【安易な転生】単純で簡単な考え【と擬人化があるよ】

モアナが生きていた時代から幾年月が過ぎ人々の生活は自然ありきなものから科学が溢れる生活に変わり同時に神話や魔物の類の話は廃れていった。

※タイトル通り安易な転生パロもの。モアナちゃんは魂だけ受け継いで前世の記憶皆無。対してデミゴッドさんと化け蟹さんはめっちゃ長生きご健在?な特殊傾向モリモリな予定。

学校の図書室と違い市が経営する図書館には古臭い書物からコアな人に有難られる本、最新の雑誌と中々のラインナップが揃っている。
人が少ない本棚の道を通り抜け、更に人気のない目当ての本棚の前で目当てのものを探す。埃の乾いた匂いも気にせず、本の背表紙を順々に目と指で追う女子学生の足がピタリと止まった。
「あった」
波打った黒髪を耳に掛け綺麗に並んだ本の列から一冊抜き出しその場で数ページ捲る。静寂な空間に紙が擦れる音だけが響く。
「伝説の、半人半神マウイ……。風と海を司る者、……。いいわね、これにしよう!」
タンっと小気味よく本を閉じ、抜き出した本周辺から同じ分類に所属しているであろう本達をタイトルと雰囲気だけで持てるだけ引き抜いた。
「これっ、全部貸してください」
タワーが出来る程積み重ねられた本の山を一つ一つバーコードリーダーで読み取っていく受付の人は相変わらずの無表情。それに対し早く終わらないかと待っている少女の――モアナの大きな瞳はキラキラと輝いていた。
ラスト一冊を読み取り早速持ち帰ろうとするモアナに受付の人が手で制止を促した。
「っと、カード」
学生カバンの中を漁り差し出したカードを読み終えた瞬間、モアナはカードを行儀悪くも口に加え両手で本タワーを抱える。
「あひはほ」
大層嬉しそうに上機嫌で図書館を後にするモアナを受け付けの人はこれまた無表情で手を振り見送った。


家に帰るまで待てるわけもなく。ヤシの木の下に設けられたベンチに座り借りた本の山をつまみ読み。
「”ありとあらゆる生き物の命は女神テ・フィティの心から産まれ、彼女の心は海に命を満たした”テ・フィティ、国指定の自然保護区なってるあの島と同じ名前。えーと”横たわり眠りについたテ・フィティはその身を緩やかな稜線を描く山と緑豊かな島に変え”やっぱり!学校でも習ったわ!テ・フィティの島は彼女が横たわった姿だって!」
無意識に熱が入った彼女の声に通行人が足を止めた。すぐさま愛想笑いで誤魔化せば再び歩き出す通行人の群れ。再び活字と昔描かれたであろう女神のイラストの写真を見てうっとり溜息を吐いた。
「はあー。歴史や民俗学を調べるのってなんでこんなに面白いのかしら。この土地に根付いた歴史、先祖達の記憶や島国ゆえの独特な伝統並びに広い海を渡る航海術。ほんとサイコー」
木漏れ日揺れる世界でモアナは目を閉じ耳を澄ませた。
遠い昔に思いを馳せ心地よい風の音とさざ波のハーモニーが奏でられる中、少しだけ気にかかる何かが鼓膜を震わせる。何処か懐かしいようなそうでもないようなソレは目を開けた時には収まっていた。
僅かばかり不思議に思うも程なく興味が書物達に戻され、残りは夜の浜辺でランタンでも持って読み耽ろうとふと閃いた素敵なアイディアにモアナの胸が躍る。
「パパに見付からないようにしなきゃ。はあ~今夜が待ち遠しい!」
本タワーを持ってクルクル回りながら家路につくその様はまるで明日遊園地にはじめていく子供のような無邪気さが漂い待っていた。




