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satoru_and_shun
2020-05-04 16:17:16
6628文字
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Tree Rings
pixivに上げていた現パロ設定の覚瞬です。
まとまったらpixivに移行しようと思います。
Ⅰ 黄昏の調べ(
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7788791)
Ⅱ ①2020.5.4 更新
②2021.3.4 更新
1
2
Ⅱ ②
「最っ低
……
!」
ああ、何度聞いた言葉だろう、と僕は心の中でつぶやいた。
女性という生き物は、これ以上なく怒った時、必ずこの言葉を発するのだ。
僕がその言葉通り“最低”というランクに値しているからなのか、それとも、怒りが最高潮に達した時の決まり文句で“最低”という言葉が出るのか
……
まあ、そんなことはどっちでもいい。
とにかく僕は、女性からしたら“最低”なのだから。
自分と彼女の間に、価値観の相違があった。ただそれだけのことだ。
真っ赤な顔に涙を浮かべた彼女は、テーブルに置かれていた氷水を真っ直ぐ僕の顔に目掛けて撒いて、足早に去っていった。
キンキンに冷えた水と、溶け切っていない氷のゴツゴツとした感触が、一気に僕の目を覚ましてくれた。
そして、周囲の目線が、痛いほど刺さる。
この瞬間に、僕は彼女だけではなく、このカフェで同じ空間を過ごしている周囲の人間からも、最低というレッテルを貼られてしまったのだった。
「お客様、よろしければ
……
」
見兼ねた店員が、哀れみの目を向けながら、気遣いでタオルを貸してくれた。
僕は簡単に礼を言うと、深いため息をついて、髪や服を乱暴に拭いた。
案外気に入っていたけど、もうこのカフェには来れないな、なんてことを考えていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「うわ
……
って、あれ?」
振り向くとそこには、小脇にクラッチバッグを抱えた瞬がいた。
今来たところなのだろう。片手には湯気の立つコーヒーを持っていた。
どうして、今一番この状況を見られたくない人間に遭遇してしまうのだろうか。
「覚じゃないか」
少しは拭いたもののまだ雫滴る頭髪を見て、瞬はすぐに事を察したのか、やれやれという表情に変わった。
瞬は僕の隣に腰をかけると、頬杖をつきながら、惨めな僕の全身を眺めるようにして見た。
「全く、覚も飽きないよな」
「これは、僕のせいじゃない」
「もうこれ、好きでやってるんだろう?」
「好きでびしょ濡れになるやつがいるかよ」
瞬はふふ、と口を押さえて笑いを堪えていた。
全く僕を労わろうという気なんて微塵も感じられなかった。
むしろ、こんな僕のことを、自分が絶対に体験しないであろうことを常にしでかしている男という認識で、楽しんでさえいるように思う。
ただ、瞬がどう思っていようと、瞬にとって、それが面白いことであるならば、何でも良かった。
お情けでも構わないから、僕のことを嫌わずに、友達でいてくれる。それだけで、良い。
僕は、今回のことを、瞬に全て洗いざらい話した。
彼女とは別に付き合ってはいなかったこと、数回寝ただけの関係だったこと、付き合ってると勝手に彼女が思い込んでいたこと、僕が誤解を招く発言をしたこと、傷つけるつもりはなかったけれど結果的に傷つけてしまったこと、誤解を解こうと話し合った末に、水を掛けられたこと。
瞬はその間、ミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、嫌な顔一つせずに、僕の話に耳を傾けていてくれた。
たまに、相槌を打つ時に見せる困ったような笑顔を見ると、自然と心が安らいだ。
「
……
それで、覚は結局どうしたいんだ?」
「別に、どうも」
「じゃあもういい加減、遊ぶのやめたらどう?」
「
……
そういうわけには」
「そういうわけにはいかない? なぜ?」
「だって、それは
……
」
女遊びをしている時は、瞬のことを考えなくて済むから。転じて、瞬のことが好きだから。
しかし、それを言うことは、許されない。
決まりきった答えだ。ただ、瞬には一生分からないだろう。
この理由を知ってしまえば、瞬は、僕の自分勝手な行動にさえも、責任を感じてしまうことだろう。
瞬が曇りのない眼で、僕を射るように見つめる。僕は、その瞳を見てしまったら、何も言えなくなる。
瞬がこの目をする時は、相手の行動心理に興味津々で、原因を追求しようとしている時だ。
つまりは、僕が女遊びをする理由と、そのきっかけとなる感情を知りたがっている。
「
……
まあ、いいや。こんなこと、聞いても仕方ないか」
ばつの悪い僕を見かねて、瞬は、真相を知るのを諦めた。
心の中では、きっと僕のことを、なんの理由もなく衝動的で、女癖が悪く、手のつけようがない酷い人間なんだと、結論付けたに違いない。
「瞬に言っても、分からないだろうな」
