宇宙ステーションから不感の否定者であるフィルくん及びフィルくんの母親を無事救出後、地球に帰還した私達は次の課題発表が出るまでの間、短いながらも各自休息を取っていた。
というより私に限ってはニコさんからストップが直々に入ってしまった。
「お前働き過ぎ少しは休め」
そんなニコさんの言葉に「大丈夫!全然平気!」だなんて返したところで、苦虫を嚙み潰したような顔のニコさんに理詰めされた上に他の皆から満場一致で一日くらいは休めと言われてしまっては何も言い返せない。しかも、私の口から休みますという言葉を聞くまで皆揃って私にくっ付き物理的に動けなくしようとしてくるから余計に言い返せなかった。
急に出来たオフ日。自室のベッドに仰向けになり目元を腕で隠す。天井から注ぐ照明の光が腕に遮られ目に視える世界が少しだけ薄暗くなる。腕の隙間から覗く無機質な天井の先、前のループでの皆の幻が情景が漫画のページを捲るみたいに代わる代わる映し出された。あの運命的な出会いからはじまり、本当に色々な事があったと思い出し懐かしめば心の奥からじわり湧き上がる感情に胸が詰まる。
寂しさと悲しい気持ちが冷たい雨となって降り注ぎ、運命的な出会いをする前の私だったら何もせず体を濡らし震えるだけだった。でも、今の私は傘を差して雨の中をわき目も降らず駆け抜ける。濡れている暇なんてない、立ち止まるなんて以ての外。ただ、時折り道端に落ちている綺麗で切ない前の世界の記憶を目で追ってしまう。
ほら今だって現ループには存在しない≪君に伝われ≫が読みたくなってきている。
「体、動かしてこよう」
気分転換。適度な疲労はぐっすり眠るのにいいスパイスになる。
外していたニット帽と手袋を付け、襟首から少しだけ出てしまっていた長い髪を押し込みなおし運動場へ足を進めた。
廊下を歩きつつ何をして体を動かすか考える。日々鍛錬怠るべからず、とそれっぽく言いながら次の角を曲がった先に見える運動場の入り口前に誰かが立っていた。その小さな後ろ姿は此方に気付くなり振り返る。
静かな新緑色の髪が振り返るのに合わせ揺れ動き、澄み切った大きな瞳が瞬きひとつせず私を見詰めていた。
「フィルくん」
あまり運動場で見かけない姿に思わず凝視してしまう。現ループでも古代遺物”託す者”使用者であるフィルくんはニコさんのところで度々メンテナンスを受けている事があるから動作確認のため運動場に来たのかな。それか運動場にいる誰かに会いに来ていたりとか。
頭の中に浮かぶ何故フィルくんが運動場にいるのかという他愛のない疑問は、歩み寄る足を止めず彼との距離を詰めていく内に違う疑問がそろりと顔を出した。
フィルくんが此方に振り返るに合わせ曲げられていた左腕が体の横に沿って伸ばされる。見え辛かったけど、口元に軽く握られた左手が、親指だけ伸ばされそれが口に咥えられているようだった。前の時によく見ていた光景は現ループでは見た事が無かったが為に小さな不安となって私の両手を動かした。
手袋に覆われた両手を小さな肩に乗せ視線の高さを合わせるため腰を屈める。
「大丈夫?」
我ながら言葉足らずな言葉。そんな私の言葉を聞いたフィルくんは両手を私と自分の間に持ってきて握っては開くをくり返す。きっと動作確認をしているのだろう。特に問題は無かったらしく、両手を見下ろしていた新緑色の瞳を此方に向け小さく頷いた。
そうだけど、そうじゃないって思いつつも彼が纏う穏やかな空気にホッと胸を撫で下ろすのと同時に顔が緩んだ。
そして、緩んだことで漸く私はフィルくんの両肩を掴んでいる事を思い出し、肩から手を離そうとしたその時。
私の腕の輪から外側へ知らぬ間に移動していたフィルくんの小さな両手がぎゅっと私の手首を掴んだ。力強くとは程遠い、されどしっかり握って離さない強い意思が手首から伝わる。
「(これも動作確認のひとつ?)いきなり掴んでごめんね。びっくりしたよね」
謝罪を述べてから改めて腕を動かす。ビクともしない。今度はもう少しだけ力を込めて動かす。うんともすんともしない。
うーんどうしようか、なんて考えはじめようとした矢先、何の前触れもなくフィルくんが掴んでいた手を離し、その手を私に伸ばしながら距離を狭めてきた。咄嗟の出来事だったが、床を蹴り後方へ飛び退いた。危なかった。判断が少しでも遅れていたらフィルくんの指先が私の頬を掠めていた。
