satoru_and_shun
2020-05-04 16:17:16
6628文字
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Tree Rings

pixivに上げていた現パロ設定の覚瞬です。
まとまったらpixivに移行しようと思います。

Ⅰ 黄昏の調べ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7788791)
Ⅱ ①2020.5.4 更新
  ②2021.3.4 更新

Ⅱ ①

 あの日、マイク越しでも透き通るような彼の声が、僕を長い眠りから呼び覚ましてくれたように思った。

——心より感謝を申し上げ、答辞といたします。新入生代表、青沼瞬」

 一礼をした彼は、颯爽と壇上を下りていく。
 最後まで気の緩むことのない凛とした横顔が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。
 青沼、瞬。
 僕は、うわ言のように何度もその名を口にした。
 ……彼の名を、忘れるわけがなかった。
 数年前、中学二年生の時に、一度だけ、彼とキスをした。
 あの日の音楽教室の匂い、夕焼けの色、唇の感触。
 今でもそれがつい昨日のことのように思い出せる。
 彼と過ごした放課後の思い出は、未だ淡くきらきらと輝いていた。
 懐かしさと、再会できた喜びで、つい浮かれてしまう気持ちを落ち着かせようと、とりあえず大きく息を吸って、深呼吸をしてみる。
 膝をぎゅっと掴んだ指先が、微かに震えていた。
 まさか、彼と再び出会うなんて、思いもしなかった。
 ……しかし、果たして彼の方は、僕を覚えているのだろうか。
 僕らは、今、大学生になった。中学生の時のたった数日間を一緒に過ごしただけの、クラスメイトでもなんでもない僕たちは、友達と呼べる関係性なのかも、定かではなかった。
 もしかすると、あの一件で、僕は嫌われたかもしれない。
 元より、好かれてもいないけれど。
 彼のことをよく知りもしないくせに、行動力だけは一丁前で、とにかく衝動が抑えきれなかった。
 改めて、思春期の無謀さを思い知る。
 ただ、理由は分からないけれど、強く彼に惹かれるものがあった。
 今まで感じたことのない感情を、彼だけに感じた。 
 だから、嫌われても構わないと、最後にキスをして、この気持ちを封印しようとしたのだ。
 そんな身勝手な自分を、今更ながら恥じた。
 彼と再開することなんて、二度とないと思っていた。
 一体僕は、彼にどんな顔をして会えばいいのだろうか。
 まず、彼に会うべきか、このまま会わないべきか、どんな行動を取ろうか、会うなら、なんて話しかけようか……
 そんなことをぐるぐると考えているうちに、周りが急に騒々しくなった。
 周囲を見渡すと、席を立つ新入生たちの姿が目に入り、いつの間にか入学式が終わったことに気づいた。
 僕は、慌てて席を立ち、気づけば彼を探しに走り出していた。
 会場の外、溢れかえる人の中で、彼の後ろ姿を見つけた。
 僕は、人混みをかき分けると、なぜだか分からないけれど、顔も見ずともこれはきっと彼なんだと確信を持って、その人物の腕を掴んでいた。
 次の瞬間には、彼のあの大きな瞳と目が合っていた。

…………誰?」
 
 全くもって当然の反応だろう。
 乱暴に腕を振り払わず、話しかけてくれただけまだ良い方だ。
 彼は、突然のことで驚いていたが、やがて不信感に満ちた表情へと変わる。
 僕はというと、気づけば彼の前に辿り着いていただけで、頭の中は真っ白だった。

……朝比奈、覚」

 そんな中、彼の問い掛けに対する返答として、つい自然と口からこぼれ出てしまった。
 彼は、僕の名を聞き、表情一つ変えずに、僕の全身を見るように視線を動かした。
 彼の反応が気になってしまい、一点に彼を見つめ、喉を鳴らした。

「死んだと思ってた」
 
 彼は、飄々としていた。
 言葉の意図が分からず、狼狽する僕を尻目に、彼の早口は止まらない。

「いや、正確に言うと、幽霊に会ったと思ったんだ。そう思わざるを得なかったというか」
「な、何を……
「だって君、突然姿を消したから……
「それは……

 突然突拍子もないことを言う彼に、驚きを隠せず、つい黙り込んでしまう。
 しかし、彼が、瞬が、自分のことを覚えてくれていた事実に気がつくと、喜びを抑えきれなくなりつぐんだはずの口が緩みだす。
 
「それにしても……
「瞬、探したわ!」

 彼が笑みを浮かべながら何かを言いかけたその時、息を切らしながら、真新しいスーツに身を包んだ女性がこちらに近づいてきた。
 ヒールが高い靴に慣れていないのだろう。
 途中で転けそうになるくらい、その走り方がぎこちなかった。

「早季」

 瞬がそう呼んだ女性は、容姿端麗で、ぱっちりとしたその美しい瞳を瞬に向け、輝かせていた。

「答辞、すごくよかったわ」
「ああ、ありがとう」
「なんだか感動しちゃった」
「早季は、涙脆いからな」
「ふふ、そうね」

 瞬と、早季と呼ばれた女性は、旧知の仲なのだろう。
 一瞬にして、張り詰めていた空気が和んだように思えた。

「瞬、この後なんだけど……って、あれ、ごめんなさい。もしかして、先約?」
「いや、ちょっと話してただけ」
「瞬のお友達よね。紹介して」
「ああ……

 瞬は、今し方知った僕の名を、中学の頃の同級生だと、彼女に紹介した。
 そして、彼女の方を見て、一瞬まごつくような仕草を見せた。

「それで、こっちは……
「朝比奈くんね。私は、渡辺早季。高校が一緒で、瞬とは付き合っているの」

 目の前で二人が会話している時から、なんとなくそんな気はしていた。
 ただ、事実を知るのと受け入れるのとでは、わけが違う。
 なんの悪気もなくハキハキと喋る彼女の言葉が、情報が、僕の心臓を鷲掴みにしようと迫ってくるようだった。
 声が震えないように、気持ちが昂らないように、冷静になろうと、自我を押し殺す。

「そうなんだ、よろしく。じゃあ、また」

 簡潔に挨拶を済ませると、僕は、その場を去った。
 何事もなく、話の続きに戻った彼らの声を背中に浴びる。
 僕は、彼らにとってただの通りすがりの人物でしかないのだ。
 また、瞬と会うことがあるだろうか。彼らを直視できるのだろうか。
 瞬の学部もどこかすら聞いていない。
 瞬に聞きたいことが、山ほどあるし、話したいことも、たくさんある。
 けれど、全身、複雑な感情に満たされたままだ。
 僕は、地に沈むような足を無理やり動かした。
 ふらふらと気が抜けたように家へと帰って、ソファに寝転んだ。
 白い天井に、彼の中学生だった時の姿と、大学生になった姿を交互に思い描いては、ため息をついた。
 そして、埋めることのできない四年間を空想で描きながら、静かに眠りについた。