しろくまたたくはくしゅんさん
2023-05-27 15:53:27
6998文字
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【勝デク】おにショタ サブ×ドム【未完】

かきかけのおにショタザブドムを置いておくだけ



 勝己と出久が一緒に住み始めたのにはやや複雑で、そして他人には推し量れぬ事情がある。

「デクをこっちで預かれだあ?」
 二年前の春。現在のマンションに引っ越したばかりの勝己は叫んだ。電話の向こうでは『いーずーくーくーん!』と彼の母親が復唱を求める。ヒーローとして二年目、収入も確かな彼は高校卒業後事務所の寮に入っていたが、独立したため一人居を構えた矢先のことである。
『引子さんの父方のお兄さんが亡くなってね。出久くんは面識ないし、喪服を揃えるのも手間がかかるしって』
「アー……
 緑谷引子と出久は、明日にも日本を発つ予定であった。引子の夫は現在アメリカで研究職をしており、滞在先に新しくインターナショナルスクールができるためこの機会に、と話が進んだのだ。勝己の実家ではなく彼が移り住んだマンションのほうに預けるのは、国際空港に近く緑谷親子のハードとなったスケジュールを少しでも和らげるためであった。
「まあ、別にいいけどよ」
 よく考えもせず答えた事を勝己は後悔した。しかしもう拒否は出来ぬ。電話の向こうで母親が『それじゃあ詳細はメールしとくわ、よろしくね』と話をまとめて切ってしまったのだから。
「はっ!?オイ、クソババア!」
 単調な電子音のあとに勝己は携帯を放り投げた。しかしその後バイブレーションが続くと再び画面を見て顔をしかめた。
「あと2時間後じゃねえかよ!」
 勝己は舌打ちすると急いで広げていた段ボールの中身を空けていく。なんとか整頓し終わると、パーカー、キャップ、マスク、それからサングラスをして新居から飛び出した。
 メールに示された駅舎は人通りが多く、目印となる時計の下に緑谷親子は待っていた。
「引子サン」
 勝己の呼びかけに、引子ははじめきょろきょろ視線を巡らせた。「かっちゃん!」と幼い声。小さな手に導かれ数歩歩いた引子は片手をあげた勝己に気付いて「まあ、久しぶりねえ!」と驚いた顔のあと申し訳なさそうな顔をする。
「光己さんから聞いていると思うけれど、申し訳ないわ」
「いえ。今日も明日も休みだったんで」
 引っ越しのための休日だとは伝えない。引き受けたのは己なのだから、と文句は漏らさなかった。出久は久しぶりに会う勝己にもじもじとズボンを掴んでうつむいていたが、しゃがんだ勝己と目を合わせると「お、おひさしぶりです!」と他人行儀な喋り方をする。
「ふふ、この子ったら……昔はオールマイトばっかりだったけれど、今はダイナマイトのファンなの」
「いっ、言わないでおかあさん!」
 とうとう顔を手のひらで覆ってしまった。顔を真っ赤にさせながら、緑の瞳が指の間から見える。

