【金浅】とりかこむ

aska氏がknmr氏を振り回す予定だったのになぜか逆になっているフシギ。knas長髪カーテン浪漫。

厚さ僅か2cmにも満たないガラスに隔たれた内側の空間から見上げる大雨はいつ見ても心が躍る。
果てなき旅を続ける飛行艇が雷鳴轟く嵐の中を駆け抜けたり、はたまた未知の星に不時着した宇宙船の窓からはじめて”雨”という気象現象を目の当たりにして釘付けになるなどなど。
だが、現在内と外を隔てているものは世間一般的なフロートガラスで無ければ日差しを和らげるカーテンでもない。重力に従いさらりと流れ、隔たりを作る薄く軽やかな壁。目を凝らせば微かに消えては生まれる縦に細長い隙間から外の世界と光がうっすら漏れ見える。
不規則かつ緩慢なリズムで葉擦れに似た音が耳をくすぐりこそばゆい。薄く軽やかな壁に覆われてから微かに香る匂いはなんだろか。とてもいい匂いだ。
嗚呼、やはり何かに囲まれるというのは安心する。四方、ではないけれど適度に仕切りがあるのは落ち着きますなあ。





(って、なことを考えてるなこの顔は)
ささやかな接触事故にかこつけ水崎氏が持ってきたソファに覆い被さるかたちで押し倒したところで、眼下で静かに目を輝かせる浅草氏には恐らくこちらの存在自体見えていないのでしょう。
(人の髪を今後の設定材料にしようって気は見え見えですが)
このままいっそ何処まで顔を降下したら気付くのか試したい気持ちもありますが、そろそろ作業に戻ってもらわないと今後のスケジュールに影響を及ぼしかねない。
「浅草氏。いい加減、作業に戻、……あ?」
小さく息を付き上半身をゆっくり起こそうとした矢先、下から声が聞こえたので視線を再び浅草氏に戻すと、なにやらもの言いたげな目と目が合ってしまいました。
「すまない金森くん、……そこに置いてあるワシのスケッチブック取って欲しいのだが」
視線だけで疑問を投げかければ小さい体を更に縮こませながらも浅草氏の消え入りそうにも関わらず沸き立つ衝動を抑えきれていない声が耳を打つ。
「ちょっとアイディアとして書きとめたいからもう一回やってはくれんか? も、もちろんタダではないぞ!?」
音曲浴場の瓶牛乳をなんとか本数は何本だとか。変わらず下で騒ぎ立てる浅草閣下に思わず鉄槌を下したくなる衝動を押し込み彼女の望みを叶えてあげました。
「ま、待ってくれ金森氏。まだワシ、スケッチブック受け取ってない、のだ、が?」
いよいよもって慌てふためく浅草氏の目が泳ぎ始め、忙しなく何度も同じ言葉をくり返す。
「近い近い近い近い近いちかいちかいちかい」
「どうしました? 私は浅草氏の要望に沿ったまでの行動をしているだけですよ」
浅草氏が喋るたび唇に感触が。つまり、それは浅草氏も同等もしくは近からず遠からずのことを感じ取っているはず。おや。いつの間にか固く目を瞑り事が過ぎるのを待っているようですが、多寡だか目を瞑った程度で過ぎ去るものだといいんですがねえ?
このまま浅草氏の泣きが入るまで現状維持もまた、と考えたところで不自然な体勢を保つのも楽じゃない。体よく水崎氏と百目鬼氏も帰ってくるみたいですし、ここいらが潮時ですかね。
ギッと音を立て今度こそ上半身を起こすと、見えない圧迫感が消えたことにより浅草氏が恐る恐る右目だけを薄っすら開け「……金森氏?」なんて叱られた子供染みた声に引っ張られ、思わずドスっと大きな音を立て彼女の隣に腰を下ろした。
雑に足を組み、その組んだ足の上に頬杖を付けば遠慮がちに体を起こした浅草氏が帽子のツバを両手で掴み俯きながらもチラチラこちらの様子を窺っては何度も目を反らす。
そして、意を決して言った浅草氏の言葉はタイミングよく水崎氏が百目鬼氏と談笑しつつ開けた引き戸の音と重なり合い私の顔を顰めさせた。

「またの機会にもう一度やって欲しい」



こいつ、学習しねぇなホント。












後日。浅草氏金森氏に音曲浴場の瓶牛乳5本支払い再チャレンジ。

首を竦め顔を真っ赤にしていたころの浅草氏が懐かしい。日を改めただけで場所、時刻、状況の殆どが以前と全く同じもしくはそれ以上に距離を狭めているというのに一度スイッチが入ってしまえばここまで見えるものも見えなくなるものか。
「金森くん、もうちっとだけ高さ上げて」
「へいへい」
先に対価を頂いていますので、対価分の仕事はします。高度を上昇させるのにつれ、のたうっていた毛先が真っすぐ伸びていく。私と浅草氏の間に出来た僅かばかりの空間にスケッチブックをねじ込まれたお陰で視界からクライアントの顔が見えなくなりました。
書きにくい状態でよくお描きになられる。体力枯渇まで幾分か余裕ありますが、如何せんしんどい体勢には変わりありませんのでさっさと終わらせて欲しいものです。
なんの面白味のないスケッチブックなぞ見ていても退屈なんですよ浅草氏。








