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hatahata
2023-12-02 12:00:13
10723文字
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円・縁・Engage
「ようこそ怪異の宴へ〜第二夜〜」開催おめでとうございます&有難う御座います!
打ってる間ずっとス●イル・●ンゲージが脳内に流れていました。あんなきらきらした良いもんじゃない。
シビトちゃんに「婿じゃねぇ!契りも交わしてねぇ!勝手な事ばっか言うなー!」と叫び続けた怒りを込めて、真八に結婚してもらいました。つまりそういう事です。
◆
「一方的かつ認知されていない勝手な約束と、双方合意の上でその上八敷が幸せそうに笑う約束、どちらが重いかなんて明確だろ」
薄れつつある身勝手な証をあざ笑いながら、隈の濃い男は歯を見せて凶悪な顔で笑った。
1
2
■□■□■
とある日のこと。
「
……
なぁ、何で俺を連れて来たんだ」
「文句を言うな。こんなところ、俺1人で入る訳が無いだろ」
「それはそうかも知れないが
……
」
自他共に認める草臥れた中年男──八敷一男と、誰がどう見ても目つきの悪い男──真下悟。シルシと称される奇妙な痣をその身に刻まれる事件を通じ、それ以来腐れ縁を繋ぐ2人が連れ立って何を成そうというのか。
真下の探偵業に関わるものか、八敷の宿命に届くものか
……
答えは否。
「男2人で入る場所でもないと思うぞ、宝飾店なんて」
2人がいるのは、煌びやかな宝石と美しい装飾品、それを求める紳士淑女で賑わうジュエリーショップである。
……
どう考えても、どちらにも、似合わない。
「本当にどうして俺が
……
宝石のことなんてよく解らないぞ、クリスティを連れて来れば良かったじゃないか」
「ハ、あの女が俺と行動したがるものかよ」
あまりにも場違い感の強い、居心地の悪い空間に八敷がぶつくさ文句を垂れるが、八敷をこの場へと連れて来た男は何処吹く風できらきらと光を反射するショーケースの中を覗き込んでいる。普段はどちらかと言えば薄闇の色をして、壮絶な光を宿すその目がその照り返し受け真っ当に輝いたような風なのが似合わな過ぎて少し笑える。笑ったら後が怖いのでそっと奥歯を噛み締めて耐えるが。
いたたまれないし、真下から十分な説明も望めそうにない為八敷もその隣に並びケースを覗き込むことにする。ネックレストルソーの胸元に鎮座するダイヤモンド、リングピローに収まる銀色が酷く眩しくて目に刺さり、思わず眉を顰めた。それを目敏く気付いた真下に「こういうのに縁は無いのか、御当主サマ?」とからかわれ、余計その溝は深くなったが。
「さっきも言っただろう
……
宝石については詳しくない。強いて言うなら、こういう装飾品ではなく、魔除けの意味で選ぶ」
「俺にはどちらも解らん世界だな」
ならば何故。
いよいよ真下がここに八敷と来た意味が解らない。自分1人で来るのは嫌だと言っていたが、連れ立つのならば何も八敷でなくともいい筈だ。
……
それとも、まさかとは思うが本当に八敷と来る理由がある、のだろうか。
「おい」
思考の霧に捕らわれかけた八敷の脳が、その声で一気に晴れる。宝石の輝きに眩んでいた目を何度か瞬きではっきりさせ、声の主へ向けると、真下がリングゲージを手にした店員を連れて此方を見ていた。いつの間に
……
。
「ど、どうした?」
「貴様、自分の号を測ったことはあるか」
「号
……
?