大きく数歩ほど飛び退き離れた距離から話しかける。
「分かってると思うけど私に触れたら不運来ちゃうから」
肩を竦め首元を隠し両手でニット帽を掴み深く被りなおしている間、ふと脳裏を過るフィルくんは古代遺物から前の記憶を見ているはず、なら私の不運やその発動条件を知らないなんて事は無──ッ。
「ちょっと拙いかも……」
運動場入り口前に佇んでいたフィルくんが爪先で床を叩く。まるで履いたばっかの靴を足にピッタリフィットさせるような動きのあと軽くその場でジャンプをし始めた。規則正しく数回ジャンプしてから新緑色の瞳が私を見詰めて語り掛けてくる。
『準備できたよ』
ゆっくり歩き出して徐々に早歩き、駆け足と速度を上げ此方に向かってくるフィルくんとの鬼ごっこが唐突に始まった。たしかに運動場で体を動かそうと思っていたけど、これはちょっとというか大分思ってたのと違うッ。
「わっ!とっ!?ほっ!」
「………」
明らかな意思を持って私に触れようとするフィルくんの手から指先から身を捩り避ける。もしもの事を考えて両手はニット帽から離せず、かなり走りにくい状態で組織内を駆け回っていた。伸ばされる小さな手を躱すため、その場で速度を一気に落とし触れ合うタイミングをずらす。崩れそうになる態勢を足裏全体で踏ん張り膝を折り背中を倒すのに合わせ、ワンテンポ遅れ伸ばされるフィルくんの手を目で追い、ブリッジ状態だった体を素早く起こして逃げていた方向と逆の方へ駆け出す。引き籠り時代の自分では絶対体を痛めている動きも今なら問題なく出来る。体鍛えといて本当に良かったー!
頭の中に広げた組織内の地図を頼りに行く先行く先の角を曲がってはフィルくんを上手く振り切るべく駆け抜ける。じりじり距離が広がってきた。この先にある十字路で撒く算段を立てていたが、それは呆気なくおじゃんになった。
「なんで!?」
ものの見事に十字路だった場所は防火シャッターが下りており即席袋小路と化していた。前方、左右の道を完全に閉ざされ、今来た道を戻ろうにも此処に来るまでの道は一本道。振り返る、汗を掻かず息も上がっていないフィルくんが静かに佇んでいた。
澄み切った大きな瞳を一切逸らさず一歩また一歩と此方に近付いてくる。このまま下がったところで如何にもならない。下がって背中に冷たく硬い感触が伝わるくらいならば逆に前に出る。フィルくんの動きに合わせ前へ歩き、あと一歩深く踏み込めば手が届く距離で相手が止まったので私も止まった。弾んだ呼吸を整え目を逸らさず対峙する。
そして、フェイントを掛けフィルくんの右を駆け抜けた。ただ、それは彼も分かっていたのかフェイントに掛からず私の動きに合わせ顔を逸らさず手を伸ばしてくる。
「ごめんねフィルくん!」
フェイントのフェイント。右に意識を向けさせておいて私は隙が増えた左から態勢を低くしてフィルくんの横を通り過ぎる事に成功した。笑顔でフィルくんの肩をトンと軽く叩いて終わりの合図を告げる。
「私の運動に付き合ってくれてありがとう!鬼ごっこ楽しかったよ!」
急激に速度を落とさずゆっくり走り今来た道を戻るべく角を曲がった瞬間、後方から聞こえるジェットエンジンが掛ったような音を耳が拾い咄嗟に顔だけ振り返る。程なくして視界に入ったフィルくんを捉えるなり止まりかけていた足の回転速度を上げた。
「それはずるいってー!!」
足をバーニアに変形させ機動力、飛行能力を新たに得たフィルくんとの第二ラウンドが始まった。
頭の中で景気よく鳴るゴングの音を置き去りにして私は先程以上に組織内の廊下を駆け回る。正直こうなってしまってはニット帽を掴んでいる両手を離さざるを得ない。今まで手を抜いていたわけじゃないとしても久方ぶりの全力疾走に心臓が勢いよく全身に血を駆け巡らせる。角を曲がる際、速度を落とさず遠心力に振られ倒れそうになる体を腕で支え持ち直す。一気に近付く音と気配から目で見ず、その場で床を思いきり蹴とばしフィルくんとの接触を回避した。緩やかに動く世界の中、すれ違うフィルくんと目が合い私を追い抜いていく姿を見送る前に再び床に着いた足が彼がいる方向とは逆の方へ蹴りだす。