 ────どくん。

 なんだ、と勝己は鼓動に驚いた。ここ数年出久とまともに顔を合わせた事はないが、生まれた頃から知っている存在だった。生まれたばかりの梅干しのようにしわくちゃな顔。おくるみに包まった出久の頭の柔らかい部分を沈めたこともある。幼稚園から帰ってきた出久のヒーローゴッコに付き合ってあげたことも、4歳になって個性が出現せずいじけていたときも、小学生の入学式の帰りにぴかぴかのランドセルに鳥の糞が落とされたことも、知っている。
「デク」
 差し出される勝己の手。以前こうしたことがあったな、と彼は思い出す。引子と出久を連れて、爆豪家でキャンプに行ったときのことを。あの時は自分の手はこんなに大きくなかったし、出久の手は握りつぶしそうなくらい小さかった。
「おせわに、なります」
 そっと乗せられた手に温かみがある。そこに水は滴っていない。
「ン」
 勝己は出久と手をつなぎ立ち上がると、引子といくつか会話する。
「お迎えの時はお宅にお伺いするから」
「いいっすよ、駅まで行くんで」
「いつ終わるか分からないし、お礼もしたいから」
 ね、と引子に言われると、その笑顔に勝己は拒否する術を失くす。ぶらん、と出久の腕がしなった。早く行こう、と急かされているような気がして、勝己の足が外を向く。
「それじゃあ、何かあったら連絡します」
「お願いします。出久、ちゃんといい子にしてるのよ」
 こくんと小さな頭が揺れた。
「昼飯、食ったか?」
「まだです」
……デク。ンな他人行儀の喋り方すんな」
「だって……。だって、かっちゃん、すごいヒーローになっちゃったでしょ?」
 勝己はふっと笑うと出久を抱き上げる。リュックについたオールマイトのキーホルダーと缶バッジが当たってかんから鳴る。
「かっちゃん!?」
「そこらのヒーローとガキがあだ名で呼び合うかよ。他人行儀外れるまでこのままな」
「っむ~~~!」
 腕をつっぱったり足をばたつかせた出久は、力強い腕に訴えが通じないとわかると、頭をぽすんと下ろす。
「かっちゃん、ごはん、まだだよ」
 耳元で囁かれると、妙にくすぐったくて勝己は出久の頭に顔を寄せる。彼のツンツンとした毛先が当たると、出久はきゃあと顔を上げた。
「うし。食べに行くか」
「うん!」
 自宅の近く、買い出しでまだ数回しか通っていない街並みを思い出す。チェーンレストランに入り、奥の方の席に案内された二人は、向かい合って座った。
「好きなモン選べ」
 タブレットのメニュー表を渡せば出久が目を輝かせる。すっ、すっ、とスクロールしていく小さな手。小さいといっても現代っ子だな、と勝己は妙に感心してしまう。そういえば小学校でもタブレット端末を持たせるようになったんだったか、と前から覗き込めば、お子様セットについてくるおもちゃを吟味している顔。そういうところはきちんと子どもなので、勝己はふっと表情を緩めた。
「俺もお子ちゃまセットにすっか?」
「そ、それはダメ!」
 慌ててタブレット画面を抱きしめる出久に、久々の加虐心がうずく。出久は昔から、勝己のそういう部分をくすぐってくるのだ。くしゃ、と緑にうねる頭を撫でれば、ぴくんと反応し向けられる緑の目。

 どくん。

 まただ。と勝己は動きを止め出久の視線から目を外す。吸い込まれそうな、真実を含んだ、透明な緑。
「はい、かっちゃん」
 テーブル越しにタブレットを渡され、はっとした勝己はいくつかページをめくると目当てのモノを見つけてそれとサラダ、ドリンクバーを二人分頼んだ。
「ほら、飲み物取って来いよ」
「いいの?」
「こちとら高額納税者だぞ、ナメんな」
 思わず立てそうになった中指をテーブルの裏にぶつけつつ、勝己は「かっちゃんのもとってくる!」とドリンクコーナーへ歩いていく出久を見送った。グレープジュースと甘味料の入っていない炭酸水にストローを挿して戻ってきた。
「はい、かっちゃん!」
「よく知ってんな、俺の好み」
 引子が言っていた「ダイナマイトのファン」という話は嘘ではないと勝己はニヤつく。出久は照れたあと、椅子に座ってジュースをふたくち飲んだ。
 料理が運ばれてくるまでの間、出久はひたすらヒーローについて語っていた。勝己は適当に相槌をうつだけだ。食事を食べ終え一息ついたところで、勝己は尋ねた。
「どっか行きたいところあるか?」
 出久はうーん、と考えていたが最後に首を振る。
「日本にいるの、あとちょっとだから。お母さんと行きたいところは全部行っちゃったんだ」

 そうして二人は真っ直ぐ勝己の自宅へ向かった。明日には飛行機に乗り、アメリカへ渡ってしまう出久。そう考えると、勝己は名残惜しくなってしまう。日本のトップヒーロ-に属する勝己は、国際任務を受け海外出張することもあるが、世界もアメリカも広い。これを機に出久に二度と関わらなくなってしまうこともあり得るのだ。
 ヒーローニュースを見ながらノートにメモを取っている出久を、勝己はただ見守る。引っ越しに持ってきた段ボールはすべて別室に押し込んだ。引子が遅くなった場合は寝室で眠ってもらうことになるので、急いでベッドメイキングをしたが、あとは出久を預かるという任務だけ。時間は淡々と過ぎていく。
 ニュースが終わると、ストリーミングサイトにつなぎ見たい映画を選ばせた。微睡む春の午後。ソファに寄りかかり転寝しそうになる出久にブランケットをかけてやったとき、勝己の端末が震えた。
「────ッチ!」
 メール文を読み込んだ勝己の後ろで、「ん……」と幼いぐずりが聞こえる。
「デク。今から、外出てくる」
「かっちゃん……。お仕事、だね?」
 きゅるん、と新緑の目が輝く。そうだ、と勝己は出久を抱えるとインターフォンとドアロック解除の仕方を出久に教えた。勝己の外出中、引子が出久を引き取りに来てもいいようにだ。
「大丈夫か?」
「うん……!かっちゃん、いってらっしゃい!!」
 勝己はヒーロースーツのアタッシェケースを掴むと、家を出る。出久はマンションの窓からその背を見送ると、テレビの画面をローカルニュースに替える。
『現在銀行では立てこもり事件が発生しており、警察が包囲しています。近隣住民の避難はすんでおり────』
「かっちゃん…………
 出久はブランケットをぎゅっと抱きしめ画面を見つめていたが、そのうち眠ってしまった。