赤道近くのこの島でも夜は少し冷える。しかし、本の続きを最高の場所で読みたいと興奮するモアナにとって夜風は丁度いい涼しさを運んだ。
電池式のランタンを砂浜に置き、適当な場所に腰掛け一番楽しそうだと選んだ本を開いた。選んだ本は特にこの国の神話が詳しく書き綴られており、嘘か真か定かではない内容が所狭しと湧き踊っていた。そんな折、何かの影がモアナの前をゆっくり横切っていく。
「ヤシガニ!」
正体が分かった瞬間、本をヤシガニに見えるよう見開いたモアナがヤシガニにがぶりよる。
「あなたコレ見て!あなたの一族で大きな体を持った”タマトア”っていうヤシガニは伝説の魔物でその鋏の力は岩だって簡単に砕くそうよ!」
凄いのね!なんて興奮気味に話し掛けたところで通常サイズのヤシガニが反応を返すわけもなく、そもそも普通ヤシガニは人間の言葉を話さない。無言で立ち去るヤシガニを見送った後、引いては寄せる夜の海を眺めた。
「女神、半人半神、魔物の大蟹、――ロマンよねえはぁ
祖母から母へ、母から娘へ代々家の女性達が受け継いできた青い二枚貝で出来たペンダントを握りしめ見下ろした。ランタンの灯りに照らされたペンダントが艶のある青色の光をモアナの頬に描いていく。
「特にこのタマトアっていう大蟹、背中に財宝を背負っていたらしいけど、一体どんな風だったのかしら?キラキラ~?ピカピカ~?書物だけの情報じゃ此処までが限界ね。せめてその時の写真や詳細なイラストがあればいいんだけど。まあ無理ね時代が時代だし」
体が砂塗れになるのも厭わず後方に倒れた。
「一番いいのは、そう!そのものを見れば一発よ!なんてね」
無理なのは百も承知。残念だー残念だーと溜息を吐き読んでいた本が手元からするりと抜け落ちる。
その光景をヤシの根元から飛び出た無機質の双眸がじーっと眺めていた。



――……




空に瞬く無数の星々を漠然と眺めていたモアナの視界が何の前触れもなく岩肌に囲まれた波打つ海面に変わった。

はじめ何が起こったのすら分からず意識が戻ったのは、ただただ上を眺めていたモアナであったが自分の意志とは関係なく動き始めた時だった。
「よう、久しいな。ん?なんか格好が変わったか?それとも雰囲気か?ま、どっちでもいい」
二秒とも持たず変わる表情。その巨体はそこそこ高い建物と見紛うばかり。何より唖然とした顔で見詰めるモアナの脳内にはつい先ほどまで読んでいた大蟹の説明文と抽象的なイラストが駆け巡っていた。
今、モアナは蟹のハサミに摘ままれていて。しかも、その蟹と正面から対峙している!
あんぐり口を開けたまま動かないモアナに蟹の化け物が訝しげに突出した双眸で睨む。それでも動かないので蟹にとっては緩く揺さぶれば漸くモアナが息すら忘れていたのかハッと息を飲み込んだ。
「ちゃんと生きるな。うっかり殺しちまったかと思ったぜ」
嫌味たっぷりな物言い、だった筈なのに何故か摘まんでいる人間の顔は怯えるどころか益々目に輝きを灯していき――