……
あぁ、指輪のか」
ぼんやりしていたのを誤魔化そうとやや軽い調子で言葉を返せば、真下がひらり手を振って問い掛けてくる。一瞬何のことか解らなかったが、ここは宝飾店ですぐそこにリングゲージ。指輪の話であるとすぐに理解し首を捻った。何故俺の指のサイズを訊く?真下の用事なのだから、八敷は関係ない筈。それでも、いちいち反論するよりは早かろうとやや朧気な『九条正宗』の記憶を探り口を開いた。
「あまり指輪は好きではないが、一応測ったことはある
……
けれど、かなり前だし、浮腫や時期で変化するから今の正確なサイズは解らないな」
「そうか、ならせっかくだし測ってみるか?」
「何故」
やはり真下の考える事が解らない。何がせっかくだし、なのか
……
八敷は指輪を買うつもりなどないし、今後もその予定は入らないだろう。流石にこれについては黙っていられず、呆れたように肩を竦めてみせる。
「何で俺が
……
おまえの用事だろう、おまえだけ測ればいい」
「
……
俺だけの用事じゃねぇから言ってんだよ」
「え?」
微かにムッとしたような、小さな呟きを聞き逃した八敷は当然聞き返したが、真下は既に店員の方を向いているし、仕事熱心な店員は「測るだけでも如何ですか?」とにこやかに八敷を見ている。今は答えを得ることを望めそうにない
……
そう諦めて、八敷は渋々2人の方へと歩み寄った。
◆
結局八敷も真下も指のサイズを測るだけで店を後にし、多少の買い出しを経て九条館へと戻った。退出する際真下が先程の店員と何か話していたようだが、居心地の悪さと謎の疲労を感じていた八敷はあまり注意を向けることが出来ず、終わったのならもういいだろうとすぐさま外へ出ていたので、2人の間にどのような遣り取りが成されていたのかは知らない。
珈琲を煎れてようやく落ち着き、そう言えば
……
と八敷は、宝飾店でもずっと疑問に思っていたが何となく訊けずにいた疑問を真下へとぶつけようと口火を切った。
「指輪、買うのか」
「ん?」
「わざわざ店に行って、号を測っておいて、何の用事もない、なんて言わないだろう」
「あぁ、成程な」
八敷からの突然の問いかけに、口元に運びかけていたカップを戻し真下がきょとりと目を瞬かせる。次いで重ねられた言葉から納得がいったらしい真下は、改めて珈琲を一口含んでから八敷に向き直り、薄笑みを唇に乗せた。
「今後メリケンサックが必要になるかも知れんだろ」
「宝石を武器にしようとするな」
というかメリケンサックとは。いったい幾つ着ける気だ。
どう考えても本気でそう思っている訳では無いであろう返答に、煙に巻くつもりだなと察して八敷はそれ以上の追求は止した。恐らくつついたらその分無駄に疲れる、ならばいっそ訊かなくてもいい
……
真下が指輪を買うにしろ、誰かに贈るにしろ、八敷には関係ない事だ。
そう見切りをつけた、瞬間にもやりと胸中に広がる蟠りには、答えを出さないまま。
■□■□■
ゴンゴン、と無遠慮に扉を叩く音がする。次いで即座にそこが開かれ、いつもの「邪魔するぞ」という声と真下の姿が入り込んできた。
「どうしたんだ?」
来る、という連絡は来ていないが、印人達はどうせいつ来ても八敷がいるだろうと思っているのかアポイントをとることがあまりない。確かにだいたい九条館にこもっているけれども。
「今、少しいいか」
「
……
構わないが、何かあったのか?」
心做しか声が硬い。真下が緊張するようなことがあるだなんて、もしかして喫緊の対応が必要なのだろうか。
「急ぎか?支度するから少し待ってほしい」
「あぁ、いや、急ぎでは無い。むしろ腰を落ち着けて話したいんだが」
「
……
?そうか、なら珈琲を煎れよう」
先に部屋へどうぞ。そう促すと、真下は案外素直に階段を昇っていく。普段なら手間を掛けたものを煎れる余裕があるのだが、あの状態の真下をひとりで放置するのは気が引けた為、せめてドリップバッグのものにした。カップを2つとシュガーポットを乗せたトレイを手に自室へ向かうと、ソファに腰掛けて自分の手を睨んでいた真下の目だけが此方を向く。
「お待たせ」
「ん」
カップをローテーブルに置きながら声を掛ければ短い返事が聞こえる。対面に腰掛けてシュガーポットを手に取ったのを非難するような目で見られたが、珍しくそれだけだった。角砂糖を摘むトングを奪われることも、制止の声が挙がることもない。何となく興が削がれ、苦いままの珈琲に口を付けると真下もやたら緩慢な仕草でカップを持ち上げた。
