【夜廻】寵愛【深夜廻】

人ならざるモノに気に入られた者に手を出したらどうなるか。想像するに難くない。
ことも姉妹とよまわりさんとムカデの神様と。


日に日に崩れいく神社の姿に胸を痛めながらもこともは毎夜賽銭箱に10円玉を入れ続けた。鳴らせなくなった鈴を心の中で鳴らして目を閉じ本殿に向かって手を合わせる。些細な違いはあれど神様に言う内容は変わらない。日々の感謝と小さな小さな願いごと。
澄み切った境内の空気を吸って一呼吸。あとはいつものように神社から立ち去り夜の町を歩くはずだった。
目を瞑っている間にウサギのポシェットの中にナニカが忍び込む。それは素早い動きながらも弱々しく衰弱しており、中に忍び込むや長い体を丸め動かなくなってしまった。
だが、こともは気付いていない。町を歩き回り家路に着くまでナニカが自分のポシェットに入っているなど知る由もなく。家に着いた途端、姉が空気が変わったと言うまで一ミリも気付かなかった。

「あっ。なかにムカデさんがいる!」
家の中の空気が澄んだ原因は何か。ありとあらゆるものをひっくり返し行き着いた先がこともお気に入りのウサギポシェット。小石にお塩、その他もろもろ出していけばポシェットの底で小さく丸まるムカデを見つけた。
微かに動く触角を見てまだ生きていると分かり、そっとポシェットから取り出したまではいいが此処から先どうしていいか見当もつかない。
……もしかして」
如何やらこともの手のひらで丸まったままのムカデに心当たりがあるらしく、姉は台所へ駆け込み青く縁どられた小皿二枚にそれぞれ透明で香しい匂いを放つ水と小さな塩の山を乗せて戻ってきた。
「神様。決して上等のものではないですがお神酒と塩です」
一先ず勉強机にムカデと小皿二枚置いたものの、間髪入れずに姉が「どうしよう虫の方が良かったら」と右往左往。そんな姉の心配を他所にこともは静かにムカデを見続けていた。
すると、差し出された皿の存在を察したのかムカデが長い体を徐々に伸ばし歩き始め。小皿の縁に小さな脚を掛け頭からお神酒に突っ込んだと思いきやその長い体をお神酒の中に沈めた。
「(なんだかおふろにはいっているみたい)」
小皿の縁にしな垂れる頭。ピコピコ動く触角と二つに分かれた尻尾がなんだか気持ちよさそう。
心なしか元気になったムカデの様子にホッと胸を撫で下ろす姉は今後どうしようか考える。一先ずこのままではいけないから今度神棚を作ってもらうよう頼んでこよう。
十中八九目の前にいるムカデはあの神社の神様で間違いない。塩の小山を登頂して再びお神酒の風呂に浸かる光景は無礼なのも承知の上で微笑ましく見えてしまう。
「おねえちゃん、ムカデの神さまこれからどうなっちゃうの」
「折角来てくださったから近いうちに神棚を作ってもらってしばらくの間そちらの方に祀る予定、なのですがよろしいでしょうか」
お神酒に浸かっていた上半身を起こしてゆっくり頷くムカデの仕草に姉の顔が綻び、こともは目線を合わせ早速ムカデの神様にこれからよろしくお願いしますと挨拶をした。
程なくして出来た真新しい神棚に小さくも威厳あるムカデの神様が住まうようになり。
「ムカデの神様、学校に行ってきます」
「いってきます!」
朝の挨拶然り姉妹二人だけだった習慣にムカデの神様が新たに仲間入りを果たした。











消滅寸前の傍ら最後に一目だけ欠けた魂を持つ子を草陰から見収めるべく窺えば如何だ。拝殿を終えるなり小さき足が迷うことなく此方に歩み寄り草陰に身を潜めていた仮の姿を小さき手で掬い上げたではないか。
此れを見るに今までも恐らく気付いていたのであろう。気付いておきながら気付かぬ振りをしていたのであろう。形を保つのもやっとである脆弱な身を壊さぬよう慎重に掬い上げた人の子は欠けた目から涙を流しておった。清らかな雫に宿る純粋な想いはとても心地よい。長い間人と共に生き信仰されていたが、こんなに優しい雨を体に受けるのは何時振りか。
とうに現世から離れつつある体を無理くり動かし頭を持ち上げる。
「ムカデのかみさま、さいごのおねがいがあります」
途切れ途切れにされど懸命に話そうとする人の子の言葉に耳を傾ける。
「いなく、ならないで、ください。どうか、どうか……きえないで」
全て言い切ったのか。人の子が再び悲しげにすすり泣く。
かような時にこのような尊く残酷な願いを希われるとは思わなんだ。嗚呼、嗚呼、なんと口惜しい。この健気で我儘染みた願いを叶えてやりたいというのにそれすら叶わない。
「むりいって、ごめんなさい。でも、きえないで、いなくならないでください。おねがい、しますかみさま……
喉から絞り出す声の切なさよ。小さき人の子の悲痛な願いは得も言えぬ程に心を魂を惹き離さない。
故に此れは一つの賭けであった。
「いたっ」
人の子の手を咬み先程までの記憶を書き換える。よしんば此の命消滅を免れるのであれば其れで良し。間に合わず消滅するのであれば甘んじて受け入れよう。全ては人の子次第よ。
神が人の子に命の行方を懸けるなぞ我ながら最期の幕引きに相応しく面白いものだ。
結果からしてお陰で現世から離れそびれ、奇妙な輩からも兎角敵視されずこの人の子らの家に厄介になる運びと相成った。

神格を落とし最も忌み嫌う存在になり果てるくらいあれば消滅する道を覚悟しておきながら終ぞ叶わず。
半ば転がる形で信仰心溢れる人の子らの許へ身を寄せた。