豆炭々炬燵
5350文字
Public SSSS.GRIDMAN
 

【アン裕】停戦協定

彼が考えた最善の考え。

カーテンの隙間から差し込む朝日と小鳥のさえずりでもう朝なんだと思い知る午前7時。
「全然眠れなかった」
結局相談したかったこと何一つ話せず一晩明けてしまった。せめて内海に電話で話したかったけど昨日の感じじゃきっと電話に出てくれない。出てくれたとしても真剣に取り合ってくれるかどうかあやしい。
変に冴えた目を擦り、眠たいんだかそうじゃないんだか少し重たい頭を起こしてベッドから降りた。そういえば英語の、なんだっけ? やらなきゃいけないけどこっちも全然できてないどうしよう。
「記憶喪失ということで免除してくれないかなァ」
記憶喪失になってから身に付いた習慣は考え事をしていても勝手に体が動いてくれる。顔を洗い、制服に着替え、自炊は出来ないからコンビニで買っておいたサンドイッチで済ませて。
「(そういえば俺の両親、出張ってどこに出張しに行ってるんだろ)」
洗面所の鏡越しに歯磨きをしている自分を見ながらふと考える。あの少女――怪獣の言う通りこの世界はツツジ台一帯だけでその先は何もない。じゃあツツジ台の外に出張したというなら一体どこに? そもそもどこに俺の両親は出張してるんだ。それは俺の記憶喪失と何か関係が――
「それも含めて二人に相談しよう」
リュックを背負い靴を履いて鍵を開けた。視界に映る廊下やその先にある建物、青空が一人の人間が造った世界だなんてまだ信じられない。振り返り鍵を閉めた瞬間、何か違和感を感じて恐る恐る違和感の方を見たら。
昨日の今日。襲ってきた少年?怪獣?彼がいた。変な声も出た。
咄嗟に後退り腕を顔の前で交差させ身構えるも昨日と打って変わって大人しい気がする。めちゃくちゃ睨んでるけど攻撃はしてこない。極力刺激しないようにゆっくり腕を下ろしながら声を掛けてみる。
「え、えーっと」
「響裕太」
「ひゃい!?」
いきなり呼ばれて声が裏返る。でも、相手はそんなのお構いなしで話を続けた。
「お前はグリッドマンじゃないんだな」
「そ、そうです!」
嘘はついてない。グリッドマンとアクセスフラッシュして戦ったことはあるけど俺自身グリッドマンじゃない。
「お前は人間なんだな」
「はい!」
「本当にグリッドマンじゃないんだな」
「はい!」
「本当の本当なんだな?」
「はい!俺は人間でグリッドマンじゃないです!」
だからその後の質問攻めに俺自身言い聞かせるように半ば勢いよく答えていった。実際本当のことなんだけど、少しでも言い淀んだら目の前にいる彼が攻撃しないとも限らない。暑さとは違う汗が背中を伝い息を飲み込んだ。
……分かった」
納得してくれたみたいでなにより。ホッと出るため息を押し込み、「じゃ、じゃあ俺はここで」そろりと彼の後ろにある階段に向かうべく横をすれ違ったその時。
「ならグリッドマンが出てくるまでお前を監視する」
「(マジかー)」
有無を言わせない視線。確固たる意志が感じられる宣言にリュックの肩紐がずり落ちた。
上手く躱せたと思ったその実全然躱せていなかった現実。これ学校まで一緒に付いてくるのかな? ずり落ちた肩紐を直して歩き出せば彼も数歩間を取り付いてきた。
「(あ、これ普通に学校まで付いてくるやつだ)」
試しに止まる。後ろで止まった気配がする。また歩き出す。また後ろで歩き出す気配がする。多分歩く速度を速めたところで意味ないんだろうなァ。
階段を降りる二つの足音を聞きながら考える。これこのままで大丈夫か。いや、ある意味二人に説明し易いっちゃし易いけどそうじゃなくて
何も喋らず無言のまま一階まで降りてきてしまった。マンションの影から二歩三歩出て歩くのをやめた。後ろで進もうとして立ち止まる気配に意を決して振り返って向き合った。マンションの影からこちらを睨む鋭い視線にたじろぐも自分自身を奮い立たせる。
「君が倒したいのはグリッドマンだけ?」
「そうだ」
「グリッドマン以外の例えば人間は?」
「興味ない」
「倒したり、とか?」
「俺はグリッドマン以外倒さない。お前も倒さない。お前を監視するのはグリッドマンと何らかの関係があるからだ」
さっきの意趣返しとまではいかないけど、質問に対して淡々と答える相手の言葉からグリッドマンに対しての並々ならぬ執念染みたのを感じる。彼をそこまで駆り立てるものが何か全然見当付かない。
分かっているのは恐らく今目の前にいる彼は以前戦ったことのある怪獣だってこと。あまり深く突っ込まない方が身のためだとしても情報は多いに越したことはない。
二歩三歩。来た道を戻ってこちらを見続ける相手と対峙する。太陽の下にいる自分とマンションの影の中にいる相手。くっきり線引きされた先、怪訝な顔で見上げる相手に一つ提案をしてみた。
「その、後ろだと落ち着かないから隣歩いてくれないかな」
正直どうにでもなれって気持ちだった。断れるのを前提で聞いてみたら呆気ないくらい素直に相手が頷いてくれた。
「分かった」
「ありがとうございます」
マンションの影の中から太陽の下に出てくる相手を見てふと考える。
打倒グリッドマン、置いといちゃいけないけど置いといても彼実はいい人、じゃなかった。いい怪獣なんじゃ。