短くリズミカルに吸っては吐く息。如何しよう張り詰めた緊張感が、捕まりそうになって避ける感覚が、すっごい楽しい。多分今の私笑っている。なんでか分からないけど、楽しくてしかたない。
「──嘘でしょ」
言葉の割に随分楽しそうな自分の声色にまた笑う。
真っすぐ伸びる長い廊下にある防火シャッターの群れが手前からどんどん閉じられていく。それをスライディングする形で狭まっていく隙間に体を滑り込ませた。防火シャッターの隙間を潜り抜けた際、後方を確認すれば少しだけ距離が離れたフィルくんが私が通った時より狭くなった防火シャッターの隙間を難なく潜り抜けていた。
「さすが…ッ」
何の危なげもなく潜り抜けたのを見ていたからか、最後の防火シャッターもギリギリで私が潜り抜けたあとフィルくんも続いて潜り抜けるものだと思って疑わなかった。
何かを挟んだような硬く鈍い音、ぶつかり合い詰まったような音と共に足元から這い上がる嫌な雰囲気にやおら振り返り目を見開いた。フィルくん上半身と下半身を分けるように降りた防火シャッター。彼は抜け出そうとしているのか防火シャッターに手を置きグッと押している。
「フィルくん!」
踵を返して駆け寄り腰を屈めフィルくんの両側に防火シャッターを持ち上げるべく両手を差し込んだ瞬間、先程まで防火シャッターに添えられていた小さな手が私の頬を撫でた。
はじめ何が起きたのか理解できなかった。置かれた現状が分からず動けずにいたら、フィルくんが徐に立ち上がるのに合わせ閉じようとしていた防火シャッターたちが一斉に天井へ吸い込まれていった。それを他人事のように眺めている間にもフィルくんの冷たくも温かくもない手のひらが私の頬を包み撫で、細い腕が髪のカーテンを揺らしつつ首元に巻き付いてくる。
知らず尻餅をついていたようでぺたんと座り込んでいたらしい。頬から首から、髪の毛を撫でられる感触が波紋となって広がるにつれ私は血の気が引いていき、新緑色の瞳に映り込む驚愕に染まった自分の姿が見えなくなり、少し置いてから抱きしめられている感覚にありったけの声で叫んだ。
「フィ、フィフィフィルくん!?触った?触ってるよね?触っちゃってるよね??うわあああああああああッ!!!!!!不運来ちゃうよおおおおおお!!!!!!!」
ずっと気を付けていた、一番しないようにしていた事が起きてしまった。髪に一瞬触れただけとはわけが違う。直接触れている、しかも一瞬という短い時間から遥かに外れてしまっている接触時間の長さに嫌な汗が滲む。
頭の中が後悔の波でざっぷんざっぷん大荒れになり、まともに考えようとする意識を溺れさせに来る。
だが、もう触ってしまった。でも、まだ離れていないのを確認してから覚束ない足を気合で立ち上がらせフィルくんを腕に座らせる形で抱き上げた。
「一先ず…、離れると不運来ちゃうからフィルくん私から離れない、で」
「………」
「…ね」
言い切る前にフィルくんがぎゅうっと首元に抱き着く力を強めたお陰で私の言葉は尻すぼみ。
「接触面積広くなったーーーー!!!!!」
殆ど泣き言に近い叫びすら気にしていないようでフィルくんは構わず私に頬ずりをしている。
何処か遠くでわーフィルくんのほっぺ、むにってしてるーなんて変に抜けている自分がいるのがまた笑える。
「だけど大丈夫…、こういう時の回避法は、あるッ!」
私は通信機のスイッチを入れコールを送る。止まっていた足を動かし無機質で味気ない呼び出し音が続く中、ずっと私は早く出て早く出てと念じ続けた。
風子に休めと言った手前、オレ自身も程々に軽めの仕事を捌いていく。組織内に置ける設備系統の見直しをしていれば体よく問題にならない程度の小さなトラブルが芽吹きやがった。
つい今しがた僅かな時間だが、変に誤作動していた防火シャッターの原因を調べるべく片手間に淹れたコーヒーを啜る。防火シャッターの異常起動ログをパソコン画面で確認。実際組織内で火災が起きたわけでは無さそうだ。
「(誰かが電子系統弄ったか?)」
そうなれば組織内全体のセキュリティ強化対策、今後このような事態が起きぬよう原因を突き止め問題を解決せねばならない。半分近くまで啜ったコーヒーをデスクに置き、ググっと両腕を前方へ伸ばし作業に取り掛かろうとした刹那、ビービーと通信機からの呼び出し音が賑やかに鳴り出した。
