鳴上
2024-01-14 18:21:59
3254文字
Public skdy webオンリー
 

sunlight cohabitation room

同棲二日目の朝のナツシンです。


 アパートの隙間から顔を出した太陽が、柔らかい陽射しを窓へと送り込んだ。シンはふと顔を上げると、コンロの火を小さくしてから、リビングにある窓をそっと開けた。冷たい風が頬を撫でる。キンと冷えた空気は当たり前のように冬で、いつもなら嫌になるに決まっているのに。朝の澄んだそれを目一杯吸い込んで、それから大きく吐き出した。白い吐息がまだ浅い空へと昇る。
 世間はようやく夜から目覚め始めたようで、まだ微かにしか声が聞こえない。犬の散歩をしている軽やかな足音や、ランニングしている人の息遣い。人の住んでいる音。エスパーを使わなくたって、日常に溢れているのだ。
 少し寒くなってきて体を震わせたシンは、また音を立てないように窓を閉めた。それでもなお暖かな光は降り注いでいる。リビングにある窓はシンの希望で、大きい上に陽当たりが良い。この部屋を選択したのは間違いなかったと誇らしささえ感じた。
 キッチンに戻ると、二口コンロの右側に置いたフライパンから、油の弾ける音が静かな部屋に響いていた。気怠い腰を気にしながら器用にウインナーをひっくり返す。コンロの左側に置いた鍋の淵から沸々と気泡が出ているのを確認して、そろそろあいつを起こしてやるか、と火を止めた。まだ朝起きるには早い時間だが、今日はやることがたくさんあるのだ。早起きするに越したことはない。
 だけどシンが行動に移すより早く、はっきりと脳内に声が響いた。寝起きのくせにブツクサと文句を言っているその声にくすりと笑い、それからコーヒーの粉をカップに入れる。鼻を擽る豊かな香りを楽しんでいると、寝室のドアが勢いよく開けられた。
 いつもふわふわな黒髪をさらに爆発させて、人相悪く目を細めている夏生だ。ドアにもたれかかっているその様子はどこぞの大魔王のようだ。夏生は大股でシンの隣に歩み寄ると、シンの頬を抓った。
「いてて」
「お前さ〜今日くらいは朝隣にいろよ」
 昨夜の熱を一切感じさせない程じとりと睨まれて、シンはまた笑ってしまった。
「セバって思ったよりロマンチストだよな」
「情緒のないくそエスパーには言われたくね〜」
 閑静な住宅街に佇む、ごく普通のアパート。最寄駅は歩いて十分ほどで、夏生の職場にも坂本商店にも程よい距離。五階建ての一番上で、運良く角部屋だから神経質に気にすることも必要ない。二人で住むにはちょうど良いサイズの、ごく普通のアパート。
 昨日から、この部屋で暮らし始めた。シンと夏生の二人で。それは大きな決断でもあり、ふたりの関係を進展させる大きな一歩でもあって、シンの気持ちを一層浮つかせた。
 まだ部屋にはベッドと机と、それからキッチン用品とバス用品くらいしかない。これからゆっくり揃えていく予定だからだ。夏生はいろいろと機具を持ち込んでいたようだが、シンの荷物は意外と少ない。殆どのものは坂本商店に置いてきた。いつでもも来いという坂本の優しさと、これから一緒に増やしていけばいいじゃんという夏生の優しさに甘えて。
 まだ物の少ないキッチンだけど、朝ご飯を作る余裕くらいはある。卵とウインナーをフライパンで焼いて、コーヒーを淹れる。トースターはないからパンは焼かずにそのままだ。お皿に盛り付けていると、夏生がカップにお湯を注いでくれた。機嫌悪そうに唇は尖ったままだが。
「機嫌直せよ、セバ。朝ご飯作ってやってんだろ〜?」
「お前って体力バカだよな……
 何言ってんだ、とツッコミを入れようとして、シンは薄らと頬を染めた。昨日は二人で暮らし始めて、初めての夜。やることはもちろん一つしかなくて、シンも夏生も思う存分お互いを貪りあった。背中に触れるシーツの感触と、身体を這う熱をしかと覚えている。言外にあれだけヤッたのに翌朝よくそんな動けるよな、と言われて羞恥を覚えない方がおかしい。