まじまじ見るのも失礼だ。間が悪くならない内に歩き出せば彼も一緒に歩き出してくれた。
瞬間、聞こえるお腹の音。発生源に目を向ければ微かに俯きお腹に手を当てている。どう見てもどう考えてもお腹空いてるでしょこれ。近くのパン屋に立ち寄ったら彼はスペシャルドッグ一点を見つめその前から動かない。
「俺も食べたことあるけどおいしいよねコレ」
「うん」
今日のお昼ご飯代を考慮して、トレーにスペシャルドッグを買えるだけ乗せた。トングで一つ一つ乗せるたびスペシャルドッグを目で追う彼を見るに大好物なんだろうなって思う。
「お買い上げありがとうございましたー」
パン屋を出てスペシャルドッグの入った袋を彼の前に差し出した。
「もし良かったら」
睨んだまま何も言わない。もしかして買い過ぎた? こんなに食べれない?
ちょっと買い過ぎた感はあるけど。あ、目で追ってたのって乗せすぎって意味だったとか。い、今から返品間に合うか、
「うん」
一人パン屋の前でうろたえている手から袋を受け取ってくれた彼の顔は相変わらず無表情のまま。
でも、袋の中からスペシャルドッグを掴み巻かれたラップを剥がして豪快に食べはじめ今度こそ胸を撫で下ろした。
「どこか座って食べます?」
「ほほははへ、ははははひ」
口いっぱい頬張りながら喋ってるけど何を言っているのかなんとなく分かる、気がする多分。
実際歩き出せばモゴモゴ食べながら彼も歩き出してくれた。途中通りかかった自販機で飲み物を買い彼に渡す。
「これも良かったらどうぞ」
喉に詰まらないとも限らない。パンって結構口の中の水分持ってかれるから飲み物も一緒じゃないと、ってあれいつの間にか両手持ちになってる。両手塞がってたらキャップ開けられないよね。ペットボトルのキャップを捻り開けて再び渡そうとしたら、彼の左手にあったスペシャルドッグが半ば口の中に押し込められる形で無くなっていた。
「急かしたみたいでごめんっ」
空いた左手にペットボトルを渡すと半分近くまで一気に飲み干した。口元を袖で拭いペットボトルを渡されたので受け取りキャップを閉める。また両手持ちになった。ラップごと食べそうな勢いにちょっとハラハラする。
大通り沿いに出る頃にはすっかり食べ終え今は信号が青になるの待ち。
食べ終わったゴミを一つにまとめ片付け中、隣で一緒に信号が変わるのを待つ彼の格好を改めて観察。
「君の服、制服だよね? どこの学校──」
右手側から漂う只ならぬ気配にバッと振り返った。大音量で鳴るクラクションと吹かしたエンジン音が凄い速さで突っ込んでくる。歩行者側の信号は丁度青になったばかり、迫りくるトラックはどんどんスピードを上げ迫ってくる。全然止まる気配がないトラックの運転席を見て背筋が寒くなった。
運転席に人の姿が無い。言い表せない恐怖に足が竦み動けず逃げ切れないと思ったその時、何かの影がトラックとの間に割り込む形で前に躍り出た。ふわりと舞う銀色の髪。太陽に照らされてキラキラ輝く姿に目を瞠った。
変にゆっくり流れる視界の中。彼の左手から物々しい音を立て飛び出たモノには見覚えがあった。それは鋭利な歯を高速回転させ暴走したトラックを真っ二つに切断してしまった。彼を中心にして半分になっていくトラックの切断面に挟まれながら物ともしない横顔がどこか頼もしく見えた。
二つになったトラックは不安定な体を横転させ硬いアスファルトに身を引き摺り劈く悲鳴を上げ進行方向にあった建物に衝突して漸く止まった。急な出来事で周囲を埋め尽くす通行人の怒号。中には今起きたことが処理できず口を開け佇んでいる人もチラホラいる。
「大丈夫か」
ボーっとしていた意識が彼の言葉で戻り、殆ど反射的に彼の手を取り駆けだした。誰かに見られては不味い、何故かそう感じた。人通りのない細道に入り振り返る。薄暗い細道には彼以外誰もいない。乱れた息を整えようと大きく深呼吸すれば怪訝な声で尋ねられた。
「何故走る」
「いや、だって、見られちゃ、いけない、気が、して」
「そうなのか」
「それより、ふぅ。どうしてあんなことを?」
今度こそ眉を顰められた。
「貴様に死なれるとグリッドマンを殺せなくなる」
……なるほど」
単純明快。彼にとっては至極当然の理由に乾いた笑い声が漏れる。
「でも、君に助けてもらったのには変わりないよ。ありがとう」
「アンチ」
「あんち?」
「俺の名前だ君じゃない」
「アンチ、くん」
「くんはいらない」
「じゃあ、アンチはどこの学校──。学校!?」
ズボンのポケットに入れていたスマホを取り出す。表示された時刻は遅刻ギリギリの時間を表示していた。耳を澄ますと遠くから学校のチャイムも聞こえる。慌てて話を途中で切り上げようとスマホから顔を上げたら、ついそこに居たはずの彼がいなくなっていた。
姿かたち、音すらない。まるで幽霊みたいに消えていた。そんな広くない道全体を見渡すのに時間はあまりかからない。だけど見当たらない。
「どこ行ったんだろ」
色々気にかかるけど校門が閉まる前に学校に行かなきゃ。後ろ髪を引かれながら駆け足で細道から抜け出した。
肩紐をしっかり掴み頭の中では二人に相談するのが増えたと整理しつつ学校に向かって走りる。
そんな急ぎ学校へ向かう俺をビルの上からアンチが見てるなんてその時の俺は知る由もなかった。