「へ「ニコさああああああんっ!!!!」」
こっちが喋るのに合わせ被せてくる絶叫に近い声が甲高い耳鳴りを引き連れてくる。反射的に体を逸らし耳元から遠ざけ、耳鳴りが収まるのを見計らい逸らしていた体を戻した。
「その声、風子か?」
随分と取り乱し半泣き状態にも思える聞き馴染みのない声色。普段無茶する割には危機的状況に陥っても冷静に判断し落ち着き払っている、所謂見た目の年齢に合わない態度を多々見聞きしていたが、これは実に年相応的なリアクションだなと独り言ちる。
一先ず、その件については横に置いておき、如何考えてものっぴきならない状況に陥っているのは確かだ。
「如何した?何があった?」
「ニ、ニニニコさんっ!ちょっとした事故でフィルくんと私接触しちゃって今離れないようくっ付いてる状態なんですっ!!」
「おー…」
想像以上のヤバい状況に気の抜けた声しか出ねぇ。よくて組織半壊する程の不運が来るのが確定されちまっている。成程これで風子の取り乱しっぷりも納得がいく。風子の引き寄せる不運に強さは相手への好感度、接触面積及び接触時間の長さに左右されるんだったか。
「風子、フィルとはどのくらい引っ付いてる」
「もう三分近く!ほっぺ同士くっ付いちゃってます!」
「……他は」
「フィルくん私の首に腕巻き付けて落ちないよう今抱き着いてもらってます!」
「──なんだオレ達全員と心中するつもりか?」
「しませんし、させませんっ!ニコさんッ、私は不運の被害を最小限にすべく組織の外に向かって移動してるんですが……ッ」
嗚呼、だから通話口から荒い息遣いが聞こえるわけだ。風子は今、フィルを抱き抱えた状態で外へ出るべく走っている。
「古代遺物”魂の口径”を送ってくれませんか!?」
「! 幽体離脱か!」
以前オレが身を持って味わった二度と味わいたくないえらい目が此処で役に立つ。不運は魂に付与され、前回と同じ物理的な不運であればフィルの魂に対して其れは効かなくなる。ただ魂自体に不運は引き寄せられる為、不運を起こす場所は可能な限り人的被害が被らない場所が望ましい。そして、何より物理的不運じゃなかった場合、フィルの魂が無事である保証は何処にもない。──が。
「”魂の口径”は任務でビリーが所持している事になってる!今すぐ送らせる!」
「お願いします!」
うだうだ考えている時間すら惜しい。
風子との通話を繋げたまま、オレはビリーの通信機にコールを送る。2コール後、ビリーとの通話が繋がり何処か抜けた声が鼓膜を震わせた。
「はいはーい、こちらビリー。なに新しい任務かい?」
「用件だけ伝える!”魂の口径”をこっちに送り返してくれ!」
通話口から俄かに伝わるやや困惑した空気。ビリーは少しだけ唸ったあと答えた。
「ボク今回の任務でその古代遺物持ち出してないんだけど?」
「は?」
ビリーと同じ任務にあたっていたテラーにも聞いてみたが答えは軒並みNO。
通話終了後、ディスプレイに映し出される”魂の口径”の使用履歴を睨みつけていれば所持している人物が更新された。友才、間髪入れずに今度はボイド、一心にジーナ、ショーンと次々に表示されていく。一定の間隔で更新される際に聞こえていた電子音が途切れることなく部屋に木霊する。
所持しているとされる人物は目まぐるしく変わり、漸く電子音が止まり最新情報で所持している人物は……、オレの名前が表示されていた。
「いい度胸じゃねえか……!!」
明らかな挑発行為に顔が引きつり前髪を掻き上げる。通話を繋げていた風子に現状を伝えた。
「すまない風子ッ!”魂の口径”の所在場所は何者かがシステムを乗っ取って分からず仕舞いだ!」
「えぇええええ!?」
「すぐにシステム取り返して送「イチコさんは今どこにいます?!」」
「今取次ぐ!」
ほぼ同時にオレはイチコの通信機にコールを送った。
「ほいほーい。イチコさん今風子ちゃんのとこに向かってるよー」
「ありがとうございますっ!私と合流次第フィルくんの幽体離脱お願いします!」
「ちょっと自信ないけど、張り切って頑張っちゃうよ」
二人の会話を聞きつつ、そっちは問題なしと確認後オレは生意気にシステムジャックをしている相手からシステムを取り返すべく手と頭を動かす。