「なんでいつもそうやって決めつけるんだよ」
「決めつけてるわけじゃないさ。ただの、事実」
瞬は、眉をひそめて納得のいかない顔をしている。
真実を告げたら、瞬はおそらく僕のことを軽蔑するだろう。いや、軽蔑だけでは済まないかもしれない。
それくらいに、誰とも向き合わずに、ただ人を傷つけて、酷いことをしているという自覚はある。
「瞬が女遊び始めたら、分かるかもな」
「ふざけたことを言うな」
「はは、ごめんって」
瞬は、どんな僕でも、友達として、接してくれる。
呆れることはあっても、決して怒ったりはしない。
それは、良くも悪くも、適切な距離が取れているということだ。
そこから、一歩踏み出せば僕らの関係はまた変わるだろう。
しかし、僕は昔のような無謀さも、純粋さも、もう持ち合わせてはいない。
この環境に甘え、突きつけられる現実に抗おうとはせず、ただ事実を受け入れ、だらしない毎日を過ごしているのだ。
大学に入学して、瞬と再び出会ったことで、何もかもが変わってしまった。
思い描いていたキャンパスライフは一転し、終いには、カフェで水をかぶる顛末だ。
僕は大学に入ってからというもの、自然と近寄ってくる女は多かった。
ただ、誰とも付き合う気ははなからなくて、暇つぶし程度に、遊びに行ったり、所謂デートなんかをして、気を紛らわせていた。
そこに、偶然、本物のデートをしている瞬と早季に出くわしてしまったのだ。
デートスポットにいたんだから、そうなる確率はまあ低くはない。
しかし、運悪く、ちょうど僕が、女の子からビンタを食らった瞬間に、二人は居合わせていたのだ。
そんな情けない姿を、あの二人にだけは、見られたくなかった。
今でも、あの時の二人の驚きと失望が混ざったような表情が、目に焼き付いている。
僕は、その時に何もかもが終わったと思った。
それから何かが吹っ切れたように、心が軽くなったと錯覚して、必要もないのに女たらしを演じ続けた。
その時は、そうした方が自分にとって楽だったからだ。
しかし、演じていくうちに、本当の自分が、分からなくなった。
まさかこんなにも、後になって自分の首を絞めるとは、思いもしなかった。
自暴自棄になっていると、余計に質の悪い女の食い物にされた。
大学内でも、代わる代わる違う女を連れて歩く僕の姿は、誰が見ても、僕を女たらしの印象にしたことだろう。
変な噂も立つ中、瞬だけは、出会った当初から、僕と向き合う姿勢が変わらなかった。
いい加減やめといたら、という忠告だけは、毎回してくるが、ただそれだけ。
むしろ、瞬が僕の気が済むまで話を聞いてくれて、更に僕の行く末を心配してくれるものだから、別に悩んでもいないのに、女関係で相談もした。
これで、好きでもない女と過ごすくだらない時間も、瞬と話すきっかけになる話題作りとなるだけで、価値があったように思えたからだ。
「
……
瞬は、変わらず早季一筋って感じ?」
瞬の表情が一瞬、変わったような気がした。
ゆっくりとコーヒーを口に含む姿は、まるでこの店の広告塔のようだ。
「そうだよ」
「それは、いいことだな」
「浮気なんて、僕にはできない。するつもりも、ない」
「だよなあ」
もしかしたら、という微かな希望があった。
早季に不満があるとか、別れそうだとか。
瞬に限ってそんなことはないと分かっていながらも、気持ちを確かめるために聞いてしまった。
墓穴を掘るとはまさにこのことだ。
とことん自分の浅はかさに嫌気が差してくる。
誰一人幸せにすることができない愚かな自分と、彼女を大切にして充実した生活を送っている瞬。
まさに天と地、月とスッポンだ。
ふとした瞬間に、瞬の横に並んでいるだけで、恥ずかしくなってくる。
僕は、とうとういてもたってもいられなくて、席を立った。
「
……
じゃあ、そろそろ帰るかな」
「うん。また、話はいつでも聞くから」
「いつもありがとう。じゃあ、またな」
「ああ」
瞬はちらと腕時計を確認した。
おそらく、もうすぐここに早季が来る。
二人は待ち合わせをしているんだろう。
瞬の側にはいたいけれど、ちょっとの間でいい。
あまり関わると、体に毒だ。
瞬の迷惑だけには、なりたくない。
店を出る時に、一度だけ名残惜しく、瞬の姿を見ようと振り返った。
瞬も、ちょうどこちらを見ていた。
目が合うと、にこりと微笑んで、軽く手をあげて別れの挨拶をしてくれた。
その笑顔も、これからの時間も、手に入れるのは僕ではない。
そう思うと胸が張り裂けそうなほど、苦しかった。
瞬が、好きだ。
今も昔も、僕の中にある感情は、ただそれだけだ。
たった一つのその感情が、僕の胸の真ん中に、ずっとある。
一度付いてしまった感情の火は、弱くなったり強くなったりするけれど、何があっても決して消えることはない。
僕が死ぬまで、静かに燃え続けることだろう。
今も、ゆらゆらと、熱く揺らめいている。
消すことはできないが、見えないようにすることはできる。
僕はまた、そっと隠すように、蓋をした。
誰にも、見つからないように。
つづく
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