……
やはりおかしい。ここに来てから、ずっと悩んでいる。
「
……
それで、どういった要件だ?」
八敷の方から口火を切ってやると、珈琲で少しは舌が動くようになったのか真下が薄く口を開く。
「手」
「ん?」
「左手、出せ」
簡潔に命ぜられる言葉。カップを持つ八敷の手は右なので其方は空いているが、いったい左手に何の用があると言うのだろうか。さっぱり解らないが、真下がそうしろ、と言うのならば理由があるのだろう。念の為珈琲を置き、大人しく左の掌を真下に向けて差し出した。すると、妙に恭しくその手を取られくるり反転、手の甲を上にさせられる。そうして真下の右手が指先に何かを摘んで近付いてくるのが見えた。照明を反射して、硬質に煌めく何か───
「指輪
……
!?」
銀色の輪っかが、恐る恐るといった様子で近付いてくる。よく見るとそれは細かく震えていて、かちかち、爪にぶつかって小さく音を立てながらゆっくり指先から侵入し、やがて薬指の根元にぴったり収まった。余りにも突拍子の無い光景に疑問に思うことすら忘れ見守ってしまったが、流石にぼやけた意識を取り戻し慌てて真下に食ってかかる。
「何だよこれ!?」
「見りゃ解るだろ」
「見れば解るけれども!俺が訊きたいのは、何で俺に指輪なんか嵌めるんだってことだ」
「ここに」
指輪を摘んでいた真下の指先がとん、とそこを叩く。硬くて冷たくて、曇りない美しい銀色。どう考えても草臥れた中年男性に、青年が渡す物では無い。それなのにサイズは八敷のもので
誂
あつら
えられていて、言い逃れ出来ない程、それは八敷の為の指輪であった。
「痣があるだろ」
「え、ぁ、あぁ
……
」
真下の言う通り、現在八敷の左手薬指には痣がある。
シルシとは違い小さなものだが、不自然な位置にある為目立つそれは、指輪に覆われ今は見えない。
……
もしかして。
「まさか、痣を隠す為だけにこんな高価なものを?」
「違う」
違ったらしい。
では、何故?突然、好意的に見ても友人でしかない、年の離れた同性の男に、指輪を贈る理由とは。
考えても思い当たらないそれに、説明しろの威圧を込めてじとり対面を睨めば、未だ取られたままの手がきゅうと握られる。拘束にしてはぬるく握手にしては強い力が、真下の決意が揺らいでいることを示しているかのようだ。
いつもいつも、八敷が口篭る度にそれを許さないのは真下だ。おまえだけ逃れられると思うなよ。八敷からの非難がましい目に流石に気まずさを覚えたのか、言いづらそうに幾度か唇を震わせた後、渋々といった様子で真下が口を開く。
「
……
今から言うことは、間違いなく俺自身の意思で、巫山戯ても狂ってもいない。いいな?」
「あ、あぁ、うん」
そんなに念押しするようなことなのか。
真剣を通り越して沈痛な面持ちで視線を落とす真下に居住まいを正し、話を聞く姿勢を見せる。
そうして真下の言葉を待つと、唇がぎゅうと引き結ばれ、未だ震える手にも力が篭もり八敷の手を軋ませた。
「
……
俺は、貴様を他の誰にもやるつもりはない」
「は?」
「質問は後で纏めて聞いてやる」
紡がれた言葉に間の抜けた声が零れたが、鋭い制止を掛けられて続きを飲み込まざるを得なかった。真下は今何と言った?八敷の頭に疑問符ばかりが浮かぶが、それを噛み砕くよりも先に真下が言葉を続けてくる。
「許せないんだよ、貴様のそこに、そんな痣があるなんて」
「そんな、ただの内出血だろう?」
「貴様にとってはただの、でも、俺には違う。だから先月貴様を宝飾店に連行したし、号を計らせた。そしてそれを、貴様に
……
」
それ、と言いながらまた指輪を叩く。───かと思えば中途半端なところでまた真下が口篭り視線を逸らすものだから、何となく、何故か八敷の胸中にもやりとした気持ちが広がり、思わずやや身を乗り出した。
「これを、俺に、
……
続きは?」
「
……
言わなきゃ駄目か」
「真下、俺はおまえじゃない。言われないと解らないよ。それに質問は纏めて受け付けると言ったじゃないか。問題を全て出し切ってくれないと、質問出来ないぞ」
