豆炭々炬燵
5859文字
Public The Night
 

【The Night】適正者

秋の収穫祭に全力な氏と城にお呼ばれした人間嬢の話
吸血鬼化していくにつれ味覚が変わる話
の二本立て それぞれ別物です


陽の光を避け夜に生きる身体になってから出され食す食事はどれも食べられたものではなかった。
「と、いうより見た目がイヤ」
「Oh、ストレートな物言いもまたいい」
「からかわないで」
本で読んだモンスター達が食す気色悪くおぞましい食事をよもや自分がするとは思ってもみなかった。正直、目玉だの脳みそだの得体の知れない緑色の液体だのを見て食欲が湧く方が如何かしている。
というか吸血鬼なら普通血が主食じゃない?なんでゴブリンやオークが食べそうな物が食卓に並ぶの?流石に蟲の類がワサワサ出てきた時はその皿を思いっきり相手にぶつけてやったわ。

「そうか、これもダメか。幾分食べ易いものを用意したが」
残念。
気落ちした面持ちでパスタを巻き取る要領でフォークに蠢く長い何かを巻き付け口に運ぶ相手に吐き気がする。ねえ、貴方本当に吸血鬼?見た目が吸血鬼に似た別のモンスターとかじゃなくて?
以前試しに当たり障りのない見た目の赤く小さな実を食べた時があった。口に入れ噛み砕いだ瞬間、言い表し難い感覚に襲われ気付けばその場で吐き出してしまっていた。不味い云々じゃない。上手く言い表せないが体の一部が拒絶して受け付けない。
胃に入った異物を吐き出そうと嘔吐く間、酸っぱい味と匂いが口の中に広がる。不規則に上下する背を労わり撫でる白い手。恨みがましく睨み付けその手を払いのけ。何も言わず睨み続ければ肩を大仰に竦め短く息を吐いた。
「君の中にはまだ人間だった部分が残りその部分が諦め悪く抗ってるのが原因だ」
湧き立つ衝動は以前であれば悲しみと絶望に彩られたというのに。今となっては燃え盛る怒りと理不尽さに憤る。何か言った気もするが記憶に残っていない。胸に渦巻く感情に任せ自室に引き籠りその日は何も食べずに過ごた。
そのあとも空腹を紛らわすため読書に耽る日々を過ごすが、食事の時間になるとしつこく食事に誘うので致し方なく食卓には顔を出していた。
吸血鬼化してまともな食事をとらないでどのくらい経ったのだろう。頭がボーっとする。本の文字を追っていても内容が頭に入って来ない。
そんな時、食事に呼ばれた。
今回もどうせ見た目がアレなものたちがテーブル上に犇めき合ってるに違いない。あまり期待を抱かないで大食堂の扉を開けたら食欲を誘う懐かしい匂いが鼻を擽った。
――!!」
眼前に広がる豪華な料理の数々。本やテレビでしか見たことのない見目鮮やかで食欲をそそらせる存在に喉が鳴る。
「魔界から人間の料理に長けたとびっきりの料理人を雇ったのだ」
得意げに笑う相手の横で料理人の格好をした一つ目のモンスターが深々頭を下げていた。清潔な白い衣服が変に似合い、体の横にぴたりと置かれた大きな手で作ったのかと思うと何だか不思議な気持ちになった。
「人間の……
気が抜けたのか待ちきれないのかお腹が鳴ってしまった。
咄嗟に鳴った箇所を押さえ隣で佇む相手を睨み上げたが、相手は何も言わずにこやかに此方の手を取り席に着かせた。
「さあ、お待ちかねの食事だ。随分お腹が空いただろう?好きなだけお食べなさい」
眇めた赤い瞳と目の前にある料理を数回見比べてから恐る恐るナイフとフォークを手に取り、一つ目シェフが切り分けた鮮やかな桃色の断面をしたローストビーフを一口サイズに切り口に含んだ。
噛みしめ飲み込み胃の中に落ちる瞬間まではっきり残る求めていた味に体が歓喜する。
「口に合ったようで何より――
隣の席に座り此方を眺める相手の視線や言葉なんか気にしてられない。小さかった空腹が食べられるものを前にして肥大化する。舌が頭が心が喜びに打ち震え食べれなかった分だけ食べよと訴える。
幾らかお腹も落ち着いて一体何の料理があるのか見渡せる余裕が出てきた。すぐ近く何時ときかの小さくて赤い実が盛られた小皿が目に入った。
正直いい思い出がないが、一粒だけ摘み目の前に持ってくる。赤く艶やか実。これを食べて気持ち悪くなればまだ人間だった部分が残ってて――、もしかしたら人間に戻れるかもしれないという根拠も確証もない希望染みたものが心に灯る。
意を決して口に放り込み噛んだ。案の定というか予想通りというか途轍もない吐き気が起こるものの気合で押し込んだ。
「また食べ直せばいいではないか」
確かにその通りだけど、言われれば余計にしたくなくなるのが人情だ。
そもそも折角の料理を吐き出すのは作った相手にも申し訳ないし何より勿体ない。
無理矢理押し込み息絶え絶えな様子を見る相手のニヤ付く顔つきに苛立ちが募る。思わず手に持ったフォークで目を抉る衝動に駆られる刹那、抜群のタイミングでデザートが運ばれてきた。
「ドウゾ、オ召シ上ガリ下サイ」
濁った声と共に目の前に置かれたデザートに心が弾んでしまう。しかも、一種類だけじゃないのか次から次へと運ばれてくる。全部食べたいのは山々だが果たして全部食べ切れるだろうか。
でも、そんな考えは口に含んだ瞬間どこかへ飛んで行ってしまった。
久しぶりのまともな食事は体と心にゆとりを運び。食事とはこんなにも素晴らしいものかと再認識できた瞬間でもあった。











