【海】





青色と水色でグラデーションされた波が静かに押し寄せては引いていく。真白はその繰り返しをぼんやり見つめていた。青白い太陽の光でキラキラと輝く海面を感情の無い瞳でただ視界に入れる。
海を見ていると頭や胸の中がスッキリする。どうしてなのかは分からない。けれどふわふわした不安が消えていくのは心地良い。もっとその心地良さに浸っていたくて一歩足を進めた。



……見つけた!
月祈はまっすぐに真白の後ろ姿を捉える。真白は腰まで海に浸かって棒立ちしている。

「姉様!」

走りながら叫ぶ。しかし真白は微動だにしない。気づいていないのだろうか。
そのとき真白が一歩前へ足を進めた。月祈は目を見開き、手を伸ばす。

「ダメです! 行かないで姉様!!」

背後から勢いよく抱きつき引き戻す。一気に足元がずぶ濡れになったが今は気にしていられない。

「姉様……ねえ、さま……

姉の感触を腕の中に閉じこめてもなお、不安で震えが止まらず、ぎりりと力を込める。危なかった。これでもう少し気づくのが遅れていたらと考えると、さらに震えが強くなった。
真白は緩慢な動作で月祈を見上げ、

「欲しいものはあった?」

不思議そうな顔で淡々と呟いた。



その後、海から少し離れた場所に移動して呼吸を落ち着ける。真白は変わらず不思議そうにしつつも、月祈の背中をポンポンと撫でていた。そのおかげでようやく震えはおさまった。

「姉様どうしてこんなところに……
「どうしてって散歩してただけだよ」

月祈の消え入るような質問に、真白はきょとんと首を傾げながら答えた。

「それなら何故、海に浸かっていたのですか」

さらに質問を重ねながら、ぽたぽた水滴が滴り落ちる真白の着物を見る。帰ったらすぐに着替えさせないと。天使は風邪を引かないと管理者から聞いたことがあるが、だからといってそのまま放っておく理由にはならない。

……海?」

数秒の間を置いて、真白はぽつりと言葉を落とし次いで視線を下ろす。そこでようやく腰から下が濡れていることに気がついたらしく呆然としている。
真白は無意識に自分の意思とは関係なく行動することが多い。厳密には違うが、夢遊病のようなものだ。他者が指摘しない限り自分で気づくことはない。

……どうしてだろう。……それよりそろそろおやつの時間だから帰ろう」

真白は光の無い暗い瞳で小さく呟いたが、瞬きを一つした直後には薄い微笑みを浮かべていた。さっさと歩き出した真白に月祈は慌ててついていく。何か思い当たる節がありそうな雰囲気だったが、追求する勇気はなかった。

(気になりますが……姉様が無事だっただけでも良しとしましょうか)

月祈は深追いすることをやめた。