握られた手を軽く揺らして先を強請ってやると、やや恨めしげなような顔で睨まれた。先程はきつく結ばれていた唇がほのかに尖っているように見えるのは錯覚かも知れないが、乗せられている感情は間違いなく恥、もしくは照れだろう。真下にそんな殊勝な心持ちがあったなんて、今まで八敷は知らなかった。傲岸不遜で、いつも余裕に見えるよう気を張っている青年が素直に、しかも八敷なんかに付け入る隙を見せている。
「だいたい予想ついてんだろ。嫌悪感は無いのか?」
「嫌悪感」
擽ったいような面映ゆいような思いでいると、真下から逆に質問が飛んできて、八敷の目がきょとんと瞬く。
確かに、彼の言う通り何を言いたいのかは凡そ察している。しかし、その上で続きを聞かせろと言っているのに、真下は今更何を言っているのだろうか。
まぁ、気持ちは解らなくもない。真下とて人の子、不安や不審を感じて探りを入れたり深読みすることもあるだろう。むしろ刑事や探偵を経ている男には極々自然な挙動かも知れない。ならば、その憂いを晴らしてやるのが対峙する者の義務か。
「
……
嫌悪感があれば」
掴まれたままの手を、握り返す。指輪を嵌めたのは真下の右手だ、つまり左手は八敷の左手に、掌を合わせる形で重なっている訳で。ほんの少し力を込めれば、それらは容易くくるりと反転した。
「ここに、同じものが欲しいだなんて考えないだろうな」
「ッは
……
!?」
紡がれる低い声に、今度は真下の目が見開かれる。先程の真下の仕草を真似た指先が、まっさらな薬指を撫でる柔い感触が擽ったいのに、咄嗟に引きかけた手が案外しっかりと掴まれていて失敗した。拘束していた筈が拘束されている現実に、信じられないと言った目が八敷を見る。
「ど、ういう意味だ、それ」
「真下、いけない。今はおまえが話す番だろう?」
「クソ野郎が
……
」
暗に真下が全て吐くまで八敷は答える気がないということだ。只でさえ緊張しているところに予想外の発言をぶち込まれて、思考と覚悟が霧散しかけているのに。勢いで指輪までは通したが、口にするのをうっかり躊躇ってしまった真下の落ち度なのだからどうしようもないが。
いつの間にか優位を奪われていることに気付き舌打ちひとつ、気を取り直す為に深い呼吸を一往復して、真下が改めて八敷の顔を真っ直ぐ見つめる。
恐らく嫌悪感は無い。真下が何を言いたいか解った上で先を聞きたがるその姿。そして、未だ重なったままの手。舌に熱を灯らせるには十分だ。
「
……
俺は
……
友人でも、仕事仲間でもない感情を持って、貴様に
……
」
「俺に?」
「
……
貴様に、指輪を着け
……
いや、」
ちかり、と眩さが目を焼いた。いつの間にか半回転して握手のように繋がれたそこにひとつだけ輝く銀色が照明を反射して、まるで急かすように
……
誤魔化すな、飾るなとでも言いたげなシンプルな光。ふとそこに意識を向けたら、掌が合わさっているにしてはやけに冷たいことに気が付いた。
緊張しているのは、真下だけではない。それを知った瞬間、真下の腹の奥底が痛む程熱く滾り、思わず脳を通さないまま喉から声が飛び出していく。
「八敷に、指輪を贈りたくなった。アンタが好きで、自分のものにしたいから」
火を噴くように熱烈で真下にしてはまっすぐな吐露が室内に満ちた。
言ってしまった、という後悔と、言ってやった、という充足感が真下の胸中に広がるが、対して八敷からの反応がない。あれ程続きを、真下の気持ちを聞きたがっていたのにノーリアクションとはいったいどういう了見だ。普通に気まずいだろうが。
文句を言うべく八敷の顔を睨───もう、とした、のだが、その目は驚愕で見開かれることとなる。
「ちょ、おいアンタ、何ッ
……
!?」
「
……
うん、大丈夫だ」
ほろほろ、ぽたぽたと八敷の両目から涙が零れていた。今までどれ程怪我を負っても、救えぬ命があった時も
萎
しお
れはすれど泣くことなどなかった男が、真下からの告白を聞いて頬を濡らしている。動揺の余りテーブルを蹴倒す勢いで立ち上がりかけたが、震える声が制止してくるのでギリギリ珈琲が少し零れる程度で済んだ。
「あー
……
安心していい、嫌で泣いているんじゃないから。むしろ逆だ」
「逆」
「嬉しいんだよ、おまえにそう言ってもらえて」
ず、としゃくりあげる音と共に、八敷の口端が僅かに持ち上がる。いつものへにゃけた下手くそな笑みだが、普段通りの困ったようなものではなく、どこか吹っ切れた涼やかな面持ちだった。
空いた右手で目元を拭い、それでも止まらぬ涙に苦笑した八敷が話して良いか、と発言の許可を求める。言いたいことをだいたい白状した真下は顎を