憐れで愛おしい我が妻は吸血鬼化しようとも未だ人間に戻りたいという未練に囚われている。
とうに味覚と体は人間からかけ離れているにも関わらず頑なにそれを認めない。試しに人間界の木の実を食べた拒絶反応が確たる証拠。彼女としては見た目で判断したのだろう。自分はまだ人間だと、人間の時に食べていた物に近しい物を食べようと必死になって。
その後、色々試したが見た目がどうのこうのと。やたら見た目を強調する。普段あまり食さない食べ物の数々を彼女の前で食べてみても其れは変わらなかった。誰かが食べている姿を見て食べても大丈夫作戦は儚くも失敗に終わった瞬間である。何故だ。
日に日に生命力が弱くなる姿は見ていていいものではない。如何にかして彼女に食事を取らさねば――、見た目、見た目か。

ならば人間が食す物の見た目をした物なら如何か。
魔界から人間の料理に長けた料理人を雇い早速彼女の前に料理を並べれば効果覿面もいいところだ。一口食べた途端、次々に胃へ納めていく光景に笑みが零れる。
これで一先ず安心だ。
「美味いか」
……うん!」
口いっぱいに頬張り頷く彼女にまた笑みが深まる。
嗚呼、嗚呼……。その料理も、その前も、次に食べようとしている料理も全て魔界の食材で作り並の人間が食せば唯では済まないものだというのに、彼女は見た目に騙され美味しい美味しいと胃に収めていく。それに勝手に勘違いしているようだが、人間の食べ物を食べ気持ち悪くなる様に胸中ほくそ笑む。
それが人間達が食べる食物の味だというのに、なんて憐れで愚かで愛おしいのだ。

この勢いならその内見た目も頓着しなくなる日も近い。
彼女の口端に付いたソースを指で拭い自身の口許に運び舐める。美味な味を同じく味わい食す妻に知らず口から笑い声が漏れたが、彼女はただただ訝しげるだけで特に追求せず食事を続けた。