生意気にファイアウォールを何重にも掛けご丁寧にプログラムまで書き換えやがっている。頭に血が上っていく感覚が自棄にはっきりと分かる。いいだろう、本気を出して完膚なきまでに叩き潰してやる。湧き上がる闘争心に歯を食いしばった口角が耳元までつり上がっていくのを他人事のように感じた。
だが、徹底的に排除する強い感情が乗った指が軽快に動く寸前、聞き流していた二人の会話に意識を持っていかれた。
「あれー?落ち合う場所、Ⅰ階層のサウスゲートだよね?」
「ええ!?Ⅳ階層の地上直送エレベーター前ですよ!?」
「……は?」
如何聞いても二人の会話が嚙み合っていない。直接しかも本人同士で落ち合う場所を決め合っているってのに何故合流できない?合流場所を二人揃って聞き間違えて勘違いした?そんなわけないだろうっ。
風子がイチコの方へ向かうので待っていてくださいと通信が入った瞬間、特大の違和感が大口を開けてオレの前に現れた。
「オッケー。Ⅲ階層の地下エアポートに集合、了解ッ」
「おい待てイチコ、風子はその場で待てと言──!?」
「え?ちょっと電波状態が悪…聞こ……」
風子、イチコ間だけじゃなくオレとの通信も意図的に切られた。しかも親切丁寧に組織内の放送網も完全に落とされた。すぐさま復旧に掛かるのと同時に、特大の違和感の正体を突き止めるべく先程の二人の会話を再生する。
「イチコさん!合流場所はⅣ階層の地上直送エレベーター前でお願いします!」
『イチコさん!合流場所はⅠ階層のサウスゲートでお願いします!』
「んだよコレ……!!」
「イチコさんはそのままそこに居てください!私がそっちに行きます!」
『イチコさん、そこからⅢ階層の地下エアポートに向かってください!そこで合流します!』
「風子の通信会話が差し替えられている!?」
声質も何もかも本人と遜色ない。まさかと思いイチコ側の方を再生して見れば風子と同じような事になっていた。システムジャックしている奴は何が何でも風子とイチコを接触させたくないらしい。だが、その狙いが全く分からねぇ。何が目的なんだ。
イチコやオレとも通信出来なくなり絵に描いたように慌てるものの、外に向かって走り出す風子の後ろ姿を画面越しに見遣る。如何にかしてこの危機的状況を脱しなければ、なんて想いはフッと消え去るのに合わせ風子とフィルが映っていた監視映像が途絶えた。真っ暗に染まった画面に映るオレの顔はやれやれと半ば呆れ混じりに笑っている。
監視カメラを真直ぐ見上げる翠緑の瞳。これまた風子に見えない角度で口元に人差し指を添える姿を見て笑うなって方が難しい。
「ったくやりやがるぜ、フィルさんよぉー」
オレはどっかりと椅子に座り直し残り半分のコーヒーを一気に煽った。
イチコさんとの通信が切れてからニコさんにも通信が繋がらなくなっちゃった。
緊張と不安感から来る早鐘を落ち着けと言い聞かせ、私は組織の外へフィルくんと共に出ていた。草原を波打たせる夜風が火照った体に心地よく、よたよたした足取りで石柱に背を預けフィルくんを抱き抱えたまま腰を下ろし息を整える。
「星空きれいだね」
見上げた先、真っ暗な空に瞬く星々の輝きと丸い大きな月にため息が零れた。もう此処からは見えないけれど改めてあの暗い宇宙にいたフィルくんを助けられて良かったという気持ちが胸に込み上がる。
手袋越しにフィルくんの頭を撫でれば、首に巻き付いていた片方を解いた小さな手に掴まれぎゅうっと抱き込められた。
それがとても微笑ましくて私の胸に渦巻いていた緊張と不安感がふわりと軽くなっていく。根本的な問題解決にはなっていないのは分かっている。今だって「これからどうしようかな」なんて満天の星空に向かって言っちゃってる。
私の手の甲側からフィルくんの指が指の間に差し込まれ折り畳まれた。まるで胸の中にしまうように私の手を腕を抱き締めるフィルくんの柔らかな髪が揺れ動く感触が頬から伝わってくる。
「もうちょっと休憩してからまた動くから」
今日は夜更かしさんだねって笑えば、私の首元から腕を離さず顔が見える距離まで離れたフィルくんが無言で頷いた。
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