 ガタン、ゴト────

 ソファから顔を上げた出久は、部屋が暗くなっていることに驚き、それから玄関先の物音に敏感に反応する。嫌な汗が一瞬彼の額を覆ったが、すぐに「ここはかっちゃんの家だった」と思い出しふー、と息を吐き出した。
「──……たでーま」
 昼の時のような柔らかさも、元気な張りもない、疲労を滲ませる声。玄関先から一筋の光を受け、出久はそこに向かって駆け出す。
「おかえりなさい!────かっちゃん?」
 石鹸の匂いに混じる、焼け焦げた匂い。つんと鼻の奥を刺すような臭いに、出久は迎えようと歩めていた足を止める。
「引子さん、まだ来てなかったんか」
「かっちゃん、こっち!ケガしてるでしょ!」
「もう手当てした。あ゙ー、腹減ってんだろ。出前とるから……
「かっちゃん!」
 センサーに反応して、間接照明が彼らを包む。薄暗い中、二人の視線が交差する。金色の間から赤を見つめた緑が通じた瞬間、勝己は体を硬直させた。

「ケガ、〝みせて″!!」

 出久にとっては何気ない一言だった。
 だが、勝己にとってそれは、抗えない一言として胸を打つ。
「あ……、っア………………
 ど、と両膝をつけると、勝己はワイシャツのボタンを上からゆっくり外し始める。出久ははじめ、それをぼんやり見ていたが、ひとつ、ふたつと外されていくボタンの上、勝己の苦悶する表情を見て違和感を覚える。
「────かっちゃん?」
 ふーっ、ふーっ。荒い呼吸が勝己の口からもれていく。どこか痛いのか、苦しいのか、と出久が問おうとしたとき、ボタンがすべて外れた。はらりと開けた勝己の上体。傷がついた肌の下、鍛えられた筋肉、色素の薄い肌が染まり、わずかに汗ばんでいるのが見えた瞬間、出久の脳はぐわんと揺らめいた。
「やだ……。かっちゃん、なんだか、はずかしいよ……いやだぁ!」
 出久の明確な拒絶の言葉に、勝己の体がどくりと跳ねた。
「ックソ、────ンで……!────ぐ、!」
 深い悲しみが勝己の胸を覆う。叶えられなかった。期待に応えられなかった。悔しさがこみ上げ、目元を覆った。心臓の上を抑え、呼吸を詰まらせ、悪態を吐こうにも徐々に涙声になっていくのがわかると、勝己は床に腕をついた。
「かっちゃん!」
 なにか、個性か────と出久は目の前の、人々を守るヒーローになにかがあったのだと悟った。しかしなにかは分からない。分からないけれど、彼を助けたくて、手を差し出し、出た言葉。

「大丈夫?」

 勝己はその言葉に目を見開くと、とうとう呼吸ができなくなってもがいた。
「かっちゃん?かっちゃん!かっちゃん!!」
 出久は崩れる勝己を抱き留めたが、あまりの重さに床へ雪崩れる。頭をぶつけないよう、出久は体全てで勝己のあたまをくるむ。
「あつい…………。かっちゃんを助けなきゃ……!」
 勝己に押しつぶされる形になった出久は、床から這いだした時インターホンが鳴る。
「お母さんだ!」
 用意してあった椅子に上ると、出久はマンションの玄関先で待っている引子に機械越しに訴えかけた。かっちゃんが倒れちゃった。おかあさん早く来て。はやく、はやく────
 玄関先の扉が開いた時、勝己はとうとう意識を手放した。