「本物!?あなた本物のタマトア!?うっそ!?信じられない、まさか本物をこの目で見られるなんて!!」

その昂った感情を爆発させていた。
「いや、待って。あなたって本当にタマトア?ラロタイという魔物の国に住んでる大蟹の、タマトア?」
「だとしたら如何なんだ?」
心底心外だという声色にも関わらず、モアナはあらん限りの喜びの声で叫ぶ。
「本物、本物ッ本物!本物!!嗚呼ッ、書物の通り背中の甲羅を財宝で飾り立てているのね!想像以上に輝いてる!」
……とってもシャイニーだろ?」
「ええっ、とってもシャイニーね!センスは置いとくとして」
「おい」
ちょっと気分が良くなってきた途端の急降下。タマトアのもの言いたげな視線にタマトアの鋏に興奮しているモアナが気付くわけもなく、何処か遠い昔にもあったようなやり取りを得たのち、モアナは大好きな玩具を目の前にした子供よろしく行儀のよい態度でタマトアの話の話に耳はおろか体も傾けた。
「はぁ。ったく何で人間相手に疲れなきゃならないんだ。まず、聞きたい事があるお前は俺を知っているな?」
「勿論。あなたが出ている本は何度も読み返したいくらいに」
「いやいや。そうじゃなくてだな、お前と俺は前に一度会ってるだろ?そん時のこと忘れたとは言わせないぜぇ~
威嚇でモアナを掴んでいない方の鋏を思いっきり打ち鳴らしたタマトアだったが彼女は首を傾げるばかり。
「いいえ。こうして対面したのはこれが初めて。誰かと勘違いしてるんじゃ?」
「誰かと勘違いしてるんじゃ?じゃない!いいか、格好が変わったくらいで俺の目を誤魔化しきれると思うなよ!」
言うが否やタマトアの鋏がモアナの膝丈下の長さのスカートを摘まんで弾いた。上質なシルク製のスカートがふわり膨らみ元に戻っていく。
「もし、もしもよ。あなたが言っている相手が私だとしてあなたは一体如何するつもり?」
「自分でそれを聞いちゃう?なんて間抜けな嬢ちゃんだ」
フジツボ塗れの歯をニッと見せた刹那――、限界ぎりぎりまでモアナを双眸に近づけた。
「喰うに決まってんだろ!」
タマトアの怒声に流石のモアナも身を竦めた。かと思いきや、握った手を口元にあて思案に耽りだし、一つの考えに行きついた。
「じゃあ最後に一つだけ」
「この状況でまだ言うか。お前は今から喰われるんだよっ」
「だから、その前に一つだけお願い!あなたの素敵に輝いている甲羅に免じてお願ーい!」
「・・・仕方ない、一つだけな。ただし此処から逃げるってのはナシだ」
渋々タマトアが了承すればモアナの顔に笑顔の花が咲く。果たして此の人間は今置かれている危機的状況を分かっているのだろうかと疑いたくなるほどの屈託のない笑顔。逆に怖い。
「ありがとう。それじゃあ、もっとあなたの顔近付けて」
「もう十分見えるだろ」
「そうじゃなくて。顔と顔がくっ付くくらい近くに」
「あ゛あ?」
モアナの指示通りタマトアは鋏で自身の顔に近付けた。これでいいかよという疑問の声はモアナの小さな掌がタマトアの柔らかくも硬い表皮に触れた瞬間胃袋まで下がっていった。
そして、人間にすれば鼻筋に値する場所に微かな熱が広がったのが分かった。
「何をした」
「知らない?挨拶よ挨拶。伝説の魔物となんてそうは出来ないじゃない。は~、満足」
微かな熱が去っていき、眼前には満足と言っている割に諦め交じりの乾いた笑い声が零れている。如何やら彼女なりに覚悟を決めているようにも見えた。
「生に執着は無いのか」
「出来れば生きたい」
「素直だな」
「だけど、あなたのさっきのを見る限り私一人の力じゃきっと此処から生きて帰れない。それならあなたが”タマトアがいた”という事実を胸に刻んでから逝くのも、悪くないんじゃないかって」
「とんだ強がりだ」
「そうかもね、――って!?!?」
突如タマトアの体が青白い光を放ったかと思えば次の瞬間、モアナの体を支えていた巨大な鋏が光の粒子となって消えてしまった。中々の高さから落とされたモアナは強かに体を打ったが、幸い柔らかな砂地が落下の衝撃を和らげてくれた。
両手を突っ張り上半身を起こしたモアナの上に影が差す。其れは間もなくしてモアナの上に情け容赦なく落下した。
盛大な砂煙と音が収まる頃には咽ていたモアナの呼吸も落ち着き、何が上から降ってきたのか確かめる余裕が出来た。未だにモアナを覆うように落ちてきた其れをまず手で触って確かめる。なんかやや冷たい。だが、触っている感触には覚えがある。自分の父と同じかそれ以上に鍛え上げられ引き締まった体、人間、しかも成人男性。
っ、嬢ちゃん一体俺に何してくれたんだあ?」
重みが遠のくのに連れ、モアナの視界にその正体が映し出される。
モアナと違い色味の薄い肌。悪趣味に飾り立てられた装飾品の数々が動きに合わせシャラシャラ音を鳴らし、紫がかった髪を気だるげに掻く手から肩、首に掛けて何かを模ったタトゥーが肌を彩っていた。腰に巻いた藍色の布にも螺鈿のような刺繍が施されている。
膝立ちになった相手に合わせ下から抜け出したモアナが問い掛ける。