(どうしよ全然ペンが動かない……
想像の世界を描きとめたい。あの日見た光景を気持ちをもう一度味わいペンを走らせたかった気持ちは本物の本当。だけど、いざ同じ状況下になってみるや最後の、……金森氏の声が唇をなぞる感覚が高速で頭の中を駆け巡り、あの日見た世界がぼやけ遠のいていく。
(今はまだ描いてる”フリ”をしてスケッチブック無理くり間にねじ込んでいるが)
……もし壁が無くなったらワシの最後じゃ。
スケッチブックが光を遮り以前より薄暗い中、必死に呼吸と心拍数を落ち着かせる。目を閉じ何度か深呼吸してから横目で金森氏の垂れ下がっている髪を眺める。狭まった視界の先、やわらかな風に押されふわり舞う光景が目に入った瞬間、私の耳にはなにものも聞こえなくなった。
無音の世界で構築されていく想像達は何故か息をせず目を醒まさない。組み立てても積み上げても崩れ溶け白の世界へ消えていく様は今まで味わったことがない。でも、不気味だとは感じず、ただひたすら薄い壁に隔たれた世界の向こうを、強風でも吹けば容易く舞い上がる隔たりを眺めていた。
すると、紙の匂いとは違う香りが鼻をくすぐる。この香りは以前嗅いだことのあるものだ。とても、いい匂いだ。なんの匂いじゃろか。
……氏、
ちょっと待っとくれ。今ワシ渾身の推理をじゃな。よし、これでゆっくり集中できる、ぞ?

「ペン、全然動いてないぞ! オラッ!」
勢いよくスケッチブックを奪われたお陰で目に光が! 眩しッ──くない。
「そりゃそうか金森氏の顔がドアップ」
「何言ってんですか。それより、何一つ描いてないとかどういう了見だ?」
奪い取った真っ白なスケッチブックを確認するや否や乱暴に机の上にダンっと音を立て置かれる光景をただ見る他なかった。
先程も言ったが壁が無くなったら最後。あの鋭い眼光が降り注ぎ、もれなくワシの口からはまともな言葉が出なくなる。スケッチブックを持つだけの仕事すら奪われた両手をペンと共に胸の前に引き寄せ指を折りたたむ。出来ればウサ吸いをしたいとろこだが生憎リュックは手を伸ばしても届かない場所にぽつねんと佇んでいる。うぅ、無念。
まともな意見を聞けないとみるや、金森くんの顔が遠ざかりワシの上に跨る体勢に。そのまま跨られている足の間から下半身をずるり引き抜くべく肘に力を込め体をずらす、──筈じゃったのだが勢いよく金森氏の髪がふわりと舞い上がり次の瞬間には風圧を感じさせる勢いで再び覆い被さってきた。
目を閉じる隙も無い。またしても重力に従いさらさら落ちる金森氏の毛先が首筋を掠める感触に体が強張り情けない声だって漏れらァ。
「ひっ」
反射的に目を閉じたら強硬手段に打って出やがった。思いっきり両頬を潰される勢いで固定され挙句の果て額に軽い衝撃が走る。
「何度呼び掛けても返事しないくらい、のめり込んでいた割に何一つ描けていないじゃありませんか」
薄闇の中、振動が、金森氏が喋る際に発せられる振動が額からダイレクトアタック。そして言葉の間の息遣い、言葉そのものが頬や唇を撫でていく感覚に過敏になりすぎている。上手く息が出来ない。なんてことだ呼吸の仕方を忘れてしまうとは不覚っ。
「浅草氏ィ~、息止める暇があるなら目、開けやがれ!」
「はいぃぃぃ! あ」
「やっと開けましたね」
ぼやける世界。金森氏の声が遠ざかるにつれ、薄くも外の世界と隔てることが出来る壁を緩やかに囲い直し、徐々にピントが合い底意地悪い見慣れた顔が見えてくる。
「さて、今度はちゃんと書けそうですか」
ぎゅうぎゅう両頬を圧し潰していた金森氏の大きな手のひらがワシのほっぺたを包み。親指の腹が頬の稜線に沿い何度も摩る。うーむ、こしょばゆい。
「善処する」
一度目を閉じ深呼吸してから目を開ける。目の前に広がるは見たかった世界の片鱗。もっと見たいもっと見せて欲しい。広がる世界から目を逸らさず机の上に置いてあるであろうスケッチブックを手探りで探していると、世界が一瞬揺らいだかと思えば目当ての感触が指先から伝わる。
「ありがと」
……どういたしまして」
右頬がなにやら物足りない気がする。きっと気のせいじゃろ。今は目の前に広がる世界を白い世界に描かねばなぬまいよ。