豆炭々炬燵
5859文字
Public The Night
 

【The Night】適正者

秋の収穫祭に全力な氏と城にお呼ばれした人間嬢の話
吸血鬼化していくにつれ味覚が変わる話
の二本立て それぞれ別物です

星々が瞬き夜の帳が開ける前、もっとも深い暗闇が眠り続ける者たちを包むそんな時間。
切り立った崖までの一本道。進む足取りは目的地が徐々に見えてきた頃から数歩進んでは一度立ち止まり進むを繰り替えだす。
疎らだった墓標たちが規則正しく立ち並び訪れる客人を出迎える。すっかり墓場の中を歩くのに慣れたのもそうだが今は何より目の前に広がる光景が果たして現実なのかと戸惑う他なかった。
夜闇に浮かび上がる廃城。良く言えば趣があり、悪く言えば薄気味悪い外観が何故か無駄にホップに明るく装飾されていた。存在感を放ちまくるきらめく電飾。石造りの墓たちは色取り取りのモールやらが巻き付き、その近くには大小さまざまな南瓜提灯が並べられている。極めつけはフェイクじゃないコウモリが飛び交う演出に思わずMissiの顔が引き攣った。
……本格的」
無意識で呟いたあと身を包む格好を確認する。市販品の魔女の衣装で果たして良かったのか。これならもう少し値段が張った物を買った方が場の雰囲気に釣り合った気がする。だが、財布の中は絶賛氷河期。お小遣い前借も出来ない現状ではかなり善処したと言いたい。
黒いとんがり帽子。全身を覆うローブ。それと家から持ってきた竹ぼうき。仮装の中で一番のオーソドックスで一番無難な格好。沈む感情を誤魔化すように両手で持つ竹ぼうきを握り直して扉を叩く寸前、扉が開いた。
ゆっくり開けられた扉の中から漏れる柔らかな明かり。勝手に開いた扉に驚き硬直するMissiを一度見遣り口角を少し上げ城の主は訪れた客人を歓迎した。
「ようこそ、我が城へ」
黒衣を纏い恭しくシルクハットを脱ぎお辞儀をすれば何時ときかの出会いがMissiの脳裏を過る。
あからさまに強張った面持ちで後退る彼女の手首を掴めばさらに息を飲む姿に城の主であるDukeの緋色の瞳が細められた。流れる所作でMissiを城内に引き入れ、そのまま背で隠した扉の口を閉めた。
完全に退路を断たれた事に益々怯えだす彼女に対して、悪びれる様子も見せず握っていた枷を外した手を肩近くまで上げた。おどけた何もしないという意思表示。とても胡散臭い光景にMissiはそっと目を逸らした。
一度、気分を落ち着かせ改めてMissiが緩く頭を下げる。
「この度はお招きいただき有難う御座います」
「うむ。我が招待に応じてくれたこと実に喜ばしいぞ!」
「ハ、ハハ……(そりゃあ毎日コウモリがひっきりなしに招待状持って来たり、朝起きたら窓に赤い文字で”城でハロウィンパーティするから遊びに来てね♪”って書かれ続けたら来ないわけにいかないでしょ)」
人間とかけ離れた感性と価値観に頭を抱えた日々が色鮮やかに蘇りMissiの顔からも表情が消えた。誤魔化すため色々四苦八苦したのが遠い過去のように思える。
「それで私の花嫁になってくれる気になった?」
「あ、ないです」
そこはきっぱり断る彼女にもめげず、Dukeは飄々とした態度を崩さず杖をくるり一回転させポーズを決めた。
「ン~つれない。では、奥へ案内しよう我が花嫁」
「了承していないので花嫁でもないです」
速攻否定してもやはり意に介さない城の主は機嫌よく招いた客人を奥へ案内する。ある意味見慣れた廊下を歩きながらMissiは思い出す。
「(そもそも不気味な廃城から逃げ出せたのも奇跡みたいなものよね)」
忘れもしない数か月前。上手くいくか如何か分からなかった色仕掛け。勘付かれないように伸ばした両手はあと少しの所で白い指が絡みつき阻止されてしまった。
長いDukeの指が蔦のように絡み緞帳の紐に向かって伸びていたMissiの手を下していく。
……ッ」
唯一の手段が企みがバレたMissiの喉が小さく鳴った。
今度こそ終わりだ。恐怖で瞳孔が縮こまり視界一杯に邪悪に歪み笑う吸血鬼の姿が映り込む。

「やめにしよう」

絡みついていた白い蔦が解かれ、覆い被さっていた黒い壁が離れていった。
一体何が起こったのか分からない。しかし、Missiの手を恭しく取り台座から下ろす吸血鬼の緋色の瞳は片時も彼女から逸らしていない。
「え、あの……
「夜が明けた。君はこれから行くところがあるのではないか?」
「行くとこ――! 学校!!」
体に沁み込んだ習慣がものの見事に今の今まで抱いていた危機感の種類を吸血鬼に追われていたものから遅刻してしまうというものにすり替えた。
慌てて廊下の隅に置いていたリュックへ駆け寄り取っ手を掴んだ瞬間思い出す。
バラバラになった本もそうだが何より黒のドレスのまま学校にはいけない。と、思ったら服が戻っている!?見慣れた格好に目をパチクリするMissiの後方から恨みがましい声が上がる。
「実に惜しい出来る事なら戻したくない! しかし、その姿では困るのであろう?」
影が差し思わず振り返り見上げれば吸血鬼が目を細め見下ろしていた。
また恐怖で体が震えだす。だが、そんな彼女の事などお構いなしに吸血鬼はMissiの背中に腕を添え扉の前へと連れて行く。
困惑混じりに何度も扉と吸血鬼を交互に見る彼女に吸血鬼の瞳が冷たく光る。
「決して諦めたわけではない。だが、気が変わるまで何時までも待とう――我が花嫁」
耳に残る低く甘い囁き声は間髪置かず城内から吹き荒れる風によって掻き消された。豪快に開け放たれた扉から差し込む眩い光。眩しさに目が眩み腕で目を隠し、慣れてきた頃にその腕を下ろした。

「ゆ、夢……?」

首だけ振り返り静かな城内を見詰める。すぐ隣にいた吸血鬼の姿は見えない。ただあるのは薄気味悪い気配が朝日に掻き消されず漂い身に纏わりついては寒気を呼び起こす。
Missiは今度こそ逃げるように廃城から駆け出し、その足で学校に向かった。あれは夢、夢中に本を読んでしまったがゆえの幻。そう言い聞かせるため彼女は殊更普段通りに過ごそうとした。
しかし、無情にも日常生活に潜み狙う違和感は執拗に憑き纏い非日常へと誘う。
それはもう執拗に夢であれという甘い考えを情け容赦なく打ち砕くほどに。



「(ほんと色々あったなァー)」
「して、我が花嫁」
「はい?」
「Trick or treat」
物思いに耽っていた所為で即座に反応出来なかったMissiは無防備に小首を傾げ――時間差で青ざめた。
最も警戒していなければならなかった事態なのに何故かうっかり頭の中から抜け落ちていた。慌てて衣装の隅々まで手を当て下がるが用意していないものはない。ビスケットも最初の一枚が無ければ叩いても増えない出てこない。
「無いのか?ならば悪戯しても構わないな?」
嗜虐的な笑みを深め白い指先が戦慄く喉元から顎先をなぞる。
ほぼ条件反射に近いMissiの体に沁み込んでしまった被食者的反応にDukeは込み上がる笑い声を喉奥で堪えた。
「冗談だ。そんなに構えなくともよい」
緊張で強張り固く閉じた手を広げ、そこに細かな模様が描かれたロリポップチョコレートを手渡した。
……きれい、かわいい」
何も考える暇も余裕も無く出たMissiの素直な言葉にDukeが胸を張る。
「腕によりをかけた自慢の一品だ!他にも沢山あるぞ!」
「(まさかの手作り)」