「セバの方が情緒ないじゃん」
「マジでお前に言われたくないんだけど」
 JCCを卒業して一人暮らしを始めた夏生の家で、同じように朝を迎えたことは何度もある。仕事の関係もあり早起きなシンは、その都度朝ごはんを作ってやった。夏生は特別美味しいともまずいとも言ってくれなかったが、もぐもぐと食べ進めているからきっと嫌いではないのだろう。まあ心の中で美味いと言っているから、そんな不遜な態度も許してやっている。
 シンは坂本と再会してからずっと、坂本商店の二階に住んでいた。葵も花もすぐに受け入れてくれて、温かいご飯のある生活に浸っていた。成人とはいえ居候している身ゆえに、そう何度も外泊をすることは憚られる。夏生も夏生で働き始めてすぐだったので頻繁に会う余裕もなかったので、ちょうど良かった。それでも夏生がJCCにいた頃よりは格段に会えているので文句もなかった。
 だけど、今日からは違うのだ。同じ部屋で眠り、同じ部屋で起きて、それから一緒にご飯を食べる。これから毎日、ずっと。
 たまにしかない非日常だったあの時間が、これからは日常になるのだ。それはなんだか少し寂しい気もするけれど、それよりも期待に胸を膨らませてしまう。夏生とつくる、これからの日常に。
 出来上がった簡単なワンプレートを机に置いて、そのまま椅子に座る。夏生がコーヒーを持ってきて、カップを一つ、シンの方へ置いてくれた。いただきます、とどちらともなく声を合わせて、それからトーストに齧り付いた。
「今日これからどうする?とりあえず荷解きしないとだよな〜」
「余裕あれば家電とか見に行きたい」
「それも行こ!あとこの辺りの散策もしたい」
「それは明日にしよーぜ」
 そんな会話をしながらの食事は、思ったよりも早く終わりを迎える。最後のウインナーを咀嚼して、少し冷めたコーヒーを口に含んだ。未だ柔らかな陽射しがシンと夏生を照らす。窓越しでこんなにも暖かいのなら、今日は日中も良い天気になるのだろう。ああ、カーテンも買わなければ。何色が良いだろうか。意外のこだわりの強い夏生が納得するような色が良い。それでいて、ふたりの新生活にぴったりの、そんな色。そうだ、ソファも欲しいな。ふたりで使っても余裕のある大きいソファ。
 思考があちこちへと飛び散っていく。まだ当分冬なはずなのに、春を感じさせるその陽気につい微睡んでしまう。うとうとしているシンに気がついたのか、夏生が立ち上がりシンからカップを取り上げた。夏生の指が光を反射して煌めいている金髪を、そっと撫でた。髪の毛越しに夏生の体温を薄らと感じた。
「眠いならもうちょい寝よーぜ、また朝早いし」
「おー……
 それも良いかも、でもやることたくさんあるしと思っていたら、夏生の指がつう、と滑ってシンの耳を掠めた。溝を確かめるようになぞり、時折爪で引っ掻く。穴の周りをすりすりと優しく撫でられて小さく声を上げた。
「んぅ……っ」
 触れられてもいないのに、思い出したかのようにナカが疼いた。ちらりと夏生を上目遣いで見上げると、その瞳は確かに熱が孕んでいて、手持ち無沙汰になった手のひらを強く握った。
……っ、まあ!ご所望のベッドでイチャイチャ、してやってもいーぜ」
「おい、勝手に読むなって言ってんだろ、くそエスパー」
 ごちゃごちゃと言い合いながら、シンクにお皿を置いて水を張る。洗い物は、後でいいか。
 夏生の手を握ると、すぐさま恋人繋ぎに直されて笑みが溢れた。なんだか、甘くてムズムズする。くすくすと笑うシンの頭をど突いて、夏生は大股で寝室へと向かう。案外ベタなことを好む夏生の希望を叶えるべく、シンは握られた手に力を込めた。
 パタン、と静かに寝室の扉が閉まる。そのあとのことは、無人の部屋に残された陽射しだけが知っている。