出します。完全に忘れてたよ…。

天神警固公園周辺を彷徨く仮装姿の若者たち。全国ニュースでは渋谷区の惨状が報じられている中、この白で塗りたくられた人工都市は随分と静かなものだった。ある意味世俗と切り離され、魑魅魍魎が常に跋扈しているこのいとしま医学特区においては毎日ハロウィンと同義である。
俺は完全に業務外であるにも関わらず、何故か押し付けられた総合診療科の回診を終えて、その押し付けた張本人のいる研究室へ戻った。医学特区が再開発される以前にあった小さな図書館をそのまま居抜きにしているのだと、以前話していたことを思い出す。
外壁にアイビーの蔦が伸び放題に伸びて焦茶色のレンガを這い回っている。すっかりこの光景にも慣れたものだがいい加減剪定しろちゃ、と悪態をつきたくなるのは仕方がないだろう。何せ窓も扉も好き勝手に這い回るのだ。
俺は蔦を無理矢理退けて扉を開いた。もくもく燻る紫煙にもすっかり慣れたものだが、この部屋の主人である四宮椿は器用に椅子の上で胡座をかいて座っていた。いつもの事だが、一度集中に入るとなかなか戻ってこないので、彼女の眼前で軽く猫騙しの要領で手を叩いた。

「何だ。戻っていたのか?」椿は不機嫌を隠そうともせずに俺を睨め付けた。「私は忙しい。邪魔するな」
「どうせまたしょうもない事考えとったんやろうが」
「お前の頭には蟹味噌が詰まっているのか?」
「ハァ? この間忙しいとか言ってペリカンとアオサギが本気で戦ったらどっちが勝つかとか予想しとった奴にそんな事言われたくねえちゃ……
「随分焦点の合わん目の持ち主なんだな。眼科を受診し給え」

俺は再びタバコをもくもくさせ始めた四宮を見やった。机の上には写真が散乱している。真っ赤な血で染まった女性の写真があった。深々と刺さったナイフからその事件性が見て取れる。
他の写真も同様に遺体の写真だった。しかもそのうち一枚は焼死体である。遺体の共通点は少ないように思う。俺は二枚を手に取って見比べた。

……関連性がある、っつう訳ではないんよな」
「何を言う。これは連続殺人事件だ」
「あ?」思わず素っ頓狂な声が出る。レパートリーに富んだ死体が四つ。全て関係ある殺人だと言い切ったが。「何でそう言い切れる」
「単純だ。この遺体は全て一つの殺人を起点に発見された遺体だからだ」椿はそう言って写真を四枚並べた。
絞殺、刺殺、転落死、そして焼死。「いずれも自殺のように見える状況で死亡していた。だが確実に他殺だと言い切れる要素がある。これを見ろ」

指さされた先には被害者たちの手がある。いずれも左手だ。左手の薬指に妙な傷跡がある。何かが噛み付いたような傷がそこにあった。

「この傷を詳しく分析した結果、被害者とは異なるDNAが検出されたそうだ。加えて生活反応が出ていなかったことから死後この傷がつけられたとわかる。死人が自分で自分の指を噛む道理がどこにある? ならば第三者がそこにいたと考えるのが至極当然だろう」タバコの火を灰皿に押し付けながら椿は続けた。「それにこの遺体たちは血縁がある。まず首を絞められて殺害されたこの老人が発見された。そしてその老人の側には遺書と思われる手紙が置かれていた。その内容から後の二人が発見されたのだがな」
……だが?」

妙なところで切られた言葉に俺は聞き返す。椿は楽しそうに口角を上げた。不謹慎な事この上ない。

「老人は一人暮らしで、周囲と関係が断絶している状態でね。彼の死に誰も何もしなかった。恐らく彼の死を知っていたのは、最後に焼死体となって発見された息子だけだろう」
「殺人に協力した奴がいる、か」
「その通りだ。協力者無しで成立する犯罪ではない。ならばなぜ犯人はわざわざ指を噛み、DNAまで残して……捕まえてくれと言わんばかりじゃないか。さらに言えばこの検出されたDNAは老人の物だぞ! 実に興味深いな」

爛々と輝く赤と青の瞳が写真に吸い寄せられる。俺は遺書を撮影したと見られるその写真を眺めながら今日は残業待った無しやな、と静かに白旗をあげて抵抗を諦めた。


***


県警赤坂署の刑事である秋津野々花は、随分古い付き合いになってきた四宮椿と市ノ瀬咲良を待っていた。医学特区外苑にある新規開店したスターバックスの席に腰掛け二人を待つ。恐らく解剖によってなんらかの新たな事実が浮上してくるだろう。
野々花は妙な事件が起きれば毎度椿に情報を横流ししている。そして手柄だけを掻っ攫いうまい汁を啜っているのだった。

「待たせたな」

椿はコーヒーを片手に野々花の前に座った。俺はいつものように隣へ座る。
椿はカップの蓋を外し、ミルクと砂糖をこれでもかと放り込んだ。カフェラテ最初から頼めば? という野々花の視線は全く意に介さない。

「科捜研の見立ては壊滅だったわ」
野々花の声に椿は言う。「簡単な事件なら私に持ってこんだろう」
「まあそれはそうなんだけど。っていうか物理的に不可能じゃない。老人が死んだ後に孫二人と息子は死んでるんだし……まさか老人は実は生きていて……
「ありえないだろう。同一のDNAを持つ存在がいるなら警察が戸籍情報や血縁関係を調べていないとは思えん」
「ですよね〜」野々花はつまらなそうに零して、マドラーで甘そうなクリームの乗ったドリンクをかき混ぜた。「椿の仮説は、何かないの」
「ある」

椿の言葉に野々花は目を丸くした。俺はすっかり冷めたエスプレッソに口をつける。

「だが今は語るべきではないな」
「何よそれ! あんた、こっちから情報引っ張り出すだけ引っ張り出して、何も言わないってのはフェアじゃないわよ!」
「椿お前、絶対言わねえくせに『ある』っつうのやめろや」

俺は横から苦言を呈した。こいつは絶対に仮説をホイホイ話すことはしない。ある意味誠実とも言えるだろうが、その推理が聞きたい人間にしてみれば目の前に人参をぶら下げられた競走馬と同じだ。

「ならば一つ頼み事がある。老人が住んでいた周辺に川がある。そこの川に凶器が捨てられているから探せ。すでに下流へ流れているだろうから見つかるかは怪しいが」
「え? まあ……わ、わかった。けど何でそんな事わかるのよ」
「逆だからだ」
「は? 逆って何が。ちょっと椿、もっと詳しく説明しなさいよ」野々花はトントンと人差し指で机を叩く。ジェルネイルの爪が軽い音を立てた。
「十分詳しい説明はしたつもりだがな」椿は辟易したように言って頬杖をついた。いやどこがかちゃ、と思わず口から飛び出た言葉に野々花がブンブン首を振って頷く。
……被害者と加害者の関係性か? 後に死んだ三人が老人を殺害したとか、そういう」俺の言葉に椿は「惜しいな、咲良」と呟く。
「後に死んだ三人が老人を殺したのではなく、先に死ぬ可能性が高かった三人が老人を殺したんだ」