刳
しゃく
ることでそれを受理し、小さく礼を言う八敷が口を開いた。
「本来ならば、冗談かと疑うし、年齢とか性別とか俺の家系とか、その他にも断る理由は沢山あるのだろうけれど」
「断るのか?」
「まさか」
ずっと重なっていた手がするり抜けて、八敷の指先が指輪を撫でる。未だ泣き濡れた瞳は穏やかに細まりそこへ落とされていた。
「決して安価ではないだろうに、俺なんかの為にこんなものを用意してくれたんだ。揶揄うにしては重すぎる」
「本気だからな」
「
……
そう言い切れるようになるまで、おまえも相当悩んだだろう。だが、せめて枷を付けたいなら俺の意見を聞いてからにしてほしかった
……
。俺がおまえをそういう目で見られなかったら、金も指輪も俺達の関係も、駄目になっていたんだぞ」
おまえも案外思い詰める
質
タチ
だな、なんて口調は呆れているが、八敷の表情は柔らかい。加えて嬉しそうに愛おし気に指輪を撫で続ける指先が、今までの発言が、咎めるような言葉に何の意味も無いことを示していた。それでも真下は散々想いを吐露させられたのだ、ならば八敷にも赤裸々に語ってもらわなければフェアじゃない。
「貴様からは、何か言うことは無いのか」
「おや、おまえはもう良いのか?」
「構わん。言いたいことが出来たら言う」
お互いに温くなった珈琲を一口。それを選手交代の合図として、今度は八敷が口を開く番だ。
「単刀直入に言えば
……
俺もおまえのことが好きだよ。それについてずっと悩んでいたし、伝えないまま地獄まで持っていくつもりだった。だから先月、おまえに宝飾店に連れて行かれた時、ショックではあったが同時に少し安堵したんだ
……
おまえにもそういう相手がいて、その人に贈るものだとばかり思っていたから」
「お生憎様」
「おまえなぁ
……
これで諦めがつく、と思ったのに、まさか自分の指に
嵌
はま
るとは夢にも思わなかったぞ」
「諦める、というのなら、目を逸らすことを諦めるんだな」
言いながら、落ち着けたばかりの腰を再び浮かせて真下が八敷の対面から隣へと移る。ソファは大人2人が座っても十分な幅があると解った上で、肩が触れる程の近くに来る真下に思わず八敷の肩が跳ねたが構わず、ぐっと顔を寄せれば仰け反って避けられた。
「俺の分は、当然貴様が
誂
あつら
えてくれるんだろ?」
喉を鳴らして笑いながらひらひらと左手を
翳
かざ
しそう
強請
ねだ
ってやれば、今度はいつもの「仕方ないな」と言いたげな困り笑みが返ってくる。
「ひとりで行くのは御免だぞ」
「安心しろ。俺の用事に付き合わせた礼だ、貴様が行く時は着いて行ってやるよ。貴様に任せると桁から違うモンを用意されそうだしな」
◆
恐らくそう遠くない内に果たされるであろう約束を交わし、八敷は冷めた珈琲を煎れ直しに出て行った。きっと手間のかかる方を煎れるだろうし、何なら両思いであるという現実に遅ればせながら思考が追い付いて、
暫
しばら
く動けなくなっているかも知れない。
部屋にひとり残された真下は、誰も見ていないのをいいことにズルズルとソファからずり落ちる程脱力して天を仰ぐ。
───間に合った。
まだ繋がっていない
・・・・・・・・・
。
胸中に広がる安堵と緊張を深い溜息と共に吐き出して独り言つ。
八敷はただの痣だと言っていたが、真下にはどうしても気に食わなかった。だから強硬策に出た。
……
確かに彼の言う通り、順序を間違えたのは否めないが、幸運にも八敷は真下と同じ気持ちでいてくれたのだ、結果良ければ全て良しということにしてほしい。
そう、八敷が此方を好いていると。秘めておくつもりだった想いを、たったひとつの指輪と真下からの告白なんぞを対価に寄越してきたのだ。
一度決めたことにはやたら頑なな中年から言葉を引きずり出すのに、あの程度安いもの。
ざまぁみろ人外共。奴は自ら望んで俺のものになったぞ。
誰に向けるでもない勝ち誇った笑みを浮かべ、体勢を立て直し立ち上がる。目指すは愛しい男の背、今だけは馬鹿になって、
漸
ようや
く手中に収めた恋に浮かれたって良いだろう。
そんなふわふわした心持ちで、真下は漂う珈琲の香りに誘われるがまま廊下へと足を踏み出した。
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