【カミ東】夜が更ける前に

しっかり両想いな🔪🍮のお話。今更だけどがっつり付き合っている前提で進んでいますご注意ください。
それぞれ別パターンで二つほど。

近々シリーズの最新作映画が上映するのに合わせて地上波放送されていたシリーズの前作映画。他に何か見たい番組があるわけでもなく端無く流し見程度で見ていたが、思っていた以上に映画の映像美と物語性に引き込まれ気が付けばエンドロールの終わりまでしっかり見てしまった。
まんまと映画販促に乗せられ思惑通り続きが見たい欲が産まれるのは当然と言えば当然だった。
明日は映画館の巨大スクリーンでこの続きを観るのだと思えば自然とカミキリの胸が高鳴る。薄暗い空間の中、視界いっぱいに広がる映像にお腹の底にまでビリビリ響く大音量。しょっぱいポップコーンもいいが、甘く食感が小気味よいキャラメル味も捨てがたい。いっそハーフ&ハーフにすれば両方楽しめるので其方がいいのかもしれない。ひとつのポップコーンを二人で分け合い、時折り隣に座る東雲をそっと横目で見遣る。スクリーンの光に照らされた東雲の横顔。食い入るように視ている彼女は視線を前から逸らさず、Lサイズのカップに刺さったストローを咥える。
なんてことない一コマがカミキリの心を満たし、此方を見る気配が無いのを確認してから視線を前に戻した。

──などと、前回の映画館デートを思い出して自然とカミキリの頬が緩む。
週末が近付くにつれ心が躍るのを抑えられない。諸手を上げ東雲を独占できる甘くて愛おしい時間が待ち遠しくてどうしようもない。今宵もまた東雲は自分の部屋に泊まり、明日一緒に映画館へ先程見た映画の新作を観に行くものだとカミキリは一切疑わなかった。

「ごめんカミキリさん明日朝早くに用事が急遽入っちまって今日は泊れないんだ」

故に東雲が大変申し訳なく放った一言にカミキリは静かに動揺した。
思い返す──、いつもであれば明日の着替えと寝間着を入れた手提げ袋を今宵訪れた東雲の手には無かった。手ぶらの時点で気付くべきだったが、部屋に訪れてくれた恋仲である東雲の顔を見た途端、喜びと嬉しさでそこまで気が回らなかった。玄関扉と鍵を閉めるなり、たまらず東雲の胸の中にカミキリが飛び込んだ。
たった五日間。しかも、やろうと思えば毎日顔を見合わせられる距離に住んでいる。だが、カミキリにとっては待ち遠しくなるほどに長く、顔を見合わせているからといって所構わず触れ合う事は出来なかった。
困惑や戸惑いもない頭を撫で背中に回される東雲の手と腕に幸せに彩られた吐息が漏れる。
「大家サん、おかえり」
「──ん」
相変わらず照れ臭いらしく短く返事する様にカミキリは小さく笑う。嘲笑ではない、ただただ愛おしい気持ちと可愛らしい気持ちから、くすりと笑う。
そんなカミキリに東雲は気を悪くする事もなく「中、いーれて」と云わんばかりにサンダルを脱ぎ、自分にくっ付いたカミキリごと部屋に上がっていく。



背中を向けてはいるものの、その背中は東雲から離れずピッタリと張り付け、抱えた膝に顔を埋めた。静かな動揺は何時しかカミキリを控えめにだが拗ねさせるまでに至った。
結果的に期待を裏切る形になってしまい東雲は申し訳なさと如何したものかと考えあぐねていた矢先──。
胡坐を掻き座っている東雲の股の間に向かい合う形でカミキリが腰を下ろした。腰元に足を絡みつかせ、首元に抱き着き、顔を東雲の肩口に埋めたカミキリがぽしょり呟く。

「帰る時間まで、このままでイサせて……

ぎゅっと抱き締める力を強めるカミキリに東雲が断るわけもなく、自身も腰元と背中に腕を回し自分の胸の内側に招き入れるよう抱き締める。これで少しでも嫌な気持ちが小さくなってくれるならば安いものだ。
カミキリの側頭部に顔を寄せ頬擦りする。頬から伝わるぬくもり、鼻を擽る匂いに知らず東雲は抱き締める力を微かに強め、俄かに産声を上げそうになる感情を宥め寝かすのだった。

さて。予定の帰る時間から5分、10分と過ぎたが抱き着いたまま一向に離れる気配のない相手に疑問が浮かび。
「(あ、これ粘って帰さない気だ)」
程なくして確証に変わった。東雲の腕の中から漂っていた不機嫌なオーラはいつの間にか舞う花へと変わり、首筋から頬に掛けてやわく口付けするカミキリが抱く思惑は分かり切っていた。
それゆえ強引に引き剥がす際、多少の罪悪感と共にその手には乗らないぞという気持ちが東雲の中に生まれ、後ろ髪引かれる想いを抱きながら玄関へと歩を進めた。
サンダルを履いている間、後ろから犇々伝わる不貞腐れた気配に振り返る。すると、不貞腐れているなりにそれでも見送りに来てくれたカミキリにまた罪悪感の芽が伸び育っていく。顔を俯かせ大きな目が逸らされている様に胸が痛む。
それを自分も含め言い聞かせるように東雲は鼻で溜息を吐いた。
浅く腰を屈めカミキリの頭を撫で、指通りなめらかで触り心地の良い髪を手櫛で梳き、普段前髪で隠れて見えない額を前髪を掻き上げキスを落とした。
「埋め合わせはするから」
掻き上げていた前髪を下ろし離れようとすれば、幼くも男らしい手が伸びてきて東雲の両頬を包み込んだ。
離れていた距離が再び無くなる。ぼやけた視界、唇から伝わる柔らかさ、微かに熱を帯びた相手の吐息を甘んじて受け入れた。
唇を離したカミキリは鍵と玄関扉を開け。
「気ヲ付けて」
不貞腐れていたのが嘘のように微笑みながら東雲を見送る大人びいた対応を見せた。
玄関扉が閉まり、東雲は玄関扉に伸びる自分の影を暫し見つめてから口元を手で押さえた。湧き上がるこの熱さは何か、耳まで赤くなり、下手すれば首にまで赤色が侵食しつつある。

「(あっぶねー、危うく帰りたくなくなっちまうところだった)」

内心焦りに焦っていた東雲は相手の姿が見えなくなった途端、自分の心臓が五月蠅いまでにドコドコ鳴っているのを無意識に胸を手で押さえて気が付いた。
正直に言うならカミキリの思惑に乗っかりたかった。更に言うなら自分だって新作映画を明日一緒に観に行きたかった。運悪く入ってしまった用事そのものを恨んだりもした。
徐々に大人しくなりつつある心臓に深呼吸してから東雲は自分の部屋へと戻っていく。
「(明日はやく終わりそうならさっさと帰ろう……)」
火照った頬を耳を首元を夜風にあて冷ます。だが、まだ夏の尾が引く夜長は東雲の朱色を溶かすまでの力は無かった。