「あなたは、誰?」
「誰?誰だって?おいおい、今から喰われるってのに冗談が過ぎる人間だな!?俺は、――ハッ」
蔑んだ笑いをしつつ額を叩いたまでは良かった。問題はその後。額を叩いた感触並びに視界の違和感にモアナに覆い被さっていた男――
「もしかして、タマトア?」
改め魔物の国に住む伝説の大蟹は自分の姿に言葉を失った。
まず自慢の鋏じゃなくなった人間の手で自分の顔を触り、今度は体全体を確かめようと思い勢いよく立ち上がったら何故かバランスが上手く取れない。
「んっ、おーもーいー
バランスを崩し前のめりに倒れるタマトアの体を咄嗟にモアナが抱き留め支えるが、何分相手はかなり小さくなったとはいえ其れでも身長はモアナを優に超えている。頭三つ分では足らない巨躯は見た目違わない重さ。徐々に重みに耐えきれずモアナの背が反り足がズリズリ滑っていく。其れでもモアナはタマトアが上手く立てない原因を見付けた。本来あるべきものが膝から下にかけて見当たらない。
「左足!左足よ!あなた左足が無いのよ!」
――マウイめ」
苦々しい顔で呪詛めいた言葉に乗せられた名前にモアナの顔がまた輝きだした。
「マウイ?マウイってん~!んん~!!」
「あー、それは今いいから」
タマトアの左手が容易くモアナの口元を覆う。モゴモゴしているのを他所に未だ頑張って抱き留めている脆弱で小さな人間に大蟹の目が眇められる。
何時までも見続けられそうな状態だったがそろそろモアナの限界が近い。不承不承蟹とは違う体の構造に頭と体で理解しつつ、タマトアはモアナの肩に手を置き器用に一本足でその場に立ってみせた。
「人間の体ってのは予想以上に不自由だな」
「義足でもあれば多少マシになるんだけど……
「ギソク?」
「無くなった足の代わりと言えばいいのかしら?テレビとかで事故で足を無くした人が装着しているのを見たことがあるわ」
「足、代わり、アレがそうか?」
一人呟いたタマトアは器用に一本足で飛び跳ねながら岩陰の影に隠れ「これじゃねえ、これでもねえ、あった!これだな!」とタマトアの声に合わせ幾つか岩陰からポンポンっと投げ出された宝物だと思われる品々。そして、ガチャガチャと硬い音が響いて後、腰元に手を当てしたり顔をしたタマトアが岩陰から現れた。
その左足にはこれまた成金が好みそうな金色に輝いている物体が付けられている。形は聖火ランナーが持つシンプルなトーチと似ていると言えば分かり易いか。
どうよ?また一段とシャイニーになっただろ?なんて言葉を発せずとも滲み出ているタマトアが距離を詰め、モアナはそのタマトアの左足をまじまじと観察する。
「たしかに義足だけど今と違って随分昔しかも凝った作りからして上流階級の貴族か王族が使っていた物ね。どこで手に入れたの?」
「以前人間にしてはピカピカの脚を持ってる奴がいてな。俺のコレクションにしてやろうと思ったが、いざ見てみれば気に入らなくて放っておいたのが役に立ったぜ」
無駄に藪を突いたところで出てくるのは分かっていたのでモアナは深入りせず、一先ず人型になったタマトアの周りをクルリと回ってみた。
「でも伝承と違って驚いた。てっきり変身能力は半神のマウイだけかと」
「俺も今それを思ってたところだ。お前俺に一体何をした」
「なに?何って私は何もしていないわよ」
「はあ!?」
「でも、これならあなたも人間の世界に溶け込めそう。だって何処から如何見たって人間そのものだもの」
「・・・・・」
鋏じゃなくなった手とある種馬鹿げた事をのたまう人間を交互にタマトアが見遣る。
その目には嘘偽りはない。愚直なほど純粋なモアナの眼差しに今度は塒の真上、波打つ海面を見上げた。
「地上か。此処数千年出てないな」
「なら行きましょう!」
「行くってな嬢ちゃん。俺は此れでも魔物の国のなァ」
「伝説の大蟹でしょ?いいじゃない。たまには息抜きしたって罰は当たらないわ」
無警戒で無責任な発言に漸くタマトアは目の前で手を取る少女が嘗て自分を出し抜いた少女ではないのだと納得できた。この海底に呼び込んだ時点でそれには気付いていた。気付いていたが認めたくは無かった。たとえ人間の寿命は短くあっという間に死んでしまうとしてもタマトアは認めたくは無かったのだ。
変わらずタマトアの手を取って上に行こうとはしゃぐ姿に以前の面影は薄い。されど、心が彼女本人だと叫ぶのは恐らく魂が同じなのだろう。記憶は無くとも魂は同じ。ならこの人間に復讐を果たすことは即ち、であるが如何も乗り気にはなれない。
加減がまだ分からず握っているのかすらも怪しい力加減でタマトアが握り返せば其れを了承と受け取ったモアナの顔に笑顔の花が咲いた。
「じゃあ行きましょう!」
「一つ聞くがただ帰りたいだけじゃないだろうな」
「まさかっ。こんな伝説と浪漫溢れる場所、出来ることならずっといたい……
「ならいさせてやるぜ?俺の腹の中にな」
「ん~、それはやっぱり遠慮しておくわ」
伝説と浪漫溢れるラロタイから出るまでモアナの瞳はタマトアの甲羅以上に輝